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説教は終わったか?」
腕を組みながら壁に背中をあずけたレウスは冷ややかな眼差しをこちらに向け、
ユーノの手から瓶をひょいと取り上げた。
ぶくぶくと泡立つ肉塊を見ながら話を続ける。
「コレの事を詳しく知ってんのはアホジジイと今ここにいる面子だけだ。
頭巾ジジイとネクラは察してる見てえだがな。村の連中に知れたらコトだ」
「わかった。そのまま伏せておいてくれ。
団員に伝えるタイミングは団長と話し合う。
ユーノ、瓶は見られたりはしていないよな」
「えっ…?直射日光に晒さないようにしていたので……。
集会所の部屋を閉め切って実験してたし見られてません。
あの、何か問題があるんでしょうか…」
「実験自体に問題はないよ。ただ、これを見た者たちがどう思うかが問題なんだ。
自分達の血には反応しないのに、騎士団の血で反応する瓶の中身をみてどう思う」
俺は自分の口を押さえつける。
あまりにも呆気なく口から出た言葉は考えてはいけない類のものだった。
警鐘を鳴らしているのに思考を止めることができず息が詰まった。
魔物と対等に渡り合える。
仕留められる。魔物と同等の、それ以上の力持つ騎士団。
啓示、祝福、加護、煌びやかな言葉に飾り立てられた騎士団を大衆は受け入れてくれている。
その鍍金が剥がれたら一体、どうなる。
「魔物と騎士団を同等とみなす奴が現れても、おかしかねえな」
留めた言葉をレウスは簡単に吐き捨てた。
薄いカーテンから差し込む夕焼けがユーノの表情を照らし出す。
「僕たちは、魔物討伐のために選ばれてここにいるんですよ」
日に照らされているのにも関わらず、顔は蒼白。
動揺させるようなことを、あえていう必要もないことを、何故拾い上げるんだ。
「今だって、傷ついた人たちを支援しているじゃないですか。
瓶に何が起きているかなんて現時点で誰もわからないのに。
わからないことを、わかったみたいに……。正解だって……。
この村の人たちは憶測で物事を判断するって言いたいんですか」
レウスは一瞬、哀れむような目をこちらに向け、
窓辺に近づくと肉塊入りの瓶を差し込む日に照らした。
「ここのヤツらに限った事じゃねえ。
力のねえ奴らは死なねえように頭を捻る。
間違ってようが、作り話だろうがどうだっていい。
死ぬ可能性を排除できるなら、そいつを上回れるなら何でもする。
副団長様、言ってやれよ。磔にされたくなきゃ、黙ってろってな」
その言葉を聞きユーノは崩れ落ちた。
栄光の騎士団が大衆の匙加減で断罪される側に立たされるという事実。
悪の象徴とされている魔物と同一視されるという可能性。
もはや自分達を純粋に人と呼んで良いのかわからない恐怖が一気に襲いかかる。
更に追い討ちをかけるように何かを言おうとするレウスの胸ぐらを俺は咄嗟に掴み上げていた。
「わざわざ不安を煽るようなこと言って、何がしたい……」
「……お前でも、手を挙げることがあるんだな」
引き攣った威嚇のような笑顔に気圧され、思わず怯む。
レウスはその一瞬を見逃さず思い切り頭突き、俺は後ろに投げ飛ばされた。
追撃はなく、代わりに突き刺すような酷く寒々しい目で見下される。
「何がしたい、だ?てめえ、忘れやがったのか」
「やめてください!…やめて…っこんな事になって欲しくて実験したんじゃない……!
なんで、ただ知りたかっただけなのに……っ」
「ガキ。絶望してぶっ壊れんのは勝手だがな、俺は地位と金が必要だ。
遠征の邪魔になるなら今すぐ、死ね。できないなら殺してやる」
泣き崩れるユーノにレウスは淡々と近づき、俺はその間に立ちはだかる事しかできずにいる。
素手で敵う相手ではない事は十分わかっている。剣で向かっても難しい相手だ。
わかっているのに鞘に触れる事すらできない。
ユーノを殺そうとするレウスに殺意を向ける事ができなかった。
俺がやらなければ、レウスに仲間を殺させる事になる。
また俺は同士討ちの傍観者になる気か?何のために戻された?
……止めなければ。剣を向けるのに殺意なんて必要ない。
重々しい空気の中、剣に手を伸ばそうとしたその時。
かちゃり、と軽いガラスの音が響いた。
その音の方向に視線が集中する。
「おや、どうぞ続けてください?私は薬の用意をしにきただけですから」
「てめえ……いつからそこにいた」
レウスは当然のようにいるセイリオスに詰め寄った。
「取っ組み合いのあたりからでしょうか。ああ、あと、これ。
どうぞ。瓶を転がしておくのは危ないですよ?」
転げ落ちていた肉塊入りの瓶をレウスに渡す。
「破棄する時は燃やす事をお勧めします。火は穢れを祓う力がありますから」
「これが何か。わかってんのか」
「蛇、でしょう。皆さんは異なるモノをお求めのようですが」
睨みつけるレウスと咽び泣くユーノ、抜刀しかけている俺を見ながら
セイリオスは言い聞かせるように穏やかに話しかける。
「レウス、あなたは生き急ぎすぎです。切り捨てるばかりでは行き詰まります。
何がどこで役に立つか、分からないものですよ」
「知ったような口、聞くんじゃねえ!」
掴みかかろうとする手をセイリオスはフワリといなした。
行き場を無くした力につられ崩れそうになったレウスをそのまま抱きとめ
元の場所に立たせる。レウスは唖然としたまま、立ち尽くしている。
「ユーノ。泣いてばかりでは何も解決しませんよ」
中腰になり視線を合わせようとしているセイリオスの様子が気になったのか
俯いたユーノは少しだけ顔をあげ涙をながしながらどうにか言葉を紡ぎだす。
「…………でも、でも……知るのは……もう…こわい」
「未知は恐怖、それに打ち勝つのは知識と知恵。
だからこそ、蓄えるのですよ。ほら、ユーノ。レウスと仲直りしましょう」
セイリオスはユーノをゆっくり立たせる。
「……。レウスさん…、せっかく…知らないこと……教えてくれたのに……。
取り乱して、ごめんなさい…」
素直に謝るユーノにレウスは顔を歪めた。
「あったまおかしいんじゃねえのか!?
お前は、俺に、今、殺されかけたんだぞ!?そんなやつに謝んな!」
怒鳴り声にビクッと肩を揺らすユーノにセイリオスは寄り添い、レウスに微笑みかけた。
「未遂、ですから。やってもいない罪は問われません。ね、副団長」
セイリオスは穏やかなままの声色でそう言いながら、剣に手を添え固まる俺の方を見る。
ちらりとフードから覗く青く不思議な光を湛えた眼は相変わらず何を考えているか分からない。
レウスを切り付けていたかも知れない剣を収めると、手は僅かに震えていた。
腕を組みながら壁に背中をあずけたレウスは冷ややかな眼差しをこちらに向け、
ユーノの手から瓶をひょいと取り上げた。
ぶくぶくと泡立つ肉塊を見ながら話を続ける。
「コレの事を詳しく知ってんのはアホジジイと今ここにいる面子だけだ。
頭巾ジジイとネクラは察してる見てえだがな。村の連中に知れたらコトだ」
「わかった。そのまま伏せておいてくれ。
団員に伝えるタイミングは団長と話し合う。
ユーノ、瓶は見られたりはしていないよな」
「えっ…?直射日光に晒さないようにしていたので……。
集会所の部屋を閉め切って実験してたし見られてません。
あの、何か問題があるんでしょうか…」
「実験自体に問題はないよ。ただ、これを見た者たちがどう思うかが問題なんだ。
自分達の血には反応しないのに、騎士団の血で反応する瓶の中身をみてどう思う」
俺は自分の口を押さえつける。
あまりにも呆気なく口から出た言葉は考えてはいけない類のものだった。
警鐘を鳴らしているのに思考を止めることができず息が詰まった。
魔物と対等に渡り合える。
仕留められる。魔物と同等の、それ以上の力持つ騎士団。
啓示、祝福、加護、煌びやかな言葉に飾り立てられた騎士団を大衆は受け入れてくれている。
その鍍金が剥がれたら一体、どうなる。
「魔物と騎士団を同等とみなす奴が現れても、おかしかねえな」
留めた言葉をレウスは簡単に吐き捨てた。
薄いカーテンから差し込む夕焼けがユーノの表情を照らし出す。
「僕たちは、魔物討伐のために選ばれてここにいるんですよ」
日に照らされているのにも関わらず、顔は蒼白。
動揺させるようなことを、あえていう必要もないことを、何故拾い上げるんだ。
「今だって、傷ついた人たちを支援しているじゃないですか。
瓶に何が起きているかなんて現時点で誰もわからないのに。
わからないことを、わかったみたいに……。正解だって……。
この村の人たちは憶測で物事を判断するって言いたいんですか」
レウスは一瞬、哀れむような目をこちらに向け、
窓辺に近づくと肉塊入りの瓶を差し込む日に照らした。
「ここのヤツらに限った事じゃねえ。
力のねえ奴らは死なねえように頭を捻る。
間違ってようが、作り話だろうがどうだっていい。
死ぬ可能性を排除できるなら、そいつを上回れるなら何でもする。
副団長様、言ってやれよ。磔にされたくなきゃ、黙ってろってな」
その言葉を聞きユーノは崩れ落ちた。
栄光の騎士団が大衆の匙加減で断罪される側に立たされるという事実。
悪の象徴とされている魔物と同一視されるという可能性。
もはや自分達を純粋に人と呼んで良いのかわからない恐怖が一気に襲いかかる。
更に追い討ちをかけるように何かを言おうとするレウスの胸ぐらを俺は咄嗟に掴み上げていた。
「わざわざ不安を煽るようなこと言って、何がしたい……」
「……お前でも、手を挙げることがあるんだな」
引き攣った威嚇のような笑顔に気圧され、思わず怯む。
レウスはその一瞬を見逃さず思い切り頭突き、俺は後ろに投げ飛ばされた。
追撃はなく、代わりに突き刺すような酷く寒々しい目で見下される。
「何がしたい、だ?てめえ、忘れやがったのか」
「やめてください!…やめて…っこんな事になって欲しくて実験したんじゃない……!
なんで、ただ知りたかっただけなのに……っ」
「ガキ。絶望してぶっ壊れんのは勝手だがな、俺は地位と金が必要だ。
遠征の邪魔になるなら今すぐ、死ね。できないなら殺してやる」
泣き崩れるユーノにレウスは淡々と近づき、俺はその間に立ちはだかる事しかできずにいる。
素手で敵う相手ではない事は十分わかっている。剣で向かっても難しい相手だ。
わかっているのに鞘に触れる事すらできない。
ユーノを殺そうとするレウスに殺意を向ける事ができなかった。
俺がやらなければ、レウスに仲間を殺させる事になる。
また俺は同士討ちの傍観者になる気か?何のために戻された?
……止めなければ。剣を向けるのに殺意なんて必要ない。
重々しい空気の中、剣に手を伸ばそうとしたその時。
かちゃり、と軽いガラスの音が響いた。
その音の方向に視線が集中する。
「おや、どうぞ続けてください?私は薬の用意をしにきただけですから」
「てめえ……いつからそこにいた」
レウスは当然のようにいるセイリオスに詰め寄った。
「取っ組み合いのあたりからでしょうか。ああ、あと、これ。
どうぞ。瓶を転がしておくのは危ないですよ?」
転げ落ちていた肉塊入りの瓶をレウスに渡す。
「破棄する時は燃やす事をお勧めします。火は穢れを祓う力がありますから」
「これが何か。わかってんのか」
「蛇、でしょう。皆さんは異なるモノをお求めのようですが」
睨みつけるレウスと咽び泣くユーノ、抜刀しかけている俺を見ながら
セイリオスは言い聞かせるように穏やかに話しかける。
「レウス、あなたは生き急ぎすぎです。切り捨てるばかりでは行き詰まります。
何がどこで役に立つか、分からないものですよ」
「知ったような口、聞くんじゃねえ!」
掴みかかろうとする手をセイリオスはフワリといなした。
行き場を無くした力につられ崩れそうになったレウスをそのまま抱きとめ
元の場所に立たせる。レウスは唖然としたまま、立ち尽くしている。
「ユーノ。泣いてばかりでは何も解決しませんよ」
中腰になり視線を合わせようとしているセイリオスの様子が気になったのか
俯いたユーノは少しだけ顔をあげ涙をながしながらどうにか言葉を紡ぎだす。
「…………でも、でも……知るのは……もう…こわい」
「未知は恐怖、それに打ち勝つのは知識と知恵。
だからこそ、蓄えるのですよ。ほら、ユーノ。レウスと仲直りしましょう」
セイリオスはユーノをゆっくり立たせる。
「……。レウスさん…、せっかく…知らないこと……教えてくれたのに……。
取り乱して、ごめんなさい…」
素直に謝るユーノにレウスは顔を歪めた。
「あったまおかしいんじゃねえのか!?
お前は、俺に、今、殺されかけたんだぞ!?そんなやつに謝んな!」
怒鳴り声にビクッと肩を揺らすユーノにセイリオスは寄り添い、レウスに微笑みかけた。
「未遂、ですから。やってもいない罪は問われません。ね、副団長」
セイリオスは穏やかなままの声色でそう言いながら、剣に手を添え固まる俺の方を見る。
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