72 / 116
71
しおりを挟む「どうした?今日、あまり元気なかったな」
リビングに座り穂高が紅茶を煎れたティーカップをテーブルに置き、結月ははっ、と目線を上げた。
「ご、ごめん。ありがとう」
穂高の煎れてくれた紅茶を両手でティーカップを包むと暖かい気持ちになり安らいだ。
「何処か具合でも悪いのか?」
「ううん...ちょっと疲れただけ。高級ショップもびっくりしたし....」
「まあ、一生物だからな。勝手に俺たちで選んだけど、デザインとか大丈夫か?」
結月の瞳を覗き込む、いつにも増して、優しい眼差しの穂高がいた。
「....うん。穂高先生と一緒、てだけで、僕、それだけで嬉しいから」
疲れていたのは事実だったので、その日は早めに就寝した。
穂高の腕の中で、紅葉が舞い降りるあの光景が脳裏に浮かんだ。
そして、穂高の寝顔を確認し、結月も瞼を閉じた。
ピンク色の花弁がひらひらと舞い降りる、満開の桜の木以外、何もない。
桜の木に片手を置き、満開の桜を見上げる少年がいた。
背丈は170はないだろうが手脚が長い、細身な少年。
長めの前髪から凛とした切れ長な瞳が見える。
結月はその横顔をしばらく眺めた。
彼と桜のコントラストに目を奪われる。
不意に、彼がこちらを向き、口元に弧を描く。
『三日後には雨らしいからこの桜も散ってしまうかもしれないから、目に焼きつけておきたくて』
彼の言葉に結月は気がついた。
昔、穂高と知り合ったきっかけ。
桜に見惚れる少年に恋をした。
『....穂高先生』
『....穂高?それが、そっちでの今の俺の名前?』
暫し見つめ合い、そして、結月は頷いた。
『.....そっか。今では俺、穂高、て言うんだ....』
独り言のように彼は繰り返す。
『そっちで俺はどう?俺、ちゃんと君を守れてる?』
まだ15歳と幼いけれど見慣れた、穂高によく似た強い眼差し。
『....咲夜』
当時の穂高の名前だ。
咲夜はそっと微笑んだ。
『よく覚えてるね、もう50年以上になるのかな....時間の感覚、よくわからないけど』
桜の花弁が小降りの雨のように彼の全身を舞う。
『....当時の僕はこんな風に君に出逢い、恋をした....持病を持っていることも明かさないで』
咲夜は一瞬、きょとんとしたが、すぐに笑顔に変わった。
1
お気に入りに追加
145
あなたにおすすめの小説


【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
元ベータ後天性オメガ
桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。
ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。
主人公(受)
17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。
ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。
藤宮春樹(ふじみやはるき)
友人兼ライバル(攻)
金髪イケメン身長182cm
ベータを偽っているアルファ
名前決まりました(1月26日)
決まるまではナナシくん‥。
大上礼央(おおかみれお)
名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥
⭐︎コメント受付中
前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。
宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる