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集団活動において規律を保つことは、効率を最大にし成果をもたらす。
それは訓練のみならず生活態度、睡眠にも言える。
アルテルフはその言葉を体現したかのような男であった。
遠征が始まると殆どの団員は不調に陥った。慣れぬ環境で体を酷使し続けた結果だ。
騎士団に縋る限界状態の民を前に精神をすり減らし、追い討ちをかけるように連日不眠症に悩まされる。
唯一、健康体でいられたのは、アルテルフただ1人。
彼の持つ再生の力がそうさせたのかと尋ねた。規律を身に染みさせている、と答えが返ってきた。
疲れという曖昧な基準で再生できるのであれば、苦労はないですよ。
失笑付きの言葉も返ってきた。
どのような場所でも時間通りに眠り、時間通りに起き、身だしなみを整える。規律通りに。
ただ、想定外の時刻に起きるとなると話は違ってくる。
無理やり起こすのに大抵5分はかかる。
近くで戦闘が起きてようがお構いなしにスヤスヤと横になっている。
規律通りもそうとなれば問題である。
想定外に対応できるなら、苦労はない。
早く起こさなければ。
テントひっぺがすように開くと、弾力のある暗闇に激突した。
不測の事態に呆然と立ち尽くしていると肩を掴まれ押し剥がされた。
「副団長ともあろう者が。非常時に平静を保てずしてどうするのですか」
「お、起きてたのか」
「ええ。良い目覚ましが鳴っていたもので」
先のやり取りは、戦闘よりも耐え難いものだったのか。
アルテルフは皮肉っぽく肩をすくめると、持っていた背負い鞄をずいと、こちらに差し出した。
「荷物のご確認お願いします」
「ありがとう…」
「村の使者に道順を尋ねた後、ここを立つのですよね」
手渡された背負い鞄には雨着や水筒、暗所で行動するための用品がまとめられていた。
あの仕様もないやりとりの中、 アルテルフは黙々と荷物の準備をしていた。
やるせなさやら情けなさで顔が熱くなる。
「1人の安易な行いが騎士団の、仲間の威厳を損ねる。遠征前に副団長がおっしゃっていた言葉です」
「…面目ない」
「騎士としての振る舞いを心がけて頂きたい」
騎士として。
事あるごとに団員たちに、自身に言い聞かせていた言葉。
元を辿れば アルテルフの言葉だ。
右も左もわからない団員たちに、アルテルフは騎士とはなんたるかを説いた。
慈愛、博愛、品格、正義と聞き心地の良い言葉を並べるだけではなく
自身が培ってきた技術を惜しみなく伝え、必要とあらば嫌な顔一つぜず稽古に付き添う。
時に罵声と拳を飛ばしながらも、生まれや育ちで人を切り捨てない凛々しい騎士様。
団員たちは恐れながらもアルテルフを慕った。
アルテルフが俺のことを『副団長』と呼ぶおかげで、団員たちもソレに習い、副団長と呼びそのように扱う。
個人の印象を変えてしまうほどに、慕われている。
遠征まで落伍者を出さずにすんだのは、アルテルフのそうした行いの賜物だ。
「テントの片付けを済ませておきます。道順の方はお任せしました」
しっかりとまとめられた真紅の一つ結びが颯爽と、淡い闇に溶けていく。
テントの外は、静寂に満ちていた。
先程まで座っていた団長の姿は見当たらず、焚き火も既に始末されていた。
湿り気を含んだ冷たい風が頬に張り付く。
雪と、霧。一面の白に音も視界も奪われ、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
非力で寒々しい記憶が否応なしに呼び起こされる。
込み上げる胃液を飲み込みながら皆が集う場へと向かった。
「ふが」
間抜けなイビキと、わずかに漂う暖かなコーヒの香。
コカブちゃんを膝に乗せ堂々と船を漕ぐレウスの姿に、足がもつれかけた。
何をどう決意すれば妹を放置して眠るという選択をするのだろう。
記憶があるくせに、何故、余裕に振る舞える。
気の抜けた背中を小突いてやりたい気持ちを押し込めて、状況を確認する。
寝息を立てるレウスを構うことなくその場にいるものたちは一様に、自らの持つコップを覗き込んでいた。
「あっお兄さんっ。今ね、みんなとコーヒー占いをしてるのっ」
「うら、ない…?」
言葉が頭に入ってこない。
やかんの番をしていたセイリオスがこちらに気づくと、飲み終えたコップを1つ傾けて見せてきた。
「コップの底に溜まった沈殿物を模様に見たて、運勢を占うのです。
お茶を淹れた際にコカブさんが占っていらしたので、コーヒーでもできるのですか、と尋ねたのです。
いやはや。……まったく、見事な占い師さんですよ」
「えへへ。ママとお姉ちゃんたちに教えてもらったんだ」
「僕は運勢的にも拾い食いはダメだそうです」
ユーノはコップを覗き込みながら真面目な顔で語る。
運勢というか、それは教訓だな…。
「占ってもらっていたら皆さんも僕と同じように興味が湧いたみたいで。
コカブちゃんに占いを教えてもらってるんです。副団長も一緒にやりませんかっ」
コップを両手で持ちながらユーノはキラキラとした眼差しで誘ってきた。
占いに良い印象は持ち合わせていない。
だが、コーヒー占いとやらは、不安を煽り安心な未来を提案し相談料金をせびる類の物ではないようだ。
妹弟がやっていた花占いとか下駄占いとか、可愛らしいものであろう。
「別の機会に教えてもらおうかな。今はちょっと、コカブちゃんに用事があってだな…」
話しかける前に、団員の1人がコカブちゃんにコップを見せるように傾けた。
「さっきドンピシャで、当ててはいたけど。ああ、別に疑うわけじゃないよ?
ただ、こうも薄暗いと模様とか見えなくて。
用意しといた答えが当たっただけとか、思ったり」
出された商品に難癖をつける客のように団員はコカブちゃんに絡む。
「もうトニくんったら。先生はちゃんと模様を見て答えましたよ。
じゃないと占いにならないもん。
うーん。お姉ちゃんたちにお仕事の秘密っていわれてるんだけど
みんなには、たくさん占って占いのこと好きになってほしいから……。
今日は特別に薄暗い中で模様を見るコツを先生がおしえてあげますねっ」
屈強な騎士団員に怯むどころかすまし顔で、戒めた。
難癖をつけた団員、トニは「お、楽しみ」意外にも素直に答えた。
兄であるレウスの膝の上にちょこんと座りながら、先生として振る舞う。
ませきれない、おしゃまな様子に団員達の頬は自然と緩んでいた。
わずかな合間。たったの少し触れ合った、だけ。
もこもこと子熊のような身姿の少女に向けていた、疲労と猜疑に満ちた眼差しが
幼い子供に向ける優しいものへと変わっていた。
それは訓練のみならず生活態度、睡眠にも言える。
アルテルフはその言葉を体現したかのような男であった。
遠征が始まると殆どの団員は不調に陥った。慣れぬ環境で体を酷使し続けた結果だ。
騎士団に縋る限界状態の民を前に精神をすり減らし、追い討ちをかけるように連日不眠症に悩まされる。
唯一、健康体でいられたのは、アルテルフただ1人。
彼の持つ再生の力がそうさせたのかと尋ねた。規律を身に染みさせている、と答えが返ってきた。
疲れという曖昧な基準で再生できるのであれば、苦労はないですよ。
失笑付きの言葉も返ってきた。
どのような場所でも時間通りに眠り、時間通りに起き、身だしなみを整える。規律通りに。
ただ、想定外の時刻に起きるとなると話は違ってくる。
無理やり起こすのに大抵5分はかかる。
近くで戦闘が起きてようがお構いなしにスヤスヤと横になっている。
規律通りもそうとなれば問題である。
想定外に対応できるなら、苦労はない。
早く起こさなければ。
テントひっぺがすように開くと、弾力のある暗闇に激突した。
不測の事態に呆然と立ち尽くしていると肩を掴まれ押し剥がされた。
「副団長ともあろう者が。非常時に平静を保てずしてどうするのですか」
「お、起きてたのか」
「ええ。良い目覚ましが鳴っていたもので」
先のやり取りは、戦闘よりも耐え難いものだったのか。
アルテルフは皮肉っぽく肩をすくめると、持っていた背負い鞄をずいと、こちらに差し出した。
「荷物のご確認お願いします」
「ありがとう…」
「村の使者に道順を尋ねた後、ここを立つのですよね」
手渡された背負い鞄には雨着や水筒、暗所で行動するための用品がまとめられていた。
あの仕様もないやりとりの中、 アルテルフは黙々と荷物の準備をしていた。
やるせなさやら情けなさで顔が熱くなる。
「1人の安易な行いが騎士団の、仲間の威厳を損ねる。遠征前に副団長がおっしゃっていた言葉です」
「…面目ない」
「騎士としての振る舞いを心がけて頂きたい」
騎士として。
事あるごとに団員たちに、自身に言い聞かせていた言葉。
元を辿れば アルテルフの言葉だ。
右も左もわからない団員たちに、アルテルフは騎士とはなんたるかを説いた。
慈愛、博愛、品格、正義と聞き心地の良い言葉を並べるだけではなく
自身が培ってきた技術を惜しみなく伝え、必要とあらば嫌な顔一つぜず稽古に付き添う。
時に罵声と拳を飛ばしながらも、生まれや育ちで人を切り捨てない凛々しい騎士様。
団員たちは恐れながらもアルテルフを慕った。
アルテルフが俺のことを『副団長』と呼ぶおかげで、団員たちもソレに習い、副団長と呼びそのように扱う。
個人の印象を変えてしまうほどに、慕われている。
遠征まで落伍者を出さずにすんだのは、アルテルフのそうした行いの賜物だ。
「テントの片付けを済ませておきます。道順の方はお任せしました」
しっかりとまとめられた真紅の一つ結びが颯爽と、淡い闇に溶けていく。
テントの外は、静寂に満ちていた。
先程まで座っていた団長の姿は見当たらず、焚き火も既に始末されていた。
湿り気を含んだ冷たい風が頬に張り付く。
雪と、霧。一面の白に音も視界も奪われ、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
非力で寒々しい記憶が否応なしに呼び起こされる。
込み上げる胃液を飲み込みながら皆が集う場へと向かった。
「ふが」
間抜けなイビキと、わずかに漂う暖かなコーヒの香。
コカブちゃんを膝に乗せ堂々と船を漕ぐレウスの姿に、足がもつれかけた。
何をどう決意すれば妹を放置して眠るという選択をするのだろう。
記憶があるくせに、何故、余裕に振る舞える。
気の抜けた背中を小突いてやりたい気持ちを押し込めて、状況を確認する。
寝息を立てるレウスを構うことなくその場にいるものたちは一様に、自らの持つコップを覗き込んでいた。
「あっお兄さんっ。今ね、みんなとコーヒー占いをしてるのっ」
「うら、ない…?」
言葉が頭に入ってこない。
やかんの番をしていたセイリオスがこちらに気づくと、飲み終えたコップを1つ傾けて見せてきた。
「コップの底に溜まった沈殿物を模様に見たて、運勢を占うのです。
お茶を淹れた際にコカブさんが占っていらしたので、コーヒーでもできるのですか、と尋ねたのです。
いやはや。……まったく、見事な占い師さんですよ」
「えへへ。ママとお姉ちゃんたちに教えてもらったんだ」
「僕は運勢的にも拾い食いはダメだそうです」
ユーノはコップを覗き込みながら真面目な顔で語る。
運勢というか、それは教訓だな…。
「占ってもらっていたら皆さんも僕と同じように興味が湧いたみたいで。
コカブちゃんに占いを教えてもらってるんです。副団長も一緒にやりませんかっ」
コップを両手で持ちながらユーノはキラキラとした眼差しで誘ってきた。
占いに良い印象は持ち合わせていない。
だが、コーヒー占いとやらは、不安を煽り安心な未来を提案し相談料金をせびる類の物ではないようだ。
妹弟がやっていた花占いとか下駄占いとか、可愛らしいものであろう。
「別の機会に教えてもらおうかな。今はちょっと、コカブちゃんに用事があってだな…」
話しかける前に、団員の1人がコカブちゃんにコップを見せるように傾けた。
「さっきドンピシャで、当ててはいたけど。ああ、別に疑うわけじゃないよ?
ただ、こうも薄暗いと模様とか見えなくて。
用意しといた答えが当たっただけとか、思ったり」
出された商品に難癖をつける客のように団員はコカブちゃんに絡む。
「もうトニくんったら。先生はちゃんと模様を見て答えましたよ。
じゃないと占いにならないもん。
うーん。お姉ちゃんたちにお仕事の秘密っていわれてるんだけど
みんなには、たくさん占って占いのこと好きになってほしいから……。
今日は特別に薄暗い中で模様を見るコツを先生がおしえてあげますねっ」
屈強な騎士団員に怯むどころかすまし顔で、戒めた。
難癖をつけた団員、トニは「お、楽しみ」意外にも素直に答えた。
兄であるレウスの膝の上にちょこんと座りながら、先生として振る舞う。
ませきれない、おしゃまな様子に団員達の頬は自然と緩んでいた。
わずかな合間。たったの少し触れ合った、だけ。
もこもこと子熊のような身姿の少女に向けていた、疲労と猜疑に満ちた眼差しが
幼い子供に向ける優しいものへと変わっていた。
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