救う毒

むみあじ

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6月 夾竹桃

第35話

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初めて人を口説き落としたのは初等部5年の頃。父に連れられて行ったパーティーにいた、年上の女。

少年性愛者だったようで、初等部にしては大きい背丈に父似のルックスを持つ俺に目をつけたその女は、俺が父の目を盗み息抜きをしていた隙を狙い誘ってきた。
欲望に塗れた瞳で俺をしっかりと捉えて、酷く官能的な手つきで頬に触れたのを今でも覚えている。

既に思春期で、性に対して興味があった俺はその誘いに乗った。


俺の父は昔から女遊びが激しく、母がいるにも関わらず、パーティーに出席している未婚の女を口説き落とす事がしばしばあり、父について回っていた俺はその姿をよく見ていた。
父から学んだのは女の落とし方や喜ばせ方、主導権の握り方、後は大きな騒ぎになる前に問題を消すやり方などだ。

思い出しても父親らしい姿は見たことが無い気がする。
そんな最低最悪でど屑な父親だが、俺にもしっかりとその血が流れていた。


女との行為は最初こそ翻弄されていたものの、最終的には俺が主導権を握りその女を大層喜ばせた。
思いの外簡単にできた事と好意を寄せられる事に優越感を抱き、俺はその遊びにハマった。いつしか男も女も関係なく口説き落とし関係を結んでいくようになった頃、諒もまた似た経験をし同じ遊びをしている事がわかった。

元々ライバル同士だったという事もあり、経験人数で競い合ったり、時には1人をターゲットにどちらが落とせるかというゲームをしたりもした。


けれども高等部に上がる頃には飽きがやってきた。


枯れるには早すぎると2人で笑いながらも遊びはやめて、面白みもない学園生活を送って行った。そんな時、諒に風紀委員長にならないかと声がかかった。
心底嫌そうにしていたが、なんだかんだ言って受け入れてしまうだろうから、きっと諒は風紀委員長になるのだろうと直感した。


俺は心底焦った。
このままではこの俺が、何でも完璧にこなしてきた俺が負けてしまう、と。
幼稚舎から一緒に育ったが、俺たちは全てにおいて引き分けだった。学力も、運動神経も、女を口説くのも、どちらも等しく優秀だった。


しかし、諒が風紀委員長という役職を持ってしまったら、一般生徒という肩書きしかない俺の負けになってしまう。



負けたくなかった。どうしても負けたくはなかった。
だから俺は、会長の座を簒奪した。
先代生徒会の不正、暴行への関与を暴き生徒をまとめ上げ、会長になった。





「輝のこと、気に入ったかい?」



理事長席に座っているその男は、いつも通り穏やかな笑みを浮かべながら俺にそう問うた。

広報担当役員を作りたいと掛けあったはずなのに、全く関係のない人物の名を挙げる。それは先ほどまで一緒にいた紫の瞳の男の話だった。
無視をするのも忍びないと思い、率直な感想を述べる。


「…確かに、興味はあります。アレは考えている事が読めない。警戒するべきだとはわかっているのに、不思議と警戒も出来ない。アレの纏う雰囲気は…物を知らない子供のようで、それに釣られて自然と警戒を解いてしまう。今まで接してきたことのないタイプです」


気に入ったかどうかは、答えなかった。
この人に彼を気に入っていることを悟られているのは分かっているが、俺の口からいうのは負けた気がする。

今までにないタイプ。表情豊かな人間が好きではあるが、あそこまで二転三転する奴は見たことがない。我儘を言ったかと思えば、俺を尊重するような姿勢を見せたり、性格が掴めない。ただ、どこまでも親しみやすい彼は、接していて飽きる相手ではなかった。


俺の感想に満足したのか、彼は数回頷いてまたにっこりと笑った。


「広報の件だけれど、許可は出来ないかな。今でも充分支持率はあるし、これ以上上げた所でメリットも少ない。ほら、君が誑かしてきた子達が色んな手を使って支持してくれているしね。君にこっぴどく捨てられたというのに、健気な子達だね、君の親衛隊は」


おい待て、今の質問の意味は何だったんだ?アレもよくわからないが、この人も大概わからないな…

俺がなぜ生徒会長になったのかを知っているこの男は、時折俺の昔の事を抉るように言ってくる。健気だろうと何だろうと、今はもう要らないのだから仕方がない。

そんな俺を見つめながら、彼は組んでいた指を解いて片方の手を持ち上げ、口元に誘った。そっと立ち上がった人差し指を見ていると、必然的に動き始めた唇も視界に入る。


「ただ…毎週水曜日の放課後、今日と同じ時間に第三校舎に来て、輝と一緒にモデルをやってくれるというなら、許可しても構わないよ」


この男はつくづく欲望に正直だ。確かに今日だけでは完成しないからと解散したが、まさか毎週やるのか?面倒くさい事この上ない。


「大体1ヶ月位で描き終わるよ。そうすれば晴れて広報担当役員を補充できるんだから、君の目的通りあの転校生をそばに置く事ができるよ。たった1ヶ月を耐えるだけでね」


見透かされている真の目的に、言葉がぐっと詰まる。
正直な所、彼の提案はとても美味しい。少しの間耐えるだけで俺は怜央との時間を増やす事が出来るし、加えてあの興味深い男との関わりを持つ事も出来る。

押し黙り、考える素振りをしつつも、俺の心はもう決まっていた。

あんな面白そうな男と関わらなくてどうする?



「…わかりました。これも怜央の為です」
「ふふっ、そうかい。それなら許可をしておくよ。君の大好きな怜央とやらの為にね」
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