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第四章 古代の魔法編②

第42話 獣人族の少女・リリル

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「いつもすまないね、リリル」

 弱々しい声と共に、
 ゴホゴホと咳き込む獣人族の男。
 
 その身なりは見窄みすぼらしく、裸体の上にボロ布一枚といった格好だった。

 彼はリリルの父、バグード。

 元はBランクの冒険者だ。
 家族を養うため。
 そのためだけに必死に働いてきたが、
 とあるダンジョンにて仲間を庇い負傷。

 モンスターに負わされた傷に、
 今もなお苦しんでいる。

「ごめんねリリル。私たちも、お仕事できればいいんだけど」

 彼女はリリルの母、ロマ。
 彼女も同じく、裸体の上にボロ布一枚といった格好である。

 生計の全てを娘のに任せている以上、
 服装に拘っている余裕などなかった。

 二人が身に纏う衣服は
 一枚10ゴールドにも満たない。

「大丈夫だよ、パパ、ママ」

 リリルはキラキラの笑顔を咲かせる。
 実際、リリルはこれくらいなんてことないと思っていた。

 今まで自分を育ててくれた両親。
 父は手傷を、母は病に。
 それなら、自分が働いて恩返しするのは当然。心の底からそう思っていた。

「今日も頑張って行ってきまひゅ! 二人はなにも心配しなくていいからね!」

 そう告げて。
 リリルは、吹けば消し飛びそうなボロ屋を飛び出していった。
 
 大切な大切なお守り・・・を胸にぶら下げて。


 
 リリルは獣人族の少女で、
 年齢は十一歳。
 将来の夢は、
 父・バグードのような立派な冒険者になること。

 そのために、
 四歳の頃から剣を降っている。
 現在のレベルは5だ。
 まだダンジョンに挑んだことが無い少女にしては、なかなかのものである。

 だが。
 今はそんな夢のことよりも優先しなければならないことがある。
 
 一日一日をなんとしてでも生き抜くこと。
 
 今まで育ててくれた父と母に報いるため。
 
 そのために、リリルは今日も馬車を引く。

#

 御者の仕事は、基本的には誰でもできる。
 冒険者を荷台に乗せるだけの仕事だからだ。

 確かに力は必要だし体力も消耗する。
 馬の機嫌に左右されることもあるし、
 冒険者から苦情を入れられることもある。

 それでも、
 リリルはこの仕事が好きだった。
 
 色々な人との出会いがあり、
 そして別れや再会があるから。

 それに、
 冒険者の人間に気に入ってもらえれば、
 指名といった形で支援してもらえることもある。

 だから、
 別に辛い仕事ではないのだ。

「一人目はクオンさん、ですか」

 あまり聞いたことの無い名前だ。
 それに、肖像画もぼやけた感じでよく分からない。

 口元しか映っていないのだ。
 だが、見つけることはそう難しくはなさそうだった。服装が実に特徴的なのだ。

 教会のシスターが羽織るような純白のローブ。
 ただそれだけ。
 一般的な冒険者の見た目とはかけ離れているので、すぐに見つけられるだろう。

 ということで。
 リリルは冒険者ギルドの周辺をキョロキョロと見回した。

 すると。
 やはりすぐにその人物は見つかった。
 リリルは男か女かも分からないその人物の元へと駆け寄っていく。

「えっと、クオンさん、ですか?」
「――そう」

 ひどく冷淡な声が応じた。
 感情の機微が感じられない、
 人形のような声。

 リリルは「ちょっぴりおっかないな」と思いながらも、その人物を荷台に乗せた。

「ところで、珍しい依頼をなさるんでひゅね」

 道中、リリルはあまりの静けさに耐えかねて、問いかけた。

「――なに、が?」

 相も変らぬ不気味な声。
 男か女かも分からない冷え切った声。

 無感情なその人物に対しても、
 リリルは努めて明るく振るまう。

「初めてなんでしゅよ。目的地がないっていうのは」

 その人物の依頼欄には、
 【散歩】とのみ記載されている。
 このような御者の使い方は極めて稀なものであった。

 リリルがこの仕事に就いたのは、
 今から二年前。

 だが、この二年間でこんな依頼を受けたのは初めてだった。

「――目的地は、ない」

 太陽が大地に降り注ぎ、
 照り返す熱で汗がにじむ。

 そんな陽気に照らされながら、
 しかし背後からかかる声は酷く冷たく。

 うう、なんなんでひゅか? この人は。
 なんだか不気味な感じです……,
 それに、あんなローブを目深に被って、暑くないのかなあ?

 すると、
 その人物は「――フフッ」と微笑んだ。
 同時に、リリルはビクッ! と肩を震わせた。

「えっ、えーと。どうか、されましたか?」
「――君は、実に可愛らしいね」
「え?」
「――大、丈夫。暑くは、ないよ」

 リリルは猛スピードで振り向いた。
 なんで。どうして。
 私、口に出したないのに。
 心の中で思っただけなのに、なんで?
 そんな疑問が脳内を埋め尽くす。

「――目的地は、ない。目的は……君」
「ひっ!」

 差し伸ばされた手に、
 悲鳴を上げようと試みるリリル。
 しかし。

「――ッ!?」

 こっ、声が出ない!?
 どうして?
 なんで!?

「――怖がらなくても、いいんだ……よ」

 い、いや!
 やめて!
 私には、必要としてくれる家族が……っ!!

「――フフ、君は好かれているね。君を……必要、とするのは。家族だけじゃあない」

 ――僕たちにも、君が、必要だ……。

 白いローブを纏う人物。
 名も知れぬその存在はリリルに優しく触れた。
 
 次の瞬間。
 リリルの意識は、プツンッと途切れた。
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