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しおりを挟むひととき、頬を伝っていた結月の涙は止まった。
穂高はそっと助手席のドアを開け、結月は無言で乗り込んだ。
運転席で、穂高は言葉を探した。
結月はウィンドウの外の景色を眺めていて、表情は見えない。
「....結月。結月のお母さん、ちょっと疲れていただけだよ」
「....遠くに行きたい」
母親は子供を我が子として育てたいのだろう。αだった結月の代わりに。
化け物、その一言がいつまでも、結月の中から消えてはくれなかった。
結月自身も、好きで妊娠した訳でもない。
好きでΩに変異した訳でもない。
「....気晴らし行くか」
穂高はゆっくり車を進ませた。
山道を抜けた先。開けた丘に穂高は駐車した。
「結月に出会う前によく来てた場所。夕方は夕陽がとても綺麗で。夜は満天の星空が見えて。仰向けになって見てたらさ、嫌な事も自分も小さく思えた」
穂高に釣られ、結月も車を降りた。
「....穂高先生の好きな場所....」
「そう。何もかも忘れたい時に来てた場所」
セーター一枚だった結月に、穂高はコートを脱ぐと結月の小さな肩に掛けた。
「....穂高先生が寒くなるよ」
「俺は平気。上着、持って来たら良かったな」
腕を組み、摩りながら、パノラマの夕陽を遠目に見つめた。
「....穂高先生」
「ん?」
「車の中に忘れ物して来ちゃった、取ってきて欲しい」
「忘れ物?」
「飲み物」
「ああ、ちょっと待ってな」
穂高が買ってくれたココアを、穂高が腰を降り、車から取り出す姿を目に焼き付けるように見つめた。
「結月、ココア...」
もう無くなってるぞ、と声を上げようとして、目を見開いた。
崖のギリギリに結月が立っていたからだ。
「結月!待て!」
「...穂高先生、ありがとう」
結月の姿が見えなくなった。
全速力で走った穂高の手が結月と繋がっている。
「離して、穂高先生」
「離すもんか!」
力ずくで引き摺り上げようと、穂高の額は筋張り、多大な汗が流れた。
「離して!先生!」
結月の顔は涙でぐしゃぐしゃだ。
「お前を逝かせる訳にいかないんだよ!」
「僕、化け物だから、穂高先生にもきっと迷惑かけるから、だから....!」
結月の悲痛な声だった。
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