21 / 35
過去
スバル
しおりを挟む
「あっ、今の!花火かな?どーんっぱーんって音がしたっ」
「したした!見にいきたーい!」
神社の一角に建てられた小屋に、幼い子供達が集まり文字の練習をしていた。
崖と深い森に囲まれた、陸の孤島と通称される小さな集落は、
働き手が足りておらず大人たちは野良仕事や狩猟などを担い、
ある程度育った子供が下の子の面倒を見ることで、どうにか成り立っていた。
この集落で一番年が上の少年が、幼い子供達の世話を焼いている。
「みんな、まだ勉強中だろ。爺ちゃんたちが猟にでるって昨日言ってたし、猟銃の音だよ」
子供達の集中力は切れてしまい、筆記帳は途中で止まってしまっていた。
「わかった。おやつ抜きになっていい人だけ、見に行っていい」
「やだぁ!おやつたべたいっ」
一斉に駄々をこねる子供達を少年は慣れた様子で諌める。
「あはははっ。じゃあ、頑張らないと」
「にいちゃん、雨ふってきてる!」
「セイタ?集中」
「はーい…」
集中と言いながらも不思議な天候は気になっていた。
窓をちらりと見ると、明るく晴れているにも関わらず、
雨がザーザーと降っている。
(爺ちゃんは今頃きっとずぶ濡れだ。一旦戻って風呂を沸かしにいかないと)
雨は勉強の時間が終わっても降り続けている。狐雨はすぐに止むものなのに不思議だ。
おやつと、てるてる坊主作りに夢中で外に出たがる子はいない。
「ちょっと家に戻るよ。みんなは雨が止むまで部屋にいるんだぞ」
「うんっ、いってらっしゃいっ」
備え付けの傘を差し、家に向かおうと外に出ると神主の婆ちゃんが倒れていた。
「どうしたの!?」
濡れた冷たい石畳の上で身動きが取れない婆ちゃんを、
とにかく小屋へ連れて行こうとすると首を振り、か細い声で行き先を告げた。
「本殿へ…運んでおくれ……」
腰の曲がってきた婆ちゃんは俺よりも小さくて、どうにかおぶることができた。
普段立ち寄ることのない本殿に向かい、部屋の中で婆ちゃんをおろすと、
這うようにご本尊に近づき、難しい言葉を沢山言いながら祈る。
あたりが暗くなりもっと雨が降ると婆ちゃんは、手を握り締め悔しそうに呟く。
「…なんと愚かでむごい……。雨で清めても、もはや手遅れ……」
「婆ちゃん……」
「スバル、お前はあれで濡れていないかい…?子供らは…」
「傘を差してたから大丈夫だよ。みんなは小屋にいる」
婆ちゃんを運ぶ時、本当は少し濡れてしまったけど、あれくらいなら風邪はひかない。
「もうじき、雨が止む。……スバルも小屋にいなさい。おやつは戸棚に余分があるから」
婆ちゃんの言う通りに雨は止んだ。
大人達が小屋の近くの広場に集まって難しそうな顔をして、話をしているのを
子供達と窓からみる。
「ねえ兄ちゃん。お父ちゃんたち、なにはなしてるのかな」
「きっと大切な話をしているんだよ。邪魔しないように、ここに居ような」
「うんっ」
大人達は俯きながら婆ちゃんのいる、本殿へと向かった。
次の日、婆ちゃんは亡くなった。
雨にうたれて体を冷やしてしまったから、らしい。
大人はみんなそう言ってる。
俺はおやつを食べちゃいけないことになっているのに、
みんなが帰ったあとに、いつも、こっそりくれる優しい婆ちゃん。
昨日だって、あんなに大変だったのに、おやつを用意してくれた。
爺ちゃんは、ずっと、うつむいている。
葬式は開かず、爺ちゃんと2人で山の奥に婆ちゃんを埋めに行く。
子供は埋葬の儀式に立ち入ってはならないと言われていたが、俺は呼ばれた。
「スバル…。ちゃんと還し方を覚えておくんだぞ」
「婆ちゃんを……ここへ、入れるの?」
爺ちゃんと一緒に掘った、大人がすっぽり入る程度の穴が、途端に深い奈落に見えた。
必要なことだとわかっている。
お山に還さないと、人は腐って、毒になる……。
わかっていることなのに、足がすくむ。
「大丈夫、ずっと昔から繰り返してきたことだ。
お前の父さんも………母さんも。
こうしてみんなを山に還してたんだよ」
父さんも母さんも村で誰かが亡くなると山に還しに行っていた。
集落中から拝まれて感謝されて、小さい頃はかっこいいと本当に思っていた。
崖崩れで亡くなった父さんを母さんが山に還しに行って、
それから母さんは、父さんの名前を呼び続けた。
泣いて、泣いてしばらくして、動かなくなった。
動かなくなった母さんはとても重くて、子供の俺では山の奥へと運べなかった。
爺ちゃんが集落に戻ってくるまで、母さんは、そのまま。
誰も山にこない。
母さんが死んだことも、誰も知らなかったから。
仕方がなかったんだ。
それとも本当は、この奈落を見たくなかっただけなのかな……。
婆ちゃんの入った棺を埋めて手を合わせる。
土で汚れた手を手拭いで拭き、爺ちゃんは何も言わずに俺の頭を撫でた。
それから集落中の大人達が次々に倒れて行った。
爺ちゃんと手分けして遺体を山へ運んでいく。
「おかあさんを連れてかないで!やめて!」
「ユキ。山に還さないと穢れになってしまうんだ。おばちゃんをそんな風にしたくないだろ」
「そんなのしらない!やめて!兄ちゃん……!」
一生懸命、字を書いていた小さい手を振り払って、おばちゃんを棺にいれる。
荷台に乗せて、休みながら背負って、何度もそれを繰り返す。
死体をそのまま放置していると、ドロドロになって生きている人間の毒になる。
集落に戻ると子供達から睨まれた。
動ける者が俺と爺ちゃんしか居ないから仕方ない。
「…昔馴染みに文を出した…きっとくるから…大丈夫」
集落中の大人を全員還すと爺ちゃんは倒れた。
布団をかけても火鉢を近くに寄せても、温かくならないどころか冷たくなっていった。
シワシワだけど日焼けして力強かった爺ちゃんが、だんだんと白っぽく変わっていく。
「爺ちゃん…」
「……俺のせいだ…。壊れていくツヅミから目を逸らして……。
こんな場所にお前を置いていった…。恨んでいいんだ…スバル…。
俺を…集落の奴らを怨んでいい…。お前なら隣村にいける、街で生き延びられる……。
もう出て行っていい…」
「爺ちゃん。仕方がなかったんだよ。だから……俺は、誰も恨みもしない、憎みもしない」
「スバル……」
爺ちゃんを棺に入れて、荷台に乗せる。
荷台が入れない場所へは、背負って運ぶ。
そうやって山へ還す自分を、自分が見ている。
ふわふわとしていて変な感覚だ。
集落へ帰ると相変わらず子供たちは睨んできたが、もうここに大人はいない。
「みんな、腹が減ったろ?ご飯食べよう」
「………」
俺に頼る他ない子供達は、無言で俺の用意したご飯を食べる。
家にいるのが耐えられなくて山から降りて、神社の小屋で寝泊まりしていると、
みんなもそうなのか、集まって寝た。
大人達が用意していた保存食はひと冬を越しても、まだ余る。
家はどこも片付いており、まるで死ぬのがわかっていたかのようだ。
何日か過ぎると子供達は徐々に喋りだし、手伝いをしてくれるようになった。
生活に慣れていったある日。
「お兄ちゃん!誰か来たよ!」
ゆったりとした黒い服を身に纏った、黄金色の髪をフワリとたなびかせる丸みを帯びた女性。
深く被った笠から銀の一つ結びを垂らした、行商人の格好をした線の細い男性がやってきた。
見たことのない風貌。見たことのない大人。
「ムツラさんに呼ばれてやってきたのですが。どなたかいらっしゃいますか?」
「…ムツラは俺の…祖父です。…もう、ここにはいません」
「そうなのですね…私たちは頼まれて、お世話をしにやってきたのです」
「お世話……」
子供達は久しぶりにみかける、本物の大人に駆け寄って行った。
(ああ、もう俺はいらないんだ)
そう思った瞬間、意識が途切れた。
もふもふの良い香りの物に撫でられて、くすぐったくて目を開ける。
黄金色の毛と綺麗な目をしたでかい狐に膝枕をされて撫でられていた。
「狐のおばけ…」
「あら、お化けだなんて。やですよ、スバルさん。
いきなり倒れてしまうんですから驚きました。疲れているのですね」
「誰…」
「ムツラさんに呼ばれて、みなさんのお世話に来ました。導師のブルぺキュラです。
スバルさん、ひとつお伺いしても良いでしょうか」
「ぶる、きゅ…?…なんでしょうか…」
「あなたは成人の遺体を山へ運ぶほどの体力があると聞きました。
何故、逃げなかったのですか?ここを放棄して1人で隣村までいけたでしょう?」
「逃げるって、なんで逃げるの」
逃げられないだろう。
撫でながらそう尋ねてくる女性に俺は何も答えられない。
陽だまりのような眼差しを向けてくるのが怖かった。
扉が開くと線の細い男が呆れた様子でこちらへやってきた。
「導師。起きがけの子供相手に何してるの。悪趣味だぞ」
「こういう子は初めてなものですから、純粋に知りたかったのです。
驚かしてしまったのなら、ごめんなさいね」
「にいちゃん!おきた!導師様っ。にいちゃん、もう、へいき?」
男の足元にくっついていたリンが駆け寄ってくる。
恥ずかしがり屋で人見知りなのに、随分と2人に懐いているようだった。
「あら、リンさん。スバルさんはまだ疲れていますから、優しくしてあげてくださいね」
「うんっ。みんなにもおしえてあげなきゃっ」
リンは俺が目覚めた事を他の子たちに伝えるため、元気よく走って出ていく。
部屋の外から以前と変わらない明るい声が響いている。
導師様の面妖な姿に困惑していると、視線に気付いたのか説明をしてくれた。
「私の故郷ではこのような姿の者は珍しくないのです。
ですが……お嫌でしたら、別の姿に変わりますよ」
しゅんと耳を伏せる導師様の姿に恐ろしさは一切感じられない。
「……領土から出た事ないから、知らなかった……。
えっと、導師様……が好きな姿でいいと思います」
「ふふ、優しい子なのですね。スバルさんは」
ふわふわとした手で頭を撫でられるたび、あたりに良い香りが漂う。
集落の大人の手はガサガサでカチカチだった。
導師様を名乗るこの人は、柔らかくて良いにおい。
まるで木蓮の花びらのようだ。
ぼうっと撫でられていると、線の細い男がため息混じりにつぶやいた。
「………そういう所が化狐っていわれる所為じゃないの?」
「ユリウス、良いではないですか。いずれにせよ慣れて貰わねばならないのですから」
奇妙な2人を迎え入れた集落での生活が始まった。
導師様やユリウスは集落以外の世界の話をしてくれる。
海と言うしょっぱい大きな池や、きな粉みたいなサラサラの砂の土地。
雪が降りつもる真っ白な森、夜も昼みたいに明るい街。
集落の大人達に外の世界の事を聞くと皆、嫌な顔をしたし、爺ちゃんも聞くと困っていた。
凄すぎて説明できなかったのかもしれない。
2人は本や絵葉書を使って丁寧に教えてくれる。
お礼に集落での暮らしや、周囲で採れる食べ物なんかを教えていると、
子供達が以前のように寄ってきてくれた。
「そうか、スバルが教え上手なのは先生をしてたからなんだね」
「…?」
「街や村には学校っていう文字や勉強を教える施設があるんだ。
みんなに教える人が、先生って呼ばれているんだよ」
「にいちゃんは、せんせい、ってこと?」
「そうですねぇ。スバルさんは先生。皆さんは生徒という感じでしょうか」
「兄ちゃん先生だねっ」
「ははっ、なんだそりゃ」
睨みつけていたことなんて忘れて笑顔を向けてくる子供達に、
上手く笑顔を返せているだろうか。優しい兄ちゃんでいられているだろうか。
ユリウスは行商から帰るたび沢山の本やお菓子を持ってきてくれた。
お金はないと言うと、置かせて貰っているからコレぐらいは当然だ、と言う。
導師様もユリウスもいい人だ。
だけど、人の心は簡単に変わるし、明日どうなるかなんてわからない。
こんな見窄らしい集落、外の世界から来た2人はいつだって見限れる。
崖道を越えて、森の獣を避けて、1日かけないと街道に出られない。
村や街に行くにはもう1日。
みんなが安全に外の世界へ行くにはどうすればいいんだ?
本を読んでとせがみ、目の前のことに一生懸命な、大切なきょうだい達。
(この子たちは、まだ、山を越えられない。……集落を良い場所にしないと。
そうしないと、みんな死んでしまう。そうしないと俺は)
別の領土の文字、異国の文字を導師様やユリウスから学んでいると
街には手紙を書く仕事があると知った。良くするためには稼がなくてはならない。
ユリウスは働くにはまだ早いと言ったが、なんとか説得して街へと出ると
郵便局の近くに2畳程の小屋を借りてくれていた。
東の領土は、よく天候が変わるから屋根のある場所は凄く助かる。
文字に工夫をしたり、紙に細工を施したり、
色々な方法を試していると客が段々増えてきた。
家族に向けた手紙を書いていると、集落のみんなの顔が浮かんだ。
その中には何故か導師様もユリウスもいる。
……居たくなかった。
好きだと思い込もうとするたびに何もかもが嫌いになる、あの場所に。
だけど捨てる勇気もなく、働く事を言い訳に人の力を借りて街へ逃げた。
それに気づいたのは、週に一度、帰るのが楽しみになってからだ。
夜になりそろそろ店を閉めようか考えていた時のこと。
「いいかしら?これを出したいのだけれど」
「すみません、ここでは代筆業務のみを行なっています。郵便局はあちらです」
頭巾を深く被った少女が驚いたような顔でこちらを見つめる。
俺とはじめて会話する大人が向けてくる視線。
変わった生き物を見たような、そういう目だ。子供からは初めてだけど。
「ユリウスという男を知っていますね。これを直接渡して欲しいのです」
「……どこかでお会いしましたか?」
「いいえ、初めて会いました。私が一方的に認識していたにすぎません。
あなたの事は…スバルの事はこの眼で見ておきたかったのです」
(変な子……。でも、この子は俺に興味がある?)
名前を呼ばれて顔が熱くなった。
「ふふっ、やっと子供らしい顔をしましたね」
少女は大人のような不思議な笑みを浮かべるが、自分と同じくらいの背丈。
道を尋ねに来る婦人のような品の良さを漂わせ、黒髪は艶やか。なのに、ボロを着ていて。
チグハグだ。
「君だって、子供…じゃないか」
「あなたには私がそう見えるのですね。どこか身体の調子が悪いなんてことありませんか」
ずいっと寄ってくる少女に驚いて視線を思わず外してしまう。
「これっぽちも悪くないけど」
「本当に、耐性が………」
話の最中、遠くからガシャリ、と重い金属が落ちたような音が聞こえた。
余裕のある少女の顔から、サッと血の気が引き、焦るように喋りが早くなり、
一方的に伝えてくる。
「スバル、王都はあなたを破綻のきっかけに呼び寄せる。
未熟なあなたの失態を、領土の失態へと転換する。
東の領土が陥落すれば最後……。私はそれを望みません」
「王都……?さっきからなんなの。俺は集落のことで手一杯なんだ。
いっとくけど、入信する余裕も金もない。冷やかしなら帰ってくれ」
「元を断たねば悲劇は繰り返される。望まずとも、あなたには継いでもらう」
奇妙な少女は不気味なことを言って小包と二重の封筒、そして金貨を置いて出て行った。
「失礼するよ。少し尋ねたい事があるんだが、この手配書の人物を見かけなかったかい」
今度はがちゃがちゃと物々しい防具を着込んだ男たちがやってきて、
身だしなみの整った黒髪の女性が描かれた手配者を見せてきた。
「?いえ…」
「見かけたら門にいる警備兵に伝えてくれ。危険だから近づいてはいけないよ」
「魔女め。最期に母親の故郷をみたいなんていうから連れてきてやったのに。
あの親父も騙され続けやがって。結局、我々が処分に駆り出される」
「侮辱にあたりますよ。言ったじゃないですか、あれは人間の皮を被った魔物だと。
身を守るため人のように振る舞うのは常套手段です」
去り際に聞こえた男たちの会話の内容は物騒で恐ろしかった。
一方的とはいえ対価を受け取ってしまった以上、仕事はしなければならない。
集落へ一旦戻る事にした。
渡された小包と怪しげな封筒をユリウスに見せると
いつものヘラヘラとした笑顔が途端に青ざめ硬直した。
「ユリウス、大丈夫?」
「あ、ああ。あっはは。平気だよ。2つとも預かっていいかな?」
「うん…」
「…ありがとう。せっかく帰ってきたんだからさ、ゆっくりしなよ。
今日は、お手伝い禁止の日だ」
「何か隠してるんでしょ」
「今は…ちょっと……ごめんね」
暗い表情で無理矢理、笑顔を作るユリウスを、それ以上問い詰めることはできなかった。
その日の夜は、淡い月の明かりが辺りを照らす、穏やかなものだった。
子供たちは寝静まっている。
いつも寝顔を確認しにくる導師様とユリウスが来なかった。
不思議に思い、2人を探しているとユリウスの部屋に灯りがついていて、声が聞こえた。
度々俺の名前があがっていて気になり部屋をこっそりと覗く。
「ここは通しません。後戻りできなくなります」
導師様の後ろ姿が見えた。小瓶を持つユリウスの前に立ち塞がっている。
いつもは、もふもふの尻尾の毛が逆立っていた。
「導師。僕がなんでここに来たのか、忘れたの?
ムツラだったのがスバルにかわるだけ……結局、やることに変わりはない」
ユリウスの声だということが一瞬わからなかった。
怒っているような、悲しんでいるような、聞いたことのない声色。
大声を出しているわけでもないのに、凄く怖い。
「何があなた達をそこまで駆り立てるのですか」
「さあ。長生きの神子様にはわからないかもね。
……遠征で、この集落で起きたことを…繰り返させない為なら、何だってする。
生憎、僕は飲んでも意味がなかった。アイツもダメだった。
他人の人生を滅茶苦茶にする代物だとしても使うよ」
「スバルさんは、ここの子らは、もう他人ではない。
あなたもそう、感じているのでしょう」
「僕に家族を語らせる気か。悪趣味も程々にしておけよ」
「……わからないフリはもう良しなさい。
渡された時点で飲ませる事もできた。それをしなかった。
ユリウス。あなたの一番に想っていることを、蔑ろにしてまで行うことではない。
死者の念いに振り回されてはなりません」
「振り回されていたいんだ。そうでもしないと……正気を、保っていられない」
「……少し休みましょう。月も今日は穏やかです。ずっと眠れていないじゃないですか」
「ありがとう。だけど、もう、時間がない。
せいぜい怨み尽くされるよ。邪魔は……しないでほしいな」
護身用の飾りだと言っていた腰に携えた剣を、ユリウスは手慣れた様子で抜剣して、
ゆっくりと導師様に近づく。
思わず部屋に飛び込むと2人は驚いて固まった。
その隙をついて小瓶を奪いとる。
「どうして喧嘩するの…」
「スバルさん……っ喧嘩なんて、していませんよ。さぁ、こちらに小瓶を渡してください」
導師様は、いつものように、ふんわりと微笑んだ。
尻尾は相変わらず逆立っていた。
「……スバル」
揺れる声と疲れ切った目でユリウスは、こちらに近づいてくる。
「ユリウス…。うらむなんていやだよ……」
飲ませる。とさっき言っていた。中身は何かわからないが飲むものなんだ。
俺が勝手に飲んじゃえば、誰のせいにもならない。
キツくしめられた蓋を無理矢理こじ開けて、一気に飲み込む。
叫び声がしたかと思えば、暗闇の中に放り込まれていた。
手元も見えない一面の暗黒に、上下がわからなくなる。
口に広がる鉄臭い滑りと、吐き気が、生きていることを伝えていた。
『自ら飲んだのですね、思い切りが良くて結構』
澄んだ氷のような、女性とも子供とも思える不思議な声が響いた。
「ここ、どこ…」
『現世と常世の狭間。本来ならば生者は、けして踏み入る事のない場です。
狂うことがないのは、地獄に似た集落で育ったからでしょうね」
「…悪くいうのやめてよ」
『故郷というモノは良かれ悪かれ愛せざるを得ないモノ。
ところで、あなたには贄になってもらいたいのです。民を生かすという個人的な事情で』
「死ぬの…?」
『いいえ、私の願望が達成されるまで、あなたは死ねない』
「そっか…」
淡々とした声色で説明されているからだろうか。
惨いことを言われているのはわかるが、不思議と拒絶する気にはならなかった。
『東の領土の人間はどうして贄になる事に葛藤がないのでしょう』
「みんなのためになるなら良いことだよ。死んじゃうと、大変だし…」
『素晴らしい奴隷根性ですね。巫女達が早々に見初めた理由がわかりました。
あなたを啓示者に仕立て上げるために力を授けます。人が保てる限界までいくつか。
現れるものはせいぜい2つ。力に順応するまで最低1週間。
記憶が飛ぶほど苦しみ悶えますが、先程いった通り、あなたに死の救いは無い。
…自害はお勧めしませんよ』
「それだけは、絶対にしないって決めてるから」
『…スバル、』
声が一瞬だけ、血の通った人のように揺れた。
「どこかで…あった?」
名前を呼ぶ奇怪な存在は質問に応える気がないのか、暗闇から一方的に放り出された。
何も見えない。顔が凄い熱くて、声も出せない。
ユリウスと導師様の声、金属が僅かに擦れた時にでるカチャリという音が聞こえる。
小瓶の中身がまだ口にあるのか、相変わらず鉄臭かった。
目が覚めると本殿の一角にある治療部屋にいた。
父さんも母さんも生きてる時、忍び込んで怒られた事があったから良く覚えている。
結局、2週間。吐いて気絶を繰り返した。
飲まず食わずで、一体何を出していたんだろう。
(暗い場所で…誰かに、死なないって言われた気がする…。本当に生きてる…)
吐かなくなってから、導師様やユリウス以外にも子供達が世話を焼いてくれた。
おかげですぐ動けたし、以前よりも身体は軽い感じがする。
それから奇妙なことが起きて、2人に相談した。
「…いっちばん、スバルに合わなそうな力が出ちゃったね」
本殿に呼ばれて話をすると、ユリウスは腕を組み、考え込む。
「全然ダメってこと?」
「いいや。諜報用には、ずば抜けて優れてる。
ただ、スバルは…嘘をつくと目が動くし、どもるし、声が震える。
隠してると、動作がおかしくなる…。それ用には使えないな…」
「嘘は下手かもしれないけど…秘密をバラした事はないよ」
「情報は、そもそも握ってる事がバレちゃダメなの」
「へぇ、知らなかった」
能天気に感心していると2人は大きなため息をついた。
「以前使われたようにするのではなく、他に用途を考えればいいのですよ。
例えば道案内とか、ものを見つけるとか。遠くの人へ伝言…そういう良心的なものに」
「観光ガイドにでもさせる気かよ…。そっちの方がいいけどさ。
…スバルもそろそろ剣の扱いを覚えて良い年頃だよな。
しばらく僕が稽古つけるから、街の代筆屋さんは一旦店閉めだ」
「稽古?も頑張るし、代筆は続けられるよ」
「スバルさん。無理は禁物です」
「どっちもできる…!」
どっちもできる、どころか散々だった。
「ユリウス、ごめんね…」
「……僕の教え方が悪いんだと思うよ」
詳しくない俺からみても、ユリウスは物凄く剣の扱いに長けていて、
ヘラヘラした普段からは、想像できない程にキリッとしてて、先生って感じだった。
教えるのは絶対に下手ではない。
事実、カッコいいね!と、見物にきた子供達が数日で剣を扱えるようになっている。
「お兄ちゃんは、本を読んでくれるし、文字を書くのも上手だから…」
「だいじょうぶだよ!おれたちがまもってあげる!」
俺を打ち倒した子供達からの優しい気遣いに居た堪れなくなっていると、
導師様が助け舟を出してくれた。
「思うに…視界がひらけている分それを活用した方が良いのでは?
ちょうど連絡がつきましたから、訓練はそちらに任せましょう。
スバルさん、文字の書き方を教えてほしい子達がいるのです」
「いくらでも教えるけど…それがどう剣術に繋がるの?」
「生命的危機感は時に人を成長させる。スバルさんに最も足りないのはソレです。
南の領土の修道院へ行き、聖女候補生と生活を共にする…。
それだけで、心身共に鍛え上げられます」
「…やっぱり、スバルには早くないか?」
心配したような表情を浮かべるユリウスに、導師様は冷ややかな目を向ける。
その視線に何故だか俺もひやりとした。
別の領土に行かせるか否か。という事で揉めているのだろうか。
2人から教わった外の世界を見てみたい俺としては、格好の機会だった。
「遅いくらいですよ。純粋培養は危険すぎる。免疫は必要不可欠。
……過保護になりましたね」
「聖女候補生なんて猛獣、合わせたいヤツの気が知れないよ。
よりによって南の領土……。トラウマで不能にでもなったらどうするんだ」
「女は皆、猛獣です。牙を隠しているか、いないか。
はたまた抜かれてしまったか……。違いなぞ、その程度」
「その違いが大切なんじゃないか」
「ユリウス。一見くだらないことで、世界は破綻します。
思い違い、たった一言の不足、色恋沙汰で何度この地平が歪んだことか」
「神子自虐はやめろって。
色恋については、まったく化狐がよく言うよと、いわせていただくけどね。
ちょっと時間はかかるけど別の所だって手配できる。
いや……一番大事なことは。スバルがどうしたい、か……」
ユリウスは心配そうな表情を浮かべながらそういった。
俺のことをちゃんと見てくれて、意見もちゃんと、聞いてくれる。
「南の領土には海があるんだよね。……行ってみたい。あ、遊びじゃないのはわかってるよ!」
「ですって」
「……。……わかったよ…。ただし、途中まで送らせてくれ」
「良いでしょう。しっかりと、送り届けてください」
次の日、早速、南の領土へと旅にでた。
1週間以上かかる旅の荷物は、本で読んだ冒険家のようにズッシリしていて、
みんなに見送られると、本当に冒険家になった気分だった。
南の領土は暑いけど、カラッとしていて風が心地が良い。
常に何かの楽器の音がして、出店が並び祭りみたいで楽しげだ。
修道院へ行く前の日、ユリウスと海に行き、思い切り遊ばせてくれた。
「スバル、道中色んな人にあっただろう?」
「うん」
「世の中には色んな人がいるんだ。これから行く修道院はそれの一部。
全てじゃない。な?それだけは覚えておくんだぞ」
「うん……?」
街から離れた丘の上にポツンとある修道院は、
スベスベとした高い壁に囲まれて、絵葉書でみた城のように思えた。
塀の上には細工まであり窓枠はしっかりとした作りで豪華だ。
その壁は猛獣を解き放たないための頑強な檻であり、
細工は塀に乗り上げられないための有刺鉄線。入ってすぐにソレを知る。
「爺さん、婆さん、獣に子供…。アタシらは村に子種を届けなきゃなんねーんだよ!
机にかじらせようとする意味がわからないね!」
机に足を置いた聖女候補生が吼えた。…また、始まった。
授業を中断させるためだけの堂々巡りだ。
どうにか軌道修正するために、何度でも同じ事を言う。
「…文字が読めなければ、騙された事にすら気づけないんだぞ。
それに聖女として活動する際は契約書を作成するだろ?書類や手紙の扱いを心得て…」
「うるせー!童貞!ひっこめ!!」
「……子供を産んだあと、どうするんだ?教育せずに投げっぱなしか?
投げっぱなしにされた末に、みんなココに来たんだろう」
「っ私たちだって…わかってるし…」
「泣いても課題は減らないからな。授業の中断は、ここにいる時間を増やすだけだ」
「チッ。スバ公がよぉ…」
彼女たちは勉学の大切さを、誰よりも身に染みて理解している。
即物的でなければ生きていられない故郷を変えたくて、
住む土地を失い、放浪しないために聖女候補生として自ら修道院の門を叩いた。
(荒んだ環境のせいだ…環境が、良くなかったから…。
彼女たちの性根が腐っているわけじゃない。疑わない。けれど、信じてもいけない…)
修道院での日々は、それを自分に言い聞かせる事から始まった。
「ほっほ。堂に入って来ましたね。吊るされた時は、もうだめかと思いましたよ」
「……意外と頑丈だという事を知れて良かったです」
剣術や基礎を教えてもらう代わりに、聖女候補生に文字を教えていた。
3日目に狩猟の知識を持った生徒に罠を仕掛けられ吊るされた。
俺の前にいた先生は、その罠のせいで何箇所も骨を折って休職中だ。
骨を折られたのに……。
休職ということは復帰する気があるのだから凄い。
聖女候補生の中には化物染みた怪力を持つものや、俊足なものが何人もいた。
街へ子種を求め、定期的に逃げ出そうとする集団と渡り合う。
力を止むを得ず使っているうちに、目眩や吐き気はどうにか克服できたし、
見聞きできる範囲と距離、そして…滅茶苦茶嫌がられるという事がわかった。
剣術は司祭様が教えてくれる。
「真面目に打ち込まれて、素晴らしいですよ。流石は未来の騎士様。
その若さで啓示を受けたのも、きっと、その真摯さを見初められたのですね」
「どういうことですか……?」
「へ!?ブルペキュラ様の手紙に書かれていたので、てっきり……ご存じかと……」
俺の知らないところで、人生が、勝手に決まっていく。
贄になれと、どこかで言われた気がしたが、こういう事なのだろうか。
街に繰り出すことができないと知ると、元気の有り余った聖女候補生は
修道院の者達に手当たり次第、襲い掛かった。
聖職者であり経験豊富な彼らにヒラリとかわされ轟沈していく。
「あと50年若かったらなぁ。はっはっは」
そして、俺の元へまでやってきて、壁に追い込んでくる。
「よぉスバ公。ウチと遊ぼうや」
「…あと…50年…若かったら…」
「…っぷふ」
上手い言葉が浮かばず、先生が休憩時間に言っていた事を真似してどうにか断る。
(ちゃんと言い訳できなかったから、襲われてしまうのかもしれないな…)
危機感のような淡い期待のような、はじめての気持ちを抱きながら自室へ戻る途中、
聖女候補生たちが廊下で話していた。
やましいことは無いのに、なぜか咄嗟に隠れてしまった。
「ほら、言ったろ。スバ公は、見た目子供だけど、違うんだよ。
吊るされて骨おらねぇ、泣きべそひとつかかねぇの説明がつくじゃん」
(!?)
「ばっちゃんに聞いたかも…東の領土には、ヨーカイ?がいるって」
「っそれだよ!私、化狐の知り合いって時点で怪しいと思ってたっ」
「あいつ処刑されたはずの王族に連れて来られたって…先生たち噂してたよ」
「修道院って悪霊も獣も寄り付けないのに…。平気なんだ…」
「触らぬ何に祟なしってね。ウチ、祟りとか怖いから。イタズラやーめた」
噂好きの聖女候補生にあることないこと言われ、
結局俺は東の領土に住む妖怪として扱われるようになった。
誰からも、そういう目で見られないのは良いが、…腑に落ちない。
南の領土の気候は安定していて、一年中暖かい。
師走を3度迎えたが、常に走り回っていたせいで、実感がわかないまま、時が過ぎた。
聖女候補生の態度は日々改善していき、無事、聖女様として育つ。
修道院の人達は報われる瞬間が堪らなくて、
文字通り骨を何本折っても辞められないらしい。
そして、各々の故郷へと旅立って行く。
「スバ公。あんたが騎士様になったら、ウチのいる修道院に寄りなよ」
「考えておく」
「でたでた、東男の『考えておきます』。…じゃあね、スバル」
彼女はよく逃亡を謀っていたが、あれっきり誰も襲わず、
嫌っていた文字を誰よりも綺麗に書き上げるようになっていた。
休職した先生は無事に復帰して、役目の終わった俺は、南の修道院を後にした。
集落に足を踏み入れると、緑の香りが漂ってきた。
導師様や子ども達がやってくる。
「兄ちゃん!あっちの原っぱが、田んぼになったんだよ」
いない間に、随分と住み心地の良い場所に変わっている。
「おれ、おにぎり握れるんだ」
きょうだい達はしっかりとした足取りで出迎えてくれた。
手紙のやりとりはしていたし、文字の上達具合から
成長は把握しているつもりだった。
「にいちゃん、今日のご飯はご馳走だよ。楽しみにしててね」
実際に会ってみると、込み上げてくるものがある。
「みんな大きくなったなぁ」
「ふふ、スバルさんも。背が伸びましたね。
芯も通ったようで…これならば、食い物にされずにすみそうです」
皆で過ごして、夕食を終えた頃。
導師様から煌びやかな封筒を渡された。
啓示者として選ばれた証の紙。
俺の知らない誰かが、選んで、決めた、証明書。
知らないところで、全て決まる。
いつものことだ。
特に驚くこともない。
集落を出たがっていた時期の自分が、今の生活を見たら驚くだろう。
どこへ行っても、居ても、さして変わらないのだ。
帰って早々、息つく暇もなく王都へと向かう。
王都には生活するにあたって、厳格な階層が定められていた。
東にも南にも身分制度はあったが、村のまとめ役だとか、長老だとかそういうもの。
住む場所、関わるモノまでキッチリと決められてはいなかった。
上層に住う者たちは、身なりも言動も何かにつけて整い、
まさに絵に描いた人のようだ。
中層の人々は、平均的な人、らしい。平均が何を意味するのかよくわからない。
下層街と呼ばれる地域に住む人たちは、様々だ。
質素倹約でとっつき易かったが、偉い方々は気に入らないようだ。
通う前に下層街への出入りを制限されてしまう。
啓示を受けた身で、穢れと関わるのはよくないらしい。
下層の民の魂は穢れていて、そんな彼らを見放さず、
神は浄化のために試練を与えているとも説明してくれた。
城に住んでいるという彫刻のように素晴らしい顔立ちの案内係の方々に
俺も下層街の民と同様に、貧困に組みされていると伝えられた。
確かに貧しかったが、今は困っていない。
極端な意見だと気にせずにいると、同情され、次第に、無性に恥ずかしくなった。
生まれはどうにもできないのに。
どうにもできないことを、責め立てられる。
「あの、王都の神様は、どこに祀られているのでしょうか。
お参りしたいのですが」
「なっ……!御心に触れながらもなんと無礼な!東の領土の者はこれだから……!」
「こらこら。彼は故に、啓示を受けたのでしょう。
啓示を授けて下さった方こそが、唯一の神であらせられる。
偶像崇拝という無意味な行いなぞせずとも見守ってくださっているのです」
「はあ、なるほど」
「まったく!神に感謝なさい。
貴方は卑しく無知でありながら、抜け出す機会を与えられたのですから。
人々を害する魔物を退治することで、貴方はようやく人になれる」
魔物としめされたものは、俺には力強い獣にしか見えなかった。
人に害をなす獣が魔物。
王都の人間が考えることは独特で、不思議だ。
同じものであっても用途によって名称を変え、
無知は恥だと言いながら、疑問に思うことを良しとしない。
そういうものだ。と暗記することが尊ばれている。
馴染みのないことばかりで疲れるが、何にせよ、ちゃんと覚えないと貶される。
たったの2週間。
俺は世間知らずの恥者で、人かどうかすら危うい存在になってしまった。
世間知らずの恥者が、何故か王都騎士団、副団長という地位に就かされる。
破綻のため。
どこかで聞いた言葉が、つきまとう。
「そこにいらしたのですか。慎ましくって、わかりませんでしたよ」
(赤い髪、青、嫌味……目つきが悪い…)
「アルテルフ、か。どうした?」
地位を与えられてしまったからには、職務を全うしなければならない。
信用されるために、とにかく団員の特徴と名前を叩きこんだ。
「あなたより、団員達の年齢は上なんですよ。地位は、下でも」
「えっ、そうなのか」
じゃあ書類に記入しとけよ!と叫びたい所だったが、項目がそもそもなかった。
以降、王都の書類には延々と悩まされる。
団員たちの年齢はわかりにくい。
時に感情的で幼く、かと思えば老獪に建前を使い分ける。
嫌味ったらしくはあったが、アルテルフは比較的落ち着いて見えた。
彼は俺よりも年上。そう素直に思える。
「騎士団は、年功序列じゃありません。
とはいえ中には気にする者もいるでしょう。伝えておいた方が良いと思いまして。
訓練、楽しみにしてますよ。副団長様」
「教えてくれてありがとう。みんなのために、しっかりと励むよ」
アルテルフは、すれ違うかのようにコチラへと自然に寄ると、すっと耳打ちをする。
「役に立たなきゃ潰すからな…………」
地獄から這って出たかのような低い声で、
それだけ伝えると何事も無かったかのように、颯爽と去っていく。
真っ直ぐ伸びた背中は、まさしく騎士といった感じで凛々しい。
それを掻き消すような並々ならぬ憎悪。
思わずゾッとした。
(なんてヤツだ……。礼儀に厳しいのか、そうじゃないのか全くわからない…。
意地を張らずに、敬語にしておけばよかったのか……?
今更戻すのも格好悪いし……。ああ、失敗した……)
団員達は、キレるし憎むし妬む。面と向かって平気で人をこき下ろす。
俺が長年遠ざけていたことを容易く表に出していた。
憎悪を隠さないのは、どうかと思うけれど。
彼らは俺を人として見ている。
参考にしようとした歴代の騎士団資料は杜撰すぎる管理のせいで、
多くが消失しており、生き証人の団長は、えたいが知れず、近寄り難い。
書類の整理と資金集め、任務という名の雑務。
手探りで奔走する羽目になった。
「したした!見にいきたーい!」
神社の一角に建てられた小屋に、幼い子供達が集まり文字の練習をしていた。
崖と深い森に囲まれた、陸の孤島と通称される小さな集落は、
働き手が足りておらず大人たちは野良仕事や狩猟などを担い、
ある程度育った子供が下の子の面倒を見ることで、どうにか成り立っていた。
この集落で一番年が上の少年が、幼い子供達の世話を焼いている。
「みんな、まだ勉強中だろ。爺ちゃんたちが猟にでるって昨日言ってたし、猟銃の音だよ」
子供達の集中力は切れてしまい、筆記帳は途中で止まってしまっていた。
「わかった。おやつ抜きになっていい人だけ、見に行っていい」
「やだぁ!おやつたべたいっ」
一斉に駄々をこねる子供達を少年は慣れた様子で諌める。
「あはははっ。じゃあ、頑張らないと」
「にいちゃん、雨ふってきてる!」
「セイタ?集中」
「はーい…」
集中と言いながらも不思議な天候は気になっていた。
窓をちらりと見ると、明るく晴れているにも関わらず、
雨がザーザーと降っている。
(爺ちゃんは今頃きっとずぶ濡れだ。一旦戻って風呂を沸かしにいかないと)
雨は勉強の時間が終わっても降り続けている。狐雨はすぐに止むものなのに不思議だ。
おやつと、てるてる坊主作りに夢中で外に出たがる子はいない。
「ちょっと家に戻るよ。みんなは雨が止むまで部屋にいるんだぞ」
「うんっ、いってらっしゃいっ」
備え付けの傘を差し、家に向かおうと外に出ると神主の婆ちゃんが倒れていた。
「どうしたの!?」
濡れた冷たい石畳の上で身動きが取れない婆ちゃんを、
とにかく小屋へ連れて行こうとすると首を振り、か細い声で行き先を告げた。
「本殿へ…運んでおくれ……」
腰の曲がってきた婆ちゃんは俺よりも小さくて、どうにかおぶることができた。
普段立ち寄ることのない本殿に向かい、部屋の中で婆ちゃんをおろすと、
這うようにご本尊に近づき、難しい言葉を沢山言いながら祈る。
あたりが暗くなりもっと雨が降ると婆ちゃんは、手を握り締め悔しそうに呟く。
「…なんと愚かでむごい……。雨で清めても、もはや手遅れ……」
「婆ちゃん……」
「スバル、お前はあれで濡れていないかい…?子供らは…」
「傘を差してたから大丈夫だよ。みんなは小屋にいる」
婆ちゃんを運ぶ時、本当は少し濡れてしまったけど、あれくらいなら風邪はひかない。
「もうじき、雨が止む。……スバルも小屋にいなさい。おやつは戸棚に余分があるから」
婆ちゃんの言う通りに雨は止んだ。
大人達が小屋の近くの広場に集まって難しそうな顔をして、話をしているのを
子供達と窓からみる。
「ねえ兄ちゃん。お父ちゃんたち、なにはなしてるのかな」
「きっと大切な話をしているんだよ。邪魔しないように、ここに居ような」
「うんっ」
大人達は俯きながら婆ちゃんのいる、本殿へと向かった。
次の日、婆ちゃんは亡くなった。
雨にうたれて体を冷やしてしまったから、らしい。
大人はみんなそう言ってる。
俺はおやつを食べちゃいけないことになっているのに、
みんなが帰ったあとに、いつも、こっそりくれる優しい婆ちゃん。
昨日だって、あんなに大変だったのに、おやつを用意してくれた。
爺ちゃんは、ずっと、うつむいている。
葬式は開かず、爺ちゃんと2人で山の奥に婆ちゃんを埋めに行く。
子供は埋葬の儀式に立ち入ってはならないと言われていたが、俺は呼ばれた。
「スバル…。ちゃんと還し方を覚えておくんだぞ」
「婆ちゃんを……ここへ、入れるの?」
爺ちゃんと一緒に掘った、大人がすっぽり入る程度の穴が、途端に深い奈落に見えた。
必要なことだとわかっている。
お山に還さないと、人は腐って、毒になる……。
わかっていることなのに、足がすくむ。
「大丈夫、ずっと昔から繰り返してきたことだ。
お前の父さんも………母さんも。
こうしてみんなを山に還してたんだよ」
父さんも母さんも村で誰かが亡くなると山に還しに行っていた。
集落中から拝まれて感謝されて、小さい頃はかっこいいと本当に思っていた。
崖崩れで亡くなった父さんを母さんが山に還しに行って、
それから母さんは、父さんの名前を呼び続けた。
泣いて、泣いてしばらくして、動かなくなった。
動かなくなった母さんはとても重くて、子供の俺では山の奥へと運べなかった。
爺ちゃんが集落に戻ってくるまで、母さんは、そのまま。
誰も山にこない。
母さんが死んだことも、誰も知らなかったから。
仕方がなかったんだ。
それとも本当は、この奈落を見たくなかっただけなのかな……。
婆ちゃんの入った棺を埋めて手を合わせる。
土で汚れた手を手拭いで拭き、爺ちゃんは何も言わずに俺の頭を撫でた。
それから集落中の大人達が次々に倒れて行った。
爺ちゃんと手分けして遺体を山へ運んでいく。
「おかあさんを連れてかないで!やめて!」
「ユキ。山に還さないと穢れになってしまうんだ。おばちゃんをそんな風にしたくないだろ」
「そんなのしらない!やめて!兄ちゃん……!」
一生懸命、字を書いていた小さい手を振り払って、おばちゃんを棺にいれる。
荷台に乗せて、休みながら背負って、何度もそれを繰り返す。
死体をそのまま放置していると、ドロドロになって生きている人間の毒になる。
集落に戻ると子供達から睨まれた。
動ける者が俺と爺ちゃんしか居ないから仕方ない。
「…昔馴染みに文を出した…きっとくるから…大丈夫」
集落中の大人を全員還すと爺ちゃんは倒れた。
布団をかけても火鉢を近くに寄せても、温かくならないどころか冷たくなっていった。
シワシワだけど日焼けして力強かった爺ちゃんが、だんだんと白っぽく変わっていく。
「爺ちゃん…」
「……俺のせいだ…。壊れていくツヅミから目を逸らして……。
こんな場所にお前を置いていった…。恨んでいいんだ…スバル…。
俺を…集落の奴らを怨んでいい…。お前なら隣村にいける、街で生き延びられる……。
もう出て行っていい…」
「爺ちゃん。仕方がなかったんだよ。だから……俺は、誰も恨みもしない、憎みもしない」
「スバル……」
爺ちゃんを棺に入れて、荷台に乗せる。
荷台が入れない場所へは、背負って運ぶ。
そうやって山へ還す自分を、自分が見ている。
ふわふわとしていて変な感覚だ。
集落へ帰ると相変わらず子供たちは睨んできたが、もうここに大人はいない。
「みんな、腹が減ったろ?ご飯食べよう」
「………」
俺に頼る他ない子供達は、無言で俺の用意したご飯を食べる。
家にいるのが耐えられなくて山から降りて、神社の小屋で寝泊まりしていると、
みんなもそうなのか、集まって寝た。
大人達が用意していた保存食はひと冬を越しても、まだ余る。
家はどこも片付いており、まるで死ぬのがわかっていたかのようだ。
何日か過ぎると子供達は徐々に喋りだし、手伝いをしてくれるようになった。
生活に慣れていったある日。
「お兄ちゃん!誰か来たよ!」
ゆったりとした黒い服を身に纏った、黄金色の髪をフワリとたなびかせる丸みを帯びた女性。
深く被った笠から銀の一つ結びを垂らした、行商人の格好をした線の細い男性がやってきた。
見たことのない風貌。見たことのない大人。
「ムツラさんに呼ばれてやってきたのですが。どなたかいらっしゃいますか?」
「…ムツラは俺の…祖父です。…もう、ここにはいません」
「そうなのですね…私たちは頼まれて、お世話をしにやってきたのです」
「お世話……」
子供達は久しぶりにみかける、本物の大人に駆け寄って行った。
(ああ、もう俺はいらないんだ)
そう思った瞬間、意識が途切れた。
もふもふの良い香りの物に撫でられて、くすぐったくて目を開ける。
黄金色の毛と綺麗な目をしたでかい狐に膝枕をされて撫でられていた。
「狐のおばけ…」
「あら、お化けだなんて。やですよ、スバルさん。
いきなり倒れてしまうんですから驚きました。疲れているのですね」
「誰…」
「ムツラさんに呼ばれて、みなさんのお世話に来ました。導師のブルぺキュラです。
スバルさん、ひとつお伺いしても良いでしょうか」
「ぶる、きゅ…?…なんでしょうか…」
「あなたは成人の遺体を山へ運ぶほどの体力があると聞きました。
何故、逃げなかったのですか?ここを放棄して1人で隣村までいけたでしょう?」
「逃げるって、なんで逃げるの」
逃げられないだろう。
撫でながらそう尋ねてくる女性に俺は何も答えられない。
陽だまりのような眼差しを向けてくるのが怖かった。
扉が開くと線の細い男が呆れた様子でこちらへやってきた。
「導師。起きがけの子供相手に何してるの。悪趣味だぞ」
「こういう子は初めてなものですから、純粋に知りたかったのです。
驚かしてしまったのなら、ごめんなさいね」
「にいちゃん!おきた!導師様っ。にいちゃん、もう、へいき?」
男の足元にくっついていたリンが駆け寄ってくる。
恥ずかしがり屋で人見知りなのに、随分と2人に懐いているようだった。
「あら、リンさん。スバルさんはまだ疲れていますから、優しくしてあげてくださいね」
「うんっ。みんなにもおしえてあげなきゃっ」
リンは俺が目覚めた事を他の子たちに伝えるため、元気よく走って出ていく。
部屋の外から以前と変わらない明るい声が響いている。
導師様の面妖な姿に困惑していると、視線に気付いたのか説明をしてくれた。
「私の故郷ではこのような姿の者は珍しくないのです。
ですが……お嫌でしたら、別の姿に変わりますよ」
しゅんと耳を伏せる導師様の姿に恐ろしさは一切感じられない。
「……領土から出た事ないから、知らなかった……。
えっと、導師様……が好きな姿でいいと思います」
「ふふ、優しい子なのですね。スバルさんは」
ふわふわとした手で頭を撫でられるたび、あたりに良い香りが漂う。
集落の大人の手はガサガサでカチカチだった。
導師様を名乗るこの人は、柔らかくて良いにおい。
まるで木蓮の花びらのようだ。
ぼうっと撫でられていると、線の細い男がため息混じりにつぶやいた。
「………そういう所が化狐っていわれる所為じゃないの?」
「ユリウス、良いではないですか。いずれにせよ慣れて貰わねばならないのですから」
奇妙な2人を迎え入れた集落での生活が始まった。
導師様やユリウスは集落以外の世界の話をしてくれる。
海と言うしょっぱい大きな池や、きな粉みたいなサラサラの砂の土地。
雪が降りつもる真っ白な森、夜も昼みたいに明るい街。
集落の大人達に外の世界の事を聞くと皆、嫌な顔をしたし、爺ちゃんも聞くと困っていた。
凄すぎて説明できなかったのかもしれない。
2人は本や絵葉書を使って丁寧に教えてくれる。
お礼に集落での暮らしや、周囲で採れる食べ物なんかを教えていると、
子供達が以前のように寄ってきてくれた。
「そうか、スバルが教え上手なのは先生をしてたからなんだね」
「…?」
「街や村には学校っていう文字や勉強を教える施設があるんだ。
みんなに教える人が、先生って呼ばれているんだよ」
「にいちゃんは、せんせい、ってこと?」
「そうですねぇ。スバルさんは先生。皆さんは生徒という感じでしょうか」
「兄ちゃん先生だねっ」
「ははっ、なんだそりゃ」
睨みつけていたことなんて忘れて笑顔を向けてくる子供達に、
上手く笑顔を返せているだろうか。優しい兄ちゃんでいられているだろうか。
ユリウスは行商から帰るたび沢山の本やお菓子を持ってきてくれた。
お金はないと言うと、置かせて貰っているからコレぐらいは当然だ、と言う。
導師様もユリウスもいい人だ。
だけど、人の心は簡単に変わるし、明日どうなるかなんてわからない。
こんな見窄らしい集落、外の世界から来た2人はいつだって見限れる。
崖道を越えて、森の獣を避けて、1日かけないと街道に出られない。
村や街に行くにはもう1日。
みんなが安全に外の世界へ行くにはどうすればいいんだ?
本を読んでとせがみ、目の前のことに一生懸命な、大切なきょうだい達。
(この子たちは、まだ、山を越えられない。……集落を良い場所にしないと。
そうしないと、みんな死んでしまう。そうしないと俺は)
別の領土の文字、異国の文字を導師様やユリウスから学んでいると
街には手紙を書く仕事があると知った。良くするためには稼がなくてはならない。
ユリウスは働くにはまだ早いと言ったが、なんとか説得して街へと出ると
郵便局の近くに2畳程の小屋を借りてくれていた。
東の領土は、よく天候が変わるから屋根のある場所は凄く助かる。
文字に工夫をしたり、紙に細工を施したり、
色々な方法を試していると客が段々増えてきた。
家族に向けた手紙を書いていると、集落のみんなの顔が浮かんだ。
その中には何故か導師様もユリウスもいる。
……居たくなかった。
好きだと思い込もうとするたびに何もかもが嫌いになる、あの場所に。
だけど捨てる勇気もなく、働く事を言い訳に人の力を借りて街へ逃げた。
それに気づいたのは、週に一度、帰るのが楽しみになってからだ。
夜になりそろそろ店を閉めようか考えていた時のこと。
「いいかしら?これを出したいのだけれど」
「すみません、ここでは代筆業務のみを行なっています。郵便局はあちらです」
頭巾を深く被った少女が驚いたような顔でこちらを見つめる。
俺とはじめて会話する大人が向けてくる視線。
変わった生き物を見たような、そういう目だ。子供からは初めてだけど。
「ユリウスという男を知っていますね。これを直接渡して欲しいのです」
「……どこかでお会いしましたか?」
「いいえ、初めて会いました。私が一方的に認識していたにすぎません。
あなたの事は…スバルの事はこの眼で見ておきたかったのです」
(変な子……。でも、この子は俺に興味がある?)
名前を呼ばれて顔が熱くなった。
「ふふっ、やっと子供らしい顔をしましたね」
少女は大人のような不思議な笑みを浮かべるが、自分と同じくらいの背丈。
道を尋ねに来る婦人のような品の良さを漂わせ、黒髪は艶やか。なのに、ボロを着ていて。
チグハグだ。
「君だって、子供…じゃないか」
「あなたには私がそう見えるのですね。どこか身体の調子が悪いなんてことありませんか」
ずいっと寄ってくる少女に驚いて視線を思わず外してしまう。
「これっぽちも悪くないけど」
「本当に、耐性が………」
話の最中、遠くからガシャリ、と重い金属が落ちたような音が聞こえた。
余裕のある少女の顔から、サッと血の気が引き、焦るように喋りが早くなり、
一方的に伝えてくる。
「スバル、王都はあなたを破綻のきっかけに呼び寄せる。
未熟なあなたの失態を、領土の失態へと転換する。
東の領土が陥落すれば最後……。私はそれを望みません」
「王都……?さっきからなんなの。俺は集落のことで手一杯なんだ。
いっとくけど、入信する余裕も金もない。冷やかしなら帰ってくれ」
「元を断たねば悲劇は繰り返される。望まずとも、あなたには継いでもらう」
奇妙な少女は不気味なことを言って小包と二重の封筒、そして金貨を置いて出て行った。
「失礼するよ。少し尋ねたい事があるんだが、この手配書の人物を見かけなかったかい」
今度はがちゃがちゃと物々しい防具を着込んだ男たちがやってきて、
身だしなみの整った黒髪の女性が描かれた手配者を見せてきた。
「?いえ…」
「見かけたら門にいる警備兵に伝えてくれ。危険だから近づいてはいけないよ」
「魔女め。最期に母親の故郷をみたいなんていうから連れてきてやったのに。
あの親父も騙され続けやがって。結局、我々が処分に駆り出される」
「侮辱にあたりますよ。言ったじゃないですか、あれは人間の皮を被った魔物だと。
身を守るため人のように振る舞うのは常套手段です」
去り際に聞こえた男たちの会話の内容は物騒で恐ろしかった。
一方的とはいえ対価を受け取ってしまった以上、仕事はしなければならない。
集落へ一旦戻る事にした。
渡された小包と怪しげな封筒をユリウスに見せると
いつものヘラヘラとした笑顔が途端に青ざめ硬直した。
「ユリウス、大丈夫?」
「あ、ああ。あっはは。平気だよ。2つとも預かっていいかな?」
「うん…」
「…ありがとう。せっかく帰ってきたんだからさ、ゆっくりしなよ。
今日は、お手伝い禁止の日だ」
「何か隠してるんでしょ」
「今は…ちょっと……ごめんね」
暗い表情で無理矢理、笑顔を作るユリウスを、それ以上問い詰めることはできなかった。
その日の夜は、淡い月の明かりが辺りを照らす、穏やかなものだった。
子供たちは寝静まっている。
いつも寝顔を確認しにくる導師様とユリウスが来なかった。
不思議に思い、2人を探しているとユリウスの部屋に灯りがついていて、声が聞こえた。
度々俺の名前があがっていて気になり部屋をこっそりと覗く。
「ここは通しません。後戻りできなくなります」
導師様の後ろ姿が見えた。小瓶を持つユリウスの前に立ち塞がっている。
いつもは、もふもふの尻尾の毛が逆立っていた。
「導師。僕がなんでここに来たのか、忘れたの?
ムツラだったのがスバルにかわるだけ……結局、やることに変わりはない」
ユリウスの声だということが一瞬わからなかった。
怒っているような、悲しんでいるような、聞いたことのない声色。
大声を出しているわけでもないのに、凄く怖い。
「何があなた達をそこまで駆り立てるのですか」
「さあ。長生きの神子様にはわからないかもね。
……遠征で、この集落で起きたことを…繰り返させない為なら、何だってする。
生憎、僕は飲んでも意味がなかった。アイツもダメだった。
他人の人生を滅茶苦茶にする代物だとしても使うよ」
「スバルさんは、ここの子らは、もう他人ではない。
あなたもそう、感じているのでしょう」
「僕に家族を語らせる気か。悪趣味も程々にしておけよ」
「……わからないフリはもう良しなさい。
渡された時点で飲ませる事もできた。それをしなかった。
ユリウス。あなたの一番に想っていることを、蔑ろにしてまで行うことではない。
死者の念いに振り回されてはなりません」
「振り回されていたいんだ。そうでもしないと……正気を、保っていられない」
「……少し休みましょう。月も今日は穏やかです。ずっと眠れていないじゃないですか」
「ありがとう。だけど、もう、時間がない。
せいぜい怨み尽くされるよ。邪魔は……しないでほしいな」
護身用の飾りだと言っていた腰に携えた剣を、ユリウスは手慣れた様子で抜剣して、
ゆっくりと導師様に近づく。
思わず部屋に飛び込むと2人は驚いて固まった。
その隙をついて小瓶を奪いとる。
「どうして喧嘩するの…」
「スバルさん……っ喧嘩なんて、していませんよ。さぁ、こちらに小瓶を渡してください」
導師様は、いつものように、ふんわりと微笑んだ。
尻尾は相変わらず逆立っていた。
「……スバル」
揺れる声と疲れ切った目でユリウスは、こちらに近づいてくる。
「ユリウス…。うらむなんていやだよ……」
飲ませる。とさっき言っていた。中身は何かわからないが飲むものなんだ。
俺が勝手に飲んじゃえば、誰のせいにもならない。
キツくしめられた蓋を無理矢理こじ開けて、一気に飲み込む。
叫び声がしたかと思えば、暗闇の中に放り込まれていた。
手元も見えない一面の暗黒に、上下がわからなくなる。
口に広がる鉄臭い滑りと、吐き気が、生きていることを伝えていた。
『自ら飲んだのですね、思い切りが良くて結構』
澄んだ氷のような、女性とも子供とも思える不思議な声が響いた。
「ここ、どこ…」
『現世と常世の狭間。本来ならば生者は、けして踏み入る事のない場です。
狂うことがないのは、地獄に似た集落で育ったからでしょうね」
「…悪くいうのやめてよ」
『故郷というモノは良かれ悪かれ愛せざるを得ないモノ。
ところで、あなたには贄になってもらいたいのです。民を生かすという個人的な事情で』
「死ぬの…?」
『いいえ、私の願望が達成されるまで、あなたは死ねない』
「そっか…」
淡々とした声色で説明されているからだろうか。
惨いことを言われているのはわかるが、不思議と拒絶する気にはならなかった。
『東の領土の人間はどうして贄になる事に葛藤がないのでしょう』
「みんなのためになるなら良いことだよ。死んじゃうと、大変だし…」
『素晴らしい奴隷根性ですね。巫女達が早々に見初めた理由がわかりました。
あなたを啓示者に仕立て上げるために力を授けます。人が保てる限界までいくつか。
現れるものはせいぜい2つ。力に順応するまで最低1週間。
記憶が飛ぶほど苦しみ悶えますが、先程いった通り、あなたに死の救いは無い。
…自害はお勧めしませんよ』
「それだけは、絶対にしないって決めてるから」
『…スバル、』
声が一瞬だけ、血の通った人のように揺れた。
「どこかで…あった?」
名前を呼ぶ奇怪な存在は質問に応える気がないのか、暗闇から一方的に放り出された。
何も見えない。顔が凄い熱くて、声も出せない。
ユリウスと導師様の声、金属が僅かに擦れた時にでるカチャリという音が聞こえる。
小瓶の中身がまだ口にあるのか、相変わらず鉄臭かった。
目が覚めると本殿の一角にある治療部屋にいた。
父さんも母さんも生きてる時、忍び込んで怒られた事があったから良く覚えている。
結局、2週間。吐いて気絶を繰り返した。
飲まず食わずで、一体何を出していたんだろう。
(暗い場所で…誰かに、死なないって言われた気がする…。本当に生きてる…)
吐かなくなってから、導師様やユリウス以外にも子供達が世話を焼いてくれた。
おかげですぐ動けたし、以前よりも身体は軽い感じがする。
それから奇妙なことが起きて、2人に相談した。
「…いっちばん、スバルに合わなそうな力が出ちゃったね」
本殿に呼ばれて話をすると、ユリウスは腕を組み、考え込む。
「全然ダメってこと?」
「いいや。諜報用には、ずば抜けて優れてる。
ただ、スバルは…嘘をつくと目が動くし、どもるし、声が震える。
隠してると、動作がおかしくなる…。それ用には使えないな…」
「嘘は下手かもしれないけど…秘密をバラした事はないよ」
「情報は、そもそも握ってる事がバレちゃダメなの」
「へぇ、知らなかった」
能天気に感心していると2人は大きなため息をついた。
「以前使われたようにするのではなく、他に用途を考えればいいのですよ。
例えば道案内とか、ものを見つけるとか。遠くの人へ伝言…そういう良心的なものに」
「観光ガイドにでもさせる気かよ…。そっちの方がいいけどさ。
…スバルもそろそろ剣の扱いを覚えて良い年頃だよな。
しばらく僕が稽古つけるから、街の代筆屋さんは一旦店閉めだ」
「稽古?も頑張るし、代筆は続けられるよ」
「スバルさん。無理は禁物です」
「どっちもできる…!」
どっちもできる、どころか散々だった。
「ユリウス、ごめんね…」
「……僕の教え方が悪いんだと思うよ」
詳しくない俺からみても、ユリウスは物凄く剣の扱いに長けていて、
ヘラヘラした普段からは、想像できない程にキリッとしてて、先生って感じだった。
教えるのは絶対に下手ではない。
事実、カッコいいね!と、見物にきた子供達が数日で剣を扱えるようになっている。
「お兄ちゃんは、本を読んでくれるし、文字を書くのも上手だから…」
「だいじょうぶだよ!おれたちがまもってあげる!」
俺を打ち倒した子供達からの優しい気遣いに居た堪れなくなっていると、
導師様が助け舟を出してくれた。
「思うに…視界がひらけている分それを活用した方が良いのでは?
ちょうど連絡がつきましたから、訓練はそちらに任せましょう。
スバルさん、文字の書き方を教えてほしい子達がいるのです」
「いくらでも教えるけど…それがどう剣術に繋がるの?」
「生命的危機感は時に人を成長させる。スバルさんに最も足りないのはソレです。
南の領土の修道院へ行き、聖女候補生と生活を共にする…。
それだけで、心身共に鍛え上げられます」
「…やっぱり、スバルには早くないか?」
心配したような表情を浮かべるユリウスに、導師様は冷ややかな目を向ける。
その視線に何故だか俺もひやりとした。
別の領土に行かせるか否か。という事で揉めているのだろうか。
2人から教わった外の世界を見てみたい俺としては、格好の機会だった。
「遅いくらいですよ。純粋培養は危険すぎる。免疫は必要不可欠。
……過保護になりましたね」
「聖女候補生なんて猛獣、合わせたいヤツの気が知れないよ。
よりによって南の領土……。トラウマで不能にでもなったらどうするんだ」
「女は皆、猛獣です。牙を隠しているか、いないか。
はたまた抜かれてしまったか……。違いなぞ、その程度」
「その違いが大切なんじゃないか」
「ユリウス。一見くだらないことで、世界は破綻します。
思い違い、たった一言の不足、色恋沙汰で何度この地平が歪んだことか」
「神子自虐はやめろって。
色恋については、まったく化狐がよく言うよと、いわせていただくけどね。
ちょっと時間はかかるけど別の所だって手配できる。
いや……一番大事なことは。スバルがどうしたい、か……」
ユリウスは心配そうな表情を浮かべながらそういった。
俺のことをちゃんと見てくれて、意見もちゃんと、聞いてくれる。
「南の領土には海があるんだよね。……行ってみたい。あ、遊びじゃないのはわかってるよ!」
「ですって」
「……。……わかったよ…。ただし、途中まで送らせてくれ」
「良いでしょう。しっかりと、送り届けてください」
次の日、早速、南の領土へと旅にでた。
1週間以上かかる旅の荷物は、本で読んだ冒険家のようにズッシリしていて、
みんなに見送られると、本当に冒険家になった気分だった。
南の領土は暑いけど、カラッとしていて風が心地が良い。
常に何かの楽器の音がして、出店が並び祭りみたいで楽しげだ。
修道院へ行く前の日、ユリウスと海に行き、思い切り遊ばせてくれた。
「スバル、道中色んな人にあっただろう?」
「うん」
「世の中には色んな人がいるんだ。これから行く修道院はそれの一部。
全てじゃない。な?それだけは覚えておくんだぞ」
「うん……?」
街から離れた丘の上にポツンとある修道院は、
スベスベとした高い壁に囲まれて、絵葉書でみた城のように思えた。
塀の上には細工まであり窓枠はしっかりとした作りで豪華だ。
その壁は猛獣を解き放たないための頑強な檻であり、
細工は塀に乗り上げられないための有刺鉄線。入ってすぐにソレを知る。
「爺さん、婆さん、獣に子供…。アタシらは村に子種を届けなきゃなんねーんだよ!
机にかじらせようとする意味がわからないね!」
机に足を置いた聖女候補生が吼えた。…また、始まった。
授業を中断させるためだけの堂々巡りだ。
どうにか軌道修正するために、何度でも同じ事を言う。
「…文字が読めなければ、騙された事にすら気づけないんだぞ。
それに聖女として活動する際は契約書を作成するだろ?書類や手紙の扱いを心得て…」
「うるせー!童貞!ひっこめ!!」
「……子供を産んだあと、どうするんだ?教育せずに投げっぱなしか?
投げっぱなしにされた末に、みんなココに来たんだろう」
「っ私たちだって…わかってるし…」
「泣いても課題は減らないからな。授業の中断は、ここにいる時間を増やすだけだ」
「チッ。スバ公がよぉ…」
彼女たちは勉学の大切さを、誰よりも身に染みて理解している。
即物的でなければ生きていられない故郷を変えたくて、
住む土地を失い、放浪しないために聖女候補生として自ら修道院の門を叩いた。
(荒んだ環境のせいだ…環境が、良くなかったから…。
彼女たちの性根が腐っているわけじゃない。疑わない。けれど、信じてもいけない…)
修道院での日々は、それを自分に言い聞かせる事から始まった。
「ほっほ。堂に入って来ましたね。吊るされた時は、もうだめかと思いましたよ」
「……意外と頑丈だという事を知れて良かったです」
剣術や基礎を教えてもらう代わりに、聖女候補生に文字を教えていた。
3日目に狩猟の知識を持った生徒に罠を仕掛けられ吊るされた。
俺の前にいた先生は、その罠のせいで何箇所も骨を折って休職中だ。
骨を折られたのに……。
休職ということは復帰する気があるのだから凄い。
聖女候補生の中には化物染みた怪力を持つものや、俊足なものが何人もいた。
街へ子種を求め、定期的に逃げ出そうとする集団と渡り合う。
力を止むを得ず使っているうちに、目眩や吐き気はどうにか克服できたし、
見聞きできる範囲と距離、そして…滅茶苦茶嫌がられるという事がわかった。
剣術は司祭様が教えてくれる。
「真面目に打ち込まれて、素晴らしいですよ。流石は未来の騎士様。
その若さで啓示を受けたのも、きっと、その真摯さを見初められたのですね」
「どういうことですか……?」
「へ!?ブルペキュラ様の手紙に書かれていたので、てっきり……ご存じかと……」
俺の知らないところで、人生が、勝手に決まっていく。
贄になれと、どこかで言われた気がしたが、こういう事なのだろうか。
街に繰り出すことができないと知ると、元気の有り余った聖女候補生は
修道院の者達に手当たり次第、襲い掛かった。
聖職者であり経験豊富な彼らにヒラリとかわされ轟沈していく。
「あと50年若かったらなぁ。はっはっは」
そして、俺の元へまでやってきて、壁に追い込んでくる。
「よぉスバ公。ウチと遊ぼうや」
「…あと…50年…若かったら…」
「…っぷふ」
上手い言葉が浮かばず、先生が休憩時間に言っていた事を真似してどうにか断る。
(ちゃんと言い訳できなかったから、襲われてしまうのかもしれないな…)
危機感のような淡い期待のような、はじめての気持ちを抱きながら自室へ戻る途中、
聖女候補生たちが廊下で話していた。
やましいことは無いのに、なぜか咄嗟に隠れてしまった。
「ほら、言ったろ。スバ公は、見た目子供だけど、違うんだよ。
吊るされて骨おらねぇ、泣きべそひとつかかねぇの説明がつくじゃん」
(!?)
「ばっちゃんに聞いたかも…東の領土には、ヨーカイ?がいるって」
「っそれだよ!私、化狐の知り合いって時点で怪しいと思ってたっ」
「あいつ処刑されたはずの王族に連れて来られたって…先生たち噂してたよ」
「修道院って悪霊も獣も寄り付けないのに…。平気なんだ…」
「触らぬ何に祟なしってね。ウチ、祟りとか怖いから。イタズラやーめた」
噂好きの聖女候補生にあることないこと言われ、
結局俺は東の領土に住む妖怪として扱われるようになった。
誰からも、そういう目で見られないのは良いが、…腑に落ちない。
南の領土の気候は安定していて、一年中暖かい。
師走を3度迎えたが、常に走り回っていたせいで、実感がわかないまま、時が過ぎた。
聖女候補生の態度は日々改善していき、無事、聖女様として育つ。
修道院の人達は報われる瞬間が堪らなくて、
文字通り骨を何本折っても辞められないらしい。
そして、各々の故郷へと旅立って行く。
「スバ公。あんたが騎士様になったら、ウチのいる修道院に寄りなよ」
「考えておく」
「でたでた、東男の『考えておきます』。…じゃあね、スバル」
彼女はよく逃亡を謀っていたが、あれっきり誰も襲わず、
嫌っていた文字を誰よりも綺麗に書き上げるようになっていた。
休職した先生は無事に復帰して、役目の終わった俺は、南の修道院を後にした。
集落に足を踏み入れると、緑の香りが漂ってきた。
導師様や子ども達がやってくる。
「兄ちゃん!あっちの原っぱが、田んぼになったんだよ」
いない間に、随分と住み心地の良い場所に変わっている。
「おれ、おにぎり握れるんだ」
きょうだい達はしっかりとした足取りで出迎えてくれた。
手紙のやりとりはしていたし、文字の上達具合から
成長は把握しているつもりだった。
「にいちゃん、今日のご飯はご馳走だよ。楽しみにしててね」
実際に会ってみると、込み上げてくるものがある。
「みんな大きくなったなぁ」
「ふふ、スバルさんも。背が伸びましたね。
芯も通ったようで…これならば、食い物にされずにすみそうです」
皆で過ごして、夕食を終えた頃。
導師様から煌びやかな封筒を渡された。
啓示者として選ばれた証の紙。
俺の知らない誰かが、選んで、決めた、証明書。
知らないところで、全て決まる。
いつものことだ。
特に驚くこともない。
集落を出たがっていた時期の自分が、今の生活を見たら驚くだろう。
どこへ行っても、居ても、さして変わらないのだ。
帰って早々、息つく暇もなく王都へと向かう。
王都には生活するにあたって、厳格な階層が定められていた。
東にも南にも身分制度はあったが、村のまとめ役だとか、長老だとかそういうもの。
住む場所、関わるモノまでキッチリと決められてはいなかった。
上層に住う者たちは、身なりも言動も何かにつけて整い、
まさに絵に描いた人のようだ。
中層の人々は、平均的な人、らしい。平均が何を意味するのかよくわからない。
下層街と呼ばれる地域に住む人たちは、様々だ。
質素倹約でとっつき易かったが、偉い方々は気に入らないようだ。
通う前に下層街への出入りを制限されてしまう。
啓示を受けた身で、穢れと関わるのはよくないらしい。
下層の民の魂は穢れていて、そんな彼らを見放さず、
神は浄化のために試練を与えているとも説明してくれた。
城に住んでいるという彫刻のように素晴らしい顔立ちの案内係の方々に
俺も下層街の民と同様に、貧困に組みされていると伝えられた。
確かに貧しかったが、今は困っていない。
極端な意見だと気にせずにいると、同情され、次第に、無性に恥ずかしくなった。
生まれはどうにもできないのに。
どうにもできないことを、責め立てられる。
「あの、王都の神様は、どこに祀られているのでしょうか。
お参りしたいのですが」
「なっ……!御心に触れながらもなんと無礼な!東の領土の者はこれだから……!」
「こらこら。彼は故に、啓示を受けたのでしょう。
啓示を授けて下さった方こそが、唯一の神であらせられる。
偶像崇拝という無意味な行いなぞせずとも見守ってくださっているのです」
「はあ、なるほど」
「まったく!神に感謝なさい。
貴方は卑しく無知でありながら、抜け出す機会を与えられたのですから。
人々を害する魔物を退治することで、貴方はようやく人になれる」
魔物としめされたものは、俺には力強い獣にしか見えなかった。
人に害をなす獣が魔物。
王都の人間が考えることは独特で、不思議だ。
同じものであっても用途によって名称を変え、
無知は恥だと言いながら、疑問に思うことを良しとしない。
そういうものだ。と暗記することが尊ばれている。
馴染みのないことばかりで疲れるが、何にせよ、ちゃんと覚えないと貶される。
たったの2週間。
俺は世間知らずの恥者で、人かどうかすら危うい存在になってしまった。
世間知らずの恥者が、何故か王都騎士団、副団長という地位に就かされる。
破綻のため。
どこかで聞いた言葉が、つきまとう。
「そこにいらしたのですか。慎ましくって、わかりませんでしたよ」
(赤い髪、青、嫌味……目つきが悪い…)
「アルテルフ、か。どうした?」
地位を与えられてしまったからには、職務を全うしなければならない。
信用されるために、とにかく団員の特徴と名前を叩きこんだ。
「あなたより、団員達の年齢は上なんですよ。地位は、下でも」
「えっ、そうなのか」
じゃあ書類に記入しとけよ!と叫びたい所だったが、項目がそもそもなかった。
以降、王都の書類には延々と悩まされる。
団員たちの年齢はわかりにくい。
時に感情的で幼く、かと思えば老獪に建前を使い分ける。
嫌味ったらしくはあったが、アルテルフは比較的落ち着いて見えた。
彼は俺よりも年上。そう素直に思える。
「騎士団は、年功序列じゃありません。
とはいえ中には気にする者もいるでしょう。伝えておいた方が良いと思いまして。
訓練、楽しみにしてますよ。副団長様」
「教えてくれてありがとう。みんなのために、しっかりと励むよ」
アルテルフは、すれ違うかのようにコチラへと自然に寄ると、すっと耳打ちをする。
「役に立たなきゃ潰すからな…………」
地獄から這って出たかのような低い声で、
それだけ伝えると何事も無かったかのように、颯爽と去っていく。
真っ直ぐ伸びた背中は、まさしく騎士といった感じで凛々しい。
それを掻き消すような並々ならぬ憎悪。
思わずゾッとした。
(なんてヤツだ……。礼儀に厳しいのか、そうじゃないのか全くわからない…。
意地を張らずに、敬語にしておけばよかったのか……?
今更戻すのも格好悪いし……。ああ、失敗した……)
団員達は、キレるし憎むし妬む。面と向かって平気で人をこき下ろす。
俺が長年遠ざけていたことを容易く表に出していた。
憎悪を隠さないのは、どうかと思うけれど。
彼らは俺を人として見ている。
参考にしようとした歴代の騎士団資料は杜撰すぎる管理のせいで、
多くが消失しており、生き証人の団長は、えたいが知れず、近寄り難い。
書類の整理と資金集め、任務という名の雑務。
手探りで奔走する羽目になった。
1
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる