副団長、一級フラグクラッシャーになる。

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テント横の倒木に、団長は目を瞑りながら座っていた。
普段、体調の変化を見せない団長であったが僅かにやつれてみえる。
声をかける前に、凪いだ眼差しがコチラを捉えた。
「君がコカブちゃんか」
「は、はい……」
誤伝でなかったことに胸を撫で下ろす。
それはそれとして、おじさんが女の子に気安く「ちゃん」づけで呼ぶことに
身構えてしまうのは何故だろう。
「ママ…お母さんから騎士団の皆さんに宛てたお手紙です」
コカブちゃんは団長に恭しくお辞儀をすると、腕を伸ばし手紙を差し出す。
「苦労をかけた。感謝する」無愛想に手紙を受け取ると、そのまま拝読し始めた。

「君の姉君が書いたモノで間違いはないか」
団長は渡された手紙に目を通しながらレウスに尋ねる。
「そこまでの癖字は下層街でもドゥべだけだ」
手紙から視線を外し、コカブちゃんをまっすぐ、見下ろす。
「母君から王宮について。聞いたことはないか」
大人でもそらしたくなる圧を正面から食らったコカブちゃんは極度の緊張で固まってしまった。
「ジジイ、もう少しどうにかなんねえのか。その態度はよ」
「お前がいうな。団長に失礼だぞ」
噛み付くレウスに団長は依然として表情を変えない。
バチリ、薪がはぜる音が響き、火の粉が散る。
異なる態度の悪い者達が作り出す不穏な雰囲気。

強張るコカブちゃんにユーノがヒソヒソと耳打ちをする。
「大丈夫ですよ。団長はいつもああなんです。怒ってませんから」
鞄の紐を握りしめる手が僅かに緩む。
もう一度、ぎゅっと勇気を振り絞るように、握り直した。
「……王宮から出れないお姫様達に
森で見たことを教えるクマさんのお話を一度だけ……してくれました」
団長のこめかみがわずかに引き攣る。
「団長。彼女がここへ来た経緯は先ほど説明した通りです。
事態は一刻を争いますが、これ以上は負担を強いるだけです」
母親との会話を思い出している姿は真剣そのもので、茶化そうという他意はない。
手紙を届けるために足元の悪い森を駆け抜け、辿り着いた先で慣れない大人達に囲まれている。
限界状態の少女に、正常な答えを求めるのは余りにも酷だ。
団長は諦めたように短くため息をつくと、無言でユーノに目配せをする。

「コカブちゃん。いきましょう。
セイリオスさんの淹れてくれるお茶は、とっても良い香りなんですよ」
緊張で陰った表情に子供らしい笑みが戻る。子供同士、すでに打ち解けているようだ。
気後れしてしまうことの多いユーノが先導するようにコカブちゃんの前を走った。
「君も下がれ」
嬉しそうに駆けていく2人を渋い顔で見つめていたレウスに、団長が命じる。
「アホのこき使い方でも算段するんだろ」
「ああ」
多分俺のことなんだろうな。
アホで通じてしまっているのは、なかなかに不愉快である。
「だが、君の仕事は『妹君』が無害であると示すことだ」
「あぁ?」
「団員達には魔物と獣、そして妹君のような存在について。
掻い摘んでではあるが説明をした。わずか10分の間でだが」
凪いだ瞳に波がたち、その波間には、俺が漂っていた。
先ほどとは違った居心地の悪さに肩身が狭まる。

「付け焼き刃未満だ。
疲れた脳に情報を無理やり詰め込んだに過ぎない。
だが君が妹君のそばに寄り添う姿を見せることで、単なる情報ではなくなる。
今後にも大いに響く。重要な任務だ」
俺をとらえていた瞳が、ゆらりとレウスの方へと向く。
視線を難なく躱わし、ユーノたちの行った道へとレウスは足を向けた。
「ジジイはどいつもこいつも、大袈裟にしねえと気が済まねえのか?
俺は、ねみいんだよ。てめえに言われなくたって下がるっての」
いかにも怠そうに歩き、あ、と何かを思い出した風に立ち止まった。
「そこのアホ、妙な葉っぱ食ってるからな。お得意の無茶は効かねえぞ、ジジイ」
「い、いわないって約束しただろう!?」
「約束はしてねえよ」
ダラダラ歩くレウスの後ろ姿を忌々しく睨みつけていると
「植物か」淡々とした声が上から落ちてきた。

終わった。

という言葉に頭が支配される。

「オピウム、エリス、蔓茶、鏡茶……」
呪文のような音に、聞き馴染みのあるモノが混じっている。
どうすることもできず、ただ俯いていると、ずるりと顔を覗き込まれ、泳ぐ目を捕らえられる。
「鏡茶」
当てた。そう言わんばかりに団長の口角が歪む。
「まだ所持しているのか」
恐る恐る首を横に振ると、影が少し遠のいた。
「団員の素行に厳しい君が一体どうしたというのだろうな。その上、隠蔽まで考えるなぞ。
すでにバレているというのに。ああ、なんて間抜けで嘆かわしい」
「……騎士団の規約に葉を食べてはならないとは……書いていません」
いつもと違った煽るような調子に、乗せられるかのように余計な一言をこぼしてしまった。
一度発言したものは、戻ることはない。
これ以上漏らさないように慌てて口をギュッとつむぐ。

はっはっは。
乾いた笑い声が降ってきた。
「業務中、幻覚作用を引き起こすモノは摂取してはならない。
追記しておかねばな。副団長殿」
影が遠かったと思えば、突然、ゴツゴツとした掌に顔を鷲掴みにされる。
「君と視線を合わせるのは、一苦労だ」
頬を片手で掴まれ、無理やり視線を上げられる。ぐぇ、と間抜けな声が漏れる。
凪いだ目の奥に好奇で生物を弄ぶ幼子の、嗜虐的な光のようなものが揺らいで見えた。
息が詰まる。
次第に、無骨な指が不規則に頬を揉み始めた。
「……」
無言でグニグニと揉まれたのち、パッと唐突に解放された。
さほど痛みはなかったが、思わず頬をさする。別に局部をどうこうされたわけではない。
頬、けれど身体の一部を瞬く間に蹂躙されたという事実は、屈辱の他になかった。
「そう睨むな。軟すぎず硬すぎず、良い揉みごたえであった」
「俺の頬はあなたに揉まれるためにあるわけじゃないっ」
「…口内に溜め込む程の依存はなく、喚く程度に正気だな。
葉を摂取してまで働きたいのであれば働いてもらおう。
アルテルフと共に偵察に向かってくれ。
コカブちゃんの使用した経路の確認、村の状況把握。
今から10分後にはここを発て」
ずいぶん根に持っている。
団員たちへの説明が余程労苦であったのだろう。
けれど、それは日頃の説明不足が招いたことでは?
申し訳なさと、責め立てる気持ちが混濁する。

「30分ごとに伝達を入れろ。1度目の伝達の後、我々は出立する」
聞き慣れた抑揚のない声色が淡々と任務を告げた。
「今回はあえて目を瞑ろう。2度目はない」
離れた位置からの伝達を、しかも間を設けず連続で行うなんて。
試したこともないのに。どうなるかわからないですよ。
問題を起こしてしまった俺には、もはや発言する余力は残っていなかった。
与えられた10分。立ち尽くしている暇はない。
まずは、アルテルフを起こさねば。
テントに急いで駆け寄り、勢いよく、幕を開けた。
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