副団長、一級フラグクラッシャーになる。

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野営拠点と見張り場までの道のりは、地図上では5分もかからない。
小山のように突き出した木の根、高い湿度で濡れた草本や苔、転がる大小様々な石。
おまけに湿気でランタンは使い物にならず、光源は僅かに差し込む月明かりだけ。
大人でも足を取られてしまう見事なまでの悪路。
……寝る間も惜しんで製作した地図は、書き直した方が良さそうだ。

通常よりもゆっくりと歩いてはいたが、歩幅の狭いコカブちゃんは、息をあげていた。
それでも疲れた姿は見せまいと、気丈に振舞う。
見かねたレウスが、背負ってやろうか?と提案した。
待ってましたと言わんばかりに、コカブちゃんは元気の良い二つ返事で答える。
「たかだか2年じゃ変わんねえな。なにかってーと、おんぶおんぶ、つってたもんな」
はにかみながら語るレウスの言葉を聞いた途端、身を翻す。
暗がりでもわかるほど、ムッとした膨れっ面で
「いい。わたし、もう赤ちゃんじゃないから。歩ける」
静かに述べた。
「お、おい。別に赤ん坊だなんて思っちゃねえよ」
久々に会った妹の矜持を、思わぬ形で傷つけてしまった。
取りつく島もなく、狼狽え肩を落とすレウス。少し気の毒だ……。
「いこ、お兄さん」
立ち尽くすレウスに構うことなく、俺の手を引き歩きだす。
が、一歩目でぴたりと止まる。
「……道…わかんない……」小さく囁いた。
姿こそ似てはいないが、彼らは実に良く似た兄妹である。
嫌なところで実感が湧いてきた……。
このままでは埒が明かない。
「ごめん、ちょっと足が疲れちゃったみたいだ。少し待っててもらえるかな」
一度軽い休憩を挟むことにした。

レウスは俺を怪訝に見る。
「てめえのことは背負わねえぞ」
「誰が頼むかよっ。……団長にお伝えしておこうと思って」
「はーん。お前にしては気が効くじゃねえか」
腕を組み、偉そうな態度で頷く。
ついさっきまで落ち込んでたんじゃないの?出かけた言葉を飲み込んだ。
尊大な兄とは対照的に、コカブちゃんは不思議そうに首を傾げる。
伝えると言いながら、その場に留まっているのが奇妙なのだろう。
「コカブちゃんは遠くのものが見えるんだよね?」
「うん。知ってる人とか目印があったらずーっと遠くが見えるよ」
「それと同じ…かは定かではないんだけど……。俺は少し離れた人とお話しができるんだ。
ちょっとだけ動かなくなるけど、お話中なだけだから気にしないでね」
「わかったっ」
遠くが見える。離れた人と話せる。
たったのそれだけの説明を、驚くこともなく当たり前に受け入れた。
自身も似た力を持っているという。
啓示の力とは。そもそも、この力は、一体何なのだろう……。
考えないようにしていたことが。
そういうものだと納得していたはずのことが、妙に引っかかって、気が散る。

唐突に、コカブちゃんが走り出し、目の前を横切った。
追いかけようと身構えたが、すぐに止まる。
目線の先には座るのにちょうど良さそうな岩がある。
「お兄さんっ!すわった方が集中できるよねっ」
弾むように報告すると、岩の上にキラリと転がる平たい石のようなモノを退けようと手をかざした。
カササッ。
平たいもの達は散開し、忽然と暗闇に消えた。
コカブちゃんは青ざめたまま硬直している。
かさり。
風が木々を揺らす音にコカブちゃんは肩を跳ね上げ、レウスに駆け寄った。
そのまま腹に抱きつく。
「どうした」
「ご、……………む、虫さん…」
腹に顔を埋めたまま、岩を指差す。
「あ?もういねえよ。つーか、んなもん闘技場にもいただろうが。
大掃除の時に天井からわんさか落ちて」
「それ以上いわないで!アレでむりになったんだからっ。うう……」
集落、村、南の領土では見かけなかったが、王都ではそこそこ見かけた平たい虫。
都市が住処だと思ったけれど、森にもいるんだな。
「わんさか……」
群生か。
ふーん。
あの、カサカサが、群生。
……王都の住民は、1匹の虫に悲鳴をあげていたわけではない?
1匹を見て、他も見ていたのか。
そういえば駐屯地にもいたような……。
途端に背筋が寒くなり思わず身震いしてしまう。
「いらんこと考えてんじゃねえぞ。ジジイに伝達すんじゃねえのか」
レウスは俺の背中を、バシッと思い切り叩く。
暴力か?交流か?曖昧で雑すぎる身体言語は正直苦手だ。
だが、その衝撃で虫さんの想像はかき消されていった。
今だけは、ありがく受け取っておこう。
「そうだな…伝達、伝達…」
なにか大切なことを忘れてる気もするけど……。

レウスは引っ付いたコカブちゃんを引き離し、岩にドカリと座った。
ぽんぽんと膝を叩き、座れと催促している。
「さっきソコに虫さんいたんだよ!?」
「今は俺が座ってる」
「そうだけどー……」
岩以外に座れる場所は、ぬかるんだ土の上。
無闇に座れば体温を下げてしまう。
「お前は俺の上に座る。なんも問題ない」
「でも…わたし、お兄さんにすわってほしいし……」
「は、はぁ!?誰が座らせるかよ!」
「俺も座る気はないよ」
「ああ?んだてめえ。コカブの見つけた岩に文句があんのか?!
それともなんだ、他に言いてえことがあるってぇのか!?」
焼け火箸のように顔をカッと赤くし捲し立てる。今日一番の激昂だ。
「立ってた方が集中できるんだ。座っているとなんだか落ち着かなくて……」
力を使っている最中ふらつかないよう、比較的、乾いた木を探し、寄りかかる。
「ッチ、最初からそう言えよ」
言う暇もあたえなかったくせに…。忙しいやつだ。
コカブちゃんは納得しきれない表情でレウスの足の上に大人しく収まった。
自身も疲れている中で、座る場所をわざわざ探して他の者に譲ろうとする。
なかなかできることじゃない。
「コカブちゃん」
「うん?」
「ありがとうね」
「……うんっ」
ふっと顔をあげ、機嫌良さそうに足をパタパタと動かす。
座り心地は上々のようだ。

「お兄さん、レラちゃんとおんなじことができるんだね」
「レラ?誰だそいつ」
「村にいるおともだちっ。おともだち、できたのっ」
「……そうか。よかったじゃねえか。…あー……仲良くしてんのか?」
「うんっ!なかよしっ!
遠くのおともだちとお話ししてるってこの前、教えてくれたの。
わたしは、しん…ゆう?だから特別に教えるって……あ……。
レウスはお兄ちゃんだから教えてあげたけど、本当はないしょなんだから。
他の人に言っちゃダメだよ」
「へーへー。言わねえでおいてやるよ」
情報ってこうやって漏れるんだなぁ…。
兄妹の穏やかな会話がだんだんと遠のいていく
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