もう一度、誰かを愛せたら

ミヒロ

文字の大きさ
上 下
102 / 155

俊也side

しおりを挟む

授業が移動教室だった俺は教室へと一人歩いていた。

遥斗との婚約のせいで樹や涼太を巻き込んでしまってる...。

その事実に肩を落としながら歩を進める中、ふと、微かに開いた扉から覗くピアノに足が止まった。

音楽室。

片手に持っていた教科書とノート、筆記用具を入れた缶ケースをピアノの上に置いて、鍵盤を見つめる。

片手で鍵盤を鳴らしていると、自然と笑みが漏れた。

次の授業まで時間もあるし...。

俺はピアノの椅子に座り、みんなで行ったショッピングモールで弾いた以来にピアノを鳴らした。

中学の頃に自宅に閉じ込められていた際、特に弾いていた。

好きだった女の子の自殺は俺の精神を蝕んだ。

俺と出会いさえしなければ...何度そう思ったか。
俺のせいで死んだ、俺が殺したような錯覚すら覚えた。

ピアノがくれる旋律と活字が俺の脳裏にある虚心を癒してくれた。

「また、みんなでカラオケ行きたいな...」

もっとメドレーで繋げてみたい、色んな曲を弾いてみたい。

ピアノを弾いている時は、つい微笑んでしまう。
あの頃すらも...。

「...古閑?」

不意に近くから呼ばれ、ピアノを弾く手を止め相手を見ると...遥斗?

「へー、驚いた。ピアノ上手いんだな、お前」

....違う。
一見、見た目は似てるが兄の和斗だ。

「なあ、リクエストしてもいい?」

和斗がピアノ前の椅子に座る俺の背後に立ち、肩に手を置いた。

その瞬間、なんとも言い難い悪寒を感じ、立ち上がると、和斗の瞳が間近にあり、思わず退こうとして後ろに倒れかけた。

「おっと危ない。気をつけないと。大事な体なんだから」

腰を抱かれた状態で眉根を寄せ目を見開いた。
口元に狡猾な笑みを浮かべ、手のひらで俺の頬を撫でたからだ。

「....お前さ、前から思ってたけど。ホントにアルファ?色白いし、ほら、唇は赤くて誘うかのように可憐だな」

親指の腹で、和斗が俺の唇を触れ、その手を振り払う。

アルファの判定に、両親すら訝しがった。

兄も弟もアルファ。俺とは違い、兄は見るからにアルファとわかる男らしさがあった。
弟も歳を重ねるごとに可愛らしさが少しずつ抜けていった。

俺は肌の色は白く、繊細なところはピンク色で、細身。睫毛も長く、オメガかベータの間違いだろうと何度も検査をし直さなければならなかった。

両親がアルファだと納得するまで。

「お前、もういっぺん調べたら?案外、オメガかもな?」

「俺はオメガじゃない!」

面白いおもちゃでも見つけたように和斗は俺を凝視し、声もなく微笑む。
...唇だけで。

「もしお前がオメガなら俺がお前を孕ませたらそれで済むのにな?」

「....なっ!ふざけん....」

言葉は塞がれた。

怒りで瞼を大きく開けたまま、俺は和斗に唇を奪われていた。

つ、と唇を割ろうと舌が侵入しようとし、慌てて俺は力いっぱい和斗を押した。
やめさせるために。

俺は手の甲で唇を拭ったが、和斗は唇を舐めて微笑んだ。

「お前が好きなのは遥斗なんじゃないのか」

「...遥斗?どうして俺が遥斗を」

その後の和斗の口から出た真実に俺は驚愕で動けなかった。

和斗は遥斗を愛している訳じゃなかった。
いや、ある意味、愛していた。利用という名の元で...。

和斗は遥斗と俺が番になった暁には父の病院を乗っ取る為に高校を卒業したら医大に入ると決めていた。

「...お前は馬鹿か?俺が親父に話したらそんな真似」

「残念」

ぐ、と和斗が俺に向かい、身を乗り出した。

「お前が必死に逃げて、家族を見ようとしなかった間に俺とお前の親父は仲良くさせて貰ってるんだ。出来の悪いお前なんかより俺の方が息子に相応しいって、お義父さん、自慢げに言っていたよ」

反論も出来ず奥歯を噛み締めた。

「計画をお義父さんに話したところでお前が嘘をついてる、て俺が言えばなんの意味もない。ご愁傷様」

にっこり間近で微笑む和斗を睨む事しか俺には出来なかった...。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——? ⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

処理中です...