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コカブチャンさん。
そう言い切ったユーノは自信に満ち溢れている。
訓練を積んでいるとはいえ幼いユーノは未だ夜番を任せられたことは無い。
そもそも夜は強制的に寝かしつけられていた。
誤伝なんかで『初めての夜番』を躓かせたくなかった。
しかし妙な区切り。
伝達時に『ちゃん』だの『さん』だのつけてしまったから起きたのか?
次から気をつけないと……。
自分で撒いてしまった種。訂正するなら早いうちに。
薄明かりの中に輝く面持ちに、胃がキリリと痛んだ。
「名前もロクに通せてねえのかよ」
こちらの気持ちなぞお構いなしにレウスが不服に絡んできた。
その一言で、ユーノは察してしまったのか、ハっと息を飲む。
「ご、ごめんなさい……!お名前、間違えてしまって…」
萎縮するユーノの手をコカブちゃんは両手で包みこみ握手した。
「わたしのことはコカブちゃんって呼んでほしいなっ。あなたは何ちゃん?」
「えっ?…えっと……。ユーノ、ですけど……」
「ユーノちゃんっ。よろしくねっ」
ユーノとのやり取りで緊張が取れたのか、コカブちゃんは後ろに控えた大きな影にも元気に挨拶をする。
「……足元の悪い中、大変でしたでしょう。
団長はあちらで待機しております。さあ参りましょう」
「はいっ」
溌剌とした受け答えと笑顔で、鞄の紐を、ぎゅっと強く握りしめている。
さっきまで暗闇に恐れてしゃがみ込んでいた幼い少女。
自身を魔物と称した姿で、見知らぬ者たちの待ち構える中に
身を投じる恐怖は計り知れない。
コカブちゃんはおそらく、鏡茶の木の葉の煙を吸い込んでしまったがために
姿を変えられないのだ。
セイリオスが討たれた時に立ちこめていた深い霧。
記憶にこびりついた霧の香りは、燻された木の葉のようにほろ苦く、甘い。
鏡茶の木の葉が燻された時の香りはソレに似ている。
「香袋はどうした?そのままの姿で出歩いたらどうなるか、わかってるだろ」
レウスはそう言ってコカブちゃんに香を嗅がせた。
香袋。
集落で世話をしてくれた導師様や南の領土の先生方も香袋を持っていた。
セイリオスは遠征中だろうと欠かすことなく衣服を焚き染める。
姿を変えられない原因であろう煙が漂う中で、香を嗅いでも、意味は無いだろう。
ウェストバッグの中に隠し持っていた葉を言い当てられて
挙げ句の果てに燃やされる…。なんて想像すらできなかった。
コカブちゃんがあの場に居たのも、知らなかった。だけど
『煙が流れて落ち着いてから、もう一度。香を試したらいいんじゃないか?』
姿を変えるための提案は出来たのに。
しなかった。
リュネイア村に行けば、遅かれ早かれ団員たちは
コカブちゃんの言う『わたしに似た人たち』と対面することになる。
生い立ち、容姿、そんなものは関係ない。
時が、経てば、分かり合える。
そう思い込まなければやっていられなくて。今までシラバクっれていたのに。
都合良く考えを切り替えて
姿の違う者とあらかじめ合わせ、不和を呼ばないように
母親の言いつけを必死に果たそうとする少女を予防に使おうとしている。
時が戻っても、戻らなくても、俺の行いは散々だ。
けれど、意味も原理も何者かの指示かもわからない、
不確定要素ばかりの言い付けを、放棄する勇気も、辞める立派な志も、
辞めた先にやりたいことも。
俺には無い。
コカブちゃんに寄り添いながら歩くレウスの、後ろ姿。
家族のため。闘技場。
レウスには騎士団にいる理由も、遠征が終わった先もある。
いいな。
うらやましい。
こんな状況だというのに仕様もないことばかりが浮かぶ。
仕様もないことを頭から追いやって足を動かす。
野営地は人が集まっているおかげか、寒さは幾分かマシであった。
「リュネイア村からお手紙を届けにきました。コカブともうします」
団員たちは騒ぎ立てることはなく、コカブちゃんを、呆然と見つめるのみ。
元気の良い挨拶に団員たちは、「ああ……」うめき声のような断片的な返事を静かにあげる。
いざという時、立ち回れるようにと構えていたのに。
いざ、が無かったのは良いことなのだが、あまりにも腑抜けた姿……。
想定外に立ち尽くしている俺と、疲弊し切った異様な様子の団員たちの姿を交互に見て
レウスは片方の口角をあげた。
「お、こりゃ俺様の謝罪ショーは必要ねえな」
思わずといった様子で溢れた言葉はまさに絶句モノ。
頭を下げるのが心底嫌だったようで仲間の疲れた様子を見て調子づいている。
こんなやつ一瞬でもうらやんだのが恥ずかしい……。
手にカップを持った団員がよろりと立ち上がり、セイリオスを呼び止めた。
「コーヒーのおかわりでしょうか?」
ボソボソと喋る団員にセイリオスは、いつも以上に優しく尋ねる。
「さっきの、甘いのも……シェリアクが多めに買ってた、やつ」
「おやおや。美味しいお菓子の貯えについては、お教えしなくとも把握済みなのですね。
とはいえこれ以上は糖の過剰摂取になりかねません」
「そ、そんなあ…」
セイリオスは、複数ぶら下げているウェストバッグの1つを開ける。
ころんとした包み紙を取り出し、団員にそっと手渡した。
「さっきのは夜番用。これは難しいお話を頑張って聞いたご褒美、ということで。
団長には内緒ですよ」
その様子を見た他の者たちも「俺にも一つちょうだい」と、うめきをあげた。
疲弊した団員にすがられるセイリオスは妙に生き生きとしている。
「皆さんにも温かい飲み物とお菓子を用意していますからね。
お話が終わったら、こちらに来てください」
団長との会話は、どんな内容であれ、ほぼ尋問。
本当に『お話』だったらどれだけ良いことか……。
天幕のある方をうかがう。
そう言い切ったユーノは自信に満ち溢れている。
訓練を積んでいるとはいえ幼いユーノは未だ夜番を任せられたことは無い。
そもそも夜は強制的に寝かしつけられていた。
誤伝なんかで『初めての夜番』を躓かせたくなかった。
しかし妙な区切り。
伝達時に『ちゃん』だの『さん』だのつけてしまったから起きたのか?
次から気をつけないと……。
自分で撒いてしまった種。訂正するなら早いうちに。
薄明かりの中に輝く面持ちに、胃がキリリと痛んだ。
「名前もロクに通せてねえのかよ」
こちらの気持ちなぞお構いなしにレウスが不服に絡んできた。
その一言で、ユーノは察してしまったのか、ハっと息を飲む。
「ご、ごめんなさい……!お名前、間違えてしまって…」
萎縮するユーノの手をコカブちゃんは両手で包みこみ握手した。
「わたしのことはコカブちゃんって呼んでほしいなっ。あなたは何ちゃん?」
「えっ?…えっと……。ユーノ、ですけど……」
「ユーノちゃんっ。よろしくねっ」
ユーノとのやり取りで緊張が取れたのか、コカブちゃんは後ろに控えた大きな影にも元気に挨拶をする。
「……足元の悪い中、大変でしたでしょう。
団長はあちらで待機しております。さあ参りましょう」
「はいっ」
溌剌とした受け答えと笑顔で、鞄の紐を、ぎゅっと強く握りしめている。
さっきまで暗闇に恐れてしゃがみ込んでいた幼い少女。
自身を魔物と称した姿で、見知らぬ者たちの待ち構える中に
身を投じる恐怖は計り知れない。
コカブちゃんはおそらく、鏡茶の木の葉の煙を吸い込んでしまったがために
姿を変えられないのだ。
セイリオスが討たれた時に立ちこめていた深い霧。
記憶にこびりついた霧の香りは、燻された木の葉のようにほろ苦く、甘い。
鏡茶の木の葉が燻された時の香りはソレに似ている。
「香袋はどうした?そのままの姿で出歩いたらどうなるか、わかってるだろ」
レウスはそう言ってコカブちゃんに香を嗅がせた。
香袋。
集落で世話をしてくれた導師様や南の領土の先生方も香袋を持っていた。
セイリオスは遠征中だろうと欠かすことなく衣服を焚き染める。
姿を変えられない原因であろう煙が漂う中で、香を嗅いでも、意味は無いだろう。
ウェストバッグの中に隠し持っていた葉を言い当てられて
挙げ句の果てに燃やされる…。なんて想像すらできなかった。
コカブちゃんがあの場に居たのも、知らなかった。だけど
『煙が流れて落ち着いてから、もう一度。香を試したらいいんじゃないか?』
姿を変えるための提案は出来たのに。
しなかった。
リュネイア村に行けば、遅かれ早かれ団員たちは
コカブちゃんの言う『わたしに似た人たち』と対面することになる。
生い立ち、容姿、そんなものは関係ない。
時が、経てば、分かり合える。
そう思い込まなければやっていられなくて。今までシラバクっれていたのに。
都合良く考えを切り替えて
姿の違う者とあらかじめ合わせ、不和を呼ばないように
母親の言いつけを必死に果たそうとする少女を予防に使おうとしている。
時が戻っても、戻らなくても、俺の行いは散々だ。
けれど、意味も原理も何者かの指示かもわからない、
不確定要素ばかりの言い付けを、放棄する勇気も、辞める立派な志も、
辞めた先にやりたいことも。
俺には無い。
コカブちゃんに寄り添いながら歩くレウスの、後ろ姿。
家族のため。闘技場。
レウスには騎士団にいる理由も、遠征が終わった先もある。
いいな。
うらやましい。
こんな状況だというのに仕様もないことばかりが浮かぶ。
仕様もないことを頭から追いやって足を動かす。
野営地は人が集まっているおかげか、寒さは幾分かマシであった。
「リュネイア村からお手紙を届けにきました。コカブともうします」
団員たちは騒ぎ立てることはなく、コカブちゃんを、呆然と見つめるのみ。
元気の良い挨拶に団員たちは、「ああ……」うめき声のような断片的な返事を静かにあげる。
いざという時、立ち回れるようにと構えていたのに。
いざ、が無かったのは良いことなのだが、あまりにも腑抜けた姿……。
想定外に立ち尽くしている俺と、疲弊し切った異様な様子の団員たちの姿を交互に見て
レウスは片方の口角をあげた。
「お、こりゃ俺様の謝罪ショーは必要ねえな」
思わずといった様子で溢れた言葉はまさに絶句モノ。
頭を下げるのが心底嫌だったようで仲間の疲れた様子を見て調子づいている。
こんなやつ一瞬でもうらやんだのが恥ずかしい……。
手にカップを持った団員がよろりと立ち上がり、セイリオスを呼び止めた。
「コーヒーのおかわりでしょうか?」
ボソボソと喋る団員にセイリオスは、いつも以上に優しく尋ねる。
「さっきの、甘いのも……シェリアクが多めに買ってた、やつ」
「おやおや。美味しいお菓子の貯えについては、お教えしなくとも把握済みなのですね。
とはいえこれ以上は糖の過剰摂取になりかねません」
「そ、そんなあ…」
セイリオスは、複数ぶら下げているウェストバッグの1つを開ける。
ころんとした包み紙を取り出し、団員にそっと手渡した。
「さっきのは夜番用。これは難しいお話を頑張って聞いたご褒美、ということで。
団長には内緒ですよ」
その様子を見た他の者たちも「俺にも一つちょうだい」と、うめきをあげた。
疲弊した団員にすがられるセイリオスは妙に生き生きとしている。
「皆さんにも温かい飲み物とお菓子を用意していますからね。
お話が終わったら、こちらに来てください」
団長との会話は、どんな内容であれ、ほぼ尋問。
本当に『お話』だったらどれだけ良いことか……。
天幕のある方をうかがう。
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