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眼中

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結局この人の名前を思い出せないが、とりあえず彼女について歩く。やってきたのは中庭だ。かなり背の高い木が立ち並んでいて、夏場でも木陰ができており、比較的涼しい場所ではある。それでも暑いのは暑いのだが、結構好きな場所だ。ベンチでも置いてくれたらいいんだけど。これも生徒会に無茶ぶりしてみようか。

「八代、なんか別のこと考えてないか?そんなに私に興味がないのか?」

男としてはなくはないんだが、謎のブレーキが働いている。とは言え、とりあえず建前としてはこう言っておこう。

「そんなことないですよ。前も言いましたが先輩キレイですし。」

「あ、お前、私の名前覚えてないだろ?」

バレてしまったか。仕方ない。営業先のカウンターパートの名前なら一発で覚えられたんだけど。

「…すみません、物覚えが悪いもので。」

彼女はため息をついて教えてくれる。

「さすがにそんなに興味を持ってくれないと傷つくな。池田ミナだ。ミナでいいぞ。」

「失礼しました。ミナ先輩ですね。」

ミナはじっとこちらを見てくる。

「よし、さすがに覚えたな?」

「ええ、覚えましたよ。で、ご用件は?」

なんだかめんどくさそうな人だな。自尊心が強いんだろう。その外見では仕方ないかもしれないが。

「お前、酷いやつだな。この前告白したじゃないか。」

「あれは冗談でしょう?」

「冗談じゃないよ。」

「そうなんですか?でも、ごめんなさい。」

彼女は笑い出す。

「はははっ!考えるにも値しないか?理由を聞いても?」

アズサを振ったばかりでタイミングも悪い。それでなくても答えは変わらないが。どこまで本気か正直わからないが、一応ちゃんと理由を答える必要はあるだろう。

「最近、他の子に告白されまして。その子を受け入れられなかったのにミナ先輩を受け入れる理由がありません。」

「ふーん。そんなにいい女か?」

ミナはイタズラっぽく聞いてくる。嫌味にならないのがすごいな。

「そうですね。俺には勿体ないぐらい。」

「そこまで評価してるのになんで断るんだ?」

「…自分でもわかりません。」

「まだ若いんだから、もっと奔放でいいんじゃないか?思いのほか身持ちが固いんだな。」

「そうかもしれませんね。」

そうだな。将来は決まっている訳じゃない。既に周りでいろんなことが変わり始めている。アズサに告白されることは過去に無かったし、マサキとカオリもあんなに仲良くなることはなかった。ミナとも出会っていない。

俺の将来が思い出せなくなったのはそのせいではないだろうか。俺は俺の行動により周りに与える影響を気にしていたが、当然ながらその中心にいる俺が最も影響を受ける。そう考えればしっくり来るが、忘れちゃいけない、大切な記憶だった気がする。

「何か思い当たったか?」

「そんなに顔に出てますか?最近よく言われる気がします。」

「いや、あからさまに考え込んでるし、表情が無くなるんだよ。」

なるほど。ポーカーフェイスとは無表情という意味でつかわれているが、元々はポーカーでカードの良し悪しを相手に悟らせないことであり、そういう意味では逆に失敗しているということだ。

「勉強になりました。気を付けます。」

「いや、悟らせないようにしろってことではないよ。もっと人を頼ったらどうだ?相談部なんてやっておきながら、自分が一番迷ってるんじゃないのか。」

これは痛いところを突いてくるな。確かに俺は同級生たち、先輩も含めて年下としてしか見ていなかったかもしれない。仕事においても相談をするというのはとても大事なことだ。ただ、相談する相手は上司か、全く違う専門性を持った人だと思っていた。

俺の悩みは将来に対する悩みだ。仕事ではなく人生というテーマなら相談のしようはなくはない。しかし、ちょっと事情が人に話せる事情ではないため、抽象的にしか相談がしにくい。まともに話すと頭がおかしいと思われかねない。

ミナはPHSを取り出す。

「PHSかポケベルは持っているか?良かったら相談に乗るから連絡してほしい。」

俺は素直にPHSを取り出し、番号交換に応じる。口調のせいか、あまり年下に感じられなかったのも相談してみてもいいかと思える要因になっていると思う。

「私はまだ諦めてないからね。やっぱりキミは面白いよ。」

「答えは変わりませんよ?」

「大丈夫だ。興味を持ってもらえるように頑張るから。少なくとも今日で眼中になかったのが、目には入っただろう?」

ミナは微笑む。この人もアズサと同じで強い女性だ。こんな人達に言い寄られて嬉しいはずなのに素直に喜べない自分がもどかしい。
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