上 下
56 / 88

意志

しおりを挟む
 意識を消失してから何秒だ。
 ゼウス、答えろ!

「三秒だよ」

 ルナが答える。

「悪い。ミーのほうへ集中しろって、言ったのは俺だったな」
「大丈夫。ミーちゃんは、ノアが見てる。今、救急のお医者さんへ引き継がれている」
「そうか。ありがと」

 さやの視界へ目を向ける。彼女の視界は真っ暗で、何も映っていなかった。おそらく、目を閉じているのだろう。
 それはすなわち、敵が直近にいることを意味する。中原がミーを現場から連れ去ったあと、現場には、リョウマと、さやしかいなかったはずだから。

 俺は、ゼウスを使った通信で声をかけた。

「さや。……さや!!」

 答えはない。
 どの監視カメラの映像を確認しても、どこにも映っていないのだ。
 
 さやも、もし、ミーみたいに……
 
 あらぬ想像が、俺の思考の何もかもを狂わせる。
 自分の意識が、マグマのような何かに浸され、もはや脱出不能なのに気づく。

「……ネム」
「さや!」

 さやの声。

 脳の温度がスッと下がる。
 頭のかすみが、ふうっ、と吹き流されていく。
 俺の平静状態は、もう、こいつらの無事の上にしか成り立たないことを自覚した。
 だが、次に出たさやの言葉は、

「ネムは、ミーちゃんを護ることを考えて」
「さや」
「この件は、わたしのわがままで始まった。なのに、それにミーちゃんを巻き込んじゃった。ずっと心に決めてきたのに。これ以上、誰にも迷惑は掛けられない」
「前にも言っただろ! 迷惑なんかじゃ、」
「お願い」

 さやは、語気を強めて俺の言葉を制止する。

「わたしは……きっと、厳しいかな」
「……今、何をされてる?」
「…………」
「殺してやる。今すぐにでも──」
「心臓を止めてもダメだった。それに、何か事を起こせば、わたし、すぐに撃たれちゃう。だから、もう」
「…………」

「さやちゃん。あたしの話を、聞いて」

 リオが、俺とさやの通話に割り込んだ。

「あなたには関係ない」
「さやちゃんが死んだら、ネムも死ぬ」
「……何言ってんの?」

 沈黙の中に、動揺が漂う。

「さっき、ネムは、さやちゃんを助けるために、睡眠薬をいっぺんにたくさん飲もうとした。なんとか止めたんだけど」
「……リオ、余計なことを、」
「ネムは黙ってて。あたしは、あなたのお願いを聞いて、薬が切れたらあなたに次々飲ませる役を引き受けたんだから。殺人犯よ。これくらいの権利はあるわ」
「……! 何言ってんの! どうなってんの!? そんな、めちゃくちゃ……」
「聞いて」

 静かで、それでいて熱のこもった声が、さやの言葉を止める。

「もう一度言うわ。さやちゃんが死んだら、ネムも死ぬことになる。だから……絶対に、あきらめないで」

 迷いのない力強い声が、リオの意志を感じさせた。

「…………どうして? ネム」

 ゼウスで発したはずの、本物の声帯を通していないはずの、さやの声は弱々しくて震えていた。

「田中さんを、助けなきゃ」
「…………」
「絶対に、助けたいんだろ」
「……でも、みんなが、危険な目に」
「さやが心の底から田中さんを想ってるのは、ミーも、中原も、みんなわかってる。だから、さやの助けになりたいんだ」
「みんなの迷惑になっちゃう」
「迷惑だなんて思ってない。もう、俺たちはゼウスで繋がれた、仲間なんだ」
「……ネムから、『仲間』だなんて言われたくないよ」
「そうだね。今の俺には、その答えを出すことはできないけど」

 助けたい。心の底からそう願い、
 拳を握りしめた俺のアバターが、光を強くしていく。

「前に、一つだけ願いを叶えてくれるって言った。それを、今使うよ」

 抱いている気持ちを、素直に紡《つむ》ぐ。
 それが、今、俺にできる唯一のことだった。

「諦めるのはもうやめよう。これからも、ずっと一緒に、この世界を生きるんだ。俺は、何があっても、」


 絶対に、さやを、護る!!!


 心から願った思いは光の粒子へと変換された。俺のアバターからは溢れんばかりのエネルギーが流れ出て、バオン、と大きな音をあげて天井へと激突する。
 その影響で、地震のような縦揺れが、仮想空間であるはずの子供部屋を襲った。「強い思い」を受けたゼウスはどこからともなく雷撃を発し、病院内にいるさやを直撃する。

 俺の「願い」を実現するために、ゼウスが選んだ最善の方法。それは──


「……ネム。わたしと、ずっとお話、しててね」
「さや」
「怖い。怖くなってきちゃった。生きたいと、思えば思うほど」
「ごめん」
「ても、嬉しい。なんか、ワクワクするね。もっと、デートなんかもして」
「そうさ。まだ、これからなんだ」
「ミーちゃんに勝って、わたしがその正式な権利をもらわないとね」

 語気が強まる。
 さっきまでの弱々しさは消え、俺が感じたさやの気配は、いつものさやさえも、飛び越えてゆく。

「だから、今、わたしの胸を好き放題に揉んでるこのゲス野郎に、そろそろ死んでもらうか」
「……さや」
「大丈夫。ネムは見てて。次は、わたしの生きたい気持ちを、表すから」
 
 言ったさやは、次に声帯からの声を出す。

「……ねえ。リョウマ」
「はあ、はあ、……んだよ。やっとその気になったか。やべぇなほんと、すげぇカラダだな」
「そう? でもね、そういうのって、罰が下るんだよ」
「罰だあ?」
「うん。わたしのことも、ミーちゃんのことも、色々、勝手にしてくれたもんね」
「は。何イキってんの。殺すよ?」

 タイミングを見計らいながら、手に力が入る。いつでも、殺す準備はできている。
 能力の発動に集中する俺のアバターの横へルナが寄ってきて、ポツリ、と言った。

「能力名を伝える」
「なに?」
「星屑《ほしくず》の弾丸/スターバレット」


「ぎゃあああああああっ!」


 さやの声ではなかった。
 リョウマの絶叫が、現実世界の病院で、これでもかと言うくらいに響き渡ったのだ。
 しかし、さやの視界は暗いまま。現状把握が極端に難しい状況に、俺は今、陥っている。
 
「くっ……あ、う……き、さまぁ……ぁああっ!」
「よくも……散々やってくれたな外道」

 一瞬、誰かわからないくらいに低くなったさやの声。これは、俺が初めて聞く声だ。

「なんだって? はは、お前だって、気持ちよかったんだろ? ほんとは感じてたくせによ」

 ヒュン、ヒュンという風を切る音。続いて、

「あああああっ、うああっ」

 またもや、リョウマの悲鳴が反響する。

「あれ、死ななかったんだ。運のいい奴だな」
「ぐ…………」
「ご主人様に逆らうなんて、悪い子のすることよ」

 現場の情報が一切ない俺にも、声の雰囲気からようやく状況が理解できてくる。
 起死回生でアーティファクトの能力に目覚めたさやは、反撃に転じたのだ。

 視界は閉じたまま。

 だが、声は力強く、迷いは一切感じられない。
 その声から感じたのは、「敵を殺し、自分が生きる」という明確な意志だった。
 加えて、妙な高揚感を煽るこの「気配」は……。

 その「気配」をパンパンに詰め込んだセリフを、さやはリョウマに突き刺した。

「蜂の巣にしてあげる。残して欲しいところがあったら言いなさい、ボウヤ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ワイルド・ソルジャー

アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。 世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。 主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。 旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。 ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。 世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。 他の小説サイトにも投稿しています。

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

Night Sky

九十九光
SF
20XX年、世界人口の96%が超能力ユニゾンを持っている世界。この物語は、一人の少年が、笑顔、幸せを追求する物語。すべてのボカロPに感謝。モバスペBOOKとの二重投稿。

INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh
SF
ーー22世紀半ばーー 魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。 「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。 <第一章 「誘い」> 粗筋 余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。 「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。 ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー 「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ! そこで彼らを待ち受けていたものとは…… ※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。 ※SFジャンルですが殆ど空想科学です。 ※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。 ※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中 ※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。

入れ替われるイメクラ

廣瀬純一
SF
男女の体が入れ替わるイメクラの話

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

アンチ・ラプラス

朝田勝
SF
確率を操る力「アンチ・ラプラス」に目覚めた青年・反町蒼佑。普段は平凡な気象観測士として働く彼だが、ある日、極端に低い確率の奇跡や偶然を意図的に引き起こす力を得る。しかし、その力の代償は大きく、現実に「歪み」を生じさせる危険なものだった。暴走する力、迫る脅威、巻き込まれる仲間たち――。自分の力の重さに苦悩しながらも、蒼佑は「確率の奇跡」を操り、己の道を切り開こうとする。日常と非日常が交錯する、確率操作サスペンス・アクション開幕!

処理中です...