碧の海

ともっぴー

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別れの時

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**海

私達は2人で1つ。
だけどもし別れ別れになってしまったら、その時私は、誰を頼って生きていったらいいのだろう。
かつて、今よりも幼かった頃には本気でそう思っていた。碧は、私の全てだったから。

部屋を片付けようと開けた机の引き出しから、出しそびれた一通の手紙を見付けた。それは別れ別れになった碧への手紙。あんなに碧、碧、と言って、いつも一緒にいたのに、大好きだったのに、離れてしまった途端、不思議と存在が薄れてしまっていた。書いた手紙を忘れてしまう程に。

碧はそれをどう思うだろう・・・。

手紙には、約束を守れなかった事と、何も言わずに置いていってしまった事への謝罪、それから再会の約束などが書き連ねてあった。
直ぐに送っていれば許されたかもしれないけれど、今さら送っても無意味だろうなと思う。それに、今の私にそんな想いはない。それよりも碧の怒りを想像し、思わずぶるり、と身震いをした。これは捨てるべきね。最後に見た碧の後ろ姿を思い出しながら、そっと屑入れに落とした。


***

「海、今日は隠れてろよ。」

朝ご飯が終わるなり、碧があたしの腕をぐい、と掴んだ。

「わっ! び、びっくりした。碧、どうしたの?」
「今日はお前は何処にも行くな。ずっと隠れてろ。」
「え? なんで? あたし今日は先生に呼ばれてるんだけど。」

碧はとても焦って見えた。だけどついさっき朝ごはんの前に、先生が部屋に来て「今日は大切な用があるから、自由時間になったら一番綺麗な服を着て、先生の部屋まで来なさい。」と言われたのだ。約束を破ると後で折檻が待っているから何としてでも行かないといけない。

「それでも。今日は絶対に隠れていないと駄目なんだ。いいから付いてこい。」
「え? え? 待って。あたしまだ片付けも終わってないしっ」
「は? 何でだよ。昨日も片付けしてなかったか?」

言いながら碧は気付いたらしく、ちっ、と舌打ちをした。途端に私は、しまった、と口に手を当てた。

「今度は誰だよ?」
「ちがっ、違うの。私が自分から言ったのっ、お、お腹が痛いって、言ってたから。」
「・・・」
「ご、ごめんね。でも、片付けるの全然嫌じゃないし、それでその子がゆっくり休めたら、それが良いと思ったし・・」

碧が呆れた顔で見るから、言葉はどんどん小さくなって、消えていった。

「頼まれてないことまでやろうとすんなよ。そんなんだからいっつも・・・。ああくそっ、時間がないから行くぞっ!」
「い、嫌だ。ダメだって。片付けが・・それに先生だって恐いもんっ。」

碧は諦めてくれずに引っ張るけど、あたしも負けずに踏ん張った。

「俺が守ってやるから! だから、な、俺とどっちが大事なんだ?」
「う・・・、それはもちろん碧が大事。だけど・・・でも・・」
「な、俺が一番だろ?だから俺の言うこと聞かないと駄目なんだ。行くぞ。」

碧はあたしの腕を掴んだまま裏口から外へでて、そのまま森に向かって走った。こんなに強引な碧は初めてだ。

「ねぇっ、ねぇ。待ってっ、く、靴はっ?」
「靴はっ、今日は、いいっ。それより、早くっ」

地面には石がゴロゴロ転がっていて、踏みしめる度に痛みが走り、地面を蹴ると爪が剥がれた。だけど、「痛い」と言っても碧は構わず走り続けた。

どれほど走ったか、息が苦しくてもう限界と思った時、やっと碧は立ち止まって、あたしを振り返った。どうしてだか、碧も同じだけ走った筈なのに呼吸は乱れていない。

「碧は、碧は、平気なの? 疲れて、ない?」

息を切らせながら聞くと、碧は一瞬目をぱちくりとさせ、すぐに慌て始めた。

「あっ、ご、ごめん。海は・・た、体力が無かったね。ほんとごめん。」
「体力・・・? 碧は、体力があるから、疲れないの?」
「うんっ、そうだよ。それよりさ、ここ。」

言われて顔を上げると、目の前に大きな岩がある。

「行き、止まり・・・?」
「違う。ここ。」

指し示された先を見ると、大きな岩の下の方に小さな穴があった。丁度あたしが、やっと入れるくらいの小さな穴だ。思わず後ずさった。

「い、嫌だよ? まさか入れなんて言わないよね?」
「後で必ず迎えに行くから。」
「え、ほ、本気? あたし恐いよ、嫌だよ。」
「じゃないと守ってやれなくなる。俺と離れ離れになりたいか?」
「離れ離れっ? それは嫌っっ! だけど・・でもどうして?」
「後でちゃんと教えるから。いいか、俺が迎えに来るまで、絶対に出てくるなよ。」
「う・・・うん。でも、早く来てね。恐いの嫌だよ。1人ぼっちも嫌。」
「ん。いい子だ。愛してる。」

碧はあたしの額にキスをした。

「うん。」
、海を愛してる。だから必ず、な。」

今度は瞼にキスをして、碧は本当に行ってしまった。これが碧を見た最後。
あたしは1人ぼっちの恐怖に耐えられなくて、碧の言い付けを守れなかったのだ。そして探しに来た先生に見つかり、あっけなく連れ戻されたのだった。

***


「さぁ、背筋を伸ばして入りなさい。挨拶は出来るわね? まったく、こんなみすぼらしかったらどうなるやら・・・」

食事の片付けも、先生の言い付けも放ったらかしにしていたからてっきり、あたしは折檻部屋に連れて行かれると思い、震えていた。だけど、先生はあたしを、別棟の扉の前に連れて来た。この別棟は、あたし達の暮らしている本棟と同じ敷地内の端っこにあって、普段から「入ってはいけない。」と、厳しく言われている。というか、そう言われなくても近付きたくはない。

先生は扉の前で小言を言いながらあたしの背中を押した。ところがあたしの足はカチカチに固まって動かなくなっている。だってここは折檻部屋よりも恐い。今までここに連れて行かれた子どもは、誰1人として戻って来ていない、そんな場所だった。

「せ、先生・・あたし、いい子にしますから。もっと、もっといい子になって、頑張りますからっ」
「何を言っているの? 早くなさい。もう随分お待たせしてるのだから。」

固まっているあたしの代わりに先生が扉を開けた。
どうしよう、悪魔がいて食べられちゃうかもしれない。ぎゅっと目を瞑ったまま扉の中に引き込まれると、しばらく間が空いて、何か温かなものに包まれた。ふわり、といい匂いもする。

「可愛い、可愛いわ。」
「え?」

思わず目を開けた。すると視界の右側に栗色の柔らかな髪があって、真正面には見たことのない男の人が立っている。

「え? 何? なんで?」

あたしは今、誰かに抱き締められている。突然の事なのに、全然嫌じゃなくて、それよりも、嬉しい。温かな腕の中は、お母さんのと同じだと思った。

「妻がこの子を気に入った様です。」

男の人が微笑みながら横を向いて話した。視線の先には、先生がいた。先生はあたし達には見せたことのない笑顔を浮かべている。

「価値が分かって頂けて良かったです。今は子どもだしこんな格好ですが、きちんと飾り付ければ、それはもう美人になりますよ。」
「いや、我々はそんなつもりでは・・」
「ええ、ええ、分かっておりますとも。ただこの子は本当に価値がありますから。その分寄付も・・」
「そういった話は、この子がいない所でお願いします。」

ふいに、あたしを抱き締めていた手が緩み、その人が先生の言葉を遮った。

「ええ、ええ。ではこの子の身支度を整えますから、その間に。」

その人はあたしの顔を覗き込み、頬を撫でた。

「泣かないで、もう大丈夫だから。」
「え・・・?」
「一緒に帰りましょうね。」
「え・・・?」

あたしは自分の涙に気付いていなかった。
今、自分の身に何が起きているかも。

3人は奥の部屋に入って行き、1人ぽつん、とその場に残された。だけどすぐに、さっきあたしが入って来た扉が開き、びくりとして振り返ると見慣れた顔があった。ほっとして、思わず駆け寄って飛び付いた。

「あらあら、海ったら。こんなに汚れて何をしていたの? まずはお風呂で綺麗にしようね。」

その人は、いつもあたし達の世話をしてくれる春さんだった。

「春さん、あたし、どうなっちゃうの? 何か変だよ?」
「ええ? まさか何も聞いてないの?」
「うん。だって、いきなり連れて来られて・・あっ、碧は? あたし、碧と約束してたのに。」
「碧? もしかして碧が海のこと連れて行ったの?」
「え・・・、ち、違うけど。後で遊ぶ約束してて・・」
「そう、ならいいわ。碧には後で私が言っておいてあげる。それより、海は今日からお嬢様になれるのよ。」
「お嬢様・・・? あたしが?」
「そうよ。そしてこれはとても幸運な事なのよ。」

春さんは にっ、と笑ってあたしを抱き上げ、鼻歌を歌いながらお風呂に連れて行った。

「春さんも嬉しいの?」
「もちろんよ。海のお陰で皆も嬉しいのよ。」

あたしのお陰・・・。よく意味は分からないけれど、皆が嬉しいのなら、とても良いことなのだと思った。春さんの嬉しそうな顔も、とても嬉しい。

「あら? 血が付いていたから怪我をしているのかと思ったけど、違ったみたいね。」

春さんが、あたしの足を拭きながら言った。それはもう治ったからだと思ったけれど、碧とたくさん走って怪我をした事がばれるのが恐くて、黙っておいた。
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