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<閑話休題> モブを取り巻く人たちの話II
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「そういえば夢っていっつも『お金なーい!』とか言いながら、そのトートバッグ結構なブランド物だよな」
ふと鞄を漁る夢を見れば、その鞄に刺繍されているロゴは所謂デパートで売っているようなハイブランド。革の鞄なら数十万、布のトートバックだって安くても数万はするだろう。あまり気にしていなかったが、恒常的にバイトをしていないため身の回りの物を割と安く揃えているであろう夢にしては不思議である。
「五央気付くの遅いよ~、ひかるとひーわにはもうだいぶ前にツッコまれたよ」
そう言うと夢は俺の目の前にロゴが目立つように鞄を掲げる。
「姉がさ、あ、二番目の姉ね、まあモテるんだけど、前の彼氏が結構なお金持ちでなんだかのプレゼントにこれ貰ったんだって。で、別れたから捨てるって言って捨てようとしてたから、それを貰ってきたの。いざというとき売れば現金にもなるし」
「人から奪ったものを換金しようとするな」
「奪ってない奪ってない、貰ってきたの。それに換金はマジでいざというときにしかしないから」
こいつのいざというときってどんな場面なんだろう。夢って結構逞しいから、彼女にとってのいざ、が思い付かないが。
「つーか夢ってお姉ちゃん居るんだな」
「あ、五央今私のこと末っ子ぽーいって思ったでしょ。違うからね。私四人姉妹の三番目。妹も居るから」
「四人って凄いな、珍しい」
「でしょ~。しかも姉妹だからね。全員女。女三人寄ればかしましいって言うけど、それ以上居るから」
俺は兄弟も年の離れた弟が一人、従姉妹もエマだけだ。学校以外で年の近い人間に囲まれる生活、正直想像が付かない。
「ところで夢」
「ん?」
「かしましいって……賑やかみたいな意味で合ってる?」
俺がそう訊ねると、「おー」と夢は手を合わせて目と口をまんまるにする。
「そうだった、五央って日本語ネイティブじゃないんだ」
「まあ……家庭内ではほぼ日本語で会話してたから、非ネイティブとも言い難いけど……」
「でも家の中じゃ使う単語って限られてくるもんね。っていうか私もそもそもかしましいって、四人姉妹なんですって説明するときしか使わないかも。五央の言う通り、賑やかみたいなニュアンスで合ってるよ! 漢字で書くと女っていう字を森みたいに三つ並べて書くの。だから女三人寄れば姦しいって……ことわざじゃなくって……」
「慣用句?」
「そうそれ、そんな感じで使われたりする。ちなみに『かしま』が漢字で『しい』が送り仮名ね」
「ほう」
と呟くと俺は、脳内に『姦しい』という字を思い浮かべる。姦しい。
「夢に良く似合う字だ。よし、覚えた」
普通の女子の三倍くらいのパワーがある、夢らしい漢字だと思う。と言いかけた。しかし、それは叶わぬ夢だった。何故なら夢がこう絶妙な、何か不味い物でも食べたかのような表情をしていたからである。
「どうした?」
「いや、五央が意味わかってないのはわかってるんだけど、こう……、漢字自体はめちゃくちゃ悪い意味なんだよ。だからうわ……日本語むず、みたいな気持ちと若干のむか、みたいな気持ちが入り混じってる」
「むか」
「怒りっ! みたいな擬音」
「なるほど」
「まあ調べてみてよ」
そう夢が言ったときちょうどチャイムが鳴り、それに合わせるように上履き特有の滑るような軽いぱたぱたという音と、机と椅子の脚が床に擦れる鈍いけど甲高い音が教室中を包み出す。俺も席に着かなければ、そう思い俺も教室のぱたぱたの一つになり、自分の席へと戻る。
授業が始まってしばらくして、どうやら先生は自分の世界に没頭しているようで板書もなく、あまり生徒にも目線をやっていないタイミングが来る。全くもって良いことではないが、今日に関してはチャンスである。この単元に関しては後で教科書を読み直そう。というかそもそも、黒板に書かれていないことはテストに出さない先生なので、今この時間にしている説明は正直覚えなくても良いのかもしれない。
机の中にスマホを握った手ごと入れ、バレないようにチラチラと画面を覗きながら「姦 意味」と入力する。
そこに出てきた意味は……姦しい、つまりうるさいという意味が圧倒的に一番マシで(にしたって俺が思っていたよりももっと鬱陶しいうるささというニュアンスで、とても褒め言葉としては使えない)、あとはもう言えたもんじゃない。
俺は夢に謝ろうかと少し悩んだ末、「日本語って難しいな」とだけラインし、スマホの画面を閉じる。
いつかもう少し未来になっても、俺の思った夢に相応しい言葉を見つけ伝えられたら良いな、と思いながら。
ふと鞄を漁る夢を見れば、その鞄に刺繍されているロゴは所謂デパートで売っているようなハイブランド。革の鞄なら数十万、布のトートバックだって安くても数万はするだろう。あまり気にしていなかったが、恒常的にバイトをしていないため身の回りの物を割と安く揃えているであろう夢にしては不思議である。
「五央気付くの遅いよ~、ひかるとひーわにはもうだいぶ前にツッコまれたよ」
そう言うと夢は俺の目の前にロゴが目立つように鞄を掲げる。
「姉がさ、あ、二番目の姉ね、まあモテるんだけど、前の彼氏が結構なお金持ちでなんだかのプレゼントにこれ貰ったんだって。で、別れたから捨てるって言って捨てようとしてたから、それを貰ってきたの。いざというとき売れば現金にもなるし」
「人から奪ったものを換金しようとするな」
「奪ってない奪ってない、貰ってきたの。それに換金はマジでいざというときにしかしないから」
こいつのいざというときってどんな場面なんだろう。夢って結構逞しいから、彼女にとってのいざ、が思い付かないが。
「つーか夢ってお姉ちゃん居るんだな」
「あ、五央今私のこと末っ子ぽーいって思ったでしょ。違うからね。私四人姉妹の三番目。妹も居るから」
「四人って凄いな、珍しい」
「でしょ~。しかも姉妹だからね。全員女。女三人寄ればかしましいって言うけど、それ以上居るから」
俺は兄弟も年の離れた弟が一人、従姉妹もエマだけだ。学校以外で年の近い人間に囲まれる生活、正直想像が付かない。
「ところで夢」
「ん?」
「かしましいって……賑やかみたいな意味で合ってる?」
俺がそう訊ねると、「おー」と夢は手を合わせて目と口をまんまるにする。
「そうだった、五央って日本語ネイティブじゃないんだ」
「まあ……家庭内ではほぼ日本語で会話してたから、非ネイティブとも言い難いけど……」
「でも家の中じゃ使う単語って限られてくるもんね。っていうか私もそもそもかしましいって、四人姉妹なんですって説明するときしか使わないかも。五央の言う通り、賑やかみたいなニュアンスで合ってるよ! 漢字で書くと女っていう字を森みたいに三つ並べて書くの。だから女三人寄れば姦しいって……ことわざじゃなくって……」
「慣用句?」
「そうそれ、そんな感じで使われたりする。ちなみに『かしま』が漢字で『しい』が送り仮名ね」
「ほう」
と呟くと俺は、脳内に『姦しい』という字を思い浮かべる。姦しい。
「夢に良く似合う字だ。よし、覚えた」
普通の女子の三倍くらいのパワーがある、夢らしい漢字だと思う。と言いかけた。しかし、それは叶わぬ夢だった。何故なら夢がこう絶妙な、何か不味い物でも食べたかのような表情をしていたからである。
「どうした?」
「いや、五央が意味わかってないのはわかってるんだけど、こう……、漢字自体はめちゃくちゃ悪い意味なんだよ。だからうわ……日本語むず、みたいな気持ちと若干のむか、みたいな気持ちが入り混じってる」
「むか」
「怒りっ! みたいな擬音」
「なるほど」
「まあ調べてみてよ」
そう夢が言ったときちょうどチャイムが鳴り、それに合わせるように上履き特有の滑るような軽いぱたぱたという音と、机と椅子の脚が床に擦れる鈍いけど甲高い音が教室中を包み出す。俺も席に着かなければ、そう思い俺も教室のぱたぱたの一つになり、自分の席へと戻る。
授業が始まってしばらくして、どうやら先生は自分の世界に没頭しているようで板書もなく、あまり生徒にも目線をやっていないタイミングが来る。全くもって良いことではないが、今日に関してはチャンスである。この単元に関しては後で教科書を読み直そう。というかそもそも、黒板に書かれていないことはテストに出さない先生なので、今この時間にしている説明は正直覚えなくても良いのかもしれない。
机の中にスマホを握った手ごと入れ、バレないようにチラチラと画面を覗きながら「姦 意味」と入力する。
そこに出てきた意味は……姦しい、つまりうるさいという意味が圧倒的に一番マシで(にしたって俺が思っていたよりももっと鬱陶しいうるささというニュアンスで、とても褒め言葉としては使えない)、あとはもう言えたもんじゃない。
俺は夢に謝ろうかと少し悩んだ末、「日本語って難しいな」とだけラインし、スマホの画面を閉じる。
いつかもう少し未来になっても、俺の思った夢に相応しい言葉を見つけ伝えられたら良いな、と思いながら。
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