初期値モブの私が外堀を埋められて主人公になる話

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モブ、不可逆な時を生きる

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 夏休みが終わる前に、もう一度だけ五央の部屋を見てみない? と提案してきたのはエマだった。私ときたらすっかりそんなことを忘れていたわけだが五央は覚えていたようで、「新学期慌ただしくなる前に片付けておきたいもんな」と当然のように返信が来ていて、私も慌てて「そうだねー」と棒読みで返した。でも文字の並びだけではわからないだろう、きっと。
 そうして八月最後の日、私たちと五央は冴羽邸を訪れようとしていた。私は電車、五央はバスなのだけど、二人とも出水駅からは徒歩で冴羽邸に向かうわけで、じゃあ駅からは一緒に行こうと約束して、私はまたまた花を背景に据えるのが似合う人を眺めつつ改札を出ることになったのだった。
「五央ってさ……いや、冴羽家の人ってさ、めっちゃ顔整ってるよね」
 と開口一番そう言った私を、五央は「は?」と迎えてくれる。
「あ、お待たせしました」
「いやバスが珍しく時刻表より早く着いただけだし、ひかるも別に遅刻してないじゃんか」
「そうなんだけど、暑いじゃんここ」
 というか、なんだろう、遅刻しなくとも待ち合わせ場所に先に相手が来ていたら、「お待たせ」って言いたくならない? と思ったがこれは日本的な文化なのかもしれない。だってわざわざ時間を決めて待ち合わせているんだから、その時間を超えるまでは私が待たせているのではなく相手がただそこに居るだけだ。
「うーん、そうか?」
 と案の定五央は納得していない風だったが、自分の中でその気持ちも理解出来たし話し合って擦り合わせるようなことではなく、むしろ文化の問題なのでお互い尊重しあっていきたいところなので、それで良い。
「暑すぎるからコーヒー買って飲みながら行かない?」
 と私が話の流れをぶった斬って提案すると、五央も「アリ」と二つ返事で乗ったので、私たちは駅前のコンビニに寄ってそれぞれアイスコーヒを購入し、右手と喉にその冷たさを感じながら、夏休みが終わるなんて信じられない暑さの中を歩くことにした。
「つかひかるさ、カフェラテじゃなくてアイスコーヒーで良かったの?」
 と五央に聞かれて、ああ、と私は右手のクリアカップの中の真っ黒を揺らす。
「うん。夏休み、家で結構コーヒー飲んでたんだけど、牛乳切らしてたりするタイミングのときにもう暑くて買いに行く気にもならなくてそのままブラックで飲んだら、案外飲めたんだよねえ」
「まあ前から全く駄目ってわけでもなかったか」
「そ。カフェラテも無糖のが好きだし。結構ビジュアルで駄目みたいな面もあったし」
「真っ黒なのが駄目だったってこと?」
「うん。ドクぺってあるじゃん、炭酸のジュース。あれとかもなんか飲まず嫌いしてるとこあるんだよね」
「まあ黒い……か。でもコーラはたまに飲んでない?」
「コーラは小さいときから身近にあったからさ。あのほら、兄が居るから普通に飲んでたのよ。でも言われてみたらコーラもそんなに飲まないな」
 そんな風に心底どうでも良い話をだらだらしながらだらだら歩いていると、次第に冴羽邸の外壁が目に入ってくる。いやしかし何度見てもこの家は大きい。でも大きいと認識することは変わらずとも、もう割と冴羽邸自体には慣れていて、さらに今日は五央が居ることもあって普通に友達の家にお邪魔するくらいの感覚になっていた。なにより今日はついに手土産なし、手ぶらでの訪問だ。何度も夏休みお邪魔しているのに申し訳ないが、ネタもお小遣いも底を尽きたのだ。スナック菓子とかで良いなら良いんだけどさ、ケーキ屋さんとか和菓子屋さんとか、ただの高校生にはそんなに縁のある場所じゃない。だから私はエマの「気にしなくて良いよ~。遠いのにわざわざうちまで来てもらって私だけ涼しい思いしてるし」という言葉に甘えさせてもらうことにしたのだった。

 そうしてやっぱりいざ目の前に立つとちょっと尻込みしちゃうような門構えが現れ、うおー、なんて思いながら見つめていると、五央が慣れた手付きでチャイムを押したので私は慌ててその横に並ぶ。インターホン越しに「はいはい開けるねー!」とエマの声がして、そして重い門はじりじりと、ゆっくり開かれた。



 人払いされた部屋で、私たちはエマ、私、そしてその向かいに五央、とソファーに座りテーブルを囲む。
「取り敢えず時間もかかりそうだしちゃっちゃと取り掛かろうか。あくまで私見なんだけど、この前は私たち三人揃っていたから、今度はペアを変えて部屋に入ろうとしてみない?」
 とエマが提案する。
「前言ってた三人だけだと何も起こらないってやつ?」
 と五央が言うけれど、私は「はいはーい」と手を挙げ異議を唱える。
「この前鍵が開かなかったのはもう何か起きてるってことじゃないの? あとエマの家って人いっぱい居るから、三人判定になってないんじゃないかな。ほら、お手伝いさんもすぐ側に居たじゃん」
「まあそうなんだけど、でも部屋に入れないのは私たち三人が揃ったときだけだったでしょ?」
 とエマに言われてみれば、確かにエマは私たちが来る前に部屋に入ってみたけれど、特に変わったところはなかったと言っていた。それにお手伝いさんたちも普通に入っている、と。
「そっか、じゃあやるだけやってみる価値あるね」
「と言うわけで五央、まず私とひかるであの部屋入ってみるから、五央はここで待ってて」
 エマはそう言って立ち上がる。おお、私も行くのか、と私も慌てて立ち上がる。でもそうか、私が居ないと部屋に入れて何か不思議な起きたとて、それを解決する手段がない。エマはあのフリクションで何かを書くことは出来ないからだ。
「あ、エマ、フリクション持ってる?」
「勿論」
 そう言ってもう見慣れたあの厄介なフリクションをエマは指で摘み、振る。
「さっすが、準備万端だね」
「でしょ?」
 そう言って私たちがハイタッチするのを一人座ったままの五央は、「はいはい」と呆れたような目で見つめていた。

 五央を置いて部屋を出て、エマと私は二人並んで長い長い廊下を歩く。冴羽家の廊下は我が家の廊下とは違い横幅もあるので、廊下で横並びになっても余裕だ。
「ひかる、全然きょろきょろしないよね」
「え?」
「自分で言うのもあれなんだけどさ、うち、結構広いじゃない? だから友達とか結構なかなか道を覚えられなくて、毎回きょろきょろしてたりするんだよね。まあうちに限らず、私もお家が大きい友達の家とか行くとそうなってるんだけど」
「なるほどね~。私ほら、道覚えるの得意だから」
「でも家の中だし景色も何もないじゃない? 窓の外も庭だからあんまり変わり映えしないし」
「私多分、景色で覚えてるんじゃないんだよね。あ、いや、景色も覚えてるんだけど……。地図を見ながら進んでる感覚に近いのかな」
「景色で曲がる場所とかを覚えてるんじゃなくて、曲がる場所を覚えててそこに景色が紐付いてるのか」
「そんな感じ? ごめん、なんか言語化してみるとよくわかんなくなっちゃった」
 私は一度行った場所は次から迷うことなく行けるし、一度も行ったことがない場所でも地図があれば行ける。でもあんまりそれについて深く考えたことがないのだ。ずっとそういうものだったから。
「ペンが使えることもすごいけど、その能力もかなり凄いと思うんだよね……」
「便利だけどかなり凄いは言い過ぎじゃない?」
「そうかなあ」
 そうして話にちょうど良い区切りがついたところで、ちょうど良く五央の部屋に到着する。
「よし、じゃあ早速開けてみるね」
 とエマがドアに手をかけると、それはあっさり動き、そしてまず天井すれすれに浮かぶ小さなロケットが目に入った。なんだあれ?
「お、開いた。入ろう」
 と言うエマに続いて部屋に入ると、そのロケットの正体がわかる。それは部屋のライトだった。天井に繋がっているらしいそのロケットは、恐らく三つの丸――窓の部分だ――が電球になっていて部屋を照らす仕組みのようで、そういえばそんな話を前にエマと五央がしてたっけ、と思い出す。その回りには時計と関係あるのでは? と言われていた蓄光の星のシールみたいなものが貼ってあって、夜になるとこの部屋は宇宙になるのか……と想像を巡らす。この部屋をエマたちのおじいちゃんはどんな気持ちで作ったんだろう。どんな気持ちで残していたんだろう。そう思うとちょっと切なくなる。
 そして、電気が付いていないのに明るい部屋、即ちカーテンが開いているという事実に、この家の凄さを改めて感じる。普通使っていない部屋ならばカーテンは閉めっぱなしにしておくだろう。でも開いているってことは、多分だけどお手伝いさんたちが毎日掃除をしているだけでなく、カーテンの開け閉めもしているのだろう。使われていない部屋特有のじめっとした感じもないし、窓も開け閉めしているのかもしれない。
「んー。普通だな。なんも変わらない」
 エマはそういうと、脇目も振らず壁際の勉強机に向かい、その上から何かを取る。
「エマ、それ、時計?」
 私がそう訊ねると、「そう」とエマは頷きなにやら時計を弄っている素振りを見せる。
「時計の針くるくるしてみてるんだけど、やっぱりこの部屋の電気とは連動してないみたい」
 そう言ってエマは私のほうを見てくるので、私はほう、と溜め息みたいな相槌を打ったあと、エマの元へと向かう。しかしここは五央の使っていない部屋だというのに、私の自室より広い。五央は一人なのに自転車は三台あるし、自分の部屋は二つあるし(正確にはあのマンションには幾つか部屋があるから二つ以上あるけど、それはまあ置いておこう)、不思議だなあ、と思う。
「貸ーしーて」
 と幼稚園でお友達に絵本を借りるときみたいにエマに声をかけて、私は五央の勉強机の前で時計を受け取る。勉強机は傷一つないまま上にはデスクライトだけが置かれていて、まるで家具屋さんの展示品みたいだった。というかこの部屋全体、大きい家具屋さんにあるモデルルーム的子ども部屋コーナーみたいだ。綺麗で理想的だけど、生活感がない。でも高校生の五央が戻ってきて住むには、もう少し幼い部屋だ。
「ひかる、聞いてる?」
「え?」
「だから、この時計、もしかしたらカフェのライトと連動したままかもしれないから、あんまりぐるぐるし過ぎないでねって」
「あ、はーい」
 そうだ、今は時計について考えなきゃいけない。もうただの時計だと思いたいけど、でも前回私たち三人で入れなかった時点できっとそんなわけがないのだ。
 くるくる、この目覚まし時計の後ろに付いているネジみたいなスイッチを回すけれど、針は動けど何も起こらない。やっぱりこの部屋で起きることだし、五央が必要なのかもしれない。私が居ないとペンがあっても何もしようがないけれど、でもこの件に関係する人物と言ったらやっぱりエマと五央で。そんなことを思いながら私は落ちてきた髪の毛を耳にかける。
「あ」
 タン、という軽い音の後、それは少し地面で揺れて、トン、と倒れた。
「ひかる? どうしたの?」
「イヤリングのレジンのカメオが取れちゃった。安かったし、アロンアルファみたいなやつでくっついてただけだと思うんだけどさ」
 と私は机に一旦時計を戻して、そのまま開いた両手で右の耳たぶを挟んでいたネジを緩め優しく外す。千円もしなかったイヤリングだが、大ぶりのカメオ風デザインが気に入っているのでここで失うのは惜しい。そのイヤリングとカメオの土台の金属部分も机に置き、私は転がっていたカメオ部分を拾う。中に薔薇のモチーフが入ったそれを裏返すと、やはり予想通り硬くなった透明な接着剤が付いている。これを剥がして、新しく別の接着剤でくっつければまた使えるだろう。良かった~、と私は失くさないように金属パーツと並べてカメオを机の上に置く。戻るときに持っていくのを忘れそうなのが少し心配だけど。
「やっぱり接着剤で付いてただけっぽい」
 とエマに報告し、私はまた時計へと手を伸ばす。ライトが関係ないのなら、蓄光だろうか。くるくると時計の針を動かしても、天井の星が瞬いたりはしない。うーん。一回電気を消してみるか、と時計を机に戻したとき、私は違和感を覚える。あれ? と私は左耳に手を伸ばしイヤリングを外す。それを机に置き、イヤリングを二つ並べる。うん。どう考えても……。
「エマ、さっきのイヤリングが直ってる」
 さっき二つのパーツに分かれたはずのイヤリングは、そんなことなんてなかったみたいにしっかりとくっついて、一つのイヤリングの顔をしていた。
「どういうこと?」
「ほら、さっき取れたはずのカメオが」
 と私は机を指差す。
「えー? ちなみに本当に取れたんだよね」
「取れてた。流石にそこは勘違いじゃないはず」
 だって、落ちた感覚も音も、そして拾ったときの記憶もある。
「ひかる、時計触ってた?」
「え?」
「いや、これが時計のせいで起きたことだって考えるのが、一番しっくりくるじゃない」
「それもそう……だけどさ、照明の明るさと連動してた時計の針が、なんで私のイヤリングを直してくれたのかなあ」
「うーん」
 とエマは少し苦い顔をするが、その表情に私は違和感を感じる。なんというか、なんでだろうって思っている表情というよりは、困っているに近い表情というか。
「どうしたエマ、大丈夫?」
「いやあ、ね。これ、スイッチじゃなくて、もっとタチの悪いものかもしれない」
「エマ、何かわかったの?」
「もしかしたら、ね」
 とエマが机の上から時計を取り、くるくると針を回し、それから私のイヤリングを摘みあげる。
「あー、当たっちゃった」
 とエマは呟き、それから私にイヤリングを渡してくる。
 そのイヤリングは、ついさっきみたいに、金属部分とレジンのカメオパーツ、その二つに分かれていた。
「なるほど、私もわかっちゃったかも」
 ついさっき――イヤリングが壊れた時間より少し前の時間では、当然イヤリングは壊れていない。
 私はまた時計を手にし針をほんの少しだけ時計回りとは逆に回すと、やっぱり、イヤリングは壊れていない状態に『戻っていた』。
 それを見てエマが話し出す。
「そう。多分ね、カフェの照明の明るさと連動してたんじゃなくて、時間に連動してたんだと思う。あそこは朝とか日中は陽の光が入るから照明も控えめで、夕方から様子見てだんだんと明るくしてってるんじゃないのかな」
 あのカフェは入り口こそ地下にあるが、何故かその反対側には窓がしっかりと付いているので、確かに日中は比較的明るい。あの日は晴れだったから、時間を進めれば進めるほどライトは明るくなっていくし、戻せばオープン前の暗い状態に戻っていたということだろう。もしかしたらオープン準備の時間は節電のために営業中より少し薄暗くしているのかもしれない。そうすると、さらに明るさが時間に連動する。
「でもさ、だとしたらなんで急に暗くなったんだろう?」
「わかんないけど、マスターがたまたま時計の針を弄ってた、とかかもね。もしかしたらもうずっと前から時計とあのカフェの時間は連動していたのかも」
「それって、たまたま初めてマスターが時計の針を動かしたのがあの日だったってこと?」
「出来過ぎかなあ」
「出来過ぎだけど……でもそんなこと言ったら私とエマが図書館で出会ったのとか、五央が桜森に転入してきたことのほうが出来過ぎか」
 人生なんて色んな出来過ぎの集合体だ。大体自分という人間が生まれる確率からして馬鹿みたいな数字だし。
 でも時間を操れるって恐ろしすぎる。しかも時計を持ち出せば、動かせないような他の場所にあるものの時間も巻き戻せるかもしれない。
「例えばさ、これをお墓の前に持っていって、ずうっとくるくる回し続けたら」
「ひかる、やめよう」
 勿論、生き物には効果がない可能性は高い。ただ墓石だけが綺麗に戻っていくというのがオチだろう。でも。
「このこと、まだ言わないほうが良い気がするの。今じゃない気がする」
 時計の近くだけ時間が巻き戻るのなら、当然時計を直接触り針を動かしているその人自身の時間も巻き戻るだろう。そこまでして巻き戻って何かが変わったとしても、また時間が進めば元に戻る。このイヤリングだって戻した時間分進めばまた壊れるだろうし、それ以外だって。
 それにエマは気付いていないのかもしれないが、この部屋に五央を招き入れないよう、なんらかの力が働いていた可能性がある。考えすぎかもしれないけれどそれは時計の力じゃなくって、ずっと五央を心配していて、そしてこのフリクションの元の持ち主だった――エマたちのおじいちゃんの力かもしれない。そうじゃないにせよ、五央にこの力を気付かれたくない誰かの思いがあるのでは、そんな気がするのだ。
「五央……そんなに馬鹿じゃないよ」
「わかってる」
「そんなに弱くもないよ」
「わかってるよ。でも、馬鹿になっちゃうときも弱っちゃうときもあるよ。大人だってそうなのに、ましてや私たちまだ高校生だもん」
「ねえひかる」
 エマがか細い声で言う。
「私が五央と結婚しないって言い張ってたのはさ、叔母さまと五央を傷付けてたかな」
 そうだ。五央のお母さんはエマにとってもおばさんだ。五央より近くないだけで、決して遠い存在ではない。
「叔母さまはいつも、『大人になったときにまた考えてみて』って言ってたの。でも私はあんまり叔母さまの体調のことも知らなかったし、今のことはしょうがないせよ未来のことまで決められるのは嫌だって思っていたから、そう言われるたびに『大人になっても変わりません』ってずっと言ってた」
「エマが嘘ついたってきっとバレてたよ。五央のお母さんだって大人だし。でも大人だからこそ、大人になれば変わることもあるって自分の経験があって、大人になったときに考えてみてなんて言ってたんじゃないかな……。なんて、全部私の想像でしかないんだけどね」
 梅雨の長雨のときに亡くなった人。ネオンテトラを可愛がっていていた人。そして何年も経った今でも、五央に悲しくて寂しい顔をさせる人。私は五央のお母さんのことを、それしか知らない。でも私よりもっとずっとエマのほうがわかっているはずだ。
「そうだね」
 とエマはか細い声のまま、でもほんの少しだけ笑顔を浮かべて、そう呟いた。

 その湿り気の混じった少し体に重たく被さる空気を、コンコン、とドアを叩かれる音が破る。
 ハッと我に返って、そのノックの音で破れた隙間から真新しい空気を吸う。体をその相対的に少しひんやりと感じる真新しい空気が巡り、視界がクリアに、ビビットになっていく感じがした。
「はあい、どうぞ」
 とエマがいつもと変わらない声色でノックの主に返事をするが、応答はない。
 ちなみにさっき私はエマに「エマが嘘ついたってきっとバレてた」と言ったが、本当のところそうかどうかはわからない。私がエマに大きな嘘をつかれたことはないと思うけど、でもエマは多分、嘘をつくのが上手いと思う。外面の顔をあんなに上手に出来る人が、咄嗟にではなく腹を括ってついた嘘が下手なわけがない、という持論というか、私の経験則というか。だから今のエマの声も、ドアの外に居る誰かが「今入ってはいけない空気なんだろうか?」と返事を躊躇するようなものではない。多分、エマの学校の生徒会室のときみたいに、なんらかの力が邪魔をして聞こえていないのだろう。
 私はそこでふと自分の身体に斜めがけにしていたスマホに目をやると、ラインの通知が幾つかきている。スワイプして開くと、それらは五央からだった。
『お前ら閉じ込められてるの?』
 と一番下、つまり一番最後に送られてきたメッセージにはそう書かれている。え? 閉じ込められてるの? 私たち? と不安になりながらドアへ向かいドアノブを握ると、それはあっさり下がり、そしてドアは開いた。
「え?」
 と言う五央の顔を、私も同じように「え?」というような顔で見つめる。
「五央、閉じ込められてないよ私たち」
 私がそう言うと、エマも「え?」と言いながらこちらへ近付いてくる。
「ねえエマ、五央が私たちが閉じ込められてるんじゃないかって」
「お、心配してきてくれたの?」
 私たちがそう茶化すと、
「だってラインも返事がないし、ドアも開かないしノックしても返事もないし、閉じ込められてるのかなって思うだろ」
 と五央が不服そうに言う。確かにその状況なら、外から見たら閉じ込められていると勘違いしても当然だろう。
「あれ、五央私の声聞こえなかった? 結構大きめの声で返事したつもりだったんだけどなあ」
 とエマがヘラっとした顔で言うので、五央も眉を顰め、
「うっわムカつく~。魔法のせいとはいえなんかムカつくわ~」
 と腹を立てていて、その無邪気な平和さに何故か涙が滲みそうになった。
 
 五央はどうかこのまま、ここに踏みとどまっていてほしい。
 星の海に飛び出したりせず、ここで地に足つけて生きていってくれ。
 誰も五央のことを連れて行こうとなんてしていないのに、手段さえあれば、もしかしたら五央はまた勝手に飛び出していってしまうかもしれない。私はそれが怖い。

 そんなことを考えていたら、「ん? ひかる、なんか元気ない?」と五央に聞かれたので私は、
「見てこれ、イヤリング、壊れちゃった」
 とさっきのイヤリングを五央の手のひらに載せた。
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