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海を求めて
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***碧
海が連れて行かれてから俺は、どうにか海を取り戻そうと必死だった。とはいえ所詮、檻の中の子供で、自由に外に出ることも叶わない。特に俺は、あの時 海を森に連れ出したことがバレていたので監視の目は厳しかった。海の事を聞こうものならすぐに何かを怪しまれた。それでも居場所が知りたくて、隙をみては夜中にベッドを抜け出し、院長の机をあさった。手紙の1つでもあれば・・。そうなのだ。海はあれから1度も手紙を寄越して来ない。あれほど碧、碧、と俺の事を呼んでいたのにそれは不自然だ。事情があって書けないのか、もしくは手紙は届いているのに院長がわざと俺に隠しているのか・・・。俺は院長を疑っていた。だから、こうして幾度となく忍び込んでいるのだ。
そんなある日、俺は手紙ではないが多額の寄付金を受け取った記録を見付けた。日付は海が連れて行かれた日の5日後で、寄付をした人物の名前は花岡誠一。何かの団体ではなく、個人だ。これだけ多額の寄付をしたなら、当然話題になってもおかしくない。というか、売名目的以外でこの額は、おかしいのだ。ところが、記録の日付前後の新聞をいくら読み漁っても、記事は見付からなかった。もしや海は、この男へ売られたのではないかと、嫌な考えが浮かんだ。くそ、なぜ俺は今、子供なんだろう。非力な自分を悔いた。せめて力が完全だったら・・いや、違う。あの時の俺は何も間違えていない。
とにかく今、やれる事を。その日から俺は、真面目ないい子を演じた。子供なら子供なりに、だ。今まではどうでもいいと思い蔑ろにしてきたが、まずは大人達の信頼を手に入れておくべきだろう。
それに海を見付けた時、俺が優秀な兄だったら誇らしく思うかもしれない。
その成果はすぐに現れ、たちまち俺は大人達に信頼されるようになった。特に勉学に関しては馬鹿馬鹿しい程称賛されるようになり、孤児としては珍しく、進学の道まで開けたくらいだ。そして院長は、俺の才能を世に知らしめようと、都会から教育学者を招くと言い出した。名前は月山杏奈というらしい。ん? 月山・・杏奈・・・? いや、まさかな。いや、だが・・・。
「碧、杏奈先生がいらっしゃいましたよ。さぁご挨拶なさい。」
今日は例の人物がはるばる都会からやって来たというので、俺はさっそく院長室に呼び出されていた。それを見た俺の第一声は、
「げぇ!」
だ。
「まっ、あ、碧!? どうしたっていうの? 体調でも悪いのかしらっっ?」
慌てふためく院長とは対照的に、杏奈はじっと俺を見ていた。
***杏奈
このちっこい少年は、もしかして黒耀なの? どこかに面影を探そうと目を凝らすけれど、どこからどうみても別人に見えた。それなのに第一声が「げぇ!」って・・・。近付くと微かに感じる彼の気配も、確かに黒耀なのだ。
ここに来たのは偶然だった。最近職業を教育学者に変更したばかりで、少し名が売れてきたところでの依頼だったのだ。孤児院に神童がいるから是非見にきて欲しい、と。子供の相手は好きじゃないけど、もし本当に神童なら面白いかもと思ってわざわざ足を運んできた訳だ。だけど、その子がまさか黒耀・・・なの? 相手をするどころか、いつだって相手をしてもらいたいと願っている人だ。
「・・・せい、・・・杏奈先生?」
「あっ、ごめんなさい。ええと、碧くんね。初めまして。」
にっこり笑いかけてみたら、ゆっくり目線をそらされた。この子、やっぱり黒耀だわ。じっくり話を聞かなくちゃ、聞きたい事もあるし。
「碧っ、本当に今日はどうしたの? すみません、杏奈先生、いつもは素直でいい子なのですが」
「構いませんよ。初めてだから恥ずかしいのかもしれませんね。」
ほほほ、と寛容に笑ってみせた。
その顔の裏で懸命に考える。ここから碧を出して私の元に来させるにはどうしたらいいかしら?まずは話を聞かなくちゃなのだけど・・。
「せっかくですから、学力検査をしてみましょうか?」
「え、今からですか? 急すぎて準備が、あのっ、内容を教えて頂けたらしっかり準備いたしますし、それに碧もまだ緊張して・・あ、あのっ、碧が今までにどんな勉強をしたとか、解けた問題とかでしたらお見せできますけど。」
検査なのに内容を教えろなんて・・
「心配しないで下さい。ただの検査ですから。」
「あ、そ、そうですか・・。でもあの、その検査の結果は、その、もし悪かったらどうなるのですか?」
「どうなるのかというと?」
「その、碧は本当に賢いのです。それなのに、たった1度の検査で評価されるとなると、その・・・将来が、その・・」
「碧君は、将来なりたいものがあるのかな?」
「・・・」
睨み付けてくるあたり、構うなって事なのかしら? でも見付けちゃったんだもの。
「あのっ、碧はとても可能性がある子でしてっ」
この院長、必死すぎる。というか、黒耀を商品かなにかと勘違いしてるんじゃないかしら?
「この検査は、私が個人で行うものですから、何も心配しないで下さい。ただ、今後の計画の為にも1度みておきたいのです。」
黒耀なら余裕でしょうけどね。とにかく2人きりになりたい。「今後の計画」という部分を強調してみた。
「今後の、ですか? 杏奈先生は今後も碧のことをみてくださるのですね!? あぁ、良かった。碧の素晴らしい才能に気付いて下さったのですね。」
「勿論ですわ。」
黒耀の素晴らしさなんて、私の方が、ずっと、ずっと、前から知っている。
海が連れて行かれてから俺は、どうにか海を取り戻そうと必死だった。とはいえ所詮、檻の中の子供で、自由に外に出ることも叶わない。特に俺は、あの時 海を森に連れ出したことがバレていたので監視の目は厳しかった。海の事を聞こうものならすぐに何かを怪しまれた。それでも居場所が知りたくて、隙をみては夜中にベッドを抜け出し、院長の机をあさった。手紙の1つでもあれば・・。そうなのだ。海はあれから1度も手紙を寄越して来ない。あれほど碧、碧、と俺の事を呼んでいたのにそれは不自然だ。事情があって書けないのか、もしくは手紙は届いているのに院長がわざと俺に隠しているのか・・・。俺は院長を疑っていた。だから、こうして幾度となく忍び込んでいるのだ。
そんなある日、俺は手紙ではないが多額の寄付金を受け取った記録を見付けた。日付は海が連れて行かれた日の5日後で、寄付をした人物の名前は花岡誠一。何かの団体ではなく、個人だ。これだけ多額の寄付をしたなら、当然話題になってもおかしくない。というか、売名目的以外でこの額は、おかしいのだ。ところが、記録の日付前後の新聞をいくら読み漁っても、記事は見付からなかった。もしや海は、この男へ売られたのではないかと、嫌な考えが浮かんだ。くそ、なぜ俺は今、子供なんだろう。非力な自分を悔いた。せめて力が完全だったら・・いや、違う。あの時の俺は何も間違えていない。
とにかく今、やれる事を。その日から俺は、真面目ないい子を演じた。子供なら子供なりに、だ。今まではどうでもいいと思い蔑ろにしてきたが、まずは大人達の信頼を手に入れておくべきだろう。
それに海を見付けた時、俺が優秀な兄だったら誇らしく思うかもしれない。
その成果はすぐに現れ、たちまち俺は大人達に信頼されるようになった。特に勉学に関しては馬鹿馬鹿しい程称賛されるようになり、孤児としては珍しく、進学の道まで開けたくらいだ。そして院長は、俺の才能を世に知らしめようと、都会から教育学者を招くと言い出した。名前は月山杏奈というらしい。ん? 月山・・杏奈・・・? いや、まさかな。いや、だが・・・。
「碧、杏奈先生がいらっしゃいましたよ。さぁご挨拶なさい。」
今日は例の人物がはるばる都会からやって来たというので、俺はさっそく院長室に呼び出されていた。それを見た俺の第一声は、
「げぇ!」
だ。
「まっ、あ、碧!? どうしたっていうの? 体調でも悪いのかしらっっ?」
慌てふためく院長とは対照的に、杏奈はじっと俺を見ていた。
***杏奈
このちっこい少年は、もしかして黒耀なの? どこかに面影を探そうと目を凝らすけれど、どこからどうみても別人に見えた。それなのに第一声が「げぇ!」って・・・。近付くと微かに感じる彼の気配も、確かに黒耀なのだ。
ここに来たのは偶然だった。最近職業を教育学者に変更したばかりで、少し名が売れてきたところでの依頼だったのだ。孤児院に神童がいるから是非見にきて欲しい、と。子供の相手は好きじゃないけど、もし本当に神童なら面白いかもと思ってわざわざ足を運んできた訳だ。だけど、その子がまさか黒耀・・・なの? 相手をするどころか、いつだって相手をしてもらいたいと願っている人だ。
「・・・せい、・・・杏奈先生?」
「あっ、ごめんなさい。ええと、碧くんね。初めまして。」
にっこり笑いかけてみたら、ゆっくり目線をそらされた。この子、やっぱり黒耀だわ。じっくり話を聞かなくちゃ、聞きたい事もあるし。
「碧っ、本当に今日はどうしたの? すみません、杏奈先生、いつもは素直でいい子なのですが」
「構いませんよ。初めてだから恥ずかしいのかもしれませんね。」
ほほほ、と寛容に笑ってみせた。
その顔の裏で懸命に考える。ここから碧を出して私の元に来させるにはどうしたらいいかしら?まずは話を聞かなくちゃなのだけど・・。
「せっかくですから、学力検査をしてみましょうか?」
「え、今からですか? 急すぎて準備が、あのっ、内容を教えて頂けたらしっかり準備いたしますし、それに碧もまだ緊張して・・あ、あのっ、碧が今までにどんな勉強をしたとか、解けた問題とかでしたらお見せできますけど。」
検査なのに内容を教えろなんて・・
「心配しないで下さい。ただの検査ですから。」
「あ、そ、そうですか・・。でもあの、その検査の結果は、その、もし悪かったらどうなるのですか?」
「どうなるのかというと?」
「その、碧は本当に賢いのです。それなのに、たった1度の検査で評価されるとなると、その・・・将来が、その・・」
「碧君は、将来なりたいものがあるのかな?」
「・・・」
睨み付けてくるあたり、構うなって事なのかしら? でも見付けちゃったんだもの。
「あのっ、碧はとても可能性がある子でしてっ」
この院長、必死すぎる。というか、黒耀を商品かなにかと勘違いしてるんじゃないかしら?
「この検査は、私が個人で行うものですから、何も心配しないで下さい。ただ、今後の計画の為にも1度みておきたいのです。」
黒耀なら余裕でしょうけどね。とにかく2人きりになりたい。「今後の計画」という部分を強調してみた。
「今後の、ですか? 杏奈先生は今後も碧のことをみてくださるのですね!? あぁ、良かった。碧の素晴らしい才能に気付いて下さったのですね。」
「勿論ですわ。」
黒耀の素晴らしさなんて、私の方が、ずっと、ずっと、前から知っている。
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