碧の海

ともっぴー

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すれ違い

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**碧(黒耀)

「は?いない?どうしてですか?確かにこの住所で間違いない筈ですが。」

つい先日に手紙を貰ったばかりだ。住所が違うなどあり得ない。俺はつい前のめりになりながら、案内所のおやじにたてついた。

「そう言われてもねぇ。引っ越してしまったものはしょうがないからねぇ。」
「引っ越した?だったらその住所を教えて下さい。」
「いやぁ、そこまでは分からないよ。」
「花岡誠一ですよ?有名な人なんでしょう?分からないなんて・・」
「君、本当にあのお嬢ちゃんのお友達なの?困るんだよねぇ、ちょっと有名だから会ってみたいとかそういうの。だいたいねぇ、有名な人程個人情報は守られているんだよ。」

あのお嬢ちゃんというからには、このおやじは良く知っているということだろう。俺の知らない彼女を知っているこいつが憎たらしい。

「俺は本当に友達です!」
「どうだかねぇ。そういえばお嬢ちゃんに付きまとう奴がいるって聞いたけど、まさか君じゃないの?」
「は?」
「さぁ、もう帰った 帰った。」

くそ。くそっ。どうやって探せっていうんだよ。空になった魔石を握りしめ、俺は途方に暮れていた。

**海(菫)

16歳の誕生日が過ぎた頃、私達は2度目の引っ越しをした。1度目は碧から海宛ての手紙が届いた直後で、お父様が、手紙の事で取り乱すお母様を気遣っての事だった。ただ、あまりに急に決めた引っ越しだった為、充分な物件は探せなかった。だから今回は、仮住まいだった家から正式な家への引っ越しだ。2度も引っ越しをしたら、碧はもう私を探せないだろうなと思った。勿論、あれきり碧にお手紙は書いていない。


新居に到着し、さっそく自分の部屋を見てみようと思っていたのだけど、女中の鞠さんに「荷物の運搬がありますので歩き回られては危険です。」とピシャリと言われてしまった。

仕方なく、先に片付いたリビングでお母様とお茶を飲んで休憩することにした。お父様は、といえば こんな日でもお仕事に行っている。

「どうして引っ越しの日にまでお仕事に行ってしまうのかしら?」

お母様は寂しそうに呟いた。

「元気を出して、お母様。だって仕方のない事だわ。引っ越したから職場も遠くなってしまったし、お父様はとても忙しいのよ。」
「そうだけど、ここ暫く顔も見ていないのよ。頭にきちゃう。」

ドキリ、と胸が鳴った。確かにお父様は忙しくしているけど、時々には家には帰って来ているのだ。そしてその度に私は、お父様に会っている。だから当然お母様にも会っているものだと・・・あ・・そうか。私に会っているから。その事に気付いてしまい、一気に申し訳ない気持ちになった。だけど、この事はお母様にも、誰にも言ってはいけない秘密だと、お父様と約束をしていた。

「お母様、ごめんなさい・・」
「あら、菫さんはちっとも悪くないのよ。菫さんだって寂しいでしょ、あ、そうだ。憂さ晴らしに買い物に行きましょう。どうせここにいても片付くまで暇なのだし。」

お母様はそう決めると、さっと立ち上げって車の手配を始めた。私は移動で疲れを感じていたけど、にっこりと笑顔で同意した。私は「従順で可愛い菫さん」でなければならない。

それから、行く先々のお店でお母様は私を「着せ替え人形」にして楽しんだ。購入した荷物は全て私の衣類だ。最近急に背が伸び大人びてきた私は、自分でも自覚出来る程の、「誰もが認める美人」に成長していた。お母様は私が注目される度に誇らしそうにし、もっと見せびらかすのだ。私自身も、じろじろと見られる事は決して嫌ではない。寧ろ自分を認められているようで嬉しかった。

お母様の機嫌も良くなり帰宅すると、家の中はすっかり片付いていた。「それではお母様、また夕食の時にね」と、一旦別れてそれぞれの部屋へと向かった。

1人になった途端、張っていた気が途切れてしまい、疲れがどっと押し寄せてきた。お母様は優しいし大好きだけど、返答に失敗してしまうと大変だから、少しだけ気疲れする。その点、お父様は私は何を言っても受け入れてくれるから・・

「あ、鞠さん。」

廊下の途中で鞠さんが待っていた。

「お帰りなさい、お嬢様。そろそろ戻って来られると思って待っていたのですよ。」
「何かごようかしら?」
「お嬢様に旦那様からプレゼントが届いていますよ。」
「わぁ! 嬉しいっ。ありがとう鞠さん!」

嬉しくてその場で跳び跳ねた。やった、嬉しい! プレゼントの箱を受け取って、急いで部屋に駆け込んだ。

そっと箱を開けると、中にはオルゴールの付いた宝石箱が入っていた。もしかして、と思って宝石箱を開けると、思った通りに手紙が入れられていた。ふふ、と 思わず笑みが溢れる。この手紙は私とお父様の秘密のゲームだ。

お母様の事情を知ってしまった時は罪悪感を覚えたけど、今はワクワクした気持ちが勝っている。さっそく手紙の暗号を解きにかかった。暗号を解けば、指定された時間と場所が分かるのだ。そして指示通りに、誰にも見つからないように行くのがルールで、成功すればご褒美を貰えるし、失敗したら罰がある。といっても、まだ一度も失敗していないから罰は知らないのだけど。

今回の手紙によると、時間は夜中の0時、場所はお父様の書斎だった。今日はとても疲れているから、早く抱き締めてもらいたい。その時間がとても待ち遠しかった。

待ちに待った5分前、私は静かに部屋を抜け出した。音を立てないように階段を下り、お母様の部屋を過ぎ、そっと、そうっと、書斎の前へ。ノックは当然禁止。音が出ないようにこっそり忍び込む。部屋の中は真っ暗だった。

「お父様、どこ?」

声を殺して問いかけるけど、返事はない。ゆっくり部屋を進むと、突然後ろから抱き締められた。

「ひゃっ」
「しっ、静かに。」

こんな風に抱き締められるとは思ってもいなくて、心臓が飛び出すかと思った。

「おお、お父様?」
「海、時間ぴったりだ。成功だよ。」

ぴったりとくっついたまま耳元で囁かれて鳥肌が立った。

「そ、そう?良かった。お父様、一体どうし・・」
「ご褒美だ。今日は何がいい?」

今日はいつになく強引な気がした。だけど・・・、いつものお父様、よね?

「いつもと同じがいいわ、お父様。」

私は腕の中でくるりと身体の向きを変えた。

「それだけかい?」
「? ええ。」

お父様は腕にぎゅっと力を込めて、抱き締めてくれた。温かな体温が、スッと鼻を抜ける匂いが、私を癒してくれる。たちまちに、自分が肯定されていると、実感を得ることができた。

「海、愛してるよ。」

お父様の優しい囁きが、耳をくすぐる。

「嬉しい。私もお父様が大好き。」

お父様と私だけの秘密の時間。この時だけ私は「海」として存在する。

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