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シェリアクはウェストバッグから4つ折りにした紙を取り出すと、
机に広げ消費した薬草の名前と数字を書いていく。
ひとつひとつの値段は大したことはないが、使用している品目と量が尋常ではない。
両手で抱えるほどの葉物、人参に似た物が丸々一本、鉱石のようなものが幾つか。
どうすればコップ一杯に凝縮できるのかは解らないが、不味さの正体は理解できた。
「沢山使っちゃってごめんなさい…」
大量消費は確かに問題ではあるが、治すために必死になった思いも、行動も否定したくはない。
「ユーノの作ってくれた薬で、村の人も、俺もシェリアクも、助かった。
悪いことをした訳ではないよ」
「そーそっ。それに王都で買うより遠征中に買えば断然安いし新鮮。
入れ替えだと思えば、ギリギリ予算内っ」
「…?新鮮なのに、王都よりも安いんですか?新しい物はそれだけで高いのに…」
「鮮度を保つための梱包や運搬費も税も掛からないし、直接交渉できるからね」
神殿、教会で育ち、王都に来てからも騎士団の拠点から離れず生活していたユーノにとって
物品の売り買いは縁遠いことであった。
不思議そうな表情を浮かべるユーノを見て、シェリアクは紙の空いたスペースに、
なにやら書き込み始めた。
「薬草を一つ運ぶだけでも沢山の人や物が関わってるんだよ。
物を買うっていうのは、関わった人達の時間や労働に対しても、お金を払ってるんだ。
王都からここまで、ユーにゃんも知っての通り結構大変だったでしょ。
それでも騎士団は、少数の上に魔物と対等に戦えるから、かなり近道してる。
実際の輸送隊のルートは、こんな感じで、ぐるっと遠回り。
はやく運ぶには、リスクがある!リスクには人を動かせる対価!
王都プライスのざっくりした理由はそんなとこっ」
ランタンの橙色に照らされた白い紙に、おおらかな線で
地図、人々、物が描かれて行く。
ユーノは絵本の読み聞かせ中の子供のように楽しげに説明を聞き、
その様子に気をよくしたシェリアクは。小さな動物を地図に添える。
「あっ、ライオンと蛇だ。ふふ、どの動物も笑ってる。ツノ?これは何だろう…」
「鹿……」
添えられた絵を見て背筋に冷たい汗が一筋、流れるのを感じた。
事前情報では大型の魔物と伝えられたモノが、はっきりとした姿で各地域に、追記されていく。
その度にユーノは、描かれた動物の名前を考え、無邪気に喜ぶ。
「この地域に鹿が出るって…何故、知ってるんだ。次の猪も、鳥も…」
「騎士団に入る前はさ、毎晩酒場のお客さんたちに、
出身地の伝承とか民謡について教えてもらってたんだよ。
王都って各領土や海外に輸入依存してるから、外部からの出入りは意外と多いんだ。
身近な動植物は題材にしやすいんだろうね」
道中で採取も有りだよね。と、採れるであろう薬草も地図に加えていく。
「シェリアクさんって、商いのことも、薬草のことも…お詳しいんですね」
「意外でしょ?意外性のある男はモテるんだよーっ」
「…すごいです。どうやって学んだんですか?参考にしたいです」
素直に感心しているユーノにシェリアクは首に手を当てながら笑った。
いつもなら、こちらが嫌になるくらい誇らしげに振る舞うのに、ぎこちない。
「参考ってほどでもないけど色んな人と話してるうちに学べたのかも。
ユーにゃんも遠征中に沢山の人と話せるといいねっ。楽しいし、勉強になるよっ」
「…でも、僕…あんまり話すの得意じゃないから…。
皆さんの真似をしても、本を読んでも、上手くいかなくて…」
あの強気な態度は団員たちを見て学んでいたのか。
よりにもよって、真似てほしくない部分を真似てしまうのは何故だろう…。
「場数さえ踏めば大抵なんとかなるよっ。副団長くんは、どう?
ほらほらぁ、騎士団のナンバーツーとして、あるんじゃなーい?」
認めてくれているようで嬉しいが、彼の褒め方は煽りのように聞こえて
すんなり受け取って良いのか、少し迷う。
「……相手の立場を思えば、自ずと優しく話しかけられる…って本に書いてあったな」
王都に来てから様々な指南書を読んだが、
夜毎抜け出しては女性の元に通う部下の上手な止め方も、
満月の時に高揚して楽器をかき鳴らす部下の対応も、
書は手引きしてくれなかった。
経験せざるを得ない状況が人を育むのだろう…。
「だけど、本は、信じすぎないで、考え方の一例にするといいよ。
……俺も口下手だから。一緒に頑張ろう」
「そっか、本に書かれていることは一例に過ぎないんだ…。
副団長と、一緒なら……僕も頑張れるかもしれないです」
「2人とも真面目すぎるよ!超心配ー…!
困ったら、お兄さんを頼っていいんだよっ。出来る限り手伝っちゃうから。ね?ね?」
「えっ……ありがとう…」
どちらかといえば、シェリアク、お前は原因側だよ…。
あまりの自覚のなさに、嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったが、
咄嗟に出た言葉はなぜか感謝。会話の難しさを痛感した。
脱線しながらも薬の運用と入手先について、まとめ上げる。
早い段階でわかって解決策を出せて、本当に良かった。
人間関係で崩壊の次が、金銭問題で崩壊なんて、たまったもんじゃない。
鼻歌まじりにサラサラと文章を書き上げていくシェリアク。
そうして出来上がったものに片っ端から目を通す。
「筆の進みが早いのは良いことだけど。
思います、とかそういう感想めいたことは書くなって
何度も注意してるだろう」
「あっははっ。副団長くんが直してくれるからマジ助かるーっ」
わざわざ俺を呼び止めたのは、まさか手直しをさせるため…?
紙面上の言葉遣いはさておき、内容は今までみた中で一番しっかりした備品運用の報告書だ。
数字を用いた箇所には図面が添えられ、わかりやすく書かれている。
団長の資金や備品などの管理は、大分ざっくりしていた。
書類なんかは一切作ろうとせず資金は度々不気味な動きをしていた。
不明瞭な出費があったかと思えば、突然、莫大な金額が増えたりする。
給料の未払いや不足は起きなかったけれど、気になって一度だけ尋ねた。
「知りたいか。君が望むのであれば教えよう」
無機質な声と、どこを見ているのかわからない暗い目に尻込みして、
結局なにも聞けずじまい。
いつか、いずれ。……機会があれば、聞こう。
裏方に徹し、仕入れをかって出てくれているセイリオスも中々に癖があった。
人里離れた北の果てで、教会の管理をしていたという彼は王都に来てすぐの頃
円形の金貨に驚いてはしゃいでいたくらいだ。
田舎から出てきた俺からしても、かなり浮世離れしていた。
「世の流れは目まぐるしいですね。昔は値段なんてついていませんでしたよ」
いつの時代と比べているかわからない事を言っては
新しい物を仕入れようとする際、遅疑もよくあった。
あの渋り方は爺ちゃんを思い出す。
「そういえば、今回の補給……いつもと違ったな」
この村で初めて使った検査キットが、早速仕入れられており、
輸送費を入れた計算をしても、いつもより出費が抑えられていた。
「ああー、セイちゃん調子悪そうだったから、代わりに仕入れたんだよ」
「シェリアクがやってくれたのか。自分から…と言ってたのはコレも含めてだよな」
やば、報告してなかったっけ。という呟きはあえて聞かなかった事にした。
力の使用で倒れて報告どころではなかったのだろう。
すぐ回復したし、数日経ってるわけだが。
彼は他の団員と違い、気づくとちゃんと反省してくれる。
問題は、咎めた後。落ち込まれる方が面倒であった。
可哀想な犬みたいな目をして罪悪感を煽り、こちらが謝ってしまう流れを作りだす。
あの団長ですら、何度も揺らがせて、楽器の所持や演奏の許可を得ているのだから、末恐ろしい。
「そうそう!含めてる!ちゃんと団長に許可も取ってるよ。
王都にいた時はめっちゃ拒否されたんだけど…力の使用も今回はすんなりお墨付きっ」
潤沢とは言い難い資金。
出費を抑えることを念頭に、新しい品も取り入れられる、彼に少しでも頼めたら。
戻されてしまう前の遠征は、もしも何かがあったらと考えて闇雲に切り詰めていた。
自分が苦ではないから団員もそうであろうと息抜きもさせず、結果的に最悪が起きた。
せめて助言を貰うことができれば、……何か変わるのでは。
「……シェリアク…さっき、なんでも手伝うって言ってたよな」
「な、なんでもとは言ってないんだけど。ナチュラル歪曲やば……。で、なになに?」
意気込むあまり前のめりになってしまった。若干ひいた表情を見せてはいるが聞いてくれるようで、
少し深呼吸してから話を続ける。
「備品の管理と補給、手伝ってくれないか?
団長や、今までやってくれてたセイリオスとも話し合う必要もあるし、
やるからには負担になってしまう。今すぐにとは言わない。けど、」
「副団長くん、ちょい落ち着きなって。オレでよければお安いご用!
2人の意見は、……次の村について、から……かなっ」
シェリアクの視線を追うと、広場にむいていた。
村長と団長は、酒の飲み過ぎのせいか盛大に机に突っ伏し、
婦人とアルテルフに酷く呆れられていた。
セイリオスは村人たちと何やら料理をしていて、団員達はネオン少年と楽しげに談笑している。
騒がしいけれど、誰も争うことのない…今まで見たことのない光景だ。
(監視……忘れてた)
レウスは相変わらず早く寝ているんだろうか。
日が上ると同時に目を覚まし暗くなるとすぐ寝る。
子どもか老人か、あるいは獣のようなヤツだ。
カタンという音が聞こえ、そちらを見るとユーノがうつらうつらと、微睡んでいた。
「そろそろお開きにしようか。今日は、次の場所に向かう準備もあって疲れちゃったよね?」
「あっ。ごめんなさい…僕のやったことなのに……まとめて貰って…」
「いいよ、いいよー。こういうの、やりたかったっていうのもあるしっ」
「俺がほとんどまとめたけどな」
「副団長くんっ一言多い男はモテないよーっ!」
「仕事に専念できて結構」
うっわー…と哀れむ声は無視だ、無視。
草の生い茂る道は、大蛇がいなくなったとはいえ、相変わらず蛇は生息している。
「ユーノ。宿まで一緒に行こう」
声をかけると、楽器を取りにいかなければ、と、シェリアクもついてきた。
途中、眠気に耐えきれず足元のおぼつかなくなったユーノを
シェリアクが手慣れた様子で背負う。
「慣れてるんだな?」
「まあねっ。夜働いてる女の子たちの家に泊めてもらうと、結構な確率で小さい子とか居てさ。
一緒に過ごすことが多かったから……うっわ、なに、顔、怖」
「子供の面倒を見るのは大変だし手伝うのは良いことだ。
団員の日常生活にあれやこれ言う気はないよ。ヒモも才能だもんな…」
「あれ?言わなかったっけ?オレは今も昔も吟遊詩人だよっ」
人懐っこい笑みをこぼしながら、段々と力の抜けていくユーノを、
あやすように背負い直す。本当に慣れている…。
「……女の人の家を、渡り歩いていたんだろ?」
「うん。でも、ヒモじゃないよ。泊まる場所に困ってたら、
うちにおいでって言ってくれる子が、偶然全員女の子で、
いる間、家の事をする代わりにお小遣いをくれてただけ」
キッパリと言い切られてしまった。
俺が知らないだけで世間では、そういうのはヒモとは呼ばないのか。
家事代行…?けど、女の人ばっかり狙って…。
いや待てよ、おいで、と持ちかけられているわけで。
もう何が何やら、わからない。
話しているうちに、ユーノが起きてしまった。
「ヒモって……なんですか……」
「なんだろう、俺にもよくわからなくなった……」
「わぁ…難しい問題なんですね……一緒に、かんがえましょう……ね…」
そればっかりは一緒に考えたくないな…。
宿に着く頃にはシェリアクの背中で安心したようにスヤスヤと寝息を立て始め、
そっとベッドに寝かせた。
まとめた資料の再確認をしようと、部屋に戻る途中、
楽器を持ったシェリアクに呼び止められる。
「副団長くんっ。オレこれらか歌うんだけど、もちろん来るよねっ」
「いや、これから再確認しようと思って」
「さっきも散々訂正してたじゃん!?団長はそんな読み込まないって!
ほら、息抜き大事っ」
「う…そうだな」
広場までついて行き、箱を並べただけの簡易的な演台に立つシェリアクが、
こちらにニコリと笑いかけた。
誰も彼を見ていない中、堂々と場に立ち、声をあげる。
その場にいたのは、歌うことを生業にしている吟遊詩人であった。
「この曲は、村長さんが名づけてくださいました!聞いてください。
沼地清掃、一回につき割引券一枚交付!」
宴もたけなわ、徐々に落ち着いていた広場が妙な題名にざわつき、注目した。
キャッチーな音で沼地清掃の参加を呼びかけたかと思えば、
次の曲では近隣の村で行われる安売りの日を伝えた。
「ありがとうございました!明日から1週間!
今、出てきた店で、啓示者シェリアクの曲を聞いたと言えば、なんと!
薬草類が3割引で買えます!皆さんのご来店、心よりお待ちしておりまーすっ!」
演台から降りると、いつの間にか手に持っているチラシを集まった人々に配り始めていた。
備品を安く仕入れられたのは宣伝費を含めて。
啓示者の箔が、こういった場で使われるとは思いもしなかった。
騒動が収束してからも、村の外へ出ることをためらっていた村人たちが
明日、どこで買い物をしようか?と嬉しそうにチラシを見ている。
神によって選ばれし啓示者。という箔。
安売りのための道具にされてしまったというのに、不思議と悪い気はしない。
祝賀会は無事終わり、明日に備えて皆が眠りにつこうと宿に戻る。
「毎月3日は薬草の日…沼の清掃は週…に…一度……う……ぐ」
曲が頭から離れず、その晩、うなされた。
机に広げ消費した薬草の名前と数字を書いていく。
ひとつひとつの値段は大したことはないが、使用している品目と量が尋常ではない。
両手で抱えるほどの葉物、人参に似た物が丸々一本、鉱石のようなものが幾つか。
どうすればコップ一杯に凝縮できるのかは解らないが、不味さの正体は理解できた。
「沢山使っちゃってごめんなさい…」
大量消費は確かに問題ではあるが、治すために必死になった思いも、行動も否定したくはない。
「ユーノの作ってくれた薬で、村の人も、俺もシェリアクも、助かった。
悪いことをした訳ではないよ」
「そーそっ。それに王都で買うより遠征中に買えば断然安いし新鮮。
入れ替えだと思えば、ギリギリ予算内っ」
「…?新鮮なのに、王都よりも安いんですか?新しい物はそれだけで高いのに…」
「鮮度を保つための梱包や運搬費も税も掛からないし、直接交渉できるからね」
神殿、教会で育ち、王都に来てからも騎士団の拠点から離れず生活していたユーノにとって
物品の売り買いは縁遠いことであった。
不思議そうな表情を浮かべるユーノを見て、シェリアクは紙の空いたスペースに、
なにやら書き込み始めた。
「薬草を一つ運ぶだけでも沢山の人や物が関わってるんだよ。
物を買うっていうのは、関わった人達の時間や労働に対しても、お金を払ってるんだ。
王都からここまで、ユーにゃんも知っての通り結構大変だったでしょ。
それでも騎士団は、少数の上に魔物と対等に戦えるから、かなり近道してる。
実際の輸送隊のルートは、こんな感じで、ぐるっと遠回り。
はやく運ぶには、リスクがある!リスクには人を動かせる対価!
王都プライスのざっくりした理由はそんなとこっ」
ランタンの橙色に照らされた白い紙に、おおらかな線で
地図、人々、物が描かれて行く。
ユーノは絵本の読み聞かせ中の子供のように楽しげに説明を聞き、
その様子に気をよくしたシェリアクは。小さな動物を地図に添える。
「あっ、ライオンと蛇だ。ふふ、どの動物も笑ってる。ツノ?これは何だろう…」
「鹿……」
添えられた絵を見て背筋に冷たい汗が一筋、流れるのを感じた。
事前情報では大型の魔物と伝えられたモノが、はっきりとした姿で各地域に、追記されていく。
その度にユーノは、描かれた動物の名前を考え、無邪気に喜ぶ。
「この地域に鹿が出るって…何故、知ってるんだ。次の猪も、鳥も…」
「騎士団に入る前はさ、毎晩酒場のお客さんたちに、
出身地の伝承とか民謡について教えてもらってたんだよ。
王都って各領土や海外に輸入依存してるから、外部からの出入りは意外と多いんだ。
身近な動植物は題材にしやすいんだろうね」
道中で採取も有りだよね。と、採れるであろう薬草も地図に加えていく。
「シェリアクさんって、商いのことも、薬草のことも…お詳しいんですね」
「意外でしょ?意外性のある男はモテるんだよーっ」
「…すごいです。どうやって学んだんですか?参考にしたいです」
素直に感心しているユーノにシェリアクは首に手を当てながら笑った。
いつもなら、こちらが嫌になるくらい誇らしげに振る舞うのに、ぎこちない。
「参考ってほどでもないけど色んな人と話してるうちに学べたのかも。
ユーにゃんも遠征中に沢山の人と話せるといいねっ。楽しいし、勉強になるよっ」
「…でも、僕…あんまり話すの得意じゃないから…。
皆さんの真似をしても、本を読んでも、上手くいかなくて…」
あの強気な態度は団員たちを見て学んでいたのか。
よりにもよって、真似てほしくない部分を真似てしまうのは何故だろう…。
「場数さえ踏めば大抵なんとかなるよっ。副団長くんは、どう?
ほらほらぁ、騎士団のナンバーツーとして、あるんじゃなーい?」
認めてくれているようで嬉しいが、彼の褒め方は煽りのように聞こえて
すんなり受け取って良いのか、少し迷う。
「……相手の立場を思えば、自ずと優しく話しかけられる…って本に書いてあったな」
王都に来てから様々な指南書を読んだが、
夜毎抜け出しては女性の元に通う部下の上手な止め方も、
満月の時に高揚して楽器をかき鳴らす部下の対応も、
書は手引きしてくれなかった。
経験せざるを得ない状況が人を育むのだろう…。
「だけど、本は、信じすぎないで、考え方の一例にするといいよ。
……俺も口下手だから。一緒に頑張ろう」
「そっか、本に書かれていることは一例に過ぎないんだ…。
副団長と、一緒なら……僕も頑張れるかもしれないです」
「2人とも真面目すぎるよ!超心配ー…!
困ったら、お兄さんを頼っていいんだよっ。出来る限り手伝っちゃうから。ね?ね?」
「えっ……ありがとう…」
どちらかといえば、シェリアク、お前は原因側だよ…。
あまりの自覚のなさに、嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったが、
咄嗟に出た言葉はなぜか感謝。会話の難しさを痛感した。
脱線しながらも薬の運用と入手先について、まとめ上げる。
早い段階でわかって解決策を出せて、本当に良かった。
人間関係で崩壊の次が、金銭問題で崩壊なんて、たまったもんじゃない。
鼻歌まじりにサラサラと文章を書き上げていくシェリアク。
そうして出来上がったものに片っ端から目を通す。
「筆の進みが早いのは良いことだけど。
思います、とかそういう感想めいたことは書くなって
何度も注意してるだろう」
「あっははっ。副団長くんが直してくれるからマジ助かるーっ」
わざわざ俺を呼び止めたのは、まさか手直しをさせるため…?
紙面上の言葉遣いはさておき、内容は今までみた中で一番しっかりした備品運用の報告書だ。
数字を用いた箇所には図面が添えられ、わかりやすく書かれている。
団長の資金や備品などの管理は、大分ざっくりしていた。
書類なんかは一切作ろうとせず資金は度々不気味な動きをしていた。
不明瞭な出費があったかと思えば、突然、莫大な金額が増えたりする。
給料の未払いや不足は起きなかったけれど、気になって一度だけ尋ねた。
「知りたいか。君が望むのであれば教えよう」
無機質な声と、どこを見ているのかわからない暗い目に尻込みして、
結局なにも聞けずじまい。
いつか、いずれ。……機会があれば、聞こう。
裏方に徹し、仕入れをかって出てくれているセイリオスも中々に癖があった。
人里離れた北の果てで、教会の管理をしていたという彼は王都に来てすぐの頃
円形の金貨に驚いてはしゃいでいたくらいだ。
田舎から出てきた俺からしても、かなり浮世離れしていた。
「世の流れは目まぐるしいですね。昔は値段なんてついていませんでしたよ」
いつの時代と比べているかわからない事を言っては
新しい物を仕入れようとする際、遅疑もよくあった。
あの渋り方は爺ちゃんを思い出す。
「そういえば、今回の補給……いつもと違ったな」
この村で初めて使った検査キットが、早速仕入れられており、
輸送費を入れた計算をしても、いつもより出費が抑えられていた。
「ああー、セイちゃん調子悪そうだったから、代わりに仕入れたんだよ」
「シェリアクがやってくれたのか。自分から…と言ってたのはコレも含めてだよな」
やば、報告してなかったっけ。という呟きはあえて聞かなかった事にした。
力の使用で倒れて報告どころではなかったのだろう。
すぐ回復したし、数日経ってるわけだが。
彼は他の団員と違い、気づくとちゃんと反省してくれる。
問題は、咎めた後。落ち込まれる方が面倒であった。
可哀想な犬みたいな目をして罪悪感を煽り、こちらが謝ってしまう流れを作りだす。
あの団長ですら、何度も揺らがせて、楽器の所持や演奏の許可を得ているのだから、末恐ろしい。
「そうそう!含めてる!ちゃんと団長に許可も取ってるよ。
王都にいた時はめっちゃ拒否されたんだけど…力の使用も今回はすんなりお墨付きっ」
潤沢とは言い難い資金。
出費を抑えることを念頭に、新しい品も取り入れられる、彼に少しでも頼めたら。
戻されてしまう前の遠征は、もしも何かがあったらと考えて闇雲に切り詰めていた。
自分が苦ではないから団員もそうであろうと息抜きもさせず、結果的に最悪が起きた。
せめて助言を貰うことができれば、……何か変わるのでは。
「……シェリアク…さっき、なんでも手伝うって言ってたよな」
「な、なんでもとは言ってないんだけど。ナチュラル歪曲やば……。で、なになに?」
意気込むあまり前のめりになってしまった。若干ひいた表情を見せてはいるが聞いてくれるようで、
少し深呼吸してから話を続ける。
「備品の管理と補給、手伝ってくれないか?
団長や、今までやってくれてたセイリオスとも話し合う必要もあるし、
やるからには負担になってしまう。今すぐにとは言わない。けど、」
「副団長くん、ちょい落ち着きなって。オレでよければお安いご用!
2人の意見は、……次の村について、から……かなっ」
シェリアクの視線を追うと、広場にむいていた。
村長と団長は、酒の飲み過ぎのせいか盛大に机に突っ伏し、
婦人とアルテルフに酷く呆れられていた。
セイリオスは村人たちと何やら料理をしていて、団員達はネオン少年と楽しげに談笑している。
騒がしいけれど、誰も争うことのない…今まで見たことのない光景だ。
(監視……忘れてた)
レウスは相変わらず早く寝ているんだろうか。
日が上ると同時に目を覚まし暗くなるとすぐ寝る。
子どもか老人か、あるいは獣のようなヤツだ。
カタンという音が聞こえ、そちらを見るとユーノがうつらうつらと、微睡んでいた。
「そろそろお開きにしようか。今日は、次の場所に向かう準備もあって疲れちゃったよね?」
「あっ。ごめんなさい…僕のやったことなのに……まとめて貰って…」
「いいよ、いいよー。こういうの、やりたかったっていうのもあるしっ」
「俺がほとんどまとめたけどな」
「副団長くんっ一言多い男はモテないよーっ!」
「仕事に専念できて結構」
うっわー…と哀れむ声は無視だ、無視。
草の生い茂る道は、大蛇がいなくなったとはいえ、相変わらず蛇は生息している。
「ユーノ。宿まで一緒に行こう」
声をかけると、楽器を取りにいかなければ、と、シェリアクもついてきた。
途中、眠気に耐えきれず足元のおぼつかなくなったユーノを
シェリアクが手慣れた様子で背負う。
「慣れてるんだな?」
「まあねっ。夜働いてる女の子たちの家に泊めてもらうと、結構な確率で小さい子とか居てさ。
一緒に過ごすことが多かったから……うっわ、なに、顔、怖」
「子供の面倒を見るのは大変だし手伝うのは良いことだ。
団員の日常生活にあれやこれ言う気はないよ。ヒモも才能だもんな…」
「あれ?言わなかったっけ?オレは今も昔も吟遊詩人だよっ」
人懐っこい笑みをこぼしながら、段々と力の抜けていくユーノを、
あやすように背負い直す。本当に慣れている…。
「……女の人の家を、渡り歩いていたんだろ?」
「うん。でも、ヒモじゃないよ。泊まる場所に困ってたら、
うちにおいでって言ってくれる子が、偶然全員女の子で、
いる間、家の事をする代わりにお小遣いをくれてただけ」
キッパリと言い切られてしまった。
俺が知らないだけで世間では、そういうのはヒモとは呼ばないのか。
家事代行…?けど、女の人ばっかり狙って…。
いや待てよ、おいで、と持ちかけられているわけで。
もう何が何やら、わからない。
話しているうちに、ユーノが起きてしまった。
「ヒモって……なんですか……」
「なんだろう、俺にもよくわからなくなった……」
「わぁ…難しい問題なんですね……一緒に、かんがえましょう……ね…」
そればっかりは一緒に考えたくないな…。
宿に着く頃にはシェリアクの背中で安心したようにスヤスヤと寝息を立て始め、
そっとベッドに寝かせた。
まとめた資料の再確認をしようと、部屋に戻る途中、
楽器を持ったシェリアクに呼び止められる。
「副団長くんっ。オレこれらか歌うんだけど、もちろん来るよねっ」
「いや、これから再確認しようと思って」
「さっきも散々訂正してたじゃん!?団長はそんな読み込まないって!
ほら、息抜き大事っ」
「う…そうだな」
広場までついて行き、箱を並べただけの簡易的な演台に立つシェリアクが、
こちらにニコリと笑いかけた。
誰も彼を見ていない中、堂々と場に立ち、声をあげる。
その場にいたのは、歌うことを生業にしている吟遊詩人であった。
「この曲は、村長さんが名づけてくださいました!聞いてください。
沼地清掃、一回につき割引券一枚交付!」
宴もたけなわ、徐々に落ち着いていた広場が妙な題名にざわつき、注目した。
キャッチーな音で沼地清掃の参加を呼びかけたかと思えば、
次の曲では近隣の村で行われる安売りの日を伝えた。
「ありがとうございました!明日から1週間!
今、出てきた店で、啓示者シェリアクの曲を聞いたと言えば、なんと!
薬草類が3割引で買えます!皆さんのご来店、心よりお待ちしておりまーすっ!」
演台から降りると、いつの間にか手に持っているチラシを集まった人々に配り始めていた。
備品を安く仕入れられたのは宣伝費を含めて。
啓示者の箔が、こういった場で使われるとは思いもしなかった。
騒動が収束してからも、村の外へ出ることをためらっていた村人たちが
明日、どこで買い物をしようか?と嬉しそうにチラシを見ている。
神によって選ばれし啓示者。という箔。
安売りのための道具にされてしまったというのに、不思議と悪い気はしない。
祝賀会は無事終わり、明日に備えて皆が眠りにつこうと宿に戻る。
「毎月3日は薬草の日…沼の清掃は週…に…一度……う……ぐ」
曲が頭から離れず、その晩、うなされた。
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そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
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敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
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状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
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