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第23話 不本意な選択
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「おいおい。勝手に決めるなよ」
俺はそう言い返しながらも、背筋に何か冷たいものが走るのを感じた。
今、諸外国と言ったのか? そんなに規模が大きな話なのか?
「残念だが、これはほぼ決定事項なんだ。できれば素直に従って欲しいが……」
「決定? どんな冗談だ? お前らには俺を強制的に従わせる術は無いだろう?」
対面の男は表情を変えず言葉を続ける。
「たしかに最初は手っ取り早く君を行動不能にしてから、強制的に言う事を聞いて貰うつもりだったが……君が想像以上の実力を持っていたんでね……話合いに切り替える事にした。さすがは中級ダンジョンを一人で攻略しただけの事はある。是非うちの国で働いて貰いたいくらいだ」
俺が言い返そうと口を開きかけた瞬間、この部屋にはそぐわない声色が響く。
「おい、それは……」
「いや、冗談だ。決めた事は守るさ、本気にするなよ」
「ならいいけど……」
女性の声だ。部屋に残った3人共男だと思っていた俺は、少し驚く。
彼らの顔でちゃんと見えている箇所と言えば目くらいしかない。
スタイルを見ても、装備のせいなのか、元々慎ましやかなのか、悲しいくらい平坦で、判断がつかない。
それにしても今のやりとりを見る限り、彼らは一枚岩じゃないのか?
だったらそのあたりからなんとか彼らの綻びを突いて、会話のイニシアチブを取りたい。
正直この状況は俺にとって不愉快極まりない。
だが考えれば考えるほど、互いの情報に格差が有りすぎて、主導権を握れる気がしない。
とりあえず情報を聞けるだけ聞くしかないか。
俺は会話を続けながらなんとか情報を集める事に決める。
「あんたの国で働くなんてごめんだね。それにいきなり攻撃を仕掛けてくる様な相手との話し合いに素直に応じるとでも?」
「別に最初の攻撃も、殺すつもりはなかったんだけどな……しかし、話し合いに関してだが、悪いがそっちは半強制だ。こちらの言う事に従って貰う」
「さっきから言ってるが、俺が従うかは俺が決める」
「従わないと、エルフ国が困ると言ってもか?」
「なっ……!?」
俺は予期せぬ言葉に思わず絶句する。
どんな事を言われても拒否しようとしていた心が一瞬にしてぐらつく。
いや、ハッタリの可能性もある。
彼らはエリザを捕まえた訳では無い筈だ。転移で移動したのは俺も確認している。
「俺が従わないと、エルフ国が……どう困るって言うんだ?」
俺は努めて冷静に問い返す。
自分ではポーカーフェイスを装っているつもりだが、実践できているかは怪しい。
俺の心情を知ってか知らずか、男は少し笑みを見せながら答える。
「複数の国がエルフ国に戦争を仕掛ける」
男の答えはとてもシンプルだった。
だが俺に与える衝撃はとても大きいものだった。
戦争?
冗談だろ?
俺は何とか相手の言葉を否定できる根拠を出そうと頭の中をフル回転させるが、それで思い知ったのが、俺がこの世界で余りに無知だったという事だ。
エルフ国が複数の国から攻め込まれても耐えうる国力を持っているのか。
エルフ国を助けてくれる味方はどのくらいいるのか。
実際戦争を仕掛けそうな国は何カ国ぐらいあって、どのくらいの力を持っているのか。
各国の情勢や政治の事。
この世界に国はいくつあるのかという根本的な事さえ。
俺は何も知らなかった。
言葉を発する事ができない俺に、男がさらに語りかけてくる。
「さっきから見てると、お前は相当頭が切れるらしいな。普通に話しながらもさっきから状況をひっくり返そうと思考を巡らせている事は見てとれる。だからこそ分かってる筈だ……お前は従うしかない。姫と仲が良いなら尚更な……」
相手の言葉を聞き、俺は確信した。
彼らが言う事がハッタリではなく実現可能な事だという事を。
俺の事を頭が切れると評価しているにも関わらず、従うと考えている。
俺がこの世界に対しての基本的な知識が大分欠けている事も彼らは知らないのにだ。
つまり、俺が拒んだらエルフ国が相当やばい事になるのは間違いない。
選択の余地は無いのか?
無理だと分かっていても俺は聞いてみる。
「一度エルフ国と話をしても?」
「無論、許可できない。理由は言わなくても分かるだろう? 従うにしても拒むとしても今この場で即答してもらう。仮になんらかの方法で今この場から逃げる様な事があれば戦争になると考えてもらいたい」
「拒んだら?」
「戦ってでも止めるしかないな……それはこちらも本意ではないがな。なにせ勝てるかもわからないからね」
もちろん彼らと戦う事など俺の選択肢では一番あり得ない事だ。勝てる筈がない。
どう考えても、リスク無しでこの状況を切り返す術を思いつけない。
彼らの提案を拒むと、俺以外の人が失うものが多すぎる。
一方で彼らの提案を呑んで別の国に移動したとしても、何か失うのは俺だけの筈だ。
それも精々、住み慣れ始めた土地と、少々の人間関係くらいか。
戦争が起こりたくさんの命が無くなる可能性を考えれば比べるのが馬鹿らしくなるくらいちっぽけなものだ。
だけど同時に俺は帝都やエルフ国で築きかけていた友人関係を失うのを少し惜しいと感じていた。
きっかけはただのレベリングのつもりだったのにな。
しかしさすがに戦争と天秤にかけられる類のものでは無い事は承知している。
仕方ないか。
「わかった……俺はエレノアのギルドに所属する事にしよう……不本意だけどな」
「ふう……そう答えてくれると思ったぜ」
少なくとも戦闘は回避できそうだからか、男は息をつく。
「だが、その代わり教えてほしい事がある」
「……答えられる事なら答えよう」
俺は真剣な表情をして問いかける。
「……貧乳は好きか?」
「……は?」
男はポカンといった表情をする。何を聞かれたか理解してないみたいだ。
だが、俺が貧乳と言った瞬間、男の後ろに立っている女性はピクリと反応をみせる。
やっぱりか。
「貧しい胸という意味だ」
「いや……意味は分かるが、質問の意図が分からん」
「とにかく答えられない問いじゃないだろう? 答えを聞かせてくれ」
「……俺はどちらかと言うとふくよかな感じが……」
「俺は小さい方が……」
俺は対面に座っている男に聞いたつもりが、女性の隣の立っている男も一緒に答える。
噴き出しそうになったが、俺は努めて真面目な表情を崩さない。
ちなみに女性は小さい方が良いと言った瞬間に不自然にその男と距離をとる。
それにしても今まで一言も発しなかったのになぜ急に会話に参加してきたのだろうか?
それほど彼にとってはスルーできない質問だったのだろうか? すべては謎である。
俺はその後もいくつか彼らに個人的趣向についての質問を繰り返した。
「なるほど。これで俺からの質問は終了だ」
「……結局、質問の意図は全く分からなかったんだが、どういう意味だったんだ?」
「たいした意味は無い。あくまで個人的興味といったところだ」
彼らは納得した様には見えなかったが、取られて不味い情報の類では無いと思ったのだろう。それ以上深くは追求してこなかった。
俺にしても今の質問にさほど意味があった訳では無い。
さほどな。
俺はその後、彼らからエレノア行きに関しての細かい話を聞かされる。
さすがに馬鹿ではないらしく、こちらに情報が無いのをいい事に多少行動が制限される。
とりあえず、エリザとは1年会うなと指示される。
こいつらと別れた後いきなりエリザの元に転移しようかと考えていたが、釘を刺された形になった。
その指示を守る気は毛頭ない。
だがあくまで彼らの言い分ではエリザと俺が会ったら、何らかの方法でそれを察知できるらしい。
魔法かそれとも人員的な何かなのかは分からないがな。
もちろんハッタリの可能性も大いに有るが、察知できるにしても嘘だとしても、今の俺には裏を取ることができない。すぐに会いに行く事は不可能に思われた。
俺は、自分が戻らないとエリザがどんな動きをみせるか分からないと言ったが、どうやら彼らがエリザと話をするみたいだ。
どう説明するつもりか聞いたが、教えてはくれなかった。
まあこれから考えるつもりなのかもしれないが。
そういえば、ロイスに頼まれごとが終わったと報告する事ができないな。
一応無事にこなした事だし、問題は発生しないと思うが。
どうやら彼らの説明では、俺は二日間ここで軟禁されたのち、その後はエレノアに転移で飛び、所属ギルドの登録をするところまで彼らに見張られるらしい。ちなみに所属は1年間は変更できないそうだ。
エリザと会うにも1年後と言われて、他ギルドへの変更も1年後、おそらく彼らは1年以内に何か大きな事を起こすつもりなのだろう。
だが正直その内容は、手持ちの情報じゃ全く推察できない。
そういえばエリザとの結婚も1年後だったな。
あの話は一体どうなるのだろう?
俺は軟禁状態の二日間、答えのでない様々な事を悶々と一人で考え続けた。
二日後、俺は転移によってエレノアに到着していた。
俺を転移で連れてきたのは、あの慎ましやかな胸をした女性だ。
「あそこがエレノアの中心部にあるギルドよ。さっさと登録してきなさい」
俺は周囲を見渡す。
これが中心部?
どうやら断トツの最下位候補の言葉は伊達じゃないらしく、中心部でさえどこか田舎町を思い起こさせる。
だがギルド周辺のにぎやかさは相当なものだ。人がひっきりなしにやってきている。彼らの言う新しい制度が発令されたばかりだからだろう。
不本意ながらこの事に関してはあっさり裏が取れてしまう。
まあそもそもこの部分は嘘だと思ってはいなかったが。
嘘を吐く意味がないからな。
「ここが中心部かよ……帝都とはえらい違いだな」
「当たり前でしょ? むしろあっちが特殊なのよ」
俺の独り言に律儀に反応する女性。
「混んでいるから時間がかかると思うけど、とりあえず早く行ってきて。ちなみに登録だけ済ませて細かい説明を聞くのは明日以降にしなさい」
「何故だ?」
「説明を聞く事にした場合、状況的に説明してから登録の流れになるでしょ?」
「そうなるだろうな……つまり待つのが嫌と?」
「ご明察」
俺としてもいつまでも監視されていたのでは不愉快極まりない。仕方なく登録に向かう事にする。
ギルドに入ると、受付付近は人でごった返していた。
俺はげんなりするが、とりあえず列に並ぶ。
だが、余りにも人数が多い為か、かなり簡易な登録方法で済ませている様に見える。
1人に対して、所要時間は10秒足らずといったところだろうか。説明が行われている様子も無い。
ギルドカードを渡して登録だけして、カードが返却されてすぐ終了といった流れみたいだ。
列の流れも速く、あっという間に俺の番になる。
「登録の方ですか? カードの提示をお願いします」
俺は指示された通りカード出し、それを渡す。
10秒もかからないでカードが返却される。
「はい、終了です。登録ありがとうございました。今回発令された新制度の説明会は順次開催されますので一度は受ける様にお願いします。それとギルドカードは明日から新たな情報が閲覧できるようになります」
俺は受付に礼を言いその場を離れる。
やけに簡単だったな。少し拍子抜けだ。
俺は外に出て辺りを見回す。
すでに女性はいなかった。
もういないのか、どのタイミングで帰ったのだろう?
少し疑問に思ったが、考えても意味の無い事だと気付き思考を停止する。
そしてこれからの事を考え始める。
さて、流されるままにこの場所にたどり着いてしまったらしいが、これから何をすればいいんだろうか。
ここ数日でめまぐるしく状況が変化し過ぎたから一旦整理してみるか。
とりあえずダンジョンで楽に稼ごうと思い、レベリングをしようとしたんだよな。
そう考えると、稼ぐ事もレベリングも成功したのだから、目的はもう達成している。
レベル自体にまだ不満が残るが、たった数日でレベル9までいったのだからスピードは申し分ないだろう。
それにあのレベル上げはリスクが有り過ぎる。別な方法を模索すべきだろう。
しかし、もう金は生活していくだけなら十分過ぎるほどあるな。
だが、ただ生活するだけというのも退屈な話だ。
だったらどうする?
この世界で最強の武器、防具を探してみるとか。
ひたすらレベルを上げて一番になってみるとか。
様々なダンジョンを攻略して、名を上げるとか。
せっかくゲームの様な異世界にいるのだ。帰る事ができない以上こちらでの生活を楽しむべきだろう。
いろいろ考えていると、一つの事をふと思い出す。
そういえばルカと約束があったな。
俺は彼女のお陰で何度も救われている。
その事をしばらく考え、そして結論を出す。
よし、とりあえず現在の最終目標はルカとの約束を果たす事だ。
正直何年かかるか分からないが、目標が有った方が生活に張りも出るだろう。
という事は、武器防具を探しながら、レベル上げをして、各地のダンジョンを攻略していく。
つまり全部だ。
最終的な目標が決まった俺は次に手近な目標を決める。
「とりあえず、宿を探すか」
宿を探して歩き始めたが、すぐに歩みを止める。
いや、とりあえず1年は所属を変えられないんだ。この辺りを拠点にしたい。
その場合はもしかして借りた方が安いか?
借家のシステムはこの世界に有るのだろうか?
いっそ買ってしまうのも有りか。この地域の家は安そうな気もする。
俺はこの辺りの情報を探りながら、住む家を探す事にする。
俺はある店の情報を得て早速向かう事にする。
そしてそこで話を聞く。
結論から言うと家は借りることができるらしい。
だがそれよりも魅力的な選択肢がたくさんあった。
つまり家が安いのだ。もちろん土地もセットだ。
このあたりの上等な家や土地も金貨5枚有れば手に入る。
帝都との値段の差は分からないが、これは相当安いのではないだろうか?
俺はこの国の情勢にかなり不安を覚えたが、家を持てるという事にかなり興味をひかれた。
元の世界で今の俺が家を買うなんて不可能だからな。
買う方に気持ちが傾いた俺だが、いざとなると色々欲が出てくるのが人間である。
「ちなみにこの辺りで、一番値段が高い物件はどれだ?」
「……高いですか? それですと……」
店主は俺についてくるように手招きをして、店の外に出る。
「一番高いのはあの建物になります」
指さされた方向を見た俺は驚愕した。
そこにはお城があった。今いる場所からはかなり離れているが、それでもその姿をはっきりと視認できる。この辺りでは一番大きな建物だ。
「あ、あれが売りに出てるのか? 一体誰が売ったんだ?」
「王家でございます。ですが競売にかけましても全く売れず……」
俺はますますこの国に不安を覚えたが、一応値段が気になったので聞いてみる。
「参考までに聞きたいんだが……あれはいくらだ?」
店主の返答を聞いた俺が一番最初に思った事は――
ギリギリ買える。
買ったらほとんど金が無くなってしまうがとにかく買える。
俺は、城を持ってみたいという誘惑にどうしても抗う事ができなかった。
「買おう」
店主はまさか俺が本当に買うとは予想していなかったようで、驚愕の表情を浮かべている。
「本当にいいんですか? 冗談じゃなく?」
俺が頷くと、店主は大喜びで契約の準備を始める。
よほど売れなかったんだろうな。
俺の中でどうしてもやってしまった感が拭えなかったが、これは必要経費なんだ、とあり得ない判断を頭の中で下し、これから支払うであろうお金の事は頭の中から消し去った。
店主の案内で城の中も見たが、最低限の家具は置かれているし、すぐに生活を始められそうだ。
だが実際に城に入ってみた印象は、帝都のものより大分小さい。
まあ当たり前かもしれないが。
それでも俺は自分の気持ちが変わらない内に契約を済ませ、後戻りできなくしようとする。
ほどなく契約は完了して。
「ありがとうございました!!」
と大声で叫ぶ店主に見送られ、店を後にした。
もう俺は振りかえらない。
俺は一国一城の主なんだ。都合の悪い事は忘れよう。
とりあえず今日はがっつり食事をして、睡眠をしっかり取り、散財の事は忘れるとしよう。
俺はそう決めるとまずは食糧の調達に向かった。
食糧の調達が完了して、自分の城に戻る。
さすがに城に入る時にはニヤニヤしてしまった。
無理もないだろう、まさか城が手に入るとは思わなかったからな。
俺は食事を終えると少し睡魔が襲ってくる。
城の1階にわりと豪華なベッド付きの部屋があったので、そこで休むことにする。
城の細かい探索は後にしよう。
エレノア中心部の探索で結構体力を使ったのか、それともベッドが良かったからか、俺はあっさりと眠りにつく。
次の日、俺は目を覚ますと、不意にギルド職員から言われた言葉を思い出し、とりあえずギルドカードをチェックする。何が変わったのか気になるからな。
職員の言ったとおり項目が増えてるな。
どれどれ。
こっちは国のランキングが見れるみたいだ。
その脇に個人のランキングの項目がある。
「へえ。個人のランキングも見れるのか」
俺は特に何も考えず、個人ランキングの方を表示させる。
どうやら世界全体の個人ランキングと国内の個人ランキングに分かれているらしい。
俺は再び何も考えず、世界全体のランキングを表示させる。
「はっ!?」
俺はかなり間抜けな声を上げる。
その理由は――
ランキング1位の所に 『 カイト エレノア国所属 』 の文字があったからだった。
俺はそう言い返しながらも、背筋に何か冷たいものが走るのを感じた。
今、諸外国と言ったのか? そんなに規模が大きな話なのか?
「残念だが、これはほぼ決定事項なんだ。できれば素直に従って欲しいが……」
「決定? どんな冗談だ? お前らには俺を強制的に従わせる術は無いだろう?」
対面の男は表情を変えず言葉を続ける。
「たしかに最初は手っ取り早く君を行動不能にしてから、強制的に言う事を聞いて貰うつもりだったが……君が想像以上の実力を持っていたんでね……話合いに切り替える事にした。さすがは中級ダンジョンを一人で攻略しただけの事はある。是非うちの国で働いて貰いたいくらいだ」
俺が言い返そうと口を開きかけた瞬間、この部屋にはそぐわない声色が響く。
「おい、それは……」
「いや、冗談だ。決めた事は守るさ、本気にするなよ」
「ならいいけど……」
女性の声だ。部屋に残った3人共男だと思っていた俺は、少し驚く。
彼らの顔でちゃんと見えている箇所と言えば目くらいしかない。
スタイルを見ても、装備のせいなのか、元々慎ましやかなのか、悲しいくらい平坦で、判断がつかない。
それにしても今のやりとりを見る限り、彼らは一枚岩じゃないのか?
だったらそのあたりからなんとか彼らの綻びを突いて、会話のイニシアチブを取りたい。
正直この状況は俺にとって不愉快極まりない。
だが考えれば考えるほど、互いの情報に格差が有りすぎて、主導権を握れる気がしない。
とりあえず情報を聞けるだけ聞くしかないか。
俺は会話を続けながらなんとか情報を集める事に決める。
「あんたの国で働くなんてごめんだね。それにいきなり攻撃を仕掛けてくる様な相手との話し合いに素直に応じるとでも?」
「別に最初の攻撃も、殺すつもりはなかったんだけどな……しかし、話し合いに関してだが、悪いがそっちは半強制だ。こちらの言う事に従って貰う」
「さっきから言ってるが、俺が従うかは俺が決める」
「従わないと、エルフ国が困ると言ってもか?」
「なっ……!?」
俺は予期せぬ言葉に思わず絶句する。
どんな事を言われても拒否しようとしていた心が一瞬にしてぐらつく。
いや、ハッタリの可能性もある。
彼らはエリザを捕まえた訳では無い筈だ。転移で移動したのは俺も確認している。
「俺が従わないと、エルフ国が……どう困るって言うんだ?」
俺は努めて冷静に問い返す。
自分ではポーカーフェイスを装っているつもりだが、実践できているかは怪しい。
俺の心情を知ってか知らずか、男は少し笑みを見せながら答える。
「複数の国がエルフ国に戦争を仕掛ける」
男の答えはとてもシンプルだった。
だが俺に与える衝撃はとても大きいものだった。
戦争?
冗談だろ?
俺は何とか相手の言葉を否定できる根拠を出そうと頭の中をフル回転させるが、それで思い知ったのが、俺がこの世界で余りに無知だったという事だ。
エルフ国が複数の国から攻め込まれても耐えうる国力を持っているのか。
エルフ国を助けてくれる味方はどのくらいいるのか。
実際戦争を仕掛けそうな国は何カ国ぐらいあって、どのくらいの力を持っているのか。
各国の情勢や政治の事。
この世界に国はいくつあるのかという根本的な事さえ。
俺は何も知らなかった。
言葉を発する事ができない俺に、男がさらに語りかけてくる。
「さっきから見てると、お前は相当頭が切れるらしいな。普通に話しながらもさっきから状況をひっくり返そうと思考を巡らせている事は見てとれる。だからこそ分かってる筈だ……お前は従うしかない。姫と仲が良いなら尚更な……」
相手の言葉を聞き、俺は確信した。
彼らが言う事がハッタリではなく実現可能な事だという事を。
俺の事を頭が切れると評価しているにも関わらず、従うと考えている。
俺がこの世界に対しての基本的な知識が大分欠けている事も彼らは知らないのにだ。
つまり、俺が拒んだらエルフ国が相当やばい事になるのは間違いない。
選択の余地は無いのか?
無理だと分かっていても俺は聞いてみる。
「一度エルフ国と話をしても?」
「無論、許可できない。理由は言わなくても分かるだろう? 従うにしても拒むとしても今この場で即答してもらう。仮になんらかの方法で今この場から逃げる様な事があれば戦争になると考えてもらいたい」
「拒んだら?」
「戦ってでも止めるしかないな……それはこちらも本意ではないがな。なにせ勝てるかもわからないからね」
もちろん彼らと戦う事など俺の選択肢では一番あり得ない事だ。勝てる筈がない。
どう考えても、リスク無しでこの状況を切り返す術を思いつけない。
彼らの提案を拒むと、俺以外の人が失うものが多すぎる。
一方で彼らの提案を呑んで別の国に移動したとしても、何か失うのは俺だけの筈だ。
それも精々、住み慣れ始めた土地と、少々の人間関係くらいか。
戦争が起こりたくさんの命が無くなる可能性を考えれば比べるのが馬鹿らしくなるくらいちっぽけなものだ。
だけど同時に俺は帝都やエルフ国で築きかけていた友人関係を失うのを少し惜しいと感じていた。
きっかけはただのレベリングのつもりだったのにな。
しかしさすがに戦争と天秤にかけられる類のものでは無い事は承知している。
仕方ないか。
「わかった……俺はエレノアのギルドに所属する事にしよう……不本意だけどな」
「ふう……そう答えてくれると思ったぜ」
少なくとも戦闘は回避できそうだからか、男は息をつく。
「だが、その代わり教えてほしい事がある」
「……答えられる事なら答えよう」
俺は真剣な表情をして問いかける。
「……貧乳は好きか?」
「……は?」
男はポカンといった表情をする。何を聞かれたか理解してないみたいだ。
だが、俺が貧乳と言った瞬間、男の後ろに立っている女性はピクリと反応をみせる。
やっぱりか。
「貧しい胸という意味だ」
「いや……意味は分かるが、質問の意図が分からん」
「とにかく答えられない問いじゃないだろう? 答えを聞かせてくれ」
「……俺はどちらかと言うとふくよかな感じが……」
「俺は小さい方が……」
俺は対面に座っている男に聞いたつもりが、女性の隣の立っている男も一緒に答える。
噴き出しそうになったが、俺は努めて真面目な表情を崩さない。
ちなみに女性は小さい方が良いと言った瞬間に不自然にその男と距離をとる。
それにしても今まで一言も発しなかったのになぜ急に会話に参加してきたのだろうか?
それほど彼にとってはスルーできない質問だったのだろうか? すべては謎である。
俺はその後もいくつか彼らに個人的趣向についての質問を繰り返した。
「なるほど。これで俺からの質問は終了だ」
「……結局、質問の意図は全く分からなかったんだが、どういう意味だったんだ?」
「たいした意味は無い。あくまで個人的興味といったところだ」
彼らは納得した様には見えなかったが、取られて不味い情報の類では無いと思ったのだろう。それ以上深くは追求してこなかった。
俺にしても今の質問にさほど意味があった訳では無い。
さほどな。
俺はその後、彼らからエレノア行きに関しての細かい話を聞かされる。
さすがに馬鹿ではないらしく、こちらに情報が無いのをいい事に多少行動が制限される。
とりあえず、エリザとは1年会うなと指示される。
こいつらと別れた後いきなりエリザの元に転移しようかと考えていたが、釘を刺された形になった。
その指示を守る気は毛頭ない。
だがあくまで彼らの言い分ではエリザと俺が会ったら、何らかの方法でそれを察知できるらしい。
魔法かそれとも人員的な何かなのかは分からないがな。
もちろんハッタリの可能性も大いに有るが、察知できるにしても嘘だとしても、今の俺には裏を取ることができない。すぐに会いに行く事は不可能に思われた。
俺は、自分が戻らないとエリザがどんな動きをみせるか分からないと言ったが、どうやら彼らがエリザと話をするみたいだ。
どう説明するつもりか聞いたが、教えてはくれなかった。
まあこれから考えるつもりなのかもしれないが。
そういえば、ロイスに頼まれごとが終わったと報告する事ができないな。
一応無事にこなした事だし、問題は発生しないと思うが。
どうやら彼らの説明では、俺は二日間ここで軟禁されたのち、その後はエレノアに転移で飛び、所属ギルドの登録をするところまで彼らに見張られるらしい。ちなみに所属は1年間は変更できないそうだ。
エリザと会うにも1年後と言われて、他ギルドへの変更も1年後、おそらく彼らは1年以内に何か大きな事を起こすつもりなのだろう。
だが正直その内容は、手持ちの情報じゃ全く推察できない。
そういえばエリザとの結婚も1年後だったな。
あの話は一体どうなるのだろう?
俺は軟禁状態の二日間、答えのでない様々な事を悶々と一人で考え続けた。
二日後、俺は転移によってエレノアに到着していた。
俺を転移で連れてきたのは、あの慎ましやかな胸をした女性だ。
「あそこがエレノアの中心部にあるギルドよ。さっさと登録してきなさい」
俺は周囲を見渡す。
これが中心部?
どうやら断トツの最下位候補の言葉は伊達じゃないらしく、中心部でさえどこか田舎町を思い起こさせる。
だがギルド周辺のにぎやかさは相当なものだ。人がひっきりなしにやってきている。彼らの言う新しい制度が発令されたばかりだからだろう。
不本意ながらこの事に関してはあっさり裏が取れてしまう。
まあそもそもこの部分は嘘だと思ってはいなかったが。
嘘を吐く意味がないからな。
「ここが中心部かよ……帝都とはえらい違いだな」
「当たり前でしょ? むしろあっちが特殊なのよ」
俺の独り言に律儀に反応する女性。
「混んでいるから時間がかかると思うけど、とりあえず早く行ってきて。ちなみに登録だけ済ませて細かい説明を聞くのは明日以降にしなさい」
「何故だ?」
「説明を聞く事にした場合、状況的に説明してから登録の流れになるでしょ?」
「そうなるだろうな……つまり待つのが嫌と?」
「ご明察」
俺としてもいつまでも監視されていたのでは不愉快極まりない。仕方なく登録に向かう事にする。
ギルドに入ると、受付付近は人でごった返していた。
俺はげんなりするが、とりあえず列に並ぶ。
だが、余りにも人数が多い為か、かなり簡易な登録方法で済ませている様に見える。
1人に対して、所要時間は10秒足らずといったところだろうか。説明が行われている様子も無い。
ギルドカードを渡して登録だけして、カードが返却されてすぐ終了といった流れみたいだ。
列の流れも速く、あっという間に俺の番になる。
「登録の方ですか? カードの提示をお願いします」
俺は指示された通りカード出し、それを渡す。
10秒もかからないでカードが返却される。
「はい、終了です。登録ありがとうございました。今回発令された新制度の説明会は順次開催されますので一度は受ける様にお願いします。それとギルドカードは明日から新たな情報が閲覧できるようになります」
俺は受付に礼を言いその場を離れる。
やけに簡単だったな。少し拍子抜けだ。
俺は外に出て辺りを見回す。
すでに女性はいなかった。
もういないのか、どのタイミングで帰ったのだろう?
少し疑問に思ったが、考えても意味の無い事だと気付き思考を停止する。
そしてこれからの事を考え始める。
さて、流されるままにこの場所にたどり着いてしまったらしいが、これから何をすればいいんだろうか。
ここ数日でめまぐるしく状況が変化し過ぎたから一旦整理してみるか。
とりあえずダンジョンで楽に稼ごうと思い、レベリングをしようとしたんだよな。
そう考えると、稼ぐ事もレベリングも成功したのだから、目的はもう達成している。
レベル自体にまだ不満が残るが、たった数日でレベル9までいったのだからスピードは申し分ないだろう。
それにあのレベル上げはリスクが有り過ぎる。別な方法を模索すべきだろう。
しかし、もう金は生活していくだけなら十分過ぎるほどあるな。
だが、ただ生活するだけというのも退屈な話だ。
だったらどうする?
この世界で最強の武器、防具を探してみるとか。
ひたすらレベルを上げて一番になってみるとか。
様々なダンジョンを攻略して、名を上げるとか。
せっかくゲームの様な異世界にいるのだ。帰る事ができない以上こちらでの生活を楽しむべきだろう。
いろいろ考えていると、一つの事をふと思い出す。
そういえばルカと約束があったな。
俺は彼女のお陰で何度も救われている。
その事をしばらく考え、そして結論を出す。
よし、とりあえず現在の最終目標はルカとの約束を果たす事だ。
正直何年かかるか分からないが、目標が有った方が生活に張りも出るだろう。
という事は、武器防具を探しながら、レベル上げをして、各地のダンジョンを攻略していく。
つまり全部だ。
最終的な目標が決まった俺は次に手近な目標を決める。
「とりあえず、宿を探すか」
宿を探して歩き始めたが、すぐに歩みを止める。
いや、とりあえず1年は所属を変えられないんだ。この辺りを拠点にしたい。
その場合はもしかして借りた方が安いか?
借家のシステムはこの世界に有るのだろうか?
いっそ買ってしまうのも有りか。この地域の家は安そうな気もする。
俺はこの辺りの情報を探りながら、住む家を探す事にする。
俺はある店の情報を得て早速向かう事にする。
そしてそこで話を聞く。
結論から言うと家は借りることができるらしい。
だがそれよりも魅力的な選択肢がたくさんあった。
つまり家が安いのだ。もちろん土地もセットだ。
このあたりの上等な家や土地も金貨5枚有れば手に入る。
帝都との値段の差は分からないが、これは相当安いのではないだろうか?
俺はこの国の情勢にかなり不安を覚えたが、家を持てるという事にかなり興味をひかれた。
元の世界で今の俺が家を買うなんて不可能だからな。
買う方に気持ちが傾いた俺だが、いざとなると色々欲が出てくるのが人間である。
「ちなみにこの辺りで、一番値段が高い物件はどれだ?」
「……高いですか? それですと……」
店主は俺についてくるように手招きをして、店の外に出る。
「一番高いのはあの建物になります」
指さされた方向を見た俺は驚愕した。
そこにはお城があった。今いる場所からはかなり離れているが、それでもその姿をはっきりと視認できる。この辺りでは一番大きな建物だ。
「あ、あれが売りに出てるのか? 一体誰が売ったんだ?」
「王家でございます。ですが競売にかけましても全く売れず……」
俺はますますこの国に不安を覚えたが、一応値段が気になったので聞いてみる。
「参考までに聞きたいんだが……あれはいくらだ?」
店主の返答を聞いた俺が一番最初に思った事は――
ギリギリ買える。
買ったらほとんど金が無くなってしまうがとにかく買える。
俺は、城を持ってみたいという誘惑にどうしても抗う事ができなかった。
「買おう」
店主はまさか俺が本当に買うとは予想していなかったようで、驚愕の表情を浮かべている。
「本当にいいんですか? 冗談じゃなく?」
俺が頷くと、店主は大喜びで契約の準備を始める。
よほど売れなかったんだろうな。
俺の中でどうしてもやってしまった感が拭えなかったが、これは必要経費なんだ、とあり得ない判断を頭の中で下し、これから支払うであろうお金の事は頭の中から消し去った。
店主の案内で城の中も見たが、最低限の家具は置かれているし、すぐに生活を始められそうだ。
だが実際に城に入ってみた印象は、帝都のものより大分小さい。
まあ当たり前かもしれないが。
それでも俺は自分の気持ちが変わらない内に契約を済ませ、後戻りできなくしようとする。
ほどなく契約は完了して。
「ありがとうございました!!」
と大声で叫ぶ店主に見送られ、店を後にした。
もう俺は振りかえらない。
俺は一国一城の主なんだ。都合の悪い事は忘れよう。
とりあえず今日はがっつり食事をして、睡眠をしっかり取り、散財の事は忘れるとしよう。
俺はそう決めるとまずは食糧の調達に向かった。
食糧の調達が完了して、自分の城に戻る。
さすがに城に入る時にはニヤニヤしてしまった。
無理もないだろう、まさか城が手に入るとは思わなかったからな。
俺は食事を終えると少し睡魔が襲ってくる。
城の1階にわりと豪華なベッド付きの部屋があったので、そこで休むことにする。
城の細かい探索は後にしよう。
エレノア中心部の探索で結構体力を使ったのか、それともベッドが良かったからか、俺はあっさりと眠りにつく。
次の日、俺は目を覚ますと、不意にギルド職員から言われた言葉を思い出し、とりあえずギルドカードをチェックする。何が変わったのか気になるからな。
職員の言ったとおり項目が増えてるな。
どれどれ。
こっちは国のランキングが見れるみたいだ。
その脇に個人のランキングの項目がある。
「へえ。個人のランキングも見れるのか」
俺は特に何も考えず、個人ランキングの方を表示させる。
どうやら世界全体の個人ランキングと国内の個人ランキングに分かれているらしい。
俺は再び何も考えず、世界全体のランキングを表示させる。
「はっ!?」
俺はかなり間抜けな声を上げる。
その理由は――
ランキング1位の所に 『 カイト エレノア国所属 』 の文字があったからだった。
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