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<閑話休題>モブでもなかった頃の話
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私の兄は小さいときからずっと頭がよく、勉強も出来て、それ以外もなんでも出来て、自慢のお兄ちゃんだった。
そんな兄を第一子に持った私の母は、兄が出来たんだから私も出来て当然、と私にも同じラインを求めてきた。でも私は兄ほど要領は良くないし、体力もない。早々に運動は諦めて、兄が習い事で色々なスポーツをしている時間私は勉強していたし、なんなら兄がゲームをしている横で必死に勉強したけれど、私ときたらそれでもやっとギリギリ兄に並べるくらいだった。
私とお兄ちゃんの一日は、本当に同じ二十四時間なんだろうか。もしかしてお兄ちゃんの一日だけ、四十八時間あるんじゃないか? 本気でそんな風に思ったこともあったけれど、私たちの時間の違いの理由は、私が小学校五年生の時、兄と同じ個別指導塾に通い出しわかった。
兄の担当もしていた、という先生は、私のそれまでの成績表やテストの点数を見て、私も兄と同じだと思ったのだろう。
「はい、じゃあ取り敢えず三章くらいまでやっておいて。もし何かあったら呼んでね」
と先生は、小学六年生のテキストを置き、そのまま別の子のブースへと移動してしまったのだ。
勿論そのテキストには教科書のように簡単な説明は書いてある。問題数も多くはない。でも一章は図形問題、二章は分数、三章は面積の問題だった。そのぜーんぶ、私は誰かに習った訳でもないのに、簡素な文章から読み解いて一からやれってこと? お兄ちゃんって当たり前のようにそれが出来るの?
「お兄ちゃんだって頑張ってやってるんだから、あなたも頑張ってやりなさい」と母は口癖のように私に言い続けていたから、きっとお兄ちゃんも頑張ってこれをやって来たんだ、と自分に言い聞かせて私は頭を抱えながら問題を解いた。点Fってなんだ、とか思いながら、なんとか一章の問題を解き終えるか、と言うくらいの時、
「遅くなっちゃってごめんね」
と先生が戻って来た。
その時、お兄ちゃんは私が一つ唸って新しいことを理解しようとしている間に、スラスラと立ち止まることなく、二倍、三倍の量の新しいことをこなしているのか、と初めて理解した。決してお兄ちゃんの一日が四十八時間あるわけではなく、これは元々の理解力と要領の問題だ。
「ごめんなさい、私兄と違って、別に頭がいいわけじゃないんです」
その時ぼろぼろ泣いてしまった私に先生は、「そうだよねごめんね、世の中あんな子ばかりじゃないもんね。っていうかひかるちゃんくらい出来る子だってそんなに多くないよ。ごめんね、一緒に頑張ろう?」と言ってくれた。当時はわからなかったけれど、今思えばあの先生も恐らくアルバイトの先生で、多分大学生とかだったんだと思う。
とにかく私は酷く傷付いて頑張っても無駄だ、お兄ちゃんと私は根本的に違うと思ったけれど、でもその先生はとても親身に面倒を見てくれたので、なんとか兄と同じようにトップの成績で居続けることは出来た。先生が変わった後も小学生のうちはまだ、自分で家で机に向かえばなんとかなっていた。遊びたいけど、私とお兄ちゃんは違うから。私はお兄ちゃんの何倍も勉強して、やっと母に許されるラインに立てる存在なのだ。
でも中学生になり、勉強自体難しくなって、授業も必須だった部活動もあって、机に向かえる時間はどうしても減ってしまう。でもやることはどんどん増えて、毎日机で寝落ちるような暮らしをしても、一つのことに対して以前と同じくらいの勉強時間が取れないことに気付いて、「あ、もうこれ無理だ」とわかってしまった。
当時の兄と言ったら、この辺では一番頭の良い高校に入り、そこでも当然のように成績トップで、バスケ部に入りながら、母に止められたのにアルバイトもしていた。
私は机で寝るのを辞めて毎日眠くなったら布団に入り、漫画や本を読んだり、スマホでゲームをしたり、友達とライングループで盛り上がったりするようになった。そうすると人生って案外楽しくって、今まであんなに苦しんで勉強していた自分こそ馬鹿みたいな気持ちになった。そして兄はこういうことをして生きて来てたんだ、と今更ゲームをしたり友達と遊びに行ったりしていた姿を思い出し、嫉妬のような、怒りのような感情に苛まれるようになった。
母は私が「グレて成績が悪くなった」と怒り狂って、私からスマホを取り上げたりもしたが、それでも私には今までやってこなかったたくさんのやりたいことがあったから、然程問題はなかった。塾以外の外出も禁止されて、お小遣いも止められたので、主に当時の私は、お菓子作りと読書に精を出していた。図書室で借りた本から家である物で作れそうなお菓子を探し、それを塾に持っていき、みんなで授業前につまんでお喋りしたり、帰宅後宿題を済ませたら、好きな物語や、時たま図鑑みたいな本や絵本も読んだ。
「ひかるの家めっちゃ厳しくて大変だよね」
と言われたけれど、それでも私は以前よりもずっと自由だった。やらなきゃいけないことをただ消化する日々じゃなくって、自分で見つけたやりたいことをやることが出来る。想像も創造も自由に出来る余地のあるその人生は、私の性に合っていた。
もし小さい頃から自由に生きていたら、今の私はもっとこの指で、色んなものを生み出せていただろうか?
それとも抑圧されていたからこそ、想像力が育まれていたのだろうか?
それだけは考えてみても、どちらもありそうな気がしてわからない。
そんな兄を第一子に持った私の母は、兄が出来たんだから私も出来て当然、と私にも同じラインを求めてきた。でも私は兄ほど要領は良くないし、体力もない。早々に運動は諦めて、兄が習い事で色々なスポーツをしている時間私は勉強していたし、なんなら兄がゲームをしている横で必死に勉強したけれど、私ときたらそれでもやっとギリギリ兄に並べるくらいだった。
私とお兄ちゃんの一日は、本当に同じ二十四時間なんだろうか。もしかしてお兄ちゃんの一日だけ、四十八時間あるんじゃないか? 本気でそんな風に思ったこともあったけれど、私たちの時間の違いの理由は、私が小学校五年生の時、兄と同じ個別指導塾に通い出しわかった。
兄の担当もしていた、という先生は、私のそれまでの成績表やテストの点数を見て、私も兄と同じだと思ったのだろう。
「はい、じゃあ取り敢えず三章くらいまでやっておいて。もし何かあったら呼んでね」
と先生は、小学六年生のテキストを置き、そのまま別の子のブースへと移動してしまったのだ。
勿論そのテキストには教科書のように簡単な説明は書いてある。問題数も多くはない。でも一章は図形問題、二章は分数、三章は面積の問題だった。そのぜーんぶ、私は誰かに習った訳でもないのに、簡素な文章から読み解いて一からやれってこと? お兄ちゃんって当たり前のようにそれが出来るの?
「お兄ちゃんだって頑張ってやってるんだから、あなたも頑張ってやりなさい」と母は口癖のように私に言い続けていたから、きっとお兄ちゃんも頑張ってこれをやって来たんだ、と自分に言い聞かせて私は頭を抱えながら問題を解いた。点Fってなんだ、とか思いながら、なんとか一章の問題を解き終えるか、と言うくらいの時、
「遅くなっちゃってごめんね」
と先生が戻って来た。
その時、お兄ちゃんは私が一つ唸って新しいことを理解しようとしている間に、スラスラと立ち止まることなく、二倍、三倍の量の新しいことをこなしているのか、と初めて理解した。決してお兄ちゃんの一日が四十八時間あるわけではなく、これは元々の理解力と要領の問題だ。
「ごめんなさい、私兄と違って、別に頭がいいわけじゃないんです」
その時ぼろぼろ泣いてしまった私に先生は、「そうだよねごめんね、世の中あんな子ばかりじゃないもんね。っていうかひかるちゃんくらい出来る子だってそんなに多くないよ。ごめんね、一緒に頑張ろう?」と言ってくれた。当時はわからなかったけれど、今思えばあの先生も恐らくアルバイトの先生で、多分大学生とかだったんだと思う。
とにかく私は酷く傷付いて頑張っても無駄だ、お兄ちゃんと私は根本的に違うと思ったけれど、でもその先生はとても親身に面倒を見てくれたので、なんとか兄と同じようにトップの成績で居続けることは出来た。先生が変わった後も小学生のうちはまだ、自分で家で机に向かえばなんとかなっていた。遊びたいけど、私とお兄ちゃんは違うから。私はお兄ちゃんの何倍も勉強して、やっと母に許されるラインに立てる存在なのだ。
でも中学生になり、勉強自体難しくなって、授業も必須だった部活動もあって、机に向かえる時間はどうしても減ってしまう。でもやることはどんどん増えて、毎日机で寝落ちるような暮らしをしても、一つのことに対して以前と同じくらいの勉強時間が取れないことに気付いて、「あ、もうこれ無理だ」とわかってしまった。
当時の兄と言ったら、この辺では一番頭の良い高校に入り、そこでも当然のように成績トップで、バスケ部に入りながら、母に止められたのにアルバイトもしていた。
私は机で寝るのを辞めて毎日眠くなったら布団に入り、漫画や本を読んだり、スマホでゲームをしたり、友達とライングループで盛り上がったりするようになった。そうすると人生って案外楽しくって、今まであんなに苦しんで勉強していた自分こそ馬鹿みたいな気持ちになった。そして兄はこういうことをして生きて来てたんだ、と今更ゲームをしたり友達と遊びに行ったりしていた姿を思い出し、嫉妬のような、怒りのような感情に苛まれるようになった。
母は私が「グレて成績が悪くなった」と怒り狂って、私からスマホを取り上げたりもしたが、それでも私には今までやってこなかったたくさんのやりたいことがあったから、然程問題はなかった。塾以外の外出も禁止されて、お小遣いも止められたので、主に当時の私は、お菓子作りと読書に精を出していた。図書室で借りた本から家である物で作れそうなお菓子を探し、それを塾に持っていき、みんなで授業前につまんでお喋りしたり、帰宅後宿題を済ませたら、好きな物語や、時たま図鑑みたいな本や絵本も読んだ。
「ひかるの家めっちゃ厳しくて大変だよね」
と言われたけれど、それでも私は以前よりもずっと自由だった。やらなきゃいけないことをただ消化する日々じゃなくって、自分で見つけたやりたいことをやることが出来る。想像も創造も自由に出来る余地のあるその人生は、私の性に合っていた。
もし小さい頃から自由に生きていたら、今の私はもっとこの指で、色んなものを生み出せていただろうか?
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