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7月 グロリオサ
第71話
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ベルガモットの香りが鼻腔をくすぐる。心安らぐ香りを堪能してから、そっとカップの縁に唇を当て赤橙色の茶液を口内に招き入れた。爽やかな渋みが口いっぱいに広がったと思えばベルガモットの香りがさらに香り立ち、次第にモルティー香が広がっていくのがとても気持ちが良い。
口の中に残った渋みが徐々に消えていくのを感じながら、右手でつまみ上げていたカップを左手に持ったソーサーの上に音もなく起き、一度ローテーブルへと戻した。
「…おぉ、所作が美しいな…」
「そういや依夜って、飯食う時とかもスゲェ綺麗に食うよなぁ…箸もカトラリーも扱いが上手いし、正直俺なんかよりずっと育ちが良く見えんだよなぁ」
子供の頃から割と当たり前だったからそんなに気にした事はないが、どうやら俺の所作は美しいらしい。習慣とかしてはいるもののやっぱり褒められるのは嬉しくて、にやつきながら感謝を述べ2人にお茶を勧めた。
促されるままに手を伸ばした2人はカップに口をつけた所で静止してしまう。
突然開いた風紀室の扉のせいで。
扉を開けたのは褐色の肌に青髪の男子生徒。見覚えのある彼は風紀室内をぐるりと見回し、俺へ視線を向けて動きを止めた。
「千秋!」
名前を呼びながら立ち上がり、すぐそばまで近寄る。下から千秋の顔を仰ぎ見れば、口の端が赤くなっており片頬も僅かに赤くなっていて、思わず思考停止してしまった。
「千秋、ほっぺ殴られた?」
千秋は何も言わずにただ俺を見つめている。どうしたものかと眉を下げつつも、ゆっくりと頬に手を伸ばした。無言ではあるものの避ける事なく俺に頬を撫でさせている。
俺のせいだと、思わなくもない。俺がもし攫われなかったら、俺がもしもっと周りに注意できていたら、俺がもし、千秋がそばにいる事を望まなかったら。この怪我は、
「おい」
俺の思考を断ち切るように、無言だった千秋が口を開いた。教室でたまにかけられる、いつも通りの声音と言葉。
「自惚れてンなよ」
紡がれた言葉に目を見開く。
どういう事なのかわからなくて、俺はただ、千秋の瞳を見つめることしかできない。
「テメェの為じゃねェ」
一度瞬いて、今度は冷静に深海みたいに青い瞳を見つめた。頬に伸ばしていた手を引っ込めようとゆっくり離そうとすると、それを阻止するように俺の手首を掴んだ。
「俺は俺が暴れたかったから、勝手に暴れただけだ」
自分の頬に俺の手を当てがい目を伏せながらすりすりと擦り寄ってくる様はさながら犬のようで、思わず笑みが溢れる。
「だから、テメェのせいだって自惚れンなよ」
ただそれだけ言って、擦り寄るのをやめた千秋が可笑しくって、くすくすと笑いながら頬を撫でまわす。
自惚れ、まさにその通りだ。そばにいてほしいとねだったのは俺だが、結局それを了承したのは千秋自身。千秋の意思を俺が変えただなんて、あぁ、なんて烏滸がましい。
「でもありがと。さ、とりあえず、怪我の…」
「久道くんっ!はぁ…はぁ…っ風紀に、行く前にっ…はぁ…っ怪我の手当て…!」
手当てをしようと腕を引っ張って風紀室に招き入れようとした所、後ろから男にしては高い、可愛らしい声が聞こえた。聞いた事がある気がするぞ?驚きながら2人でそちらを見ると、肩で息をしている黒髪の男の子が、千秋の服を掴んでいた。
「…離せ。いらねェっつの」
「だめっ…だよ…!傷、残っちゃう…僕が、手当てする…よ?」
「手当てする道具なんざ持ってねェだろ。持ってるやつがここにいンだよ。テメェは邪魔なだけだ。とっとと帰れ」
2人のやりとりを眺めていたら、黒髪の男の子とバッチリ目が合ってしまった。瞬間敵意のこもった眼差しを向けられるから思わず吹き出してしまう。
「…おい」
「あー、千秋に言ってないや。性格は素に戻そうと思って。ちょっと調子乗りすぎだし、そろそろ鬱陶しいし、ね?」
「…そーかよ」
「ごめんね、相談もなしに。詳しくは後で話すからさ」
眉を下げて笑ってみせれば興味なさげに鼻を鳴らした。黒髪の男の子の手を払って、俺の横を通り抜けたかと思えば、迷わず諒先輩達がいる方へ歩いていく。
まさかとは思うが、自分が相手するの面倒だからって俺に押し付けるつもりか?そう思ったが時既にお寿司。中トロです。
引き止めるのも今更なので、潔く背中を見送ってから、目の前にいる黒髪の子へと愛想良く笑いかけた。しかし、好感を得る事など当然と言わんばかりにできず、油断なく俺を睨みつけている。
「ごめんね、千秋が失礼な態度で。代わりに謝るよ。それとありがとう。千秋を心配してここまできてくれたんだよね?後の事は俺がやっとくから、心配しないで。千秋はこの後風紀の聞き取りだろうし、もう暗いから気をつけて帰ってね」
「ぼ、僕は帰らない。君に久道くんを預けるなんて、心配だし…」
体よく追い返せればよかったが、無理そうだと肩をすくめる。チラリと横目で諒先輩達の方を見ていれば楽しそうにお茶会中。羨ましく思いつつも視線を目の前の子に戻して、微笑んだ。
「千秋は、これ以上暗くなると危ないから、帰った方がいいって事を言いたかったと思うんだ」
「で、でも…」
「ここには風紀委員長だっているし、手当てだって心配する事ないよ。君は可愛いんだから、危ない生徒に乱暴されたら大変だ」
先程よりも甘さを孕んだ声を出してしまった。女の子相手には甘い対応をしてしまう癖があるのだが、まさか男の娘にも対応とは、我ながらびっくり。
「っ、や、やっぱり僕は帰りませんっ!!」
千秋は君の事を心配してあんな事言ったんだよ作戦失敗。一瞬揺らいだもののすぐに俺を睨みつけてきた。明け透けな敵対心がビシビシ伝わって、諦めながら苦笑しをもらし、風紀室へと勝手に通してしまった。
口の中に残った渋みが徐々に消えていくのを感じながら、右手でつまみ上げていたカップを左手に持ったソーサーの上に音もなく起き、一度ローテーブルへと戻した。
「…おぉ、所作が美しいな…」
「そういや依夜って、飯食う時とかもスゲェ綺麗に食うよなぁ…箸もカトラリーも扱いが上手いし、正直俺なんかよりずっと育ちが良く見えんだよなぁ」
子供の頃から割と当たり前だったからそんなに気にした事はないが、どうやら俺の所作は美しいらしい。習慣とかしてはいるもののやっぱり褒められるのは嬉しくて、にやつきながら感謝を述べ2人にお茶を勧めた。
促されるままに手を伸ばした2人はカップに口をつけた所で静止してしまう。
突然開いた風紀室の扉のせいで。
扉を開けたのは褐色の肌に青髪の男子生徒。見覚えのある彼は風紀室内をぐるりと見回し、俺へ視線を向けて動きを止めた。
「千秋!」
名前を呼びながら立ち上がり、すぐそばまで近寄る。下から千秋の顔を仰ぎ見れば、口の端が赤くなっており片頬も僅かに赤くなっていて、思わず思考停止してしまった。
「千秋、ほっぺ殴られた?」
千秋は何も言わずにただ俺を見つめている。どうしたものかと眉を下げつつも、ゆっくりと頬に手を伸ばした。無言ではあるものの避ける事なく俺に頬を撫でさせている。
俺のせいだと、思わなくもない。俺がもし攫われなかったら、俺がもしもっと周りに注意できていたら、俺がもし、千秋がそばにいる事を望まなかったら。この怪我は、
「おい」
俺の思考を断ち切るように、無言だった千秋が口を開いた。教室でたまにかけられる、いつも通りの声音と言葉。
「自惚れてンなよ」
紡がれた言葉に目を見開く。
どういう事なのかわからなくて、俺はただ、千秋の瞳を見つめることしかできない。
「テメェの為じゃねェ」
一度瞬いて、今度は冷静に深海みたいに青い瞳を見つめた。頬に伸ばしていた手を引っ込めようとゆっくり離そうとすると、それを阻止するように俺の手首を掴んだ。
「俺は俺が暴れたかったから、勝手に暴れただけだ」
自分の頬に俺の手を当てがい目を伏せながらすりすりと擦り寄ってくる様はさながら犬のようで、思わず笑みが溢れる。
「だから、テメェのせいだって自惚れンなよ」
ただそれだけ言って、擦り寄るのをやめた千秋が可笑しくって、くすくすと笑いながら頬を撫でまわす。
自惚れ、まさにその通りだ。そばにいてほしいとねだったのは俺だが、結局それを了承したのは千秋自身。千秋の意思を俺が変えただなんて、あぁ、なんて烏滸がましい。
「でもありがと。さ、とりあえず、怪我の…」
「久道くんっ!はぁ…はぁ…っ風紀に、行く前にっ…はぁ…っ怪我の手当て…!」
手当てをしようと腕を引っ張って風紀室に招き入れようとした所、後ろから男にしては高い、可愛らしい声が聞こえた。聞いた事がある気がするぞ?驚きながら2人でそちらを見ると、肩で息をしている黒髪の男の子が、千秋の服を掴んでいた。
「…離せ。いらねェっつの」
「だめっ…だよ…!傷、残っちゃう…僕が、手当てする…よ?」
「手当てする道具なんざ持ってねェだろ。持ってるやつがここにいンだよ。テメェは邪魔なだけだ。とっとと帰れ」
2人のやりとりを眺めていたら、黒髪の男の子とバッチリ目が合ってしまった。瞬間敵意のこもった眼差しを向けられるから思わず吹き出してしまう。
「…おい」
「あー、千秋に言ってないや。性格は素に戻そうと思って。ちょっと調子乗りすぎだし、そろそろ鬱陶しいし、ね?」
「…そーかよ」
「ごめんね、相談もなしに。詳しくは後で話すからさ」
眉を下げて笑ってみせれば興味なさげに鼻を鳴らした。黒髪の男の子の手を払って、俺の横を通り抜けたかと思えば、迷わず諒先輩達がいる方へ歩いていく。
まさかとは思うが、自分が相手するの面倒だからって俺に押し付けるつもりか?そう思ったが時既にお寿司。中トロです。
引き止めるのも今更なので、潔く背中を見送ってから、目の前にいる黒髪の子へと愛想良く笑いかけた。しかし、好感を得る事など当然と言わんばかりにできず、油断なく俺を睨みつけている。
「ごめんね、千秋が失礼な態度で。代わりに謝るよ。それとありがとう。千秋を心配してここまできてくれたんだよね?後の事は俺がやっとくから、心配しないで。千秋はこの後風紀の聞き取りだろうし、もう暗いから気をつけて帰ってね」
「ぼ、僕は帰らない。君に久道くんを預けるなんて、心配だし…」
体よく追い返せればよかったが、無理そうだと肩をすくめる。チラリと横目で諒先輩達の方を見ていれば楽しそうにお茶会中。羨ましく思いつつも視線を目の前の子に戻して、微笑んだ。
「千秋は、これ以上暗くなると危ないから、帰った方がいいって事を言いたかったと思うんだ」
「で、でも…」
「ここには風紀委員長だっているし、手当てだって心配する事ないよ。君は可愛いんだから、危ない生徒に乱暴されたら大変だ」
先程よりも甘さを孕んだ声を出してしまった。女の子相手には甘い対応をしてしまう癖があるのだが、まさか男の娘にも対応とは、我ながらびっくり。
「っ、や、やっぱり僕は帰りませんっ!!」
千秋は君の事を心配してあんな事言ったんだよ作戦失敗。一瞬揺らいだもののすぐに俺を睨みつけてきた。明け透けな敵対心がビシビシ伝わって、諦めながら苦笑しをもらし、風紀室へと勝手に通してしまった。
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