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5巻
5-3
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その後、俺達は戦った跡地を整備してから帰宅した。
「クロガネはこれからどうするんだ? 修業から帰ってきたって事は、暫くはこっちで過ごすのか?」
「二年間自由に過ごさせてもらったから、これからは主のために動こうと思う。何かする事はないか?」
「クロガネにしてもらいたい事か……今は特に思い浮かばないから、好きな事をしてて良いぞ。どうせ、レオンに暫くは訓練に付き合わされると思うからな」
そう俺が言うと、レオンはクロガネに「頼むぜ、クロガネ」と笑みを浮かべて言った。
「レオンもこの二年間で強くなったみたいだな、主に勝てなかったが、レオンには勝つからな」
「ふっ、言ってろ。俺だって、この二年間で強くなったんだから負けないぞ」
二人はそう言いながら去っていった。
こんな感じで午前中はクロガネとの対戦に時間を使った俺だったが、家に戻ってくるとクロネから「急ぎの仕事ができた」と言われた。
また暫くの間、仕事の部屋から出られない生活が続くのだった。
第3話 兄と義姉
クロガネの帰還祝いから数日が経ち、俺は王都の実家に帰ってきている。
仕事が忙しすぎて直談判に来たとか、逃げ帰ってきたとかではない。父さんと兄さんから、男同士で話があると呼び出しを受けたのだ。
「それで態々、俺を呼び出したって事は、何かあったの?」
「中々察しが良くなったな、アキト」
「そりゃ、もう何度も呼び出しを受けてるからね……」
領地経営を本気で行うようになってから、事あるごとに父さんと兄さんに呼び出しを受けていた。
その呼び出しは仕事の手伝いだったり、母さんと喧嘩をしたから仲を取り持ってほしいだったりと様々だ。
そして今回もそれ関係だろうと、俺は呆れつつも結局は家族だから助けに来た。
「それで今回は何? また父さんが母さんを怒らせたりしたの?」
「いや、今回は俺じゃない。エリクなんだ」
「……えっ、兄さんが? 母さんを怒らせたの?」
「いや、母さんじゃないんだ。実は、ミリアとの関係がね……」
ミリアとはエリク兄さんのお嫁さんで、俺の義理の姉にあたる人物。ミリア義姉さんは母さんや婆ちゃんと仲が良く、今は学園で教師となったアミリス姉さんとも仲が良い。
だから、家族の関係が悪くなるなんて事はないと思っていたが……
まさか何かあったのか?
「少し前に、王都でパーティーがあったのはアキトも知ってるよね?」
「ああ、俺が拒否したパーティーでしょ? 知ってるよ」
「実はそこで、少しお酒を飲みすぎちゃって女性とぶつかって、こう抱きかかえる形になってしまったんだ」
兄さんは父さんを使って、その時の再現をしたのだが……
二人は真剣かもしれないが、親子がそんな抱きかかえるような姿を見て、俺は少し引いてしまった。
「まあ、でも、そのくらいでミリア義姉さんが兄さんを嫌うとは思わないけど?」
「うん。その時は良かったんだけど、つい先日、普通に女性と話してるところまで見られてね。普段ならミリアも平気な顔してくれるんだけど、その時は何故か怒った顔をしていて、何だか徐々にミリアとの関係が悪くなっていったんだよ……」
「う~ん、心当たりはその二つだけなの?」
「悪くなってきた時期から考えて、この二つしか心当たりはないんだ」
それから兄さんは「アキト、どうしたらいいかな?」と不安げな顔で聞いてきた。
「正直その場面を見てないし、兄さんとミリア義姉さんが今どんな状況かハッキリとはわからないから何とも言えないけど……とりあえず俺も力を貸すよ」
「ありがとう。アキト」
「俺らではどうしようもない。一番女性の気持ちがわかるのがアキトだからな」
情けない兄さんと父さんに俺は言う。
「そろそろ二人も成長してほしいところだけどね。いつまでも俺が間に入るって、おかしいと思ってよね?」
ひとまずは情報収集のためにも、母さんに話を聞きに行くのが良いだろう。
◇ ◇ ◇
「あら、アキト? 帰ってきてたのね」
「うん。ただいま、母さん。今、ちょっと大丈夫?」
母さんがいる部屋に行くと、母さんは趣味である編み物をしていた。
そして、机に道具を置いて「今日はどうしたの?」と聞いてきた。
「うん。実は、兄さんからミリア義姉さんとの仲を取り持ってほしいって言われて、情報集めのために母さんの所に来たんだ。母さんは、二人の関係が悪くなってる理由、知ってる?」
「知ってはいるんだけど……まあ、これに関してはどちらも悪くないのよね」
母さんはそう言うと、どういった経緯で兄さん達の関係がギクシャクしているのか教えてくれた。
事の経緯だが、兄さんが問題だと言っていた二つは関係なかった。
ギクシャクし出したのは、兄さんが多忙すぎるあまり、ミリア義姉さんとの記念日を忘れたのが原因との事。
「あれほど、記念日関係は覚えておかないと大変な事になるって言ってたのにな……父さんと母さんが何度もそれで喧嘩してたんだから、忘れる筈はないと思ってたんだけど」
「まあ、私からしたら、仕方がないとは思うのよね。エリクは次期国王として勉強中で、昔とは違ってジルニア国も大きくなってしまったから、勉強する範囲が広がってて、とにかく時間が足りないのよ。それで、いつもエリクは忙しそうにしているのよね」
「確かに昔に比べて、ジルニア国は大きくなったからね……主に俺が原因で」
ジルニア国は俺が生まれてからというもの、元々大国だったのにもかかわらず、更に大きくなった。
そのせいで、王の行う仕事は増えてしまった。
「そんな事はないわよ。仕方ないとはいえ、忘れたのはエリク自身だから、アキトのせいじゃないわ」
母さんはそう言いながら、俺の頭を撫でていてくれた。
それから、具体的な解決案を話し合う事にした。
ミリア義姉さんも関係がギクシャクしてから落ち込んでいるらしく、早く関係を元に戻したいと思っているみたいだ。
ただそのきっかけがなく、ミリア義姉さんはエリク兄さんから距離を取っている……と母さんから聞いた。
「う~ん……簡単そうで難しいね」
「そうなのよね~。私も何だかんだ心配だから、ちょくちょく話はしてるんだけど、どうしても私の考えはミリアちゃんに寄ってしまうのよね」
「まあ、それは母さんも父さんから似たような事をされてきてるからね。ミリア義姉さんに同情してしまうのは仕方ないと思うよ」
その後、俺は母さんに情報提供のお礼を言い、王都にある俺の部下の拠点へと向かった。
◇ ◇ ◇
王都の拠点は二つあり、一つは表で行動する者達が集まる場所。そしてもう一つは、俺の持つあらゆる分野に特化した影の者達が集まる場所である。
俺は今回、後者の影が集まる拠点にやって来ていた。
「アキト様? ここに来るなんて、珍しいですね」
「まあ、ちょっとな。ディルムはいるか?」
影の拠点に来ると、影所属の部下が数名いた。俺は彼らに、影のリーダーであるディルムはいるか尋ねた。
「リーダーはちょっと、今は外に出てますね。シンシアさんならいます」
「そうか。なら、シンシアを呼んできてくれ」
少しして、影の副リーダーであるシンシアが現れた。
シンシアは影の中では、かなり実力も高い女性。
長身で、影の者とは思えないほど気品に溢れている。
元々貴族の令嬢だったが、家の悪事を見て絶望していたところを、たまたまシャルルが見つけて影に誘ったという経緯がある。
なお、シンシアは外では死んだ事になっている。
「アキト様、本日はどのようなご用件で来られたのですか?」
「ちょっと、頼みたい事があってな。兄さんとミリア義姉さんが最近、関係がギクシャクしてるみたいなんだよ。それで、何かいい修復の仕方はないかなって」
「……それは、私どもよりも、表の者達の方が良いのではないですか?」
「お前らの顔も確認しておきたくて、先にこっちに来たんだよ。クロガネの帰還祝いにも来てなかっただろ? 少し心配してたんだよ」
そう言うと、シンシアは「ご心配していただき、ありがとうございます」とお礼を口にした。
「帰還祝いに伺えず申し訳ございません。丁度、こちらで調べていた者達に動きがありましたので、そちらの対応をしていました」
「そうだったのか、そいつらは捕まえたのか?」
「はい。既に国に引き取ってもらっています」
影の者達は現在、犯罪者を捕らえる組織として国にかなり貢献している。
巨大国家となったジルニア国は、良い人達も増えたが、悪い奴らも増えた。それらの対応に、影達は奮闘している。
「その報告資料をリーダーが作成して、今は主がいないクローウェン領の方に行っております」
「ああ、なるほど。それで、いなかったのか」
ディルムがいない理由を知った俺は、タイミングが悪かったなと思いつつそう言った。
「それで関係修復の件ですが、やはり女性である私からしたら、心からの謝罪と何か贈り物を渡すべきかなと思います」
「やっぱりそれがいいよな~。俺としては、旅行も良い案だと思うんだけど、兄さん達は忙しいから、そんなに時間もないしな」
「旅行でしたら……今は相手に対する気持ちがマイナス面になっていますので、関係が戻りプラス面になった際に、更に仲を深めるために行くのが良いかと私は思います」
「なるほどな、流石は元貴族令嬢だな」
そうシンシアに言うと、シンシアは「もう何年も前の事ですけどね」と笑いながら言った。
その後、他の影の者達と軽く挨拶を交わした俺は、王城へと戻る事にした。
そこで早速、兄さんと話し合いをする。
「なるほど……確かに、今言われてみれば記念日の事をすっかり忘れていたよ。本当に父さん達から学べてなかったな……」
「ずっと言ってたんだけど、やっぱり忙しいと忘れるからね。俺の場合は、沢山部下がいるから言ってくれたりするけど、兄さんってあまり近くに人を置いてないもんね」
「正直、アキトみたいに沢山の人に囲まれるのはそこまで好きじゃないからね。王になるんだから、そういうのも慣れないといけないのはわかってるんだけど、性格的に難しいもんだよね」
「まあ、相談役は、代わりが見つかるまでは俺がしてあげるよ」
というか、「俺のせいで色々と苦労もかけてるだろうから」と心の中で思いながら、兄さんに言った。
それから、ミリア義姉さんに渡すプレゼントを決める事にした。
「兄さん、ミリア義姉さんが好きな物とか知らないの?」
「本とかは好きだけど、今回渡す物としては違うよね?」
「まあ、若干違うね。どちらかと言うと、好きなアクセサリーとかだったらいいかもね」
「アクセサリーか……そういえば、少し前に髪飾りが壊れたみたいな事を言っていたな」
兄さんは少し考え込んでからそう言った。
そうして「だったら、贈り物は髪飾りが良いね」となり、どんな贈り物を渡すかの大まかな方向性が決まったのだった。
「兄さん、今日の予定は?」
「えっ、えっと、今日はアキトを呼び出すってなってたから、お昼以降は特に予定は入れてないよ?」
「それなら、一緒にミリア義姉さんに渡す髪飾りを探しに行こうか。特注で作るのもありだけど、それじゃ時間がかかるからね」
俺はそう言って、兄さんを俺の領地にある街に連れていく事にしたのだった。
◇ ◇ ◇
王都もそれなりに良い店があるが、やはり最新設備を整えてる俺の部下達の店の方が良いだろうと思ってこっちを俺は選んだ。
「ミリア義姉さんの好み、俺はあんまり知らないけど、流石に兄さんは知ってるよね?」
「うん。そこは大丈夫、任せてよ。ちゃんと把握してるよ」
兄さんは自信ありげにそう言った。
そんな感じで、俺と兄さんはアクセサリー屋に入る。
「あれ、アキト様? 今日はどういったご用でしょうか?」
「兄さんが義姉さんに渡すプレゼントを選びに来たんだ。髪飾りの場所、教えてくれる?」
早速俺の奴隷が対応してくれて、「こちらです」と案内してくれた。
案内された場所には沢山の髪飾りが置いてあり、かなり選ぶのに苦労しそうだった。
「ミリアは赤色が好きなんだけど、そこまで装飾が多いのは頭が重くなるから好まないんだ」
「そうなんだ。なら、これとかどう?」
兄さんから義姉さんの好みを聞いた俺は、パッと目に入った髪飾りを手に取った。
シンプルな作りで、装飾も宝石が二個ついてるだけである。
「う~ん。この色はちょっと薄い気がするな……色合いでいえば、こっちがミリアの好きな色だね」
そう言って兄さんが手に取ったのは、バラのように真っ赤な色をした髪飾りだった。
確かに俺がさっき手に取ったのは、赤といえば赤だけど少し薄い感じだった。
なるほど、ミリア義姉さんが好きな色は鮮やかな赤って事なのか。
その後、俺と兄さんは手分けして色々と髪飾りを見て回り、店に入ってから三十分ほどが経った頃、ようやくプレゼントが決まった。
色合いも完璧で、装飾の量もミリア義姉さんが普段つけているくらいの物を見つけられた。
「かなり高かったけど、良かったの? 俺が払う事もできたのに」
「ううん。アキトにお金を出させるわけにはいかないよ。これはプレゼントなんだから、自分でお金を出さないと」
兄さんはそう言って、綺麗に梱包された髪飾りを大事そうに持っていた。
それから俺は、兄さんと王城に戻ってきて、どういった感じで渡すのか話し合いを始めた。
「食事に誘うのがベストだと思うけど……その誘いに乗ってくれそう?」
「多分、厳しいかも……最近は目も合わせてくれないから……」
「それだと厳しいね……それなら、城の中でミリア義姉さんを呼び出してきてもらうのが良さそうかもね。外に出かけない分、多少は来てもらえそうじゃない?」
「食事よりかはいいかもね。だけど、来てくれるかな……」
兄さんがこれほど心配するレベルで関係がギクシャクしてるんだろうな……よしっ、ここはもう一回俺が手助けしてやろう。
「兄さんから誘うのが難しいなら、俺から誘おうか? それで、二人だけの空間になれば、兄さんもやるしかなくなるから覚悟が決まるんじゃない?」
「そ、それでも失敗したらどうしよう……」
「それはもう、ミリア義姉さんが笑ってくれるのを願うしかないね。ミリア義姉さんは、兄さんが完璧な人だとは思ってないから、失敗した方が逆に良いかもだよ」
「いや、それは男として嫌だよ……」
兄さんはそう言いつつも、自分から誘うのはどうしても難しいとの事。そんなわけで、俺がミリア義姉さんを呼ぶ役目を担う事になった。
そうして俺は兄さんと別れて、ミリア義姉さんの所に向かった。
◇ ◇ ◇
「ミリア義姉さん、今大丈夫?」
「アキト君? うん。大丈夫だよ」
ミリア義姉さんの部屋に行くと、義姉さんはそう言って俺を部屋の中に入れてくれた。
「もしかして、エリク君から何か頼まれたの?」
「女の勘って、本当に怖いですね……」
「アキト君はエリク君と仲が良いから、今の私とエリク君の関係を聞いたら、何か手助けをするかなって思っただけだよ」
ミリア義姉さんは、笑みを浮かべながらそう言った。
「ってか、意外と普通ですね。正直、もう少し荒れてるのかと思ってました」
俺がそう言うと、ミリア義姉さんは尋ねてくる。
「アキト君は、私とエリク君の関係がギクシャクしてる理由知ってる感じ?」
「はい。母さんから聞きました。兄さんが記念日を忘れていたって」
「うん。それで数日間は確かにムッとしてたんだけど、今はもう大丈夫なの。でも、エリク君を前にすると、落ち着いてる筈なのにまたムッとしちゃうんだよね……」
なるほど、今は兄さんがいないから、ミリア義姉さんも普通な感じなのだろう。
となると中々大変そうだと思いつつも、一応兄さんからの伝言を伝える事にした。
その内容は、「この後予定がないなら庭園に来てほしい」というもの。そこで兄さんは義姉さんに謝罪をして、プレゼントを渡すつもりでいる。
受けてくれるかなと心配していると、意外にもミリア義姉さんは「うん、わかった。準備するね」と言った。
「あれ、良いんですか?」
「エリク君を見るとムッとするのは本当だけど、関係を修復したいとも思ってたの。でも自分からはどうしても動けなくて。エリク君が折角動いてくれたんだから、私も動こうと思ったの」
ミリア義姉さんはそう言い、俺は何だかんだこの二人は仲が良いんだなと思いながら、伝言はちゃんと伝えられたので部屋を出る事にした。
その後、兄さんの所に戻ってきた俺は無事に伝言を伝えられた事を言い、「俺ができるのはここまでだ」という事も言った。
「アキト、本当にありがとう。アキトがいなかったら、まだ何も行動できていなかったと思うよ」
「まあ、後は頑張ってね。最悪、ミリア義姉さんなら頭を地面に擦りつけて謝れば、許してくれると思うから」
「ハハッ、確かに最後はそのくらい謝ってでも許してもらうよ」
その後、俺は兄さんと別れて、自分の家に戻るのだった。
早速クロネが尋ねてくる。
「あら、ご主人様おかえりなさい。どうだった、久しぶりの家族との時間は?」
「ただの頼み事での呼び出しだったから、そんなゆっくりと過ごしてはないけどな……」
「ふふっ、そう文句言う癖に、何だかんだ助けるのがご主人様だものね」
「そりゃ、家族だからな」
俺はそう言った後、残していた仕事に取りかかる事にしたのだった。
第4話 模擬戦
それから数日後、兄さんから「上手くいった」という内容の手紙が届いた。
クロネが手紙を覗き込みつつ言う。
「ふ~ん、上手くいったみたいね。良かったじゃない」
「上手くいくとは、ミリア義姉さんと話した時から思ってたけどな、何だかんだミリア義姉さんも仲良くなりたいって思ってて、きっかけさえ作れば元に戻ると思っていたんだ」
「なるほどね。まあ、ご主人様の兄と義姉は、仲が結局良かったって事ね」
「そういう事だな」
クロネの言葉にそう言うと、部屋の扉をノックする音が聞こえた。返事をすると、外から奴隷の一人が入ってきた。
「すみません。お話し中でしたか?」
「ただの雑談だから大丈夫だ。それより、何かあったのか?」
「はい。実はレオンさんとクロガネさんの件でお話が」
「またあいつらか……」
クロガネが戻ってきてから、そろそろ二週間が経とうしている。
最初の数日はクロガネも大人しかったが、暫くしてレオンと模擬試合をしたり、他の奴隷や部下達を誘って戦いを繰り広げていた。
そして、それはどんどん広がっていき、いつの間にか「クロガネとレオンに勝てば、俺と戦う事ができる」みたいな噂まで勝手に流れ始めていたのだった。
何でそうなったのかわからないが、その噂なしにしても、二人に巻き込まれた部下達の一部は、仕事に支障が出始めている。
「そろそろあいつらを一回ちゃんと怒った方が良いな……」
「それも良いとは思うけど、手っ取り早いのは、竜王さんかご主人様のお爺ちゃんに丸投げが良いんじゃないかしら? あの二人、結局は強い相手と戦いたいだけだし」
「それはそうなんだが……一応はあいつらも俺の部下なわけで、他の奴らが仕事してるのにあいつらだけ自由にさせるのは恰好がつかないだろ?」
「まあ、確かにそうね」
今までレオンとクロガネはかなり自由にさせてきたが、この二年で俺の領地もかなりの大所帯となっている。
仕事は山ほどあるというのに、あの二人だけ好きな事だけさせるのはいけないだろうと俺は考えた。
「俺の部下の中であいつらと同レベルの強さといえば、ローラかシャルルくらいだけど、ローラは戦いに興味がないし、シャルルもやる事があるからな……」
「そうね。次点でジルだけど、あの二人との戦いの相性は最悪だものね」
「力押しのクロガネと、魔法使いのレオン。確かに剣士であるジルは相性的に悪いな……誰か、あいつらの相手をしてくれるほど強くて、仕事に支障が出ない奴はいないもんかな……」
そう悩んでいると、突然、俺の頭にプニッとした感触が。
「いつの間に来たんだ。ライム?」
その感触から何者なのか言い当てると、俺の頭に乗っていたライムはプルプルと嬉しそうに震えた。
「……そういえば、ご主人様。ライムってそんな見た目だけどかなり強かったわよね? あの二人といい勝負できるんじゃないかしら?」
「いやいや、流石にライムが二人と戦えば……」
そう言い終わる前に、ライムは机に移動して、やる気に満ちた様子でプルプル震えた。
そこまでやる気なら一度だけ試してみようか。
俺は、クロガネとレオンを呼び出し、ライムと戦わせる事にしたのだった。
「クロガネはこれからどうするんだ? 修業から帰ってきたって事は、暫くはこっちで過ごすのか?」
「二年間自由に過ごさせてもらったから、これからは主のために動こうと思う。何かする事はないか?」
「クロガネにしてもらいたい事か……今は特に思い浮かばないから、好きな事をしてて良いぞ。どうせ、レオンに暫くは訓練に付き合わされると思うからな」
そう俺が言うと、レオンはクロガネに「頼むぜ、クロガネ」と笑みを浮かべて言った。
「レオンもこの二年間で強くなったみたいだな、主に勝てなかったが、レオンには勝つからな」
「ふっ、言ってろ。俺だって、この二年間で強くなったんだから負けないぞ」
二人はそう言いながら去っていった。
こんな感じで午前中はクロガネとの対戦に時間を使った俺だったが、家に戻ってくるとクロネから「急ぎの仕事ができた」と言われた。
また暫くの間、仕事の部屋から出られない生活が続くのだった。
第3話 兄と義姉
クロガネの帰還祝いから数日が経ち、俺は王都の実家に帰ってきている。
仕事が忙しすぎて直談判に来たとか、逃げ帰ってきたとかではない。父さんと兄さんから、男同士で話があると呼び出しを受けたのだ。
「それで態々、俺を呼び出したって事は、何かあったの?」
「中々察しが良くなったな、アキト」
「そりゃ、もう何度も呼び出しを受けてるからね……」
領地経営を本気で行うようになってから、事あるごとに父さんと兄さんに呼び出しを受けていた。
その呼び出しは仕事の手伝いだったり、母さんと喧嘩をしたから仲を取り持ってほしいだったりと様々だ。
そして今回もそれ関係だろうと、俺は呆れつつも結局は家族だから助けに来た。
「それで今回は何? また父さんが母さんを怒らせたりしたの?」
「いや、今回は俺じゃない。エリクなんだ」
「……えっ、兄さんが? 母さんを怒らせたの?」
「いや、母さんじゃないんだ。実は、ミリアとの関係がね……」
ミリアとはエリク兄さんのお嫁さんで、俺の義理の姉にあたる人物。ミリア義姉さんは母さんや婆ちゃんと仲が良く、今は学園で教師となったアミリス姉さんとも仲が良い。
だから、家族の関係が悪くなるなんて事はないと思っていたが……
まさか何かあったのか?
「少し前に、王都でパーティーがあったのはアキトも知ってるよね?」
「ああ、俺が拒否したパーティーでしょ? 知ってるよ」
「実はそこで、少しお酒を飲みすぎちゃって女性とぶつかって、こう抱きかかえる形になってしまったんだ」
兄さんは父さんを使って、その時の再現をしたのだが……
二人は真剣かもしれないが、親子がそんな抱きかかえるような姿を見て、俺は少し引いてしまった。
「まあ、でも、そのくらいでミリア義姉さんが兄さんを嫌うとは思わないけど?」
「うん。その時は良かったんだけど、つい先日、普通に女性と話してるところまで見られてね。普段ならミリアも平気な顔してくれるんだけど、その時は何故か怒った顔をしていて、何だか徐々にミリアとの関係が悪くなっていったんだよ……」
「う~ん、心当たりはその二つだけなの?」
「悪くなってきた時期から考えて、この二つしか心当たりはないんだ」
それから兄さんは「アキト、どうしたらいいかな?」と不安げな顔で聞いてきた。
「正直その場面を見てないし、兄さんとミリア義姉さんが今どんな状況かハッキリとはわからないから何とも言えないけど……とりあえず俺も力を貸すよ」
「ありがとう。アキト」
「俺らではどうしようもない。一番女性の気持ちがわかるのがアキトだからな」
情けない兄さんと父さんに俺は言う。
「そろそろ二人も成長してほしいところだけどね。いつまでも俺が間に入るって、おかしいと思ってよね?」
ひとまずは情報収集のためにも、母さんに話を聞きに行くのが良いだろう。
◇ ◇ ◇
「あら、アキト? 帰ってきてたのね」
「うん。ただいま、母さん。今、ちょっと大丈夫?」
母さんがいる部屋に行くと、母さんは趣味である編み物をしていた。
そして、机に道具を置いて「今日はどうしたの?」と聞いてきた。
「うん。実は、兄さんからミリア義姉さんとの仲を取り持ってほしいって言われて、情報集めのために母さんの所に来たんだ。母さんは、二人の関係が悪くなってる理由、知ってる?」
「知ってはいるんだけど……まあ、これに関してはどちらも悪くないのよね」
母さんはそう言うと、どういった経緯で兄さん達の関係がギクシャクしているのか教えてくれた。
事の経緯だが、兄さんが問題だと言っていた二つは関係なかった。
ギクシャクし出したのは、兄さんが多忙すぎるあまり、ミリア義姉さんとの記念日を忘れたのが原因との事。
「あれほど、記念日関係は覚えておかないと大変な事になるって言ってたのにな……父さんと母さんが何度もそれで喧嘩してたんだから、忘れる筈はないと思ってたんだけど」
「まあ、私からしたら、仕方がないとは思うのよね。エリクは次期国王として勉強中で、昔とは違ってジルニア国も大きくなってしまったから、勉強する範囲が広がってて、とにかく時間が足りないのよ。それで、いつもエリクは忙しそうにしているのよね」
「確かに昔に比べて、ジルニア国は大きくなったからね……主に俺が原因で」
ジルニア国は俺が生まれてからというもの、元々大国だったのにもかかわらず、更に大きくなった。
そのせいで、王の行う仕事は増えてしまった。
「そんな事はないわよ。仕方ないとはいえ、忘れたのはエリク自身だから、アキトのせいじゃないわ」
母さんはそう言いながら、俺の頭を撫でていてくれた。
それから、具体的な解決案を話し合う事にした。
ミリア義姉さんも関係がギクシャクしてから落ち込んでいるらしく、早く関係を元に戻したいと思っているみたいだ。
ただそのきっかけがなく、ミリア義姉さんはエリク兄さんから距離を取っている……と母さんから聞いた。
「う~ん……簡単そうで難しいね」
「そうなのよね~。私も何だかんだ心配だから、ちょくちょく話はしてるんだけど、どうしても私の考えはミリアちゃんに寄ってしまうのよね」
「まあ、それは母さんも父さんから似たような事をされてきてるからね。ミリア義姉さんに同情してしまうのは仕方ないと思うよ」
その後、俺は母さんに情報提供のお礼を言い、王都にある俺の部下の拠点へと向かった。
◇ ◇ ◇
王都の拠点は二つあり、一つは表で行動する者達が集まる場所。そしてもう一つは、俺の持つあらゆる分野に特化した影の者達が集まる場所である。
俺は今回、後者の影が集まる拠点にやって来ていた。
「アキト様? ここに来るなんて、珍しいですね」
「まあ、ちょっとな。ディルムはいるか?」
影の拠点に来ると、影所属の部下が数名いた。俺は彼らに、影のリーダーであるディルムはいるか尋ねた。
「リーダーはちょっと、今は外に出てますね。シンシアさんならいます」
「そうか。なら、シンシアを呼んできてくれ」
少しして、影の副リーダーであるシンシアが現れた。
シンシアは影の中では、かなり実力も高い女性。
長身で、影の者とは思えないほど気品に溢れている。
元々貴族の令嬢だったが、家の悪事を見て絶望していたところを、たまたまシャルルが見つけて影に誘ったという経緯がある。
なお、シンシアは外では死んだ事になっている。
「アキト様、本日はどのようなご用件で来られたのですか?」
「ちょっと、頼みたい事があってな。兄さんとミリア義姉さんが最近、関係がギクシャクしてるみたいなんだよ。それで、何かいい修復の仕方はないかなって」
「……それは、私どもよりも、表の者達の方が良いのではないですか?」
「お前らの顔も確認しておきたくて、先にこっちに来たんだよ。クロガネの帰還祝いにも来てなかっただろ? 少し心配してたんだよ」
そう言うと、シンシアは「ご心配していただき、ありがとうございます」とお礼を口にした。
「帰還祝いに伺えず申し訳ございません。丁度、こちらで調べていた者達に動きがありましたので、そちらの対応をしていました」
「そうだったのか、そいつらは捕まえたのか?」
「はい。既に国に引き取ってもらっています」
影の者達は現在、犯罪者を捕らえる組織として国にかなり貢献している。
巨大国家となったジルニア国は、良い人達も増えたが、悪い奴らも増えた。それらの対応に、影達は奮闘している。
「その報告資料をリーダーが作成して、今は主がいないクローウェン領の方に行っております」
「ああ、なるほど。それで、いなかったのか」
ディルムがいない理由を知った俺は、タイミングが悪かったなと思いつつそう言った。
「それで関係修復の件ですが、やはり女性である私からしたら、心からの謝罪と何か贈り物を渡すべきかなと思います」
「やっぱりそれがいいよな~。俺としては、旅行も良い案だと思うんだけど、兄さん達は忙しいから、そんなに時間もないしな」
「旅行でしたら……今は相手に対する気持ちがマイナス面になっていますので、関係が戻りプラス面になった際に、更に仲を深めるために行くのが良いかと私は思います」
「なるほどな、流石は元貴族令嬢だな」
そうシンシアに言うと、シンシアは「もう何年も前の事ですけどね」と笑いながら言った。
その後、他の影の者達と軽く挨拶を交わした俺は、王城へと戻る事にした。
そこで早速、兄さんと話し合いをする。
「なるほど……確かに、今言われてみれば記念日の事をすっかり忘れていたよ。本当に父さん達から学べてなかったな……」
「ずっと言ってたんだけど、やっぱり忙しいと忘れるからね。俺の場合は、沢山部下がいるから言ってくれたりするけど、兄さんってあまり近くに人を置いてないもんね」
「正直、アキトみたいに沢山の人に囲まれるのはそこまで好きじゃないからね。王になるんだから、そういうのも慣れないといけないのはわかってるんだけど、性格的に難しいもんだよね」
「まあ、相談役は、代わりが見つかるまでは俺がしてあげるよ」
というか、「俺のせいで色々と苦労もかけてるだろうから」と心の中で思いながら、兄さんに言った。
それから、ミリア義姉さんに渡すプレゼントを決める事にした。
「兄さん、ミリア義姉さんが好きな物とか知らないの?」
「本とかは好きだけど、今回渡す物としては違うよね?」
「まあ、若干違うね。どちらかと言うと、好きなアクセサリーとかだったらいいかもね」
「アクセサリーか……そういえば、少し前に髪飾りが壊れたみたいな事を言っていたな」
兄さんは少し考え込んでからそう言った。
そうして「だったら、贈り物は髪飾りが良いね」となり、どんな贈り物を渡すかの大まかな方向性が決まったのだった。
「兄さん、今日の予定は?」
「えっ、えっと、今日はアキトを呼び出すってなってたから、お昼以降は特に予定は入れてないよ?」
「それなら、一緒にミリア義姉さんに渡す髪飾りを探しに行こうか。特注で作るのもありだけど、それじゃ時間がかかるからね」
俺はそう言って、兄さんを俺の領地にある街に連れていく事にしたのだった。
◇ ◇ ◇
王都もそれなりに良い店があるが、やはり最新設備を整えてる俺の部下達の店の方が良いだろうと思ってこっちを俺は選んだ。
「ミリア義姉さんの好み、俺はあんまり知らないけど、流石に兄さんは知ってるよね?」
「うん。そこは大丈夫、任せてよ。ちゃんと把握してるよ」
兄さんは自信ありげにそう言った。
そんな感じで、俺と兄さんはアクセサリー屋に入る。
「あれ、アキト様? 今日はどういったご用でしょうか?」
「兄さんが義姉さんに渡すプレゼントを選びに来たんだ。髪飾りの場所、教えてくれる?」
早速俺の奴隷が対応してくれて、「こちらです」と案内してくれた。
案内された場所には沢山の髪飾りが置いてあり、かなり選ぶのに苦労しそうだった。
「ミリアは赤色が好きなんだけど、そこまで装飾が多いのは頭が重くなるから好まないんだ」
「そうなんだ。なら、これとかどう?」
兄さんから義姉さんの好みを聞いた俺は、パッと目に入った髪飾りを手に取った。
シンプルな作りで、装飾も宝石が二個ついてるだけである。
「う~ん。この色はちょっと薄い気がするな……色合いでいえば、こっちがミリアの好きな色だね」
そう言って兄さんが手に取ったのは、バラのように真っ赤な色をした髪飾りだった。
確かに俺がさっき手に取ったのは、赤といえば赤だけど少し薄い感じだった。
なるほど、ミリア義姉さんが好きな色は鮮やかな赤って事なのか。
その後、俺と兄さんは手分けして色々と髪飾りを見て回り、店に入ってから三十分ほどが経った頃、ようやくプレゼントが決まった。
色合いも完璧で、装飾の量もミリア義姉さんが普段つけているくらいの物を見つけられた。
「かなり高かったけど、良かったの? 俺が払う事もできたのに」
「ううん。アキトにお金を出させるわけにはいかないよ。これはプレゼントなんだから、自分でお金を出さないと」
兄さんはそう言って、綺麗に梱包された髪飾りを大事そうに持っていた。
それから俺は、兄さんと王城に戻ってきて、どういった感じで渡すのか話し合いを始めた。
「食事に誘うのがベストだと思うけど……その誘いに乗ってくれそう?」
「多分、厳しいかも……最近は目も合わせてくれないから……」
「それだと厳しいね……それなら、城の中でミリア義姉さんを呼び出してきてもらうのが良さそうかもね。外に出かけない分、多少は来てもらえそうじゃない?」
「食事よりかはいいかもね。だけど、来てくれるかな……」
兄さんがこれほど心配するレベルで関係がギクシャクしてるんだろうな……よしっ、ここはもう一回俺が手助けしてやろう。
「兄さんから誘うのが難しいなら、俺から誘おうか? それで、二人だけの空間になれば、兄さんもやるしかなくなるから覚悟が決まるんじゃない?」
「そ、それでも失敗したらどうしよう……」
「それはもう、ミリア義姉さんが笑ってくれるのを願うしかないね。ミリア義姉さんは、兄さんが完璧な人だとは思ってないから、失敗した方が逆に良いかもだよ」
「いや、それは男として嫌だよ……」
兄さんはそう言いつつも、自分から誘うのはどうしても難しいとの事。そんなわけで、俺がミリア義姉さんを呼ぶ役目を担う事になった。
そうして俺は兄さんと別れて、ミリア義姉さんの所に向かった。
◇ ◇ ◇
「ミリア義姉さん、今大丈夫?」
「アキト君? うん。大丈夫だよ」
ミリア義姉さんの部屋に行くと、義姉さんはそう言って俺を部屋の中に入れてくれた。
「もしかして、エリク君から何か頼まれたの?」
「女の勘って、本当に怖いですね……」
「アキト君はエリク君と仲が良いから、今の私とエリク君の関係を聞いたら、何か手助けをするかなって思っただけだよ」
ミリア義姉さんは、笑みを浮かべながらそう言った。
「ってか、意外と普通ですね。正直、もう少し荒れてるのかと思ってました」
俺がそう言うと、ミリア義姉さんは尋ねてくる。
「アキト君は、私とエリク君の関係がギクシャクしてる理由知ってる感じ?」
「はい。母さんから聞きました。兄さんが記念日を忘れていたって」
「うん。それで数日間は確かにムッとしてたんだけど、今はもう大丈夫なの。でも、エリク君を前にすると、落ち着いてる筈なのにまたムッとしちゃうんだよね……」
なるほど、今は兄さんがいないから、ミリア義姉さんも普通な感じなのだろう。
となると中々大変そうだと思いつつも、一応兄さんからの伝言を伝える事にした。
その内容は、「この後予定がないなら庭園に来てほしい」というもの。そこで兄さんは義姉さんに謝罪をして、プレゼントを渡すつもりでいる。
受けてくれるかなと心配していると、意外にもミリア義姉さんは「うん、わかった。準備するね」と言った。
「あれ、良いんですか?」
「エリク君を見るとムッとするのは本当だけど、関係を修復したいとも思ってたの。でも自分からはどうしても動けなくて。エリク君が折角動いてくれたんだから、私も動こうと思ったの」
ミリア義姉さんはそう言い、俺は何だかんだこの二人は仲が良いんだなと思いながら、伝言はちゃんと伝えられたので部屋を出る事にした。
その後、兄さんの所に戻ってきた俺は無事に伝言を伝えられた事を言い、「俺ができるのはここまでだ」という事も言った。
「アキト、本当にありがとう。アキトがいなかったら、まだ何も行動できていなかったと思うよ」
「まあ、後は頑張ってね。最悪、ミリア義姉さんなら頭を地面に擦りつけて謝れば、許してくれると思うから」
「ハハッ、確かに最後はそのくらい謝ってでも許してもらうよ」
その後、俺は兄さんと別れて、自分の家に戻るのだった。
早速クロネが尋ねてくる。
「あら、ご主人様おかえりなさい。どうだった、久しぶりの家族との時間は?」
「ただの頼み事での呼び出しだったから、そんなゆっくりと過ごしてはないけどな……」
「ふふっ、そう文句言う癖に、何だかんだ助けるのがご主人様だものね」
「そりゃ、家族だからな」
俺はそう言った後、残していた仕事に取りかかる事にしたのだった。
第4話 模擬戦
それから数日後、兄さんから「上手くいった」という内容の手紙が届いた。
クロネが手紙を覗き込みつつ言う。
「ふ~ん、上手くいったみたいね。良かったじゃない」
「上手くいくとは、ミリア義姉さんと話した時から思ってたけどな、何だかんだミリア義姉さんも仲良くなりたいって思ってて、きっかけさえ作れば元に戻ると思っていたんだ」
「なるほどね。まあ、ご主人様の兄と義姉は、仲が結局良かったって事ね」
「そういう事だな」
クロネの言葉にそう言うと、部屋の扉をノックする音が聞こえた。返事をすると、外から奴隷の一人が入ってきた。
「すみません。お話し中でしたか?」
「ただの雑談だから大丈夫だ。それより、何かあったのか?」
「はい。実はレオンさんとクロガネさんの件でお話が」
「またあいつらか……」
クロガネが戻ってきてから、そろそろ二週間が経とうしている。
最初の数日はクロガネも大人しかったが、暫くしてレオンと模擬試合をしたり、他の奴隷や部下達を誘って戦いを繰り広げていた。
そして、それはどんどん広がっていき、いつの間にか「クロガネとレオンに勝てば、俺と戦う事ができる」みたいな噂まで勝手に流れ始めていたのだった。
何でそうなったのかわからないが、その噂なしにしても、二人に巻き込まれた部下達の一部は、仕事に支障が出始めている。
「そろそろあいつらを一回ちゃんと怒った方が良いな……」
「それも良いとは思うけど、手っ取り早いのは、竜王さんかご主人様のお爺ちゃんに丸投げが良いんじゃないかしら? あの二人、結局は強い相手と戦いたいだけだし」
「それはそうなんだが……一応はあいつらも俺の部下なわけで、他の奴らが仕事してるのにあいつらだけ自由にさせるのは恰好がつかないだろ?」
「まあ、確かにそうね」
今までレオンとクロガネはかなり自由にさせてきたが、この二年で俺の領地もかなりの大所帯となっている。
仕事は山ほどあるというのに、あの二人だけ好きな事だけさせるのはいけないだろうと俺は考えた。
「俺の部下の中であいつらと同レベルの強さといえば、ローラかシャルルくらいだけど、ローラは戦いに興味がないし、シャルルもやる事があるからな……」
「そうね。次点でジルだけど、あの二人との戦いの相性は最悪だものね」
「力押しのクロガネと、魔法使いのレオン。確かに剣士であるジルは相性的に悪いな……誰か、あいつらの相手をしてくれるほど強くて、仕事に支障が出ない奴はいないもんかな……」
そう悩んでいると、突然、俺の頭にプニッとした感触が。
「いつの間に来たんだ。ライム?」
その感触から何者なのか言い当てると、俺の頭に乗っていたライムはプルプルと嬉しそうに震えた。
「……そういえば、ご主人様。ライムってそんな見た目だけどかなり強かったわよね? あの二人といい勝負できるんじゃないかしら?」
「いやいや、流石にライムが二人と戦えば……」
そう言い終わる前に、ライムは机に移動して、やる気に満ちた様子でプルプル震えた。
そこまでやる気なら一度だけ試してみようか。
俺は、クロガネとレオンを呼び出し、ライムと戦わせる事にしたのだった。
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