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1巻
1-3
しおりを挟む「何やってんだ、お前」
「いやな、グルドが子供を連れてるって食堂の料理人どもが言ってたから、確かめに来たんだよ。おっとすまん、挨拶が遅れたな。俺はフリッツ。冒険者ギルドの食堂長をしてるんだ。よろしくな」
フリッツさんが右手を差し出してきたので、がっちりと握手する。
「よろしくお願いします、フリッツさん。俺はラルクです」
「おう、よろしくな。それじゃ、仕事に戻るか~」
そう言うと、フリッツさんは調理場へ帰っていった。
グルドさんが顔を寄せて小声で聞いてくる。
「あいつ、なんか変なこと言ってなかったか?」
「いえ、何も言ってませんでしたよ」
「そうか、あいつは冗談好きだから、もし何か言われても真に受けるなよ……ああ、そういえばギルドについて説明してなかったな。今話してもいいか? 本当は、試験のあとにするつもりだったんだが」
「はい、お願いします」
うなずくと、グルドさんはギルドについて説明してくれた。大体のルールはよくあるゲームの世界と同じような感じで、要約すると次のようになる。
冒険者とは、基本的に個人や団体から依頼を受けて、達成したときに受け取る報酬で生活する専門の職業ということだ。
冒険者にはランクがあって、A・B・C・D・Eの五段階に分かれているらしい。Aランクになると一流の冒険者として国からも重用されるのだそうだ。
そして、ギルドは冒険者達を補助するために作られた組織で、本部であるこの建物には様々な設備が揃っている。冒険者として登録されると、設備を使う際の料金が安くなり、場合によってはタダになるとのこと。
ひと通り説明し終えたグルドさんは、ズボンのポケットに手を入れて何かを探し始める。
「えーっと、ああ、あった。お前に渡すものがあるんだ」
そう言って取り出したのは、ネックレスと小さな針だった。ネックレスのトップには銅のプレートが付いており、Eという刻印がされている。
「これは、ギルドに所属している証のネックレスだ。これを見せれば別の街へ行ったときの通行料が免除になったり、他の国へ行った際に身分証代わりになったりするから、絶対になくすんじゃないぞ。それと、そのプレートには個人を登録するために血を垂らさないといけない。この針でパッとやりな」
グルドさんからネックレスと針を受け取り、言われた通りに針を指に刺す。そして血を一滴垂らすと、プレートがかすかに光り、Eの刻印の下に俺の名前が刻まれた。
そのプレートの形になんとなく見覚えがあることに気付き、グルドさんに質問してみる。
「あの、このプレートって色が変わったりするんですか?」
「ああ、EからDは銅、CからBは銀、Aは最高ランクの金色という風に変わるようになっている。素材はどれも同じ魔法金属のままだがな」
「なるほど……」
やっぱり、このネックレスは俺を助けてくれた恩人さんが着けていたものと一緒みたいだ。恩人さんのプレートは銀色だったから、あの人はBランクかCランクの冒険者だったのかな。
恩人さんのことを思い返していたら、フリッツさんがステーキとスープのセットを持ってテーブルにやってきた。一旦思考を中断し、グルドさんに感謝しながら食べ始める。
夕食を食べ終え、グルドさんと一緒に食器を返却口に戻しに行く。
片付け終わって食堂をあとにしようとしたとき、返却口の向こう側からフリッツさんがひょっこり顔を出してきた。
「ラルク、グルドと仲良くな」
「帰れっ!」
グルドさんが近くに落ちていたスプーンを拾い上げ、フリッツさんに投げつける。スプーンは凄まじいスピードでフリッツさんの脳天に直撃し、フリッツさんは後ろにひっくり返った。
受付に戻る途中、グルドさんがため息をついた。
「はぁ……フリッツの奴、俺が珍しく子供の相手をしてるからって調子に乗りやがって……」
「グルドさんって子供から嫌われてるんですか? 確かに顔は怖いですけど」
「嫌われてるってほどでもないが、避けられてるな。大抵の子供は一目見ると怖がって逃げちまう。大人の冒険者も、俺みたいな野郎より他の受付嬢のほうに行くしな……」
顔の傷痕を撫でながら、グルドさんが寂しそうに言った。
その後、今日はもう遅いから医務室に泊まっていけと言われて、お言葉に甘えて医務室に戻り、眠りについた。
4 初仕事
目が覚めて身を起こしたら、ベッドの横に手紙が置かれているのが目に入った。手に取って封を開けると、『起きたらギルドマスター室へ来い』とのこと。場所が分からないからどうしよう、と思っていたら裏に手書きのギルドの見取り図があった。多分グルドさんが書いたんだろうけど、マメな人だな。
俺は身支度を整えると、すぐに部屋を出てギルドマスター室に向かった。
階段を上がって目的の部屋に着き、ドアを恐る恐るノックする。
「えっと、失礼します……」
部屋の中央には机と椅子のセットが置かれており、グルドさんと綺麗な二人の女性が対面で座っていた。
女性は二人とも、緑色の髪で長い耳をしている。ギルドでも何人か見かけたけど、どちらもファンタジー世界でおなじみのエルフだと思う。二人の女性は髪の色や耳の長さなど似ている部分はあったが、雰囲気は正反対で、一人はクールな感じだけど、もう一人の女性は活発そうな印象だ。
グルドさんがこちらに気付き、笑顔で声をかけてくる。
「よう、待ってたぞ」
「おはようございます。あの、なんで俺は呼び出されたんですか?」
そう尋ねた瞬間、活発そうなエルフの女性が感心したように口を挟む。
「わぁ、本当にグルドと普通に会話してる……驚いたわ、ララ」
ララと呼ばれたクールそうな女性が、たしなめるように答える。
「マスター、そんな言い方したらグルドさんに失礼ですよ。それと、あの子への挨拶が先でしょう……こほん、初めまして。今驚いていたこちらの方が王都レコンメティス・冒険者ギルド本部のギルドマスター、リーフィア・シル・フォルトリオス。そして、私が副ギルドマスターのララディーナ・モネリアです。よろしく、ラルク君。彼女のことはフィア、そして私のことはララと呼んでくださいね」
クールそうな女性、ララさんがニッコリと微笑む。そしてソファに座るよう勧められたので、グルドさんの横にちょこんと座った。
「……それで、用件はなんでしょうか?」
おずおずと聞くと、ララさんが答える。
「ああ、そうでしたね。実は昨日、あなたを冒険者として登録をする際に一つ気になったことがあるんです。ラルク君、ご家族はいらっしゃいますか?」
「あっ、えっと……ちょっと前に追い出されちゃって、今は一人です」
そう答えたら、グルドさんが「やっぱりか……」と小さく呟いた。
ララさんが真剣な表情で質問を続ける。
「これは気に障るようなら答えなくてもいいのですが……なぜ追い出されたんですか?」
「……10歳になったら受ける鑑定の儀で、スキルが一つも表れなかったからです。それで無能だと判断され、捨てられました」
俺の言葉に、グルドさんが驚いた様子で反応する。
「昨日、魔法を使っていたじゃないか!?」
その言葉はもっともだ。別に『神のベール』の存在を隠すつもりもないし、この場で言ってもいいかな。
「それは、特殊能力のせいだと思います。俺にはどんな鑑定系の魔法でも弾く特殊能力があって、そのせいで鑑定の儀で何も表示されなかったんです」
俺の言葉が衝撃的だったのか、みんな黙り込んでしまった。しばらくして、ララさんがおもむろに口を開く。
「……私は鑑定魔法を覚えています。すみませんが、ラルク君に使ってみてもいいですか?」
「はい、いいですよ。一応、確認のために火の玉を出しますね」
小さな火の玉を出し、フィアさんとララさんに確認してもらう。それからララさんが両手を俺にかざした。そのまま数秒間黙っていたが、やがて手を下ろして驚きの表情を浮かべる。
「これは……信じられませんね。本当に何も表示されませんでした。これなら、鑑定の儀でスキルの確認ができないのは当然でしょう。私の鑑定魔法のほうが性能が良いですからね」
そうなんだ。やっぱり冒険者ギルドの副マスターって、かなりレベルが高いんだな。
そんなことを考えつつ、一同を見回して尋ねる。
「あの~、用件はこれだけですか?」
「はい、お呼びしたのは身元を確認するためだけです。グルドさん、ラルク君を下まで連れていってあげてください」
ララさんの言葉を受け、グルドさんが立ち上がる。俺も一緒に立ち上がって、二人に手を振って退室した。
階段を下りて一階の受付に行くと思ったのだが、グルドさんはさらに下り、地下の一室にやってきた。
辺りにはたくさんの毛皮や植物が入った木箱が大量に転がっている。ここは倉庫として使われているようだった。
ここで何をするんだろうと考えていると、グルドさんが声をかけてくる。
「すまないが、倉庫整理の仕事を手伝ってもらいたくてな。昨日、大勢の冒険者が一気にクエストから帰ってきて、素材を大量に持ち込んだんだ。達成報酬の手続きで他の職員も手が回らないから、普段冒険者の相手をしていない俺に仕事が回ってきたんだが、一人じゃこの量はな……そこでラルク、最初の依頼として倉庫整理を頼みたい。受けてくれるか?」
「単にこれを片付けるだけですよね? いいですよ」
迷うことなく即答する。先日のお礼もしたいことだしね。
ということで、グルドさんと一緒に素材の整理を始めることになった。最初は結構面白かったが、十分も経たないうちに、かなり面倒な作業だと判明する。一つの木箱から植物と毛皮を選り分け、仕分け先の木箱にそれぞれ詰め直す。たったそれだけなのに、やってみると意外と大変だ。
始めて三十分くらい経ったところで、グルドさんが朝食を取ってくるために部屋を出ていった。
今のうちにできるだけ素材を片付けておきたいけど、何か良い案はないかな……
「……そういえば、『便利ボックス』にどんな機能があるかちゃんと確認してなかったな……」
ふと思い立ち、『便利ボックス』を鑑定してみる。
『便利ボックス』
便利な能力が追加されていく不思議な収納系スキル。自身から半径5メートル内に存在するものをボックスに出し入れすることができる。
「あれ、これを使えば楽に素材の整理ができるんじゃないか?」
『便利ボックス』にアイテムを収納すると、自動で種別ごとに整理される。これを利用して一度木箱の中身を全部『便利ボックス』にしまい、もう一度取り出して仕分け先の木箱に入れれば、すぐに整理できそうだ。
さっそく整理の終わっていない木箱に近付き、『便利ボックス』を発動する。すると、木箱の上に空間の割れ目が出現し異次元の中に素材が吸い込まれていった。そしてインベントリを開いて植物と毛皮が種類ごとにまとめられているのを確認し、仕分け先の木箱にそれぞれの素材を出して終了。
その間、なんとたったの五秒。ほとんど一瞬で一つの木箱の整理が済んだ。
「おお、これは楽だな……よし、グルドさんが帰ってくる前に全部終わらせちゃおう」
次々と木箱の中の素材を『便利ボックス』に収納し、仕分け先の木箱に出していく。ついでに空になった木箱も『便利ボックス』を使って隅に積み上げておいた。
五分ほどで倉庫の整理が終わったのだった。
時間が余ったので座って待っていると、グルドさんが朝食を持って部屋に帰ってくる。そしてすっかり片付いた倉庫を見て、あんぐりと口を開けた。
「い、一体どうなってんだ!?」
「あっ、グルドさんお帰りなさい。この部屋の素材、全部整理しておきました」
「あ、ああ、お疲れ……いやいや! お前、どうやったんだ? あんな量、絶対今日中には終わらないと思っていたんだぞ?」
「えっと、俺、収納系スキルを持ってるんですけど、それを使って終わらせました」
「……収納系スキルか。またレアなスキルを持っているな……」
神妙な顔で俺をジッと見つめるグルドさん。何か突っ込まれたらどうしようかな、と身構えたが、グルドさんは特に追及してこなかった。
「まあ、早く終わるならそれに越したことはないな……よし、じゃあ次の部屋に行くぞ」
「えっ? ここだけじゃないんですか?」
「……俺もそう思いたかったんだが、あと三部屋も残ってるんだよ」
そう言うグルドさんは、どこか遠い目をしていた。
◇
次の部屋に移動すると、先ほどの部屋に勝るとも劣らない量の木箱の山が俺達を待ち構えていた。『便利ボックス』がなかったら、何日かかることやら……
「ラルク、お前のスキルがどんなものか見せてくれるか?」
軽くうなずき、グルドさんに部屋の端へ移動してもらう。
「さてと、やるか」
小さく呟き、『便利ボックス』を発動させて近くの木箱の中身を手早く吸い込んでいく。そして仕分け先の木箱に素材をドンドン出していった。
その間にチラッとグルドさんを見たら、これでもかと言わんばかりに目を見開いていた。こういう使い方ってやっぱり珍しいのかな? と思いながら、作業を続ける。
十分もかからず部屋の中の全ての木箱を整理し終わった。グルドさんはなぜかこめかみを押さえて下を向いている。
「大丈夫ですか?」
心配になって顔を覗き込むと、グルドさんはうろたえた様子で返事をする。
「あ、ああ……いやラルク。なんなんだよお前のスキル! あんなの見たことないぞ?」
「えっと、半径5メートル以内のものならアイテムや素材を自由に出し入れできるんですよね」
これ以上混乱させないように簡潔に説明しておく。
「そんなスキルがあるのか……すごく便利だな」
一応納得してくれたみたいだ。
仕事が早く終わりそうでウキウキしだしたグルドさんと一緒に、次の倉庫に移動する。今までと同じように『便利ボックス』を使い、また次の倉庫へ。そんな調子で、全ての倉庫をサクッと整理し終えたのだった。
その後は一階に戻り、食べ忘れていた朝食を食べる。グルドさんは俺より先に完食し、倉庫整理が終わったことをギルドマスターに報告しに行った。
俺も平らげて一服していると、グルドさんが帰ってきた。なぜか、すごく申し訳なさそうな顔をしている。
「ラルク、すまない。マスターにラルクのスキルのことを話したら、連れてこいと言われちまった……」
「別にいいですけど、なんでそんなすまなそうな顔なんですか?」
「行けば分かる……」
不思議に思いながらも、またギルドマスター室へと向かう。
到着して部屋に入るなり、フィアさんからソファに座るように言われた。
素直に座って、用件を尋ねる。
「えっと……どうしたんですか?」
「ねえ、ラルク君。ここにある銀貨をラルク君のスキルで収納してみせてくれるかしら?」
真剣な表情でフィアさんが言った。簡単なことなのですぐにうなずき、『便利ボックス』を発動して銀貨を異次元に入れる。
すると、フィアさんは目を輝かせていきなり飛びついてきた。
「うわあ!?」
「すごいすごい! ほんとに離れているのに収納されたわ!」
フィアさんの豊満な胸で口と鼻が塞がれてしまう。
息ができなくなって気絶寸前になったところで、グルドさんが俺をフィアさんからはがしてくれた。なんとか自由になった俺は、すぐさまフィアさんの手の届かないところまで離れる。
フィアさんはなおも興奮していたが、ララさんがフィアさんを無理やりソファに座らせた。
「……マスター、少しは落ち着いてください。ラルク君に怖がられていますよ」
呆れたような声を出すララさんだが、フィアさんはまったく悪びれない。
「だって、あんなスキル見たことがないんだもの! ララだって初めて見るでしょ?」
「それはそうですが……はあ、今日はもう興奮が冷めなさそうですね。グルドさん、あとは私がなんとかしますから、ラルク君と一緒に帰って大丈夫ですよ」
「あ~……悪いな、頼む。ラルク、さっさと退散しよう」
グルドさんの言葉にうなずき、ララさんに感謝しながら二人で部屋をあとにする。
廊下を歩いている最中、グルドさんが苦笑しながら口を開く。
「すまんな、ラルク。マスターも普段は良い人なんだが、目新しいスキルとか魔法の道具とかを見ると手がつけられなくなって残念な感じになるんだ……」
「はは、そうみたいですね……」
釣られて俺も苦笑いしながら相槌を打つ。
その後、一階まで移動してきた。
これからどうしようかと思っていたら、グルドさんが尋ねてくる。
「このあとは予定ないだろ? 王都の案内をしようと思うんだが、来るか?」
「いいんですか? お願いします!」
願ってもないことだったので即答する。元々街を散策したいとは思ってたんだよね。
こうして俺達は、王都に繰り出すことになったのだった。
5 王都散策
グルドさんに連れられ、広場や露店などを見物する。
案内をしてもらってる途中、グルドさんは意外にも街の人達から度々話しかけられていた。
今もグルドさんは中年の女性と話している。
「あら、グルドさん。今日は非番ですか?」
「まあ、そんなところだ」
「グルドさんがこっちに来るなんて珍しいですね」
「普段はギルドにばかりいるからな」
そんなやり取りに驚いていると、こちらの様子に気付いたグルドさんが、訝しげな顔をした。
「どうした、ラルク?」
「あっ、いや……グルドさんって街の人からも避けられてるのかなって思っていたんです。すみません、失礼なこと考えて」
「ああ、そう思うのも無理はない。確かにあまり他の奴と喋らないし……この傷ができてさらに顔が怖くなっちまって、前よりも一人でいることが増えたのは事実だ」
グルドさんは少し悲しそうに目元を撫でた。俺は意を決して質問する。
「あの、グルドさん。その傷って、どうして付いたんですか?」
「……十年くらい前のことだ。あるとき、王都に巨大な竜が出現して暴れ回り、街が壊滅しかけたことがあった。当時冒険者として名を馳せていた俺は、王都を守るためにたった一人で竜と戦ったんだ。この目は、その戦闘で負った傷だよ」
「それは……すごいですね」
驚きのあまり、そんなことしか言えなかった。竜とか王都が壊滅とか、話のスケールがあまりにも大きすぎる。
唖然としている俺を見て、グルドさんが苦笑する。
「はは、まあ昔のことだし、傷はもう気にしてないさ。大体、竜相手に目と足一本で済んだのが奇跡なんだ、感謝しないとな」
「足一本?」
その言葉を聞いて、ついグルドさんの足元を見てしまう。確かに左足には、金属製の義足が着いていた。
「だ、大丈夫だったんですか?」
「まあ、当時は死ぬかもしれないと思ったが、優秀な治癒士を用意してもらって、なんとか死なずに済んだよ。ラルクも無茶だけはしないようにな。何事も、命があってこそだ」
グルドさんはそう言って、俺の頭を撫でる。そして歩き始めたので、俺も慌ててあとを付いていったのだった。
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