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平日午後四時前の、まだあまり混んでいない電車、そこで私たち三人は、ちゃっかりドア横を確保し、エマは手すり、私と五央はつり革を掴み、並んでいる。
今日は三人で映画を観に行く。たまたまエマが気になっていると言っていて、じゃあ今度行こうか、なんて話になっていた映画を、五央も気になっていると教室で聞いたので、最近はエマと五央も普通に仲良くしているし、のじゃあいっそ三人で行かない? と私が提案したのだった。
映画館がある駅は、白女のある駅よりさらに幾つか奥の駅なので、私と五央が白女のある駅のホームでエマを待ち、三人でホームで合流して向かうことにした。放課後制服でこの三人が揃うのは意外に珍しいから、なんだか新鮮である。
「案外三人で出かけると平和よね」
と言ったのは、多分エマだったか。でもそれは私も思っていたし、そうやら五央も思っていたようだった。
「三人一緒で何か起きたのって、あのカフェが停電になったときだけっか?」
と五央は言うが、正確には違う。
「あの時は実はマスターが居たから、何か起きた瞬間っていうのは三人じゃなかったのよ」
私が誇らしげに言うと、五央だけでなくエマも「そういえばそうだった」という表情をした。マスターは早々に退散したから盲点だろう。実を言えばそれに気付いた時、私自身もかなり驚いた。
「そう考えると、私たちが三人だけで過ごしている時が一番平和ってこと?」
「或いは私たちが全員バラバラで居るかね」
「本当にいよいよ何がしたいのかわからないね」
エマが頬に手を当て考え込んでいるのを見て五央は、
「でも案外なんにも考えてないのかもしれないけどね」
と言った。
不思議なことは私とフリクションが巡り合ってから起きている。そして、フリクションを使えるのは私だけだけど、何か起こるのはこのフリクションの元の持ち主の孫である、エマか五央が一緒に居る時だけである。
本当はフリクションの力は、冴羽の人が使えるはずだったのに、なんらかの神様のミスで、私が使えるようになってしまったのだろうか。でもそうだとして、どうして高校一年生の今、やっと私たちはここに揃ったのだろうか。五央がそれなりの期間日本に帰っていた時期もあるわけだし、私とエマはずっと今の家に住んでいるわけで、徒歩圏内とは行かないがエマは特に学校も習い事も電車や車で移動するような行動範囲だったんだから、出会わせたかったのならもっと早く出会っていてもおかしくないのに。
そんな風に考えると、別に何か見えざる力に私たちが操られているわけではなくて、本当にたまたま、行き当たりばったり的に出会ったという方がしっくりくる気がする。例えば、フリクションの力を発揮するための持ち主がエマでも五央でも良いように、もしかしたらフリクションのインクを出せる人が私以外にも居るのかも。
そんな話を二人にしたら、五央は「確かにありえる」と笑い、エマは「えーでも一緒に何かやるならひかるが良いなぁ」とおもむろにスマホの画面を閉じながら言った。
「エマ何見てたの?」
と興味本位で私が尋ねると、「今日の星占い」と返ってくる。なんで夕方四時に今日の星占い見るんだろう、と思ったが、電車が緩やかに停車し、扉が開く。あ、降りる駅じゃん。
「この駅だよ、降りまーす」
と私は、主にこの駅に初めてくるであろう五央に向けて、バスガイドのようにお知らせするのだった。
◆
二人が見たいと言っていたのは、高校生二人の恋愛ものだ。でも少女漫画原作の明るいラブコメではなく、小説が原作で、どうやらヒロインが亡くなってしまう展開らしい。でもなんにせよ、エマと五央が恋愛もの、しかも邦画のものを観たいというなんて、珍しい。
エマは見た目や属性とは裏腹に、ハリウッドのアクション映画が大好きである。曰く皆もっと気軽に銃で撃ち合ったりカーチェイスをしたりして欲しいらしい。逆に五央はそういう激しい要素は苦手だが、でも推理ものだったり、社会問題に切り込んだものだったりが好きだそう。ちなみに私は、映画館までわざわざ観に行くのはテレビシリーズの映画版か、海外のファンタジー巨篇かのほぼ二択だ。
三人でシェアしよ、とドリンクとポップコーンのセットを塩とキャラメルで一個ずつ。それから単品でドリンクを一つ買えば、映画を観る準備は完璧だ。ポップコーンが一つのバケツで塩とキャラメルという風に混ざっているカップルセットだと、何故かドリンクはMサイズで固定なんだけど、お一人様用のセットだとポップコーンのサイズもドリンクのサイズも選べる。ちなみにこのポップコーンも追加料金を払えば味を混ぜることが出来るらしい。そうなってくるとカップルでもカップルセットよりポップコーンセットと単品ドリンクを頼んだ方が勝手が良さそうだが、映画館にも色々と思惑があるのだろう。
後ろでエマと五央がポップコーンを持ってくれているので、三人縦に並んでスクリーンへと入る。私はこういう場でもナビの力を遺憾なく発揮して、スッとチケットに書かれた席へと辿り着けるので、いつも当たり前のように先頭になる。それなのに何故か右からエマ、私、五央、と並ぶ。これもまた当たり前のようにこの並びになるのだが、これに関しては私が真ん中なのはおかしくないか? と思っている。落ち着いて考えると関係性的にもエマが真ん中になるべきだといつも思うのだが、無意識で過ごしているといつもこの並び順なのだ。なんでなんだろう。
ま、いっか。と私は念のためスマホの光度を一番低くし、マナーモードになっているのを確認してから、鞄にひょい、と放った。
それからエマが好きそうなアクション映画や、五央が興味を惹かれていそうなサスペンスものや、夢が好きそうな人気漫画の実写化なんかの予告を片目で伺いながら、私は一人ポリポリとポップコーンをつまむ。五央側にある塩と、エマ側にあるキャラメルを交互に食べると、うん、これは一生止まらない。二人の反対を押し切って両方Mサイズにして正解だった。でもポップコーンを食べることがメインみたいにならないように気をつけなきゃ。
でもそんな心配は杞憂に終わり、いざ映画が始まると私はスクリーンを食い入るように見つめていた。私と然程年齢も変わらないようなアイドルや役者たちが演じる主人公とヒロインは、まるで本当はテレビのバラエティ番組や雑誌で見るような姿じゃなくって、このスクリーンの中で演じている姿のほうが本物なんじゃないか、というほどの憑依の仕方とでもいうのだろうか。顔はよく知っているのに、全く違う人としてそこに確かに生きていて、ああ、エマと五央はこの評判を聞いて興味が湧いたのかと合点がいく。主演二人が演技派というより今人気の顔の良い二人だから、脇はあまりドラマなんかでは見かけないような子が多いのだが、その子たちも勿論きっと普段から演技派って言われているんだろうな、という見事な、でしゃばり過ぎないけど存在感があって。全員それこそ桜森のどこかのクラスに居そうなのにキラキラしていた。
そんな、いいな、素敵だな、とある種夢見ごごちの私の左腕をツンツン、とつつく指があった。左側なので九割九分五央なんだけど。
「なに?」
と小声、というか無声音で返した私に五央は、
「キャラメルのポップコーンちょっとちょうだい」
とこれまた無声音で頼んでくる。五央の側にある塩のポップコーンを覗き込めば、以外にも残り二割ほどにまで減っている。やっぱり海外の人は映画にポップコーンは付き物なんだろうか。私も急いで食べとかなきゃ、と二つ三つ摘み、それから先程の私同様すっかり画面に夢中のエマの手元のポップコーンを覗き込むと、こちらはまだ五割ほど残っている。なるほど、これ、エマはほとんど手をつけていないな。私も途中からあまり摘まなくなっていたし、そもそも塩とキャラメルだと塩の方が進みがちなのだ。個人的には塩とキャラメルは三対二くらいの配分がベストだ。
箱入れ替えちゃう? とも考えたけれど、エマは塩のポップコーンは穀物感が凄すぎて、そんなに好きじゃないと言っていた。ん~と悩んだ私は、私をつついていた五央の手のひらを開かせ、そこにキャラメルポップコーンを乗せた。仕方がないがこれも真ん中の定め。ポップコーンリレーの中継役ぐらいこなしてみせよう。
そうやってそれから私は時折左手をつついてくる五央にポップコーンを渡す役目を全うしながら、主人公とヒロインの楽しい青春を眺めていた。
でも次第にスクリーンの中の雲行きが怪しくなってくる。そうすると五央のポップコーンの手も止まり、ずっと映画の世界の中のエマに続くように、私たちもその世界に没頭していった。
そんな感じで、途中まで完全に油断していたのがいけないのだろう。エンドロールが終わり客電が点いたときの私といったら、顔が涙でびしょびしょで、マツエクも水分を吸って普段の二割増し重く感じた。でも右隣のエマと来たらもうすすり泣きなんてレベルじゃなく、大号泣、息吸えている? といった状態で、私は慌てて背中をさする。
そして横目で見た五央の瞳も、しっかりと涙が溜まっていて、私はエマの背中をさすっていない方の手で自分の涙を拭ったハンカチを雑に裏返し、五央に差し出した。
そうしてなんとかスクリーンから出たものの、なんだか呆然としている私たちは、なんだか無性に外の空気が吸いたくなって、外に出るか、と建物を後にすることにしたのだった。
エマも五央も、あんまり感動系の映画の話をしないのは、泣いてしまうからなのかな、なんて思いながら、外の空気を吸ったことで徐々に現実に復帰出来た私は、この建物のすぐ裏の公園に行こう、と二人を引き摺り出す。
この建物には公園側にも小さな出口があり、そのすぐ横には店内からも外からも買えるスタバがあったので、ちょっと待って、と二人を置いて私は勝手にホットのカフェモカ、抹茶フラペチーノ、アイスラテを全部一番小さいサイズで購入する。
エマがホットとアイスどちらの気分かはわからないけど、キャラメル系はポップコーンを食べていたから除外するとしたら、カフェモカか抹茶フラペで恐らく正解だろう。五央は生クリームはそこまでって感じみたいだけど、実は甘いものも結構好きなので、カフェモカかアイスラテ。私はどれでも美味しく飲めるので問題ない。
「お待たせー」
と紙袋を持って二人の元に向かいながら、そういえばついこの前香大のスタバで私たち三人は初めて揃ったのか――あの時は五央はブラックコーヒーを飲むものだと思ってたし、エマもこんなに甘いもの好きだって知らなかったんだよな――となんだか感慨深くなる。出会ってからまだ半年も経っていないのに、よくこんなに二人のことを知れたものだ。勿論まだまだ今日の映画みたいに、予告編、触りしか見えていなくって、内面は知らない、わからない部分もたくさんあるだろうけど。
私はそんなことを頭の片隅で考えながら、つまりは各々無言で少し歩くとエマも落ち着いたようで、「めっちゃ最後の……あの台詞は反則だよね」なんて感想を話しだす。
「そうねえ、それでその後の、主人公然とした感じっていうかね」
「そう! あれは本当ずるい」
私の腕を掴み熱弁するエマに、珍しく五央も、
「わかる、あそこで急にあのイケメンアイドルさを出すっていうか、いい意味でいつものオーラが消えてたのに、あそこで急にガッといつもの存在感っていうの? センター感出してきて、それがめっちゃきた」
と熱く同意している。
そうしているうちにベンチを見つけた私たちは、やっぱりいつもの並びでそこに三人座る。
「コーヒー買ってきたけどどれ飲む?」
と当たり前のようにエマから聞いていく私に五央は文句を言うかな、と思っていたけれど、今日はそれを受け入れていて、五央もまだちょっと映画を引きずっているな、と私は勝手に分析した。五央は意外に話の輪に入りたがるから、普段は割り込んでくるのに。
「あったかいのと抹茶フラペ両方飲みたいから、半分つしよ~」
とエマが言うので、「じゃあ五央はアイスラテで良い?」と私は五央に尋ねるポーズだけ取りながらももうアイスラテを手渡す。
「はいよ、ありがと」
と五央は素直に受け取り、私たちは三人並んで公園の芝生を眺めながら、各々のコーヒーを啜った。
「案外三人で出かけると平和よね」
とエマが本日二度目のこの台詞を呟いて、私と五央が本日二度目の同意をしようとしたとき、急に空の色が変わる。赤のような紫のような。なんだろうこの、『魔王君臨』のエフェクトみたいな感じ。
「夕立でも来そうだね」
と私が言うと、
「そうじゃないだろ」
と五央が呆れ顔でツッコむ。今日も平和だ。
そうしているうちに空にヒビが入り、ぴかっと白く光る。雷だろうか。
「雨が降らない夕立って珍しいね。私初めてだよ」
と私はベンチから立ち上がり、スカートの裾を整える。雨が降り始めるかもしれないし、そうじゃなくても雷が落ちたら怖いし、建物に入りたい。
しかしそんな私のスカートを、右と左から引っ張られ、私はまたベンチにストンと落ちる。
「いやこれいつものあれでしょ」
「不穏不自然不思議でしかないだろこんなの」
と両脇から交互にツッコまれ、えーやっぱりそう? と私は顔を歪める。だって雷嫌いなんだもん。好きだっていう人がそもそもあんまり居ないとは思うけど、私は実は結構苦手だ。泣き叫んだりしないけど、大きな音がすると心臓がぎゅーっと縛られ止まっちゃうんじゃないかって気がするし、目が焼かれるようなあの白い閃光は、目が眩んだ勢いで頭まで痛くなる。
「私雷嫌いだから、あのゴロゴロが鳴る前に逃げたかったんだけどなあ」
とダメ元で弱音を吐いてみるけど、それはしっかりとスルーされ、「行くよ」と言う言葉でエマと五央は駆け出して行った。あーもう、こんなところに一人置いていかれる方が怖いもん。着いて行くしかない。
でも三人で居るのに、なんで何か起きているんだろう。三人の時は逆に何も起きないっていうのが間違いだったのかもしれないけど、でもそんな今更新しいパターンなんてある?
そんな風に考えていた私の思考を遮るように、爆発音のような轟音が鳴る。
「ひぇっ⁉︎」
と自分でも何を言っているのかわからない奇声をあげた後、これって雷の落ちた音……ではないよな、と疑問に思う。だってゴロゴロゴロ、みたいに連続した音じゃなくって、ドカンと一発の爆音だった。いやもう絶対怖いやつじゃんこれ。今回の原因は絶対エマだ。きっとエマが今まで見てきたアクション映画のワンシーンとかに違いない。現にエマはスキップでもするように先頭を切って走っている。一番足が遅くて体力もないくせに、好奇心はそれらをも凌駕して力になるのだろう。
やれやれ、そんな一昔前のラノベの主人公みたいな気持ちで二人の後を追うと、二人はある地点で立ち止まっていた。ということはここに何かあるのだろうか? そっとふたりの肩を割って入ると、そこにはクレーターとでもいうか、隕石でも落ちてきたような。不自然に地面が広範囲に抉られていた。
そしてそこから、引き摺られたような跡が、公園の端の森の方まで長く続いている。
私たちは互いに無言のままその森を眺めていると、風のせいかもしれないけれど、でもなんだか不穏に木々が揺れていて、なんだろう、森自体が怒っているような、そんな気がする。
「なんか、いつもと違くない?」
と私が言うと、エマと五央も頷く。
「何か起こった時、こんなに攻撃的というか、敵意剥き出しだったことないよな」
「いつもは悪戯みたいな感じだったけど、今日のはなんか戦闘みたいな感じだよね。ピィちゃんの時だってちょっと凄かったけど、でもこんなんじゃなかったよ」
言われてみれば一番最初、突風を起こす竜巻からピィちゃんを救い出した時も若干恐怖を感じるというか、大きなことが起きている、という感じだった。とはいえこんな天変地異! みたいな感じではない。
「もしかして今日、最終回だったりする?」
私がそう言うと、五央が「メタいな」とツッコむ。五央はこんな時でもツッコまずにはいられないのだろう。
「言い方が悪かった、なんか私たちに仕掛けてる人? 力? みたいなのが、今日で一区切りつけてやろうとしてるのかなっていうか……。ちょっと早い気がするけどね」
例えばこれが映画や、はたまた原作の小説や漫画だとしたら、まだ不思議な事件の取れ高が少ない気がする。でもこれは現実だから、目的さえ果たせればそんなことお構いなしなんだろうか。
「でももしかしたら今日、これさえなんとかすれば、一体私たちの身に起きてることがどういうことかっていうのがわかるかもしれないね」
エマがそう言って、地面の跡を伝って歩き始める。
おいおいおい、と私は慌ててその跡を追う。どう考えてもエマが先頭は一番危ない。エマはパーティーの頭脳担当なので、後衛に居るべきなのだ。まあ私がずっと後ろでびびっていたせいでエマが先陣を切ってくれているのだけど。
私は駆け足でエマの隣に並んで、エマの手を取る。
「地面が抉れるくらいのことがあるかもしれないから、手、繋いでこ」
それからすぐに追いついてきた来た五央に対しても、
「五央も繋いどく? 五央がヒロイン枠の可能性も捨て切れないし」
と手を振る。最近の世界の流れとして男女平等になっているから、五央が敵に攫われて人質に取られる可能性だってゼロじゃないだろう。まあ私がこの三人の中で誰を人質に取るかっていわれたら、抵抗されて反撃でもされたら困るから、一番力がなさそうで小柄なエマを選ぶけど。そもそも向かった先に居るものが敵なのかどうかもわからないが。
五央は結局私の手を取りはしなかったけれど、でも私の隣に並んで、うん、しっかりとボス戦の様相を増してきた。
森の入り口はもう見えていて、元々あったであろう土が固められた狭い道が抉られていて、奥まで続いている。
「この抉れた道みたいなのさ、結局森の端までいって、公園から出ちゃったらどうする?」
なんてふざけて言ってみたけど、そんなことはなく、道の途中で跡は横に大きく逸れて、木々の中へと続いていた。
うん、と三人顔を見合わせて、その跡を辿る。この先に絶対何かがある。
すると突然、またあの爆発のような轟音が、今度は閃光と共に鳴る。
「うーーーーわ無理無理無理!」
と私は咄嗟にエマの手を離し、耳を塞いでその場にへたり込んでしまう。両方一気にはずるすぎるって。大体薄暗い森の中ってだけでちょっとホラーちっくで怖いんだってば。
そんな私の横にエマと五央はしゃがみこんで、「大丈夫? また腰抜かした?」なんて言いながら様子を伺ってくれている。相変わらずケラケラ笑っているけれど。
「笑うなよ~」
と私が涙声で反撃すると、五央が、
「でも笑ってないとやってらんないよなこれ」
と不穏なことを言う。どういうこと?
「人は想像を超えるとんでもない目に遭うと笑うのよ」
見てみ、とエマが指を指したその先には、白い煙に包まれた……見辛いので目を擦ると、そこには大きな青い、狼のような、犬のような、狐のような、なんなのかよくわからない、見知らぬ生き物が居た。
「もののけ姫のあれだ」
正確にはもののけ姫に出てきた狼みたいな犬みたいなやつは、確か真っ白だったけれど、あの生き物にはそれに似た気品とオーラがあった。
「これって、私たちの手に負えるものじゃないんじゃないかな……」
エマがその青い生き物の目を見据えたまま、誰に聞かせるわけでもなく呟く。
確かに、この空間での主導権は完全にあちらにあって、私たちの方が迷いこんで来た、居るべきでない、排除されるもののような気がする。
「外にあんな雷とか、穴空けるとか、そういうことさえ配慮してくれれば……」
と五央は言うが、むしろそれを気にしているこちら側がおかしいような気がする。それくらい、あの生き物にはここに居ることに説得力があった。
「もしかしたら私たちの力って、こういうものを隠すために、隠蔽するためにあるってことかな」
この神のようなものが割った空を再び合わせ、空けた穴を埋める。……いや、こう言うと、非常に罰当たりな気がする。
「また名前でも付けてみる? 一応犬っぽいし」
とエマがやけくそのように言うが、もういっそそれも正解なのかもしれない。
「昔の人は勝手に神様に名前付けて、神社に閉じ込めてたもんね」
「お前ここに神社でも建立する気かよ」
ええい、と私はその生き物に話しかけることにする。
「あなたが犬なのか神さまなのかなんなのかわからないけど、勝手に空を割られたり公園にぶっ放したりされるのは困るんです。お互いのためにも棲み分けたいんですけど、あなたはどうしたいんですか」
しかしその生き物は口を開け、さっきまで何度か聞いたあの轟音を発するだけだった。「ううわああ」と私はまた情けない声をあげて後ずさるが、なるほど、さっきまでのは鳴き声だったのか、と頭は変に冷静で、人間って何事にも適応できるもんだな、とどこかしみじみとしてしまった。
「あのすんごい音が鳴き声ってことはわかったけど、これ、なんて言ってるかわかる?」
と一応エマに聞いてみるが、もちろん答えはノー。
「動物に一番強そうなエマも駄目。五央はどうせわかんないでしょ」
「どうせって言い方は腹が立つけど、まあ当然犬の鳴き声なんてわからんわ。多分あんまり俺ら好かれてないんだろうなってことはわかるけど」
「だよねえ」
と私はエマの方を向き助けを求める。
「そんな顔されても……なんか昔犬語わかるアプリあったじゃん……って思ったんだけど鳴き声が絶対犬じゃないんだよねえ」
翻訳アプリか……あ、「あれは? ドラえもんの、ほんやくコンニャク」
「あー……食べ物って描けるのかな?」
「ちょっと待って、俺その話わからん」
私は五央に、「食べたらなんか耳にした言葉も口に出す言葉もその場で最適解翻訳してくれる、ドラえもんの道具」と雑に伝えた後、取り敢えずスマホで『ほんやくコンニャク』と調べ、画像を表示する。
「いやこれ……漫画的デフォルメだから描きやすくはあるけど、まったく美味しそうではないな」
そんな文句を言いながらそれを描いてみるけれど、うん……味がしそうな気が、全くしない。
「もしこれ食べて死んだら、骨は上空から海に撒いてね」
空も飛びたいし海にも潜りたいし。そう言ったら五央に、「贅沢だな」とただ一言返されてしまった。ごもっともである。
「はい! では! いただきます!」
と私は大声で恐怖を誤魔化すように振り切って、一口そのこんにゃくのようなものを食べた。
食べたのだが。
「なんだろこれ……食べた気がしない。虚無を食べているっていうか……」
取り敢えず身体は無事そうなので、五央に「ん」とこんにゃくを差し出す。
「俺そもそもこんにゃくってあんまり好きじゃないんだけど」
と言う五央を無視して口に押し込むと、二、三回咀嚼したあと、
「あ……何これ……どういうこと」
と首を傾げてしまった。
「私も食べてみる」
とエマが言うので渡すと、エマも口をもぐもぐさせながらずっと首を捻っている。
「なんか……陰膳食べた時みたいな気持ちになるね」
「陰膳って何?」
「んーとね」
その時、突然ボッと大きな音がする。例えるのなら、調理室のちょっと古いガスコンロを点けたときのような、それを何倍にも何十倍にもしたような音である。そして気付けば目の前には大きな火柱が上がって、そしてその赤の中で、大きな黒いシルエットが揺らめいている。さっきの生き物だ。
「燃やされてる!」
自分の口からそう発すると、いよいよ訳がわからなくなってきた。さっきまで森で神さまのように神々しく勇ましく立っていたあの生き物が、今は天まで続くような火柱の中で、処刑でもされるかのように燃やされている。周りの木々も一緒に巻き込まれていて、そのせいか生きている木々の緑の匂いがどんどん濃くなってきて、煙と肉と脂と緑の匂いで、頭がおかしくなりそうだった。この狭い空間で、生と死が一緒に私たちに迫って、追い立てている。
「ひかる、水、水!」
とくぐもったエマの声がして、あ、ハンカチ口に当てて、それから水を撒こう、とポケットを漁る。ハンカチ、フリクション、ハンカチ、フリクション……違う、ハンカチは五央に貸したまんまだし、フリクションはエマの鞄の中だろう。何これ詰みじゃん。もう二人の姿も霞んで見えないし、私ってばこのまま、空にも海にも埋葬されず、土の中に還るのだろうか。まあ一番定番だし、ゆっくり眠れるかもしれないけど。そう思うとなんだか、ま、いっか、という気になる。夢とひーわは悲しむだろうけど、夢にはピアノが、ひーわにはサッカーがあるし。二人居ればなんとかなるだろう。お兄ちゃんは顔色一つ変えなそう。お母さんは多分、気の合わない言うことも聞かない出来損ないが消えて、内心ホッとするだろう。お父さんは一番私に、というか家族に興味がないけれど、娘が亡くなった可哀想な自分に酔って泣いたりするんだろうな。ああ、想像するだけでうんざりするので、もう早々に死んでしまいたかった。空とか海とか土とか、そんなのどうでもいい。
そうして瞼を閉じて白くて黒くてグレーな世界をぷかぷか浮いていて、どれくらい経っただろうか。
『名前は縛るためでなく、呼ぶため、呼ばれるためにあるんだよ』
そう突然声が響いて、気付いたら私は、煙でモヤがかった土の上に居た。
「まだ生きてる……の?」
と呟いた自分の声が酷く絶望的で、それにショックを受ける。じゃあ私は死にたかったっていうのだろうか。
ここは本当に現世なのだろうか。もう黄泉の国かもしれない。私はどっちを望んでいる? ねえ?
そうやって辺りを見渡すと、人影が一つ、ハッとなり反対側を向けばもう一つ。
そうじゃんそうじゃん。今は私だけの命じゃない。私自身が生きようが死のうが、生きたかろうが死にたかろうが、そんなのどうでもいいのだ。今の私は、エマと五央の命を預かっている。そしてエマは「水」と叫んでいたのだから、きっと生き延びる気なのだ。だったら私は絶対にエマを生かさなきゃいけない。
どうしたら良い? たまたま地形が窪んだりしているのだろうか、ここは若干煙が薄い気がするが、ハンカチも無いし移動することは難しいだろう。つまりそれはペンが得られないってことで。
そこで目が醒める時に聞こえた、名前は呼ぶため、呼ばれるためにある、という言葉を思い出す。それって、もしかして。
私が名前を付けた、全ての始まりの生き物。
「ピィちゃーーーーん! おいでーーーー!!!!」
私ってこんな大きな声出せるんだ。煙も一緒に吸ったのか、さっきよりだいぶ肺が重いけれど、流石にこんなに大きな声を出したらきっと大丈夫。届くだろう。
ほら。
ピィちゃんは名前を付けた時よりもずっと大きく、そして上手に翼を羽ばたかせ、赤紫色の空を自由に縫って、私の元へとやってくる。
「ピィちゃん、一瞬風でこの辺の煙飛ばせる?」
「ピィ」
とピィちゃんはその羽をゆっくり大きく動かし、煙はその流れに乗り、辺りは開かれる。
「ひかる!」
と左隣から五央の声がする。良かった、五央は生きてた。右隣を見ると、エマは気を失っているようだ。でもゆったりとしたリズムで肩が動いているような気がするので、大丈夫、きっとまだ呼吸だ出来ている。
「五央、一先ずエマを起こそう!」
と私はこちらに駆け寄って来た五央の手をぎゅっと握り、その勢いのまま一緒にエマの元へ駆け出す。
「エマ? 大丈夫?」
と私がエマの肩をトントンと叩くと、
「うー……眩し」
と寝起きみたいな声が返ってくる。そんなわけないけど、もしかしてエマは寝てたのか。そう思ったらおかしくなってきて、エマの白くて透き通っている頬っぺたをむにーっとつまむ。
「やめてよー」
と私の手を払いのけるエマに対抗してほっぺを伸ばし続けていると、五央が、
「ひかる、あのバス、臨海交通呼べない?」
と提案してくる。
確かにあのバスの中には当たり前のように水が満ちていた。バスのドアを開けても尚、水も空気も過不足なくあるあの臨海交通の力なら、この最早大規模火災となっている現場も、一気になんとかしてくれるかもしれない。
「わかった。エマ、ペン貸して」
「んー……あった、はい」
エマもようやく意識が戻ってきたようで安心だ。
後はこれで……と私は記憶を辿りながら、臨海交通のバス停の看板を描く。まあ臨海交通の人たち結構いい加減っぽいから、多分臨海交通って描いてあってそれっぽいバス停だったら停車してくれるだろう。
「バス停の名前、わかりやすいのが良いよね。もう火柱の森で良いか。これなら一目瞭然だろうし」
五央もエマも肯定も否定もして来なかったので、もうこれで良いだろう、と私は丸い看板の真ん中に『火柱の森』と書く。その上に臨海交通と書いてあるのも相まって、まちゃくちゃダサい。でももう書いちゃったし。後で廃止なり改名なりしてもらおう。
「あ、五央、腕時計してる?」
「うん」
「今何時か教えて」
「えーと……七時半ちょうど」
「げ、もうそんな時間なんだ」
と私は、時刻表に大きく『平日 19時 31』と書く。取り敢えずそれ以外はまた臨海交通に考えてもらおう。この辺りの利用者がどれくらい居るのかもわからないし。
そうしているとものの一分も経たずに、空から雨とは違う、もっと大粒の水飛沫が飛んでくる。冷た、と一瞬思うが、服も髪も濡れていない。バスが来たんだ。
バス停の前に立っていると、見慣れた青いバスがやってくる。こうして見るとやっぱり、普段私たちが利用している市営バスと見た目は殆ど同じなので、変な気持ちだ。
乱暴にドアが開くと、中から「全く急にダイヤ改正されちゃこっちも困るよ」と知らない声がする。もしかしてこの前のイルカと違う人が運転手なのだろうか。
私は五央を小突いて、
「取引先のよしみで水撒き頼んで来て、頼む」
とお願いする。なんか怖そうだし、私が頼むのは嫌だ。
「あの、あの火柱に水撒いて貰えませんか?」
と五央が恐る恐る頼みに行くも、
「は? そういうのは本社に言ってもらえる?」
と今日のバスはやけに高圧的だ。
「でも魚が居る時ドア開ければ、水流出来てたじゃ無いですか」
「魚は居ないしバス乗り場はここだ」
こんな調子じゃ、撫でたりしたくらいじゃあ機嫌も取れないだろう。というか、下手に触ったら威嚇されそう。
こういうとき、どうすれば良いか。私はエマの方を伺うと、エマは不敵な笑みを浮かべていた。この顔を私は知っている。絶対相手にノーと言わせない時のその顔である。
エマは自分よりずっと背の高いバス停を、引き摺るよう火柱の側まで動かし始めた。普段のエマらしからぬ必死でしんどそうな顔に、きっと体育の時はこんな感じで、だから『柊都』って名前を思わずからかいたくなったクラスメイトが居たんだろうな、と初めて会った時に聞いた自己紹介を思い出す。そういえばエマって三月生まれなのに名前に柊が入っている。きっとこの名前にも何かの理由があって、名付けた人が呼びたくて、そしてエマがこう呼ばれてほしくて付けたんだろう。
その理由を聞いて、そして私もエマのことをそう呼んでみるまで、やっぱり死ねないや。
そうだ、と私はエマの側に寄って、ペンで小さな魚を描き始めた。教科書に載っていたスイミーたちを描いて、それから五央の飼っていたネオンテトラたちを。
「ねえ五央、ネオンテトラになんて名前付けてたの?」
私がそうバスの前に居る五央に叫ぶと、五央は、
「メイ!」
と叫んだ。
すると私の描いたネオンテトラの群れの中に大きな泡が浮かび、パンと弾けて、煌めきと共に、ネオンテトラが現れた。
そしてそのネオンテトラ——メイを先頭に、他のネオンテトラも、空を泳ぐようにバス停に向かい列を成して行く。
「あー、今度はバス停の移動かよ。これでダイヤは組み直さず、前の停留所の時と同じ時間に着けって言うんだから、飛んだブラックだよ。ほら、乗るなら乗ってくれない?」
「は、はい」
そうしてドアは閉まり、そしてほんの数メートル動いて、バスはまた停車した。
そして後ろのドアから五央が降りて来た後、空気が水中のように歪む。
ネオンテトラたちの流れは弧を描きバスに乗る。それから凄い勢いで後ろのドアからバスを降り、そして火柱の中に突入し、またバスの中へ、そんな風に円を作ってぐるぐると回っていた。
「ネオンテトラ……燃えちゃわない?」
と唖然とした私が呟くと、
「火葬されたってこうして残ってるんだから大丈夫よ……って死んでないから知らないか」
と後ろから知らない女の人の声がして、え? と振り返る。でも、
「あ、やばっ」
という声がして、もうそこには小さな泡の煌めきが残っているだけだった。
さっきの声はネオンテトラのメイさんだったのか、或いはこの森に居た、他の生き物か。もしかしたら全然関係のない何か、誰かかもしれない。私はその人の声を反芻しながら、ぼんやりと、いまや柱とは言い難いサイズになった炎と水の流れを眺め「死んでも別に消えるわけじゃないんだ」と考えた。それはある人にとっては嬉しいだろうし、またある人にとっては悲しいことだろう。私にとってはどうかは、今決着がつきそうにはなかった。
やがて火の赤は見えなくなり、煙すらもなくなった頃、全ての魚たちはバスの中から出てこなくなり、バスのドアは閉まり、そして荒々しくバスは発車し消えていった。
湿った土と、燃えきらなかった木の幹。でも苦しいくらいだった緑は、全部くすんだ茶色に変わっていて、もうここでは生きてはいないことを如実に表していた。それでも、と私は木や葉の屍を跨ぎ、火柱の中心だった部分へと向かう。勿論そこにも、他と同じように茶色と灰色が積み重なっている。
「ピィちゃん、ここの下が見たいから、ちょっとだけ風起こせる?」
私がそう言うと、ピィっとまた鳴いたピィちゃんは、私が踏ん張って立っていられるギリギリの風を起こして、木と灰を退かしてくれた。
でもやっぱり、そこには何もなかった。
骨まで燃えたのだろうか。それとも元々そんなものなかったのだろうか。もしかしたらなんらかの力で逃げたのかもしれないけれど、でもこんなに死の匂いが立ち込める空間では、とてもそんな風には思えなかった。
私のずっと後ろに立っている、難を逃れた木々たちの緑の気配が、この燃え殻の地面の空虚さを、より一層際立たせた。
「ひかる、お墓でも建ててあげよ。死んじゃった人に生きてる人が出来るのって、それくらいしかないから」
そう言ってしゃがみこんだエマが地面を素手でとんとん、と均す。
五央もゆっくりとこちらへ近付いてきて、そしてすとん、と腰を下ろす。
ずっと立ち尽くしていた私も、うん、と頷いて、地面に座り込んだ。「スカート汚れちゃったから、帰りの電車困るだろうな」なんてふいに頭に過ぎって、こんな時も未来のことを考えてしまう自分にうんざりした。
「あ、見てこれ!」
とエマが何かを掲げる。それは鈍く光る、なんらかの金属の板だった。
「多分何か彫ってある……けど、溶けてるし、いや、言語のせいかも、読めない。五央、読める?」
とエマはそれを五央に渡すが、五央も「わからない」と首を振った。
「これが名前だったのかもしれないから、読めたら良かったんだけどね。でも持って帰って、図書館とかで調べてみよう。そしたらちゃんとお墓も建ててあげられるし」
そう言ってエマがポケットにその金属をしまおうとした、その時だった。
「それはこっちに渡してもらいます」
と、女の子の声が響いた。
「誰?」と辺りを見渡しても、周りには木しかない。どういうこと、と思っていると、
「あなたたちに悪意がないことはわかりましたけど、それでもやっていることを肯定することは出来ないので」
とまた声がする。
「上だ」
と五央が指差した先を見ると、その木の上には私たちと大して歳の変わらなそうな、制服を着た女の子が二人と、男の子が一人、立っていた。あんなところにどうやって登って、そしてどうやって立っているのか。
「バランス感覚えぐ」
と私が思わず感想を述べると、「そこじゃないだろ」と五央は半笑いでツッコむ。
そしてエマはそんな私たちを呆れたように眺めたあと、
「言ってることの意味が全然わからないんですけど、あなたたちがもしかして、あの火を付けたんですか?」
と木の上の人たちを睨みつける。
真ん中でさっきまで話していた女の子が言い淀んでいるのは、つまり肯定ということだろうか。そんな風に思っていたら、今度はその隣に居たショートヘアの女の子が、
「そうよ。倒さなきゃならなかったから」
とエマよりもっと怖い顔で私たちを睨みつけて、叫んだ。
「ひかり、取り敢えず下に降りよう」
と反対側に立っている男子が、真ん中の女の子に言う。そうすると、その子はポケットから何かを取り出し、指で自分と、そして両隣の二人に虹色の羽を描く。するとその羽はパタパタと羽ばたきだし、ゆっくりと三人は木から飛び降りて来た。
私がこのフリクションでやっていることと、おんなじだ。私は自分たちに羽を生やして飛ばなきゃいけない場面がなかったから、今までやったことはなかったけれど、多分これでも出来るんだろう。
そうやってゆっくり降りてきた三人は、こちらへと近付いてくる。
真ん中の『ひかり』と呼ばれていた、少しエマに雰囲気の似ている女の子が、しゃがみこみ、手を合わせる。そしてポケットから何か、インク瓶のようなものを出し、そこに指を付け、空に何かを描いていく。しばらく眺めていると、そこに虹色の花束が出来ていて、それを彼女はそっとその場に供えた。
「私のやったことは最善ではなかったかもしれないけど、でもこの世の全てを救うことは出来ない。誰だって死にたくないけど、でもそれを全部認めていたら世界が歪んじゃうから」
そう言って彼女は、私を見つめる。
「言われている意味が全然わからないです。私からしたらあなたたち、突然現れて、神さまみたいなあの生き物を、この森ごと燃やして殺そうとした悪い人にしか見えないから、何かあるならちゃんと説明してください」
私がそう言うと、ショートカットの女の子が、
「あんたが悪意なく、どうしてそういうことをしているのかわからないけど、でもやってることは悪魔の契約よ」
と言った。
「意味がわからないんだけど」
とエマが返すと、
「これ」
と今度は男の子が、あのインク瓶を女の子の手から取り、私たちに見せる。
「このインクがひかりの……この子の絵の魔法の源だ。集め方の話は置いておいて、この魔法を使うための素質って言うのは勿論必要で、ひかり以外はこれを使えない。でもひかりも、このインクがなければ何も描けない。当たり前だけど、インクのないペンで何かを描けるはずがない」
「それはそうだけど、つまり何が言いたいの?」
とエマが食ってかかる。私もまだ、話の行き先が見えない。
「君がインクのないはずのそのペンで、何かを描いているのは、本当はおかしいんだよ。最初はもしかしたら少しはインクが残っていたのかもしれないけれど、でも途中から俺たちもおかしいと思い始めた。一体君はどうやってインクを補充しているんだろうって」
そこまで男の子が話すと、後は私が言う、とばかりに真ん中の女の子が、重苦しそうに話し始める。
「私たち、その鳥、ピィちゃんって名付けられている鳥を見つけて、それで気付いたの。あなたは、自分の命――血と寿命をインクにしてそのペンを使っているって。」
「何言ってるのか全然訳わかんない。私はただエマのペンを借りたらたまたまインクが出て、それからたまたま色んなことがあったから、対処するためにこうやってさっきみたいに何かを描いたりしてきただけで、命とかそんな、聞いてないよ」
だって命とか、血とか寿命とか、そんなものかけて描いてるなんて、それじゃあまるで……。
「あんたに悪意が本当にないのか、正直私は信用してないけど、でもあんたがやってるのは悪魔の契約以外の何物でもないでしょ。自分の命を削ってその力で色んなものを使役させてるんだから」
私の気持ちを代わりに代弁したのは、向かいで敵意を剥き出しにしている、ショートカットの女の子だった。
「違う!」
彼女の言葉にフリーズしてしまって息の音も鳴らない私に対して、エマが聞いたこともないような大声で叫ぶ。
「ひかるは使役させてるんじゃなくって助けてあげてただけだよ!」
なんでお前が泣きそうなんだエマ。と、頭の中でだけどエマに対して「お前」なんて言ってしまって、五央のせいだ、最近夢もエマもひーわも忙しくて、五央とばっか居たせいで口調が移ってしまってる。と現実逃避。
さっき死にそうになって気付いたけれど、私は心のどこかではずっと、自分なんて死んだっていいと思っていたんだ。消えちゃいたいなって。勿論痛い思いはしたくないけど、ただ待ち受けてる未来が少し短くなるくらいのことは、ちっとも惜しいなんて思っていなかったのだ。
別にピィちゃんだって、名前なんて付けなくてもしばらく様子を見て、もう安心だねってなったら、そこでまた空に放てば良かったのだ。エマのナイトだって元々の持ち主もわからぬまま、勝手に私からエマに贈ったりしなくても、もっと方法があったかもしれない。「もしもの時は助けてね」なんて言っておきながら、私はしっかり名前を刻んで縛り付けて、自分勝手に使役していたに過ぎない。
今日だって自分勝手に臨海交通のダイヤを捻じ曲げて、冷たい水で生きるネオンテトラのメイさんたちを、あの豪火に飛び込ませたのだ。描いたらここに現れるしかないってわかっていて。
「俺は君に悪意がなかったことは信じているけど、やってることは血で名前刻み込んでる呪いと一緒だから、認めることは出来ない。君にはそのペンを使う力があるけど、でもインクを集める力はない。だからそのペン、ひかりに貸して欲しい」
男の子がそう言った後、真ん中の女の子、ひかりちゃんが悲しそうな顔で、私に言う。
「そもそもあなたは、別にこのペンなんてなくても、自分のサインペンとか、なんなら指でも描けるはずだよ。その気がないだけで。現に私だってペンがないから、指でこうして描いているわけだし」
指でも描ける? そんなわけない。小さい頃の魔法使いごっことか、それこそ大きくなってからだって、ダンスの振り付けで指でハートを描く、なんてものだってあったはずだ。でも私がハートを宙に浮かせられたのは、あのペンで描いた時だけだ。
「世の中のこと大抵はそうだけど、出来ないって思い込んでるだけだよ。絶対出来るから、やってみて」
ひかりちゃんがやけに自信満々に言うその顔が、兄と重なる。めちゃくちゃ腹が立つが、私が知る限り、こういう顔をした兄の勝率は百だ。私に勝ち目はない。
諦めて私は、でも最後の抵抗で、ハートなんか意地でも描いてやらない、と空に最初の時みたいな、五色しかない虹を描く。
夜空に架かる虹は綺麗だろうけど、太陽がない限り虹は架からないので、普通では絶対見られない光景だ。私とピィちゃんは悪魔の契約で一緒に居ただけかもしれない、描いて現れたもの、繋がったもの、みんな呪い以外の何物でもないのかも。でもそれでもみんなのこと、それぞれどうにか幸せにしたくてやったっていうのは、全部全部本当の気持ちだ。
思い浮かべて。
指を動かしきりパッと目を開けると、そこには夜空の濃さに負けない鮮やかな五色の虹がはっきりと架かっていた。
バスの中で揺られているであろうネオンテトラたちも、車窓からこの虹が見えているだろうか。私にいいように使われたから見れた美しい景色だってあったって、そう思って欲しいな、なんて、うーん。私って面の皮厚いな。きっと厚かましいを擬人化したら、私になるだろう。
「ピィちゃん、ありがとね、これからも死なない程度に頑張って生きるんだぞ! もううっかり私みたいなやつに捕まるなよ!」
指で虹が描けるなら、多分あのフリクションがなくても、消すべきものは消せるんだろう。私はそう思い、そっと目を閉じ想像する。
私が刻んだ名前や、物は、全部泡になって、この深海みたいな夜空を上っていく。そしてその泡は、新しい星になる。私はその星をみてたまに色んなことを思い出す。もしみんなも空を見上げてその星に出会えたら、名前があった頃のことを思い出してほしい、なんて。どこまでも私は厚かましい。でも口に出していないし、縛っていない。密かに想うくらい、許してほしかった。
目を開けるとピィちゃんの身体は淡く輝いていて、そこから泡のような粉のような星のような、キラキラした粒子が空を上っていた。みんなの淡い光とキラキラの粒と、虹と、星と、いつの間にか顔を出していた半月と。全てが互いを柔らかく照らしあって、世界が優しい光で満たされて、もう今にも溢れてしまいそうだ。この自分の想像なんてとても及ばない美しさのそれを、どうしても私一人で作り出したなんて思えなかった。
「きれい……」
ひかりさんが溜息を吐くようにそう漏らす。
それに私は、
「うん。そうだよ。これが今、世界で、ううん、宇宙で一番綺麗な景色だよ」
と返す。
私がそう言った後、さっきよりも近くにあるような月の明かりの前で、心なしかピィちゃんの羽が誇らしげにピンと伸びているように感じた。
今日は三人で映画を観に行く。たまたまエマが気になっていると言っていて、じゃあ今度行こうか、なんて話になっていた映画を、五央も気になっていると教室で聞いたので、最近はエマと五央も普通に仲良くしているし、のじゃあいっそ三人で行かない? と私が提案したのだった。
映画館がある駅は、白女のある駅よりさらに幾つか奥の駅なので、私と五央が白女のある駅のホームでエマを待ち、三人でホームで合流して向かうことにした。放課後制服でこの三人が揃うのは意外に珍しいから、なんだか新鮮である。
「案外三人で出かけると平和よね」
と言ったのは、多分エマだったか。でもそれは私も思っていたし、そうやら五央も思っていたようだった。
「三人一緒で何か起きたのって、あのカフェが停電になったときだけっか?」
と五央は言うが、正確には違う。
「あの時は実はマスターが居たから、何か起きた瞬間っていうのは三人じゃなかったのよ」
私が誇らしげに言うと、五央だけでなくエマも「そういえばそうだった」という表情をした。マスターは早々に退散したから盲点だろう。実を言えばそれに気付いた時、私自身もかなり驚いた。
「そう考えると、私たちが三人だけで過ごしている時が一番平和ってこと?」
「或いは私たちが全員バラバラで居るかね」
「本当にいよいよ何がしたいのかわからないね」
エマが頬に手を当て考え込んでいるのを見て五央は、
「でも案外なんにも考えてないのかもしれないけどね」
と言った。
不思議なことは私とフリクションが巡り合ってから起きている。そして、フリクションを使えるのは私だけだけど、何か起こるのはこのフリクションの元の持ち主の孫である、エマか五央が一緒に居る時だけである。
本当はフリクションの力は、冴羽の人が使えるはずだったのに、なんらかの神様のミスで、私が使えるようになってしまったのだろうか。でもそうだとして、どうして高校一年生の今、やっと私たちはここに揃ったのだろうか。五央がそれなりの期間日本に帰っていた時期もあるわけだし、私とエマはずっと今の家に住んでいるわけで、徒歩圏内とは行かないがエマは特に学校も習い事も電車や車で移動するような行動範囲だったんだから、出会わせたかったのならもっと早く出会っていてもおかしくないのに。
そんな風に考えると、別に何か見えざる力に私たちが操られているわけではなくて、本当にたまたま、行き当たりばったり的に出会ったという方がしっくりくる気がする。例えば、フリクションの力を発揮するための持ち主がエマでも五央でも良いように、もしかしたらフリクションのインクを出せる人が私以外にも居るのかも。
そんな話を二人にしたら、五央は「確かにありえる」と笑い、エマは「えーでも一緒に何かやるならひかるが良いなぁ」とおもむろにスマホの画面を閉じながら言った。
「エマ何見てたの?」
と興味本位で私が尋ねると、「今日の星占い」と返ってくる。なんで夕方四時に今日の星占い見るんだろう、と思ったが、電車が緩やかに停車し、扉が開く。あ、降りる駅じゃん。
「この駅だよ、降りまーす」
と私は、主にこの駅に初めてくるであろう五央に向けて、バスガイドのようにお知らせするのだった。
◆
二人が見たいと言っていたのは、高校生二人の恋愛ものだ。でも少女漫画原作の明るいラブコメではなく、小説が原作で、どうやらヒロインが亡くなってしまう展開らしい。でもなんにせよ、エマと五央が恋愛もの、しかも邦画のものを観たいというなんて、珍しい。
エマは見た目や属性とは裏腹に、ハリウッドのアクション映画が大好きである。曰く皆もっと気軽に銃で撃ち合ったりカーチェイスをしたりして欲しいらしい。逆に五央はそういう激しい要素は苦手だが、でも推理ものだったり、社会問題に切り込んだものだったりが好きだそう。ちなみに私は、映画館までわざわざ観に行くのはテレビシリーズの映画版か、海外のファンタジー巨篇かのほぼ二択だ。
三人でシェアしよ、とドリンクとポップコーンのセットを塩とキャラメルで一個ずつ。それから単品でドリンクを一つ買えば、映画を観る準備は完璧だ。ポップコーンが一つのバケツで塩とキャラメルという風に混ざっているカップルセットだと、何故かドリンクはMサイズで固定なんだけど、お一人様用のセットだとポップコーンのサイズもドリンクのサイズも選べる。ちなみにこのポップコーンも追加料金を払えば味を混ぜることが出来るらしい。そうなってくるとカップルでもカップルセットよりポップコーンセットと単品ドリンクを頼んだ方が勝手が良さそうだが、映画館にも色々と思惑があるのだろう。
後ろでエマと五央がポップコーンを持ってくれているので、三人縦に並んでスクリーンへと入る。私はこういう場でもナビの力を遺憾なく発揮して、スッとチケットに書かれた席へと辿り着けるので、いつも当たり前のように先頭になる。それなのに何故か右からエマ、私、五央、と並ぶ。これもまた当たり前のようにこの並びになるのだが、これに関しては私が真ん中なのはおかしくないか? と思っている。落ち着いて考えると関係性的にもエマが真ん中になるべきだといつも思うのだが、無意識で過ごしているといつもこの並び順なのだ。なんでなんだろう。
ま、いっか。と私は念のためスマホの光度を一番低くし、マナーモードになっているのを確認してから、鞄にひょい、と放った。
それからエマが好きそうなアクション映画や、五央が興味を惹かれていそうなサスペンスものや、夢が好きそうな人気漫画の実写化なんかの予告を片目で伺いながら、私は一人ポリポリとポップコーンをつまむ。五央側にある塩と、エマ側にあるキャラメルを交互に食べると、うん、これは一生止まらない。二人の反対を押し切って両方Mサイズにして正解だった。でもポップコーンを食べることがメインみたいにならないように気をつけなきゃ。
でもそんな心配は杞憂に終わり、いざ映画が始まると私はスクリーンを食い入るように見つめていた。私と然程年齢も変わらないようなアイドルや役者たちが演じる主人公とヒロインは、まるで本当はテレビのバラエティ番組や雑誌で見るような姿じゃなくって、このスクリーンの中で演じている姿のほうが本物なんじゃないか、というほどの憑依の仕方とでもいうのだろうか。顔はよく知っているのに、全く違う人としてそこに確かに生きていて、ああ、エマと五央はこの評判を聞いて興味が湧いたのかと合点がいく。主演二人が演技派というより今人気の顔の良い二人だから、脇はあまりドラマなんかでは見かけないような子が多いのだが、その子たちも勿論きっと普段から演技派って言われているんだろうな、という見事な、でしゃばり過ぎないけど存在感があって。全員それこそ桜森のどこかのクラスに居そうなのにキラキラしていた。
そんな、いいな、素敵だな、とある種夢見ごごちの私の左腕をツンツン、とつつく指があった。左側なので九割九分五央なんだけど。
「なに?」
と小声、というか無声音で返した私に五央は、
「キャラメルのポップコーンちょっとちょうだい」
とこれまた無声音で頼んでくる。五央の側にある塩のポップコーンを覗き込めば、以外にも残り二割ほどにまで減っている。やっぱり海外の人は映画にポップコーンは付き物なんだろうか。私も急いで食べとかなきゃ、と二つ三つ摘み、それから先程の私同様すっかり画面に夢中のエマの手元のポップコーンを覗き込むと、こちらはまだ五割ほど残っている。なるほど、これ、エマはほとんど手をつけていないな。私も途中からあまり摘まなくなっていたし、そもそも塩とキャラメルだと塩の方が進みがちなのだ。個人的には塩とキャラメルは三対二くらいの配分がベストだ。
箱入れ替えちゃう? とも考えたけれど、エマは塩のポップコーンは穀物感が凄すぎて、そんなに好きじゃないと言っていた。ん~と悩んだ私は、私をつついていた五央の手のひらを開かせ、そこにキャラメルポップコーンを乗せた。仕方がないがこれも真ん中の定め。ポップコーンリレーの中継役ぐらいこなしてみせよう。
そうやってそれから私は時折左手をつついてくる五央にポップコーンを渡す役目を全うしながら、主人公とヒロインの楽しい青春を眺めていた。
でも次第にスクリーンの中の雲行きが怪しくなってくる。そうすると五央のポップコーンの手も止まり、ずっと映画の世界の中のエマに続くように、私たちもその世界に没頭していった。
そんな感じで、途中まで完全に油断していたのがいけないのだろう。エンドロールが終わり客電が点いたときの私といったら、顔が涙でびしょびしょで、マツエクも水分を吸って普段の二割増し重く感じた。でも右隣のエマと来たらもうすすり泣きなんてレベルじゃなく、大号泣、息吸えている? といった状態で、私は慌てて背中をさする。
そして横目で見た五央の瞳も、しっかりと涙が溜まっていて、私はエマの背中をさすっていない方の手で自分の涙を拭ったハンカチを雑に裏返し、五央に差し出した。
そうしてなんとかスクリーンから出たものの、なんだか呆然としている私たちは、なんだか無性に外の空気が吸いたくなって、外に出るか、と建物を後にすることにしたのだった。
エマも五央も、あんまり感動系の映画の話をしないのは、泣いてしまうからなのかな、なんて思いながら、外の空気を吸ったことで徐々に現実に復帰出来た私は、この建物のすぐ裏の公園に行こう、と二人を引き摺り出す。
この建物には公園側にも小さな出口があり、そのすぐ横には店内からも外からも買えるスタバがあったので、ちょっと待って、と二人を置いて私は勝手にホットのカフェモカ、抹茶フラペチーノ、アイスラテを全部一番小さいサイズで購入する。
エマがホットとアイスどちらの気分かはわからないけど、キャラメル系はポップコーンを食べていたから除外するとしたら、カフェモカか抹茶フラペで恐らく正解だろう。五央は生クリームはそこまでって感じみたいだけど、実は甘いものも結構好きなので、カフェモカかアイスラテ。私はどれでも美味しく飲めるので問題ない。
「お待たせー」
と紙袋を持って二人の元に向かいながら、そういえばついこの前香大のスタバで私たち三人は初めて揃ったのか――あの時は五央はブラックコーヒーを飲むものだと思ってたし、エマもこんなに甘いもの好きだって知らなかったんだよな――となんだか感慨深くなる。出会ってからまだ半年も経っていないのに、よくこんなに二人のことを知れたものだ。勿論まだまだ今日の映画みたいに、予告編、触りしか見えていなくって、内面は知らない、わからない部分もたくさんあるだろうけど。
私はそんなことを頭の片隅で考えながら、つまりは各々無言で少し歩くとエマも落ち着いたようで、「めっちゃ最後の……あの台詞は反則だよね」なんて感想を話しだす。
「そうねえ、それでその後の、主人公然とした感じっていうかね」
「そう! あれは本当ずるい」
私の腕を掴み熱弁するエマに、珍しく五央も、
「わかる、あそこで急にあのイケメンアイドルさを出すっていうか、いい意味でいつものオーラが消えてたのに、あそこで急にガッといつもの存在感っていうの? センター感出してきて、それがめっちゃきた」
と熱く同意している。
そうしているうちにベンチを見つけた私たちは、やっぱりいつもの並びでそこに三人座る。
「コーヒー買ってきたけどどれ飲む?」
と当たり前のようにエマから聞いていく私に五央は文句を言うかな、と思っていたけれど、今日はそれを受け入れていて、五央もまだちょっと映画を引きずっているな、と私は勝手に分析した。五央は意外に話の輪に入りたがるから、普段は割り込んでくるのに。
「あったかいのと抹茶フラペ両方飲みたいから、半分つしよ~」
とエマが言うので、「じゃあ五央はアイスラテで良い?」と私は五央に尋ねるポーズだけ取りながらももうアイスラテを手渡す。
「はいよ、ありがと」
と五央は素直に受け取り、私たちは三人並んで公園の芝生を眺めながら、各々のコーヒーを啜った。
「案外三人で出かけると平和よね」
とエマが本日二度目のこの台詞を呟いて、私と五央が本日二度目の同意をしようとしたとき、急に空の色が変わる。赤のような紫のような。なんだろうこの、『魔王君臨』のエフェクトみたいな感じ。
「夕立でも来そうだね」
と私が言うと、
「そうじゃないだろ」
と五央が呆れ顔でツッコむ。今日も平和だ。
そうしているうちに空にヒビが入り、ぴかっと白く光る。雷だろうか。
「雨が降らない夕立って珍しいね。私初めてだよ」
と私はベンチから立ち上がり、スカートの裾を整える。雨が降り始めるかもしれないし、そうじゃなくても雷が落ちたら怖いし、建物に入りたい。
しかしそんな私のスカートを、右と左から引っ張られ、私はまたベンチにストンと落ちる。
「いやこれいつものあれでしょ」
「不穏不自然不思議でしかないだろこんなの」
と両脇から交互にツッコまれ、えーやっぱりそう? と私は顔を歪める。だって雷嫌いなんだもん。好きだっていう人がそもそもあんまり居ないとは思うけど、私は実は結構苦手だ。泣き叫んだりしないけど、大きな音がすると心臓がぎゅーっと縛られ止まっちゃうんじゃないかって気がするし、目が焼かれるようなあの白い閃光は、目が眩んだ勢いで頭まで痛くなる。
「私雷嫌いだから、あのゴロゴロが鳴る前に逃げたかったんだけどなあ」
とダメ元で弱音を吐いてみるけど、それはしっかりとスルーされ、「行くよ」と言う言葉でエマと五央は駆け出して行った。あーもう、こんなところに一人置いていかれる方が怖いもん。着いて行くしかない。
でも三人で居るのに、なんで何か起きているんだろう。三人の時は逆に何も起きないっていうのが間違いだったのかもしれないけど、でもそんな今更新しいパターンなんてある?
そんな風に考えていた私の思考を遮るように、爆発音のような轟音が鳴る。
「ひぇっ⁉︎」
と自分でも何を言っているのかわからない奇声をあげた後、これって雷の落ちた音……ではないよな、と疑問に思う。だってゴロゴロゴロ、みたいに連続した音じゃなくって、ドカンと一発の爆音だった。いやもう絶対怖いやつじゃんこれ。今回の原因は絶対エマだ。きっとエマが今まで見てきたアクション映画のワンシーンとかに違いない。現にエマはスキップでもするように先頭を切って走っている。一番足が遅くて体力もないくせに、好奇心はそれらをも凌駕して力になるのだろう。
やれやれ、そんな一昔前のラノベの主人公みたいな気持ちで二人の後を追うと、二人はある地点で立ち止まっていた。ということはここに何かあるのだろうか? そっとふたりの肩を割って入ると、そこにはクレーターとでもいうか、隕石でも落ちてきたような。不自然に地面が広範囲に抉られていた。
そしてそこから、引き摺られたような跡が、公園の端の森の方まで長く続いている。
私たちは互いに無言のままその森を眺めていると、風のせいかもしれないけれど、でもなんだか不穏に木々が揺れていて、なんだろう、森自体が怒っているような、そんな気がする。
「なんか、いつもと違くない?」
と私が言うと、エマと五央も頷く。
「何か起こった時、こんなに攻撃的というか、敵意剥き出しだったことないよな」
「いつもは悪戯みたいな感じだったけど、今日のはなんか戦闘みたいな感じだよね。ピィちゃんの時だってちょっと凄かったけど、でもこんなんじゃなかったよ」
言われてみれば一番最初、突風を起こす竜巻からピィちゃんを救い出した時も若干恐怖を感じるというか、大きなことが起きている、という感じだった。とはいえこんな天変地異! みたいな感じではない。
「もしかして今日、最終回だったりする?」
私がそう言うと、五央が「メタいな」とツッコむ。五央はこんな時でもツッコまずにはいられないのだろう。
「言い方が悪かった、なんか私たちに仕掛けてる人? 力? みたいなのが、今日で一区切りつけてやろうとしてるのかなっていうか……。ちょっと早い気がするけどね」
例えばこれが映画や、はたまた原作の小説や漫画だとしたら、まだ不思議な事件の取れ高が少ない気がする。でもこれは現実だから、目的さえ果たせればそんなことお構いなしなんだろうか。
「でももしかしたら今日、これさえなんとかすれば、一体私たちの身に起きてることがどういうことかっていうのがわかるかもしれないね」
エマがそう言って、地面の跡を伝って歩き始める。
おいおいおい、と私は慌ててその跡を追う。どう考えてもエマが先頭は一番危ない。エマはパーティーの頭脳担当なので、後衛に居るべきなのだ。まあ私がずっと後ろでびびっていたせいでエマが先陣を切ってくれているのだけど。
私は駆け足でエマの隣に並んで、エマの手を取る。
「地面が抉れるくらいのことがあるかもしれないから、手、繋いでこ」
それからすぐに追いついてきた来た五央に対しても、
「五央も繋いどく? 五央がヒロイン枠の可能性も捨て切れないし」
と手を振る。最近の世界の流れとして男女平等になっているから、五央が敵に攫われて人質に取られる可能性だってゼロじゃないだろう。まあ私がこの三人の中で誰を人質に取るかっていわれたら、抵抗されて反撃でもされたら困るから、一番力がなさそうで小柄なエマを選ぶけど。そもそも向かった先に居るものが敵なのかどうかもわからないが。
五央は結局私の手を取りはしなかったけれど、でも私の隣に並んで、うん、しっかりとボス戦の様相を増してきた。
森の入り口はもう見えていて、元々あったであろう土が固められた狭い道が抉られていて、奥まで続いている。
「この抉れた道みたいなのさ、結局森の端までいって、公園から出ちゃったらどうする?」
なんてふざけて言ってみたけど、そんなことはなく、道の途中で跡は横に大きく逸れて、木々の中へと続いていた。
うん、と三人顔を見合わせて、その跡を辿る。この先に絶対何かがある。
すると突然、またあの爆発のような轟音が、今度は閃光と共に鳴る。
「うーーーーわ無理無理無理!」
と私は咄嗟にエマの手を離し、耳を塞いでその場にへたり込んでしまう。両方一気にはずるすぎるって。大体薄暗い森の中ってだけでちょっとホラーちっくで怖いんだってば。
そんな私の横にエマと五央はしゃがみこんで、「大丈夫? また腰抜かした?」なんて言いながら様子を伺ってくれている。相変わらずケラケラ笑っているけれど。
「笑うなよ~」
と私が涙声で反撃すると、五央が、
「でも笑ってないとやってらんないよなこれ」
と不穏なことを言う。どういうこと?
「人は想像を超えるとんでもない目に遭うと笑うのよ」
見てみ、とエマが指を指したその先には、白い煙に包まれた……見辛いので目を擦ると、そこには大きな青い、狼のような、犬のような、狐のような、なんなのかよくわからない、見知らぬ生き物が居た。
「もののけ姫のあれだ」
正確にはもののけ姫に出てきた狼みたいな犬みたいなやつは、確か真っ白だったけれど、あの生き物にはそれに似た気品とオーラがあった。
「これって、私たちの手に負えるものじゃないんじゃないかな……」
エマがその青い生き物の目を見据えたまま、誰に聞かせるわけでもなく呟く。
確かに、この空間での主導権は完全にあちらにあって、私たちの方が迷いこんで来た、居るべきでない、排除されるもののような気がする。
「外にあんな雷とか、穴空けるとか、そういうことさえ配慮してくれれば……」
と五央は言うが、むしろそれを気にしているこちら側がおかしいような気がする。それくらい、あの生き物にはここに居ることに説得力があった。
「もしかしたら私たちの力って、こういうものを隠すために、隠蔽するためにあるってことかな」
この神のようなものが割った空を再び合わせ、空けた穴を埋める。……いや、こう言うと、非常に罰当たりな気がする。
「また名前でも付けてみる? 一応犬っぽいし」
とエマがやけくそのように言うが、もういっそそれも正解なのかもしれない。
「昔の人は勝手に神様に名前付けて、神社に閉じ込めてたもんね」
「お前ここに神社でも建立する気かよ」
ええい、と私はその生き物に話しかけることにする。
「あなたが犬なのか神さまなのかなんなのかわからないけど、勝手に空を割られたり公園にぶっ放したりされるのは困るんです。お互いのためにも棲み分けたいんですけど、あなたはどうしたいんですか」
しかしその生き物は口を開け、さっきまで何度か聞いたあの轟音を発するだけだった。「ううわああ」と私はまた情けない声をあげて後ずさるが、なるほど、さっきまでのは鳴き声だったのか、と頭は変に冷静で、人間って何事にも適応できるもんだな、とどこかしみじみとしてしまった。
「あのすんごい音が鳴き声ってことはわかったけど、これ、なんて言ってるかわかる?」
と一応エマに聞いてみるが、もちろん答えはノー。
「動物に一番強そうなエマも駄目。五央はどうせわかんないでしょ」
「どうせって言い方は腹が立つけど、まあ当然犬の鳴き声なんてわからんわ。多分あんまり俺ら好かれてないんだろうなってことはわかるけど」
「だよねえ」
と私はエマの方を向き助けを求める。
「そんな顔されても……なんか昔犬語わかるアプリあったじゃん……って思ったんだけど鳴き声が絶対犬じゃないんだよねえ」
翻訳アプリか……あ、「あれは? ドラえもんの、ほんやくコンニャク」
「あー……食べ物って描けるのかな?」
「ちょっと待って、俺その話わからん」
私は五央に、「食べたらなんか耳にした言葉も口に出す言葉もその場で最適解翻訳してくれる、ドラえもんの道具」と雑に伝えた後、取り敢えずスマホで『ほんやくコンニャク』と調べ、画像を表示する。
「いやこれ……漫画的デフォルメだから描きやすくはあるけど、まったく美味しそうではないな」
そんな文句を言いながらそれを描いてみるけれど、うん……味がしそうな気が、全くしない。
「もしこれ食べて死んだら、骨は上空から海に撒いてね」
空も飛びたいし海にも潜りたいし。そう言ったら五央に、「贅沢だな」とただ一言返されてしまった。ごもっともである。
「はい! では! いただきます!」
と私は大声で恐怖を誤魔化すように振り切って、一口そのこんにゃくのようなものを食べた。
食べたのだが。
「なんだろこれ……食べた気がしない。虚無を食べているっていうか……」
取り敢えず身体は無事そうなので、五央に「ん」とこんにゃくを差し出す。
「俺そもそもこんにゃくってあんまり好きじゃないんだけど」
と言う五央を無視して口に押し込むと、二、三回咀嚼したあと、
「あ……何これ……どういうこと」
と首を傾げてしまった。
「私も食べてみる」
とエマが言うので渡すと、エマも口をもぐもぐさせながらずっと首を捻っている。
「なんか……陰膳食べた時みたいな気持ちになるね」
「陰膳って何?」
「んーとね」
その時、突然ボッと大きな音がする。例えるのなら、調理室のちょっと古いガスコンロを点けたときのような、それを何倍にも何十倍にもしたような音である。そして気付けば目の前には大きな火柱が上がって、そしてその赤の中で、大きな黒いシルエットが揺らめいている。さっきの生き物だ。
「燃やされてる!」
自分の口からそう発すると、いよいよ訳がわからなくなってきた。さっきまで森で神さまのように神々しく勇ましく立っていたあの生き物が、今は天まで続くような火柱の中で、処刑でもされるかのように燃やされている。周りの木々も一緒に巻き込まれていて、そのせいか生きている木々の緑の匂いがどんどん濃くなってきて、煙と肉と脂と緑の匂いで、頭がおかしくなりそうだった。この狭い空間で、生と死が一緒に私たちに迫って、追い立てている。
「ひかる、水、水!」
とくぐもったエマの声がして、あ、ハンカチ口に当てて、それから水を撒こう、とポケットを漁る。ハンカチ、フリクション、ハンカチ、フリクション……違う、ハンカチは五央に貸したまんまだし、フリクションはエマの鞄の中だろう。何これ詰みじゃん。もう二人の姿も霞んで見えないし、私ってばこのまま、空にも海にも埋葬されず、土の中に還るのだろうか。まあ一番定番だし、ゆっくり眠れるかもしれないけど。そう思うとなんだか、ま、いっか、という気になる。夢とひーわは悲しむだろうけど、夢にはピアノが、ひーわにはサッカーがあるし。二人居ればなんとかなるだろう。お兄ちゃんは顔色一つ変えなそう。お母さんは多分、気の合わない言うことも聞かない出来損ないが消えて、内心ホッとするだろう。お父さんは一番私に、というか家族に興味がないけれど、娘が亡くなった可哀想な自分に酔って泣いたりするんだろうな。ああ、想像するだけでうんざりするので、もう早々に死んでしまいたかった。空とか海とか土とか、そんなのどうでもいい。
そうして瞼を閉じて白くて黒くてグレーな世界をぷかぷか浮いていて、どれくらい経っただろうか。
『名前は縛るためでなく、呼ぶため、呼ばれるためにあるんだよ』
そう突然声が響いて、気付いたら私は、煙でモヤがかった土の上に居た。
「まだ生きてる……の?」
と呟いた自分の声が酷く絶望的で、それにショックを受ける。じゃあ私は死にたかったっていうのだろうか。
ここは本当に現世なのだろうか。もう黄泉の国かもしれない。私はどっちを望んでいる? ねえ?
そうやって辺りを見渡すと、人影が一つ、ハッとなり反対側を向けばもう一つ。
そうじゃんそうじゃん。今は私だけの命じゃない。私自身が生きようが死のうが、生きたかろうが死にたかろうが、そんなのどうでもいいのだ。今の私は、エマと五央の命を預かっている。そしてエマは「水」と叫んでいたのだから、きっと生き延びる気なのだ。だったら私は絶対にエマを生かさなきゃいけない。
どうしたら良い? たまたま地形が窪んだりしているのだろうか、ここは若干煙が薄い気がするが、ハンカチも無いし移動することは難しいだろう。つまりそれはペンが得られないってことで。
そこで目が醒める時に聞こえた、名前は呼ぶため、呼ばれるためにある、という言葉を思い出す。それって、もしかして。
私が名前を付けた、全ての始まりの生き物。
「ピィちゃーーーーん! おいでーーーー!!!!」
私ってこんな大きな声出せるんだ。煙も一緒に吸ったのか、さっきよりだいぶ肺が重いけれど、流石にこんなに大きな声を出したらきっと大丈夫。届くだろう。
ほら。
ピィちゃんは名前を付けた時よりもずっと大きく、そして上手に翼を羽ばたかせ、赤紫色の空を自由に縫って、私の元へとやってくる。
「ピィちゃん、一瞬風でこの辺の煙飛ばせる?」
「ピィ」
とピィちゃんはその羽をゆっくり大きく動かし、煙はその流れに乗り、辺りは開かれる。
「ひかる!」
と左隣から五央の声がする。良かった、五央は生きてた。右隣を見ると、エマは気を失っているようだ。でもゆったりとしたリズムで肩が動いているような気がするので、大丈夫、きっとまだ呼吸だ出来ている。
「五央、一先ずエマを起こそう!」
と私はこちらに駆け寄って来た五央の手をぎゅっと握り、その勢いのまま一緒にエマの元へ駆け出す。
「エマ? 大丈夫?」
と私がエマの肩をトントンと叩くと、
「うー……眩し」
と寝起きみたいな声が返ってくる。そんなわけないけど、もしかしてエマは寝てたのか。そう思ったらおかしくなってきて、エマの白くて透き通っている頬っぺたをむにーっとつまむ。
「やめてよー」
と私の手を払いのけるエマに対抗してほっぺを伸ばし続けていると、五央が、
「ひかる、あのバス、臨海交通呼べない?」
と提案してくる。
確かにあのバスの中には当たり前のように水が満ちていた。バスのドアを開けても尚、水も空気も過不足なくあるあの臨海交通の力なら、この最早大規模火災となっている現場も、一気になんとかしてくれるかもしれない。
「わかった。エマ、ペン貸して」
「んー……あった、はい」
エマもようやく意識が戻ってきたようで安心だ。
後はこれで……と私は記憶を辿りながら、臨海交通のバス停の看板を描く。まあ臨海交通の人たち結構いい加減っぽいから、多分臨海交通って描いてあってそれっぽいバス停だったら停車してくれるだろう。
「バス停の名前、わかりやすいのが良いよね。もう火柱の森で良いか。これなら一目瞭然だろうし」
五央もエマも肯定も否定もして来なかったので、もうこれで良いだろう、と私は丸い看板の真ん中に『火柱の森』と書く。その上に臨海交通と書いてあるのも相まって、まちゃくちゃダサい。でももう書いちゃったし。後で廃止なり改名なりしてもらおう。
「あ、五央、腕時計してる?」
「うん」
「今何時か教えて」
「えーと……七時半ちょうど」
「げ、もうそんな時間なんだ」
と私は、時刻表に大きく『平日 19時 31』と書く。取り敢えずそれ以外はまた臨海交通に考えてもらおう。この辺りの利用者がどれくらい居るのかもわからないし。
そうしているとものの一分も経たずに、空から雨とは違う、もっと大粒の水飛沫が飛んでくる。冷た、と一瞬思うが、服も髪も濡れていない。バスが来たんだ。
バス停の前に立っていると、見慣れた青いバスがやってくる。こうして見るとやっぱり、普段私たちが利用している市営バスと見た目は殆ど同じなので、変な気持ちだ。
乱暴にドアが開くと、中から「全く急にダイヤ改正されちゃこっちも困るよ」と知らない声がする。もしかしてこの前のイルカと違う人が運転手なのだろうか。
私は五央を小突いて、
「取引先のよしみで水撒き頼んで来て、頼む」
とお願いする。なんか怖そうだし、私が頼むのは嫌だ。
「あの、あの火柱に水撒いて貰えませんか?」
と五央が恐る恐る頼みに行くも、
「は? そういうのは本社に言ってもらえる?」
と今日のバスはやけに高圧的だ。
「でも魚が居る時ドア開ければ、水流出来てたじゃ無いですか」
「魚は居ないしバス乗り場はここだ」
こんな調子じゃ、撫でたりしたくらいじゃあ機嫌も取れないだろう。というか、下手に触ったら威嚇されそう。
こういうとき、どうすれば良いか。私はエマの方を伺うと、エマは不敵な笑みを浮かべていた。この顔を私は知っている。絶対相手にノーと言わせない時のその顔である。
エマは自分よりずっと背の高いバス停を、引き摺るよう火柱の側まで動かし始めた。普段のエマらしからぬ必死でしんどそうな顔に、きっと体育の時はこんな感じで、だから『柊都』って名前を思わずからかいたくなったクラスメイトが居たんだろうな、と初めて会った時に聞いた自己紹介を思い出す。そういえばエマって三月生まれなのに名前に柊が入っている。きっとこの名前にも何かの理由があって、名付けた人が呼びたくて、そしてエマがこう呼ばれてほしくて付けたんだろう。
その理由を聞いて、そして私もエマのことをそう呼んでみるまで、やっぱり死ねないや。
そうだ、と私はエマの側に寄って、ペンで小さな魚を描き始めた。教科書に載っていたスイミーたちを描いて、それから五央の飼っていたネオンテトラたちを。
「ねえ五央、ネオンテトラになんて名前付けてたの?」
私がそうバスの前に居る五央に叫ぶと、五央は、
「メイ!」
と叫んだ。
すると私の描いたネオンテトラの群れの中に大きな泡が浮かび、パンと弾けて、煌めきと共に、ネオンテトラが現れた。
そしてそのネオンテトラ——メイを先頭に、他のネオンテトラも、空を泳ぐようにバス停に向かい列を成して行く。
「あー、今度はバス停の移動かよ。これでダイヤは組み直さず、前の停留所の時と同じ時間に着けって言うんだから、飛んだブラックだよ。ほら、乗るなら乗ってくれない?」
「は、はい」
そうしてドアは閉まり、そしてほんの数メートル動いて、バスはまた停車した。
そして後ろのドアから五央が降りて来た後、空気が水中のように歪む。
ネオンテトラたちの流れは弧を描きバスに乗る。それから凄い勢いで後ろのドアからバスを降り、そして火柱の中に突入し、またバスの中へ、そんな風に円を作ってぐるぐると回っていた。
「ネオンテトラ……燃えちゃわない?」
と唖然とした私が呟くと、
「火葬されたってこうして残ってるんだから大丈夫よ……って死んでないから知らないか」
と後ろから知らない女の人の声がして、え? と振り返る。でも、
「あ、やばっ」
という声がして、もうそこには小さな泡の煌めきが残っているだけだった。
さっきの声はネオンテトラのメイさんだったのか、或いはこの森に居た、他の生き物か。もしかしたら全然関係のない何か、誰かかもしれない。私はその人の声を反芻しながら、ぼんやりと、いまや柱とは言い難いサイズになった炎と水の流れを眺め「死んでも別に消えるわけじゃないんだ」と考えた。それはある人にとっては嬉しいだろうし、またある人にとっては悲しいことだろう。私にとってはどうかは、今決着がつきそうにはなかった。
やがて火の赤は見えなくなり、煙すらもなくなった頃、全ての魚たちはバスの中から出てこなくなり、バスのドアは閉まり、そして荒々しくバスは発車し消えていった。
湿った土と、燃えきらなかった木の幹。でも苦しいくらいだった緑は、全部くすんだ茶色に変わっていて、もうここでは生きてはいないことを如実に表していた。それでも、と私は木や葉の屍を跨ぎ、火柱の中心だった部分へと向かう。勿論そこにも、他と同じように茶色と灰色が積み重なっている。
「ピィちゃん、ここの下が見たいから、ちょっとだけ風起こせる?」
私がそう言うと、ピィっとまた鳴いたピィちゃんは、私が踏ん張って立っていられるギリギリの風を起こして、木と灰を退かしてくれた。
でもやっぱり、そこには何もなかった。
骨まで燃えたのだろうか。それとも元々そんなものなかったのだろうか。もしかしたらなんらかの力で逃げたのかもしれないけれど、でもこんなに死の匂いが立ち込める空間では、とてもそんな風には思えなかった。
私のずっと後ろに立っている、難を逃れた木々たちの緑の気配が、この燃え殻の地面の空虚さを、より一層際立たせた。
「ひかる、お墓でも建ててあげよ。死んじゃった人に生きてる人が出来るのって、それくらいしかないから」
そう言ってしゃがみこんだエマが地面を素手でとんとん、と均す。
五央もゆっくりとこちらへ近付いてきて、そしてすとん、と腰を下ろす。
ずっと立ち尽くしていた私も、うん、と頷いて、地面に座り込んだ。「スカート汚れちゃったから、帰りの電車困るだろうな」なんてふいに頭に過ぎって、こんな時も未来のことを考えてしまう自分にうんざりした。
「あ、見てこれ!」
とエマが何かを掲げる。それは鈍く光る、なんらかの金属の板だった。
「多分何か彫ってある……けど、溶けてるし、いや、言語のせいかも、読めない。五央、読める?」
とエマはそれを五央に渡すが、五央も「わからない」と首を振った。
「これが名前だったのかもしれないから、読めたら良かったんだけどね。でも持って帰って、図書館とかで調べてみよう。そしたらちゃんとお墓も建ててあげられるし」
そう言ってエマがポケットにその金属をしまおうとした、その時だった。
「それはこっちに渡してもらいます」
と、女の子の声が響いた。
「誰?」と辺りを見渡しても、周りには木しかない。どういうこと、と思っていると、
「あなたたちに悪意がないことはわかりましたけど、それでもやっていることを肯定することは出来ないので」
とまた声がする。
「上だ」
と五央が指差した先を見ると、その木の上には私たちと大して歳の変わらなそうな、制服を着た女の子が二人と、男の子が一人、立っていた。あんなところにどうやって登って、そしてどうやって立っているのか。
「バランス感覚えぐ」
と私が思わず感想を述べると、「そこじゃないだろ」と五央は半笑いでツッコむ。
そしてエマはそんな私たちを呆れたように眺めたあと、
「言ってることの意味が全然わからないんですけど、あなたたちがもしかして、あの火を付けたんですか?」
と木の上の人たちを睨みつける。
真ん中でさっきまで話していた女の子が言い淀んでいるのは、つまり肯定ということだろうか。そんな風に思っていたら、今度はその隣に居たショートヘアの女の子が、
「そうよ。倒さなきゃならなかったから」
とエマよりもっと怖い顔で私たちを睨みつけて、叫んだ。
「ひかり、取り敢えず下に降りよう」
と反対側に立っている男子が、真ん中の女の子に言う。そうすると、その子はポケットから何かを取り出し、指で自分と、そして両隣の二人に虹色の羽を描く。するとその羽はパタパタと羽ばたきだし、ゆっくりと三人は木から飛び降りて来た。
私がこのフリクションでやっていることと、おんなじだ。私は自分たちに羽を生やして飛ばなきゃいけない場面がなかったから、今までやったことはなかったけれど、多分これでも出来るんだろう。
そうやってゆっくり降りてきた三人は、こちらへと近付いてくる。
真ん中の『ひかり』と呼ばれていた、少しエマに雰囲気の似ている女の子が、しゃがみこみ、手を合わせる。そしてポケットから何か、インク瓶のようなものを出し、そこに指を付け、空に何かを描いていく。しばらく眺めていると、そこに虹色の花束が出来ていて、それを彼女はそっとその場に供えた。
「私のやったことは最善ではなかったかもしれないけど、でもこの世の全てを救うことは出来ない。誰だって死にたくないけど、でもそれを全部認めていたら世界が歪んじゃうから」
そう言って彼女は、私を見つめる。
「言われている意味が全然わからないです。私からしたらあなたたち、突然現れて、神さまみたいなあの生き物を、この森ごと燃やして殺そうとした悪い人にしか見えないから、何かあるならちゃんと説明してください」
私がそう言うと、ショートカットの女の子が、
「あんたが悪意なく、どうしてそういうことをしているのかわからないけど、でもやってることは悪魔の契約よ」
と言った。
「意味がわからないんだけど」
とエマが返すと、
「これ」
と今度は男の子が、あのインク瓶を女の子の手から取り、私たちに見せる。
「このインクがひかりの……この子の絵の魔法の源だ。集め方の話は置いておいて、この魔法を使うための素質って言うのは勿論必要で、ひかり以外はこれを使えない。でもひかりも、このインクがなければ何も描けない。当たり前だけど、インクのないペンで何かを描けるはずがない」
「それはそうだけど、つまり何が言いたいの?」
とエマが食ってかかる。私もまだ、話の行き先が見えない。
「君がインクのないはずのそのペンで、何かを描いているのは、本当はおかしいんだよ。最初はもしかしたら少しはインクが残っていたのかもしれないけれど、でも途中から俺たちもおかしいと思い始めた。一体君はどうやってインクを補充しているんだろうって」
そこまで男の子が話すと、後は私が言う、とばかりに真ん中の女の子が、重苦しそうに話し始める。
「私たち、その鳥、ピィちゃんって名付けられている鳥を見つけて、それで気付いたの。あなたは、自分の命――血と寿命をインクにしてそのペンを使っているって。」
「何言ってるのか全然訳わかんない。私はただエマのペンを借りたらたまたまインクが出て、それからたまたま色んなことがあったから、対処するためにこうやってさっきみたいに何かを描いたりしてきただけで、命とかそんな、聞いてないよ」
だって命とか、血とか寿命とか、そんなものかけて描いてるなんて、それじゃあまるで……。
「あんたに悪意が本当にないのか、正直私は信用してないけど、でもあんたがやってるのは悪魔の契約以外の何物でもないでしょ。自分の命を削ってその力で色んなものを使役させてるんだから」
私の気持ちを代わりに代弁したのは、向かいで敵意を剥き出しにしている、ショートカットの女の子だった。
「違う!」
彼女の言葉にフリーズしてしまって息の音も鳴らない私に対して、エマが聞いたこともないような大声で叫ぶ。
「ひかるは使役させてるんじゃなくって助けてあげてただけだよ!」
なんでお前が泣きそうなんだエマ。と、頭の中でだけどエマに対して「お前」なんて言ってしまって、五央のせいだ、最近夢もエマもひーわも忙しくて、五央とばっか居たせいで口調が移ってしまってる。と現実逃避。
さっき死にそうになって気付いたけれど、私は心のどこかではずっと、自分なんて死んだっていいと思っていたんだ。消えちゃいたいなって。勿論痛い思いはしたくないけど、ただ待ち受けてる未来が少し短くなるくらいのことは、ちっとも惜しいなんて思っていなかったのだ。
別にピィちゃんだって、名前なんて付けなくてもしばらく様子を見て、もう安心だねってなったら、そこでまた空に放てば良かったのだ。エマのナイトだって元々の持ち主もわからぬまま、勝手に私からエマに贈ったりしなくても、もっと方法があったかもしれない。「もしもの時は助けてね」なんて言っておきながら、私はしっかり名前を刻んで縛り付けて、自分勝手に使役していたに過ぎない。
今日だって自分勝手に臨海交通のダイヤを捻じ曲げて、冷たい水で生きるネオンテトラのメイさんたちを、あの豪火に飛び込ませたのだ。描いたらここに現れるしかないってわかっていて。
「俺は君に悪意がなかったことは信じているけど、やってることは血で名前刻み込んでる呪いと一緒だから、認めることは出来ない。君にはそのペンを使う力があるけど、でもインクを集める力はない。だからそのペン、ひかりに貸して欲しい」
男の子がそう言った後、真ん中の女の子、ひかりちゃんが悲しそうな顔で、私に言う。
「そもそもあなたは、別にこのペンなんてなくても、自分のサインペンとか、なんなら指でも描けるはずだよ。その気がないだけで。現に私だってペンがないから、指でこうして描いているわけだし」
指でも描ける? そんなわけない。小さい頃の魔法使いごっことか、それこそ大きくなってからだって、ダンスの振り付けで指でハートを描く、なんてものだってあったはずだ。でも私がハートを宙に浮かせられたのは、あのペンで描いた時だけだ。
「世の中のこと大抵はそうだけど、出来ないって思い込んでるだけだよ。絶対出来るから、やってみて」
ひかりちゃんがやけに自信満々に言うその顔が、兄と重なる。めちゃくちゃ腹が立つが、私が知る限り、こういう顔をした兄の勝率は百だ。私に勝ち目はない。
諦めて私は、でも最後の抵抗で、ハートなんか意地でも描いてやらない、と空に最初の時みたいな、五色しかない虹を描く。
夜空に架かる虹は綺麗だろうけど、太陽がない限り虹は架からないので、普通では絶対見られない光景だ。私とピィちゃんは悪魔の契約で一緒に居ただけかもしれない、描いて現れたもの、繋がったもの、みんな呪い以外の何物でもないのかも。でもそれでもみんなのこと、それぞれどうにか幸せにしたくてやったっていうのは、全部全部本当の気持ちだ。
思い浮かべて。
指を動かしきりパッと目を開けると、そこには夜空の濃さに負けない鮮やかな五色の虹がはっきりと架かっていた。
バスの中で揺られているであろうネオンテトラたちも、車窓からこの虹が見えているだろうか。私にいいように使われたから見れた美しい景色だってあったって、そう思って欲しいな、なんて、うーん。私って面の皮厚いな。きっと厚かましいを擬人化したら、私になるだろう。
「ピィちゃん、ありがとね、これからも死なない程度に頑張って生きるんだぞ! もううっかり私みたいなやつに捕まるなよ!」
指で虹が描けるなら、多分あのフリクションがなくても、消すべきものは消せるんだろう。私はそう思い、そっと目を閉じ想像する。
私が刻んだ名前や、物は、全部泡になって、この深海みたいな夜空を上っていく。そしてその泡は、新しい星になる。私はその星をみてたまに色んなことを思い出す。もしみんなも空を見上げてその星に出会えたら、名前があった頃のことを思い出してほしい、なんて。どこまでも私は厚かましい。でも口に出していないし、縛っていない。密かに想うくらい、許してほしかった。
目を開けるとピィちゃんの身体は淡く輝いていて、そこから泡のような粉のような星のような、キラキラした粒子が空を上っていた。みんなの淡い光とキラキラの粒と、虹と、星と、いつの間にか顔を出していた半月と。全てが互いを柔らかく照らしあって、世界が優しい光で満たされて、もう今にも溢れてしまいそうだ。この自分の想像なんてとても及ばない美しさのそれを、どうしても私一人で作り出したなんて思えなかった。
「きれい……」
ひかりさんが溜息を吐くようにそう漏らす。
それに私は、
「うん。そうだよ。これが今、世界で、ううん、宇宙で一番綺麗な景色だよ」
と返す。
私がそう言った後、さっきよりも近くにあるような月の明かりの前で、心なしかピィちゃんの羽が誇らしげにピンと伸びているように感じた。
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