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野営地に戻るとセイリオスは何事もなかったかのように接してきた。
だからこそ、こちらも何事もなかったかのように振る舞う。
思えば、故郷の導師様や南の領土にいる先生方と彼を重ねていた節がある。
彼ら、彼女達にはどうしようもない時期を支えて貰って、
仄かな好意を密かに抱いていたことは否定で来ない。
あの時は子供で、今は分別のつくべき大人だ。
見ず知らずの赤の他人と重ね合わせられるのは、気分が悪いだろう。
たとえ、それが、当人であっても。
違う時間を過ごしているのであれば、他人と言っても過言ではない。
一方的な記憶の押し付けだ。
頼り切らないように気をつけなければ。
短時間とはいえ休息は必要不可欠で、仮眠を取るために交代で見張り番につく。
暗闇に包まれた森林は、日中の暑さが嘘のようだ。
肌寒い程度ではあるが、灯り、忌避用に用意された焚き火の温かさが心地良く、
立っていなければ、すぐさま眠気に襲われていたであろう。
組む相手は、よりによって、レウスである。
テントから離れているとはいえ、私語は控えるべき物。
そんな事はお構いなしに前回は「眠い」とひたすらキレられた。
今は対照的に、静か過ぎるほどだ。
私語が無い事は素晴らしいのに、何故だか居心地が悪い。
小さな焚き火を挟んで、見張りについているレウスの方をちらりと伺うと、
微動だにしない金色の目が、此方を真っ直ぐに見据えていた。
肉食獣と目があってしまった時と同じ、戦慄が背筋を駆け巡る。
瞬きすらしない、交わってしまった視線を外せない。
「お前、得体の知れない場所から落ちてきたよな」
唐突に尋ねられ一瞬、なんのことかと考える。
「ネアの村でのことか……?あれは何が起きたのか、俺も知りたいくらいで…」
手元も見えない暗黒に包まれ、ぐるぐると振り回されたかと思えば、
遠征で初めて訪れた村に、訪れたその日に、落とされた。
魔術という物が存在すると聞いたことはあるが、そういった類のものなのだろうか…。
自身に起きたことすら理解できない上司の、曖昧な応えにキレられるかと構えていたが、
レウスは安堵したかのようなため息を小さく溢し、ゆっくりと言葉を選ぶように口を開く。
「それが、あったことを、認めるんだな。
あの場にいた団員共も、神隠しだなんだと騒いだ村の奴らも、
その日のうちに忘れちまってるっつーのに」
「忘れる?俺が言うのもなんだけど……人が目の前で消えたり、落ちてきたんだぞ?
忘れるわけないだろ」
「団員共が一度でもお前をいじり倒してきたか」
娯楽に飢えた彼らが、普段の話題にあげないどころか、酒盛りの際に絡むことすらしなかった。
「アホ面巾着、お前の持ち物。当ててやろうか」
「人を変な巾着にするなっ。持ち物は基本的に共通だし、ライターはもう見せた。
当てるも何もない」
奇妙なことを言い出したかと思えば、今度は荷物を当てる、と子供じみた提案。
一体、何がしたいのか。
突拍子のない奴は、シェリアクだけでも勘弁して欲しいというのに。
「内側の継布。ロウ引き紙にケッタイな葉があるな」
「……」
眠気覚ましに持ってきた鏡茶の葉を、正確に言い当てられてしまった。
生の若葉は味が良く、安価だが、大量に摂取しなければ効能は得られず、中毒を引き起こす。
乾燥させたモノは、初めこそ苦いが、噛み続けると葉特有の独特な甘みが出てくる。
味は悪いが、中毒性は無いと言われ、効能も増す。
代わりに高価だ。
南の領土では、疲労回復、眠気覚まし、薬草やお茶として一般的に扱われているが、
王都は使用禁止令が出されており、来た初日の荷物検査時、没収された。
今手元にあるものは見つからずに済み、遠征までに残った貴重な5枚。
ウェストバッグの内側に、同じ材質の布を当て、その中に仕込んで常に持ち歩いていた。
沼でウェスバッグを見せた時に、うっかり見られたのだろうか。
「っ1枚、だけだぞ」
ロウ引き紙に包まれた貴重な1枚を取り出す。
乾燥されていながらも、失われていない若草色、鏡とつく所以の光沢。
品質の良さが一目でわかる。
これが無いと本当にキツイ時に乗り越えられない。いわばお守りだ。
だが、出し惜しみは結局、損を招く。
拒めば言いふらされる危険がある……。
わかりながらも顔が思わず引き攣り、つられるかのようにレウスの顔も引き攣った。
「んなもん、いるか!
ガキに得体の知れない蛇を食うなって、偉そうに講釈垂れてたけどよ、
てめえこそ得体の知れない葉っぱ食うの良い加減やめろ。
一気に食って、泡吹いて、たまったもんじゃねぇ。
俺様に、また介抱させる気か?」
介抱?むしろ、傷口に塩を塗るような行為だったと、記憶している。
「バケツの水を頭から浴びせるのは、介抱とは言わない」
北の領土と東の領土のちょうど間でのことだ。
空は、陰々と分厚い灰色の雲で覆われ、
積もった雪のせいで、昼夜問わずぼんやりと薄明るい。
凍結した土は固く、焚き火を起こしたところで、溶けるのは表面だけ。
硬さは変わらないが、それでも掘り起こした。
埋葬するために。
冷たい岩石のような土で、再び殺めているかのような不快感に耐えきれず、
所持している鏡茶の葉を全て噛み、気絶した。
誰も近寄るなと命じたはずなのに、レウスはお構いなしにやってきて、
何を思ったのか、寒空の下、倒れた者に、頭からバケツ一杯の水を浴びせてきた。
凍傷の痛みと痒さで悲しむ暇すら与えず、
水を浴びせた事を詫びるどころか、治りかけた腫れを、揶揄ってきた。
あのまま放っておいて欲しかったのに。
まったく、許し難い奴だ。
だがそれも、今、この時点では、起きていない。
「……覚えているんだな」
「それこそ『忘れるわけない』だろ」
「悪いけど、水をかけられたことも、凍傷したことも、今の俺は経験してない。
どういう原理か知らないけど、それは、まだ起きていないコトだ。
凍傷の、やけどの痕だってない」
特に酷かった耳元を見せるために、少し伸びてしまった髪を軽くあげる。
出されたからには、仕方ない。といった具合にレウスは目を凝らし、傷のない様子を確認する。
面白くないと言わんばかりに、顔を顰めた。
「原理だの小難しいこたぁ、どうだっていい。
起きた事実は変わらねぇ。忘れてる奴がいて、覚えているやつがいる。
ただ、それだけのことだ。
あの時、なんで、ガキと俺の間に入って邪魔をした」
「……同士討ちなんて下らないからだよ。
仲間を犠牲にして、上手くいくと本気で思っているのか」
「同士、仲間。バカの1つ覚えだな。
死が救いだとほざく遠征中断の元凶を消して何の問題がある。
騎士団は所詮、綺麗事で取り繕った、赤の他人の、集まりなんだよ。
遠征さえ終わりゃ解散。そんなものに、お前は肩入れしすぎだ」
「2年も一緒に過ごして他人な訳ないだろ。
ユーノはまだ子供だ。考えはこれから増えていくし、変わっていく。
それに、あれは……色々なことが積み重なって起きてしまったことだ」
「ガキなら何しても仕方ないってか。
遠征が成功しねえと報酬は得られ無い。
お前だって、何も得られ無いまま終わるのは嫌だろう」
「誰1人かけず、遠征を無事に達成できることが何よりの報酬だよ」
苦々しく舌を打ち、レウスは嘲笑う。
「綺麗事のたまいやがって、気持ち悪い。
騎士団の連中全員、憎くて、憎くて、たまらないクセに。
目の前で消されて清々しただろう」
「何度も言わせるな。まだ何も起きていない。
憎む必要も、理由も、存在しないんだよ……!」
知ったような口ぶりと、見透かしたような金色の眼差し。
耐えきれず、語勢が強くなる。
「レウス、お前は遠征を成功させたいんだよな?
なら、コトを荒立てないでくれ。
みんなにとっても、チャンスなんだ。
この記憶は、同じ轍を踏まないように、導くためのモノなんだよ」
焚き火から受けた灯りで反射する刺すよな眼が、同情の色に満ちていく。
「正気か」
忌々しい日々の続きを生きようとするレウスに、正気を疑われたくはない。
なかったコトにして終えば良い、やり直す機会を与えられたコトにすればいいのに。
逃れるように、目を伏せ、手元にある1枚の葉を口に入れた。
掌に収まる小さな乾いた葉。
噛むたびに、凝縮された植物の青い香り、苦味と筋っぽさが口内を埋め尽くす。
その先の甘さを期待して、どうにか噛み続ける。
「やめろ、食うな」
「レウスにとって俺は、どうせ、他人なんだろう。
見張りができる程度にとどめる……。放っておいてくれ」
口に甘みと痺れが広がっても、鬱々とした気持ちは晴れない。
もう1枚を取り出すために、ロウ引き紙を開く。
「本当、面倒くせえヤツだな」
焚き火を越して、こちら側にやってきたレウスに乱暴に腕を掴まれ、
葉は紙ごと呆気なく奪われた。
そのまま火に焚べられる。
「う、にっげ…!甘!?なんだこの煙!?」
「なんで、よりによって、火にいれるんだ……!」
火に入れられた鏡茶の木の葉は、モクモクと独特の煙をあげはじめた。
消化器官を通せば、緩やかに効くが、燻した煙は、直接的に作用する。
「吸うなよ!幻覚症状が出るからな……!
テントの方に煙をいかせたらっ。………集団中毒で、遠征中断だ……」
「はぁ!?やっぱりロクでもねえ葉っぱじゃねえか!
おい、あおぐなっ!!余計火がでるだろうっ」
手元に水はなく、それでも何とかしなければという焦りから、無闇に仰いでしまっていた。
レウスは足元の湿った土を焚き火に、かぶせていく。
習うように、かけると、火は徐々に収まり、煙は止んだ。
辺りが暗闇に包まれると「ひゃ……」と思わずこぼしてしまったような、
小さな声が何処からともなく、聞こえてきた。
「え……レウス?」
「んだよ、ヤク巾着。幻聴でも聞こえたか」
手際よく、焚き火を再開させるレウスは呆れ果てていた。
「腰巾着以上に不名誉を感じるんだが……」
「事実だろう」
「肝心の、噛むものも、吸うものも、もう無いけどな」
「ああ?てめえに逆ギレする資格はねえよ」
あまりにも呆気ない最期。高価だろうと、結局の所、葉っぱ。
葉っぱが、ただ、燃やされて、土に埋められただけ。
現実逃避した所で、何も変わらない。こんな所で無常を感じるとは……。
「まぁ、言わねえで置いてやるから、臨時賞与シッカリつけろよ」
「っ、けほっ……っ」
今度はハッキリと、子供が咳き込むような音が聞こえた。
焚き火の灯りが僅かに届く箇所に低木が密集している。
咽せる音と共に小刻みに揺れる一株に近づく。
声の主は幼い子供であった。
自身のモコモコとした小さな手で懸命に口を抑え、
目を瞑り、怯えるように震えていた。
ふと、セイリオスに言われた言葉が、よぎる。
『動物の尻ばかり追いかけてる、あなたなら。昼間の影がが何か、何者か……わかるはずですよ』
尻は追いかけていないし、どこからどう見ても人の子だ。
だが、震えながら伏せた丸い耳は、小熊を彷彿とさせ。
だからこそ、こちらも何事もなかったかのように振る舞う。
思えば、故郷の導師様や南の領土にいる先生方と彼を重ねていた節がある。
彼ら、彼女達にはどうしようもない時期を支えて貰って、
仄かな好意を密かに抱いていたことは否定で来ない。
あの時は子供で、今は分別のつくべき大人だ。
見ず知らずの赤の他人と重ね合わせられるのは、気分が悪いだろう。
たとえ、それが、当人であっても。
違う時間を過ごしているのであれば、他人と言っても過言ではない。
一方的な記憶の押し付けだ。
頼り切らないように気をつけなければ。
短時間とはいえ休息は必要不可欠で、仮眠を取るために交代で見張り番につく。
暗闇に包まれた森林は、日中の暑さが嘘のようだ。
肌寒い程度ではあるが、灯り、忌避用に用意された焚き火の温かさが心地良く、
立っていなければ、すぐさま眠気に襲われていたであろう。
組む相手は、よりによって、レウスである。
テントから離れているとはいえ、私語は控えるべき物。
そんな事はお構いなしに前回は「眠い」とひたすらキレられた。
今は対照的に、静か過ぎるほどだ。
私語が無い事は素晴らしいのに、何故だか居心地が悪い。
小さな焚き火を挟んで、見張りについているレウスの方をちらりと伺うと、
微動だにしない金色の目が、此方を真っ直ぐに見据えていた。
肉食獣と目があってしまった時と同じ、戦慄が背筋を駆け巡る。
瞬きすらしない、交わってしまった視線を外せない。
「お前、得体の知れない場所から落ちてきたよな」
唐突に尋ねられ一瞬、なんのことかと考える。
「ネアの村でのことか……?あれは何が起きたのか、俺も知りたいくらいで…」
手元も見えない暗黒に包まれ、ぐるぐると振り回されたかと思えば、
遠征で初めて訪れた村に、訪れたその日に、落とされた。
魔術という物が存在すると聞いたことはあるが、そういった類のものなのだろうか…。
自身に起きたことすら理解できない上司の、曖昧な応えにキレられるかと構えていたが、
レウスは安堵したかのようなため息を小さく溢し、ゆっくりと言葉を選ぶように口を開く。
「それが、あったことを、認めるんだな。
あの場にいた団員共も、神隠しだなんだと騒いだ村の奴らも、
その日のうちに忘れちまってるっつーのに」
「忘れる?俺が言うのもなんだけど……人が目の前で消えたり、落ちてきたんだぞ?
忘れるわけないだろ」
「団員共が一度でもお前をいじり倒してきたか」
娯楽に飢えた彼らが、普段の話題にあげないどころか、酒盛りの際に絡むことすらしなかった。
「アホ面巾着、お前の持ち物。当ててやろうか」
「人を変な巾着にするなっ。持ち物は基本的に共通だし、ライターはもう見せた。
当てるも何もない」
奇妙なことを言い出したかと思えば、今度は荷物を当てる、と子供じみた提案。
一体、何がしたいのか。
突拍子のない奴は、シェリアクだけでも勘弁して欲しいというのに。
「内側の継布。ロウ引き紙にケッタイな葉があるな」
「……」
眠気覚ましに持ってきた鏡茶の葉を、正確に言い当てられてしまった。
生の若葉は味が良く、安価だが、大量に摂取しなければ効能は得られず、中毒を引き起こす。
乾燥させたモノは、初めこそ苦いが、噛み続けると葉特有の独特な甘みが出てくる。
味は悪いが、中毒性は無いと言われ、効能も増す。
代わりに高価だ。
南の領土では、疲労回復、眠気覚まし、薬草やお茶として一般的に扱われているが、
王都は使用禁止令が出されており、来た初日の荷物検査時、没収された。
今手元にあるものは見つからずに済み、遠征までに残った貴重な5枚。
ウェストバッグの内側に、同じ材質の布を当て、その中に仕込んで常に持ち歩いていた。
沼でウェスバッグを見せた時に、うっかり見られたのだろうか。
「っ1枚、だけだぞ」
ロウ引き紙に包まれた貴重な1枚を取り出す。
乾燥されていながらも、失われていない若草色、鏡とつく所以の光沢。
品質の良さが一目でわかる。
これが無いと本当にキツイ時に乗り越えられない。いわばお守りだ。
だが、出し惜しみは結局、損を招く。
拒めば言いふらされる危険がある……。
わかりながらも顔が思わず引き攣り、つられるかのようにレウスの顔も引き攣った。
「んなもん、いるか!
ガキに得体の知れない蛇を食うなって、偉そうに講釈垂れてたけどよ、
てめえこそ得体の知れない葉っぱ食うの良い加減やめろ。
一気に食って、泡吹いて、たまったもんじゃねぇ。
俺様に、また介抱させる気か?」
介抱?むしろ、傷口に塩を塗るような行為だったと、記憶している。
「バケツの水を頭から浴びせるのは、介抱とは言わない」
北の領土と東の領土のちょうど間でのことだ。
空は、陰々と分厚い灰色の雲で覆われ、
積もった雪のせいで、昼夜問わずぼんやりと薄明るい。
凍結した土は固く、焚き火を起こしたところで、溶けるのは表面だけ。
硬さは変わらないが、それでも掘り起こした。
埋葬するために。
冷たい岩石のような土で、再び殺めているかのような不快感に耐えきれず、
所持している鏡茶の葉を全て噛み、気絶した。
誰も近寄るなと命じたはずなのに、レウスはお構いなしにやってきて、
何を思ったのか、寒空の下、倒れた者に、頭からバケツ一杯の水を浴びせてきた。
凍傷の痛みと痒さで悲しむ暇すら与えず、
水を浴びせた事を詫びるどころか、治りかけた腫れを、揶揄ってきた。
あのまま放っておいて欲しかったのに。
まったく、許し難い奴だ。
だがそれも、今、この時点では、起きていない。
「……覚えているんだな」
「それこそ『忘れるわけない』だろ」
「悪いけど、水をかけられたことも、凍傷したことも、今の俺は経験してない。
どういう原理か知らないけど、それは、まだ起きていないコトだ。
凍傷の、やけどの痕だってない」
特に酷かった耳元を見せるために、少し伸びてしまった髪を軽くあげる。
出されたからには、仕方ない。といった具合にレウスは目を凝らし、傷のない様子を確認する。
面白くないと言わんばかりに、顔を顰めた。
「原理だの小難しいこたぁ、どうだっていい。
起きた事実は変わらねぇ。忘れてる奴がいて、覚えているやつがいる。
ただ、それだけのことだ。
あの時、なんで、ガキと俺の間に入って邪魔をした」
「……同士討ちなんて下らないからだよ。
仲間を犠牲にして、上手くいくと本気で思っているのか」
「同士、仲間。バカの1つ覚えだな。
死が救いだとほざく遠征中断の元凶を消して何の問題がある。
騎士団は所詮、綺麗事で取り繕った、赤の他人の、集まりなんだよ。
遠征さえ終わりゃ解散。そんなものに、お前は肩入れしすぎだ」
「2年も一緒に過ごして他人な訳ないだろ。
ユーノはまだ子供だ。考えはこれから増えていくし、変わっていく。
それに、あれは……色々なことが積み重なって起きてしまったことだ」
「ガキなら何しても仕方ないってか。
遠征が成功しねえと報酬は得られ無い。
お前だって、何も得られ無いまま終わるのは嫌だろう」
「誰1人かけず、遠征を無事に達成できることが何よりの報酬だよ」
苦々しく舌を打ち、レウスは嘲笑う。
「綺麗事のたまいやがって、気持ち悪い。
騎士団の連中全員、憎くて、憎くて、たまらないクセに。
目の前で消されて清々しただろう」
「何度も言わせるな。まだ何も起きていない。
憎む必要も、理由も、存在しないんだよ……!」
知ったような口ぶりと、見透かしたような金色の眼差し。
耐えきれず、語勢が強くなる。
「レウス、お前は遠征を成功させたいんだよな?
なら、コトを荒立てないでくれ。
みんなにとっても、チャンスなんだ。
この記憶は、同じ轍を踏まないように、導くためのモノなんだよ」
焚き火から受けた灯りで反射する刺すよな眼が、同情の色に満ちていく。
「正気か」
忌々しい日々の続きを生きようとするレウスに、正気を疑われたくはない。
なかったコトにして終えば良い、やり直す機会を与えられたコトにすればいいのに。
逃れるように、目を伏せ、手元にある1枚の葉を口に入れた。
掌に収まる小さな乾いた葉。
噛むたびに、凝縮された植物の青い香り、苦味と筋っぽさが口内を埋め尽くす。
その先の甘さを期待して、どうにか噛み続ける。
「やめろ、食うな」
「レウスにとって俺は、どうせ、他人なんだろう。
見張りができる程度にとどめる……。放っておいてくれ」
口に甘みと痺れが広がっても、鬱々とした気持ちは晴れない。
もう1枚を取り出すために、ロウ引き紙を開く。
「本当、面倒くせえヤツだな」
焚き火を越して、こちら側にやってきたレウスに乱暴に腕を掴まれ、
葉は紙ごと呆気なく奪われた。
そのまま火に焚べられる。
「う、にっげ…!甘!?なんだこの煙!?」
「なんで、よりによって、火にいれるんだ……!」
火に入れられた鏡茶の木の葉は、モクモクと独特の煙をあげはじめた。
消化器官を通せば、緩やかに効くが、燻した煙は、直接的に作用する。
「吸うなよ!幻覚症状が出るからな……!
テントの方に煙をいかせたらっ。………集団中毒で、遠征中断だ……」
「はぁ!?やっぱりロクでもねえ葉っぱじゃねえか!
おい、あおぐなっ!!余計火がでるだろうっ」
手元に水はなく、それでも何とかしなければという焦りから、無闇に仰いでしまっていた。
レウスは足元の湿った土を焚き火に、かぶせていく。
習うように、かけると、火は徐々に収まり、煙は止んだ。
辺りが暗闇に包まれると「ひゃ……」と思わずこぼしてしまったような、
小さな声が何処からともなく、聞こえてきた。
「え……レウス?」
「んだよ、ヤク巾着。幻聴でも聞こえたか」
手際よく、焚き火を再開させるレウスは呆れ果てていた。
「腰巾着以上に不名誉を感じるんだが……」
「事実だろう」
「肝心の、噛むものも、吸うものも、もう無いけどな」
「ああ?てめえに逆ギレする資格はねえよ」
あまりにも呆気ない最期。高価だろうと、結局の所、葉っぱ。
葉っぱが、ただ、燃やされて、土に埋められただけ。
現実逃避した所で、何も変わらない。こんな所で無常を感じるとは……。
「まぁ、言わねえで置いてやるから、臨時賞与シッカリつけろよ」
「っ、けほっ……っ」
今度はハッキリと、子供が咳き込むような音が聞こえた。
焚き火の灯りが僅かに届く箇所に低木が密集している。
咽せる音と共に小刻みに揺れる一株に近づく。
声の主は幼い子供であった。
自身のモコモコとした小さな手で懸命に口を抑え、
目を瞑り、怯えるように震えていた。
ふと、セイリオスに言われた言葉が、よぎる。
『動物の尻ばかり追いかけてる、あなたなら。昼間の影がが何か、何者か……わかるはずですよ』
尻は追いかけていないし、どこからどう見ても人の子だ。
だが、震えながら伏せた丸い耳は、小熊を彷彿とさせ。
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