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こんなに深い眠りについたのはいつ以来だろうか。
王都にいた時、は徹夜続きだったな………。
啓示を受け、村を出た時はどうだったかな…。
王都にきてから、礼儀作法を叩き込まれて、その時も徹夜が続いたな。
整然とした上層の街並みに煌びやかな人々。
身も知らないものが仲間になって、部下になって…。
初めてのこと続きで心臓が飛び出るくらいに緊張した。
魔を滅せよ。
謁見は、短時間で済んだ。
王からの一言だけの命令に、酷く肩透かしを食らった事を覚えている。
以前にも騎士団を率いた経験のある団長は、その一言から何かを汲み取り、
王都が今まで放置していた依頼書を片っ端からかき集め、俺に事務の仕事を託した。
王都騎士団副団長という華々しい肩書きに反して、準備期間の2年。
俺が主にやっていたことといえば、書類の整理、雑務、資金集めの外回り。
騎士団のために、仲間のために。それでも役に立てているのだと自負していた。
その仕事は、見つけたものじゃなく、団長が用意してくれた仕事。
ただ言われたことを、ひたすら、必死に、こなすだけの、上官。
田舎から突然出てきたパッとしないやつ。
仲間たちが頼ってくれるわけもない。
遠征に出て、徹夜続きではなくなったが、それでも休まることはなくて。
横になっても目が冴えて、今は、朝が早くて夜が遅い……。
どこからか薬品の匂いが漂ってきて、ぼんやりと目が覚める。
ギシギシと軋む身体をどうにか起き上がらせ、ヘッドボードに寄りかかった。
昼間訪れた診療所……?
薄いカーテンが、そよそよと風に揺れている。
溢れていた患者は1人もおらず、かわりに見慣れた背丈の後ろ姿があった。
「おや、意識が戻りましたか」
ぼやけた頭をなんとか働かせて先程起きた事を思い出す。
大蛇が現れて、レウスとそのまま対応……。
団長が来て大蛇を真っ二つにして。
それから……。
それから、何が起きた?
「2人はどうなった……!?大蛇は」
「大蛇はもう討たれていますし2人も比較的に無事です。
レウスは打撲、団長は無傷……。あなたをここまで運んで来てくれました。
他者の心配をするよりも、まずご自身の心配をされた方がいいのでは?
丸2日昏睡して今、目覚めたのですから」
「まさか、足止めしてしまったんじゃ………」
「沼を浄化する作業が難航してましてね。
いずれにせよあと数日滞在しなければなりません」
セイリオスは薬品棚の調合をしながら答えてくれる。
……看病をさせてしまったのか。
「迷惑をかけてしまったな」
「お気になさらず。付きっきりのお世話は慣れています。
団員たちも、副団長が倒れている中でコトに及ぼうと思いつくほど
不義理な子達では無いという事も分かりましたから」
「ああー……ソレも気にしてくれて……。何から何まで、すまない」
セイリオスは乳鉢を持ちゴリゴリと何かを擦りながら不服そうに、こちらを向く。
「謝罪よりも、労いの言葉が欲しいところです」
ろくに寝れなかったのだろう。
深く被ったフードから覗く青い目は据わり、瞼の下には隈がうっすらと浮かんでいた。
「ありがとう。本当に、助かってるよ」
「素直ですね。皆もそうであれば良いのに。
ところで、ユーノのことなのですが。少し様子がおかしいのです。
お心当たりありますか」
「何か問題でもあったのか?」
規則正しい、何かを混ぜる音が断続的なものに変わる。
「先の村を出てから挙動が変わったのは、ご存知かと思います。
団長に持たせた解毒剤やあなたや村の人々の治療薬、ユーノが考えたのですよ。
元々知識はありましたし、教えても居ました。
ですが、あの子は複数の信仰を持っているが故に扱える物も限定的……。
薬品の調合を進んでやりたがる子ではなかったのです。
暗示をかけられている様子はないですが……気になりまして」
セイリオスはユーノの急速な変化に戸惑っているのか。
無理もない。
つい数日前まで心を許した相手にぴったりとついて、大人や世界に怯えていた。
それが自ら行動して、大人たちに意見する様になったのだから。
「この村に来る前、少しだけ話をしたんだ。思考の………善悪について?
俺じゃ理解できない難しい事をたくさん話してくれた。
今までが出せない環境だっただけで、ユーノにも……。
村や町にいる子達と同じように、沢山の可能性や一面があるんだよ」
安心したのか、フードで隠れた横顔からフッと穏やかなため息がひとつ、もれた。
「たったの数日で、随分と成長しましたね。
ユーノが団長や私にくっついてた時がもう懐かしいです」
「成長は嬉しいけど。ちょっと生意気というか……。
難しい時期に差し掛かってもいるみたいだ」
「子はいつの時代も……難しいものです。
はい、生意気なユーノからのプレゼントですよ。どうぞ」
差し出されたのは先程から作っていた薬………謎の液体がはいったコップ。
良く言えば泥水、そのまま言えばドブ。
なんとも言えない色と口にすべきではない香りがした。
「起きたら作って飲ませて欲しいとあの子がいっていましてね。
ずいぶん心配していましたよ。
安全はちゃんと確認してますし、昏睡からの荒療治にはピッタリすぎる程です。
味は見た目そのままですが」
「ドブ……味」
「ユーノは平気で飲んでいましたけれど。
ほとんど寝ずに一生懸命考えて。いじらしい子ですよ」
「そうか………無下にできないな…」
ひとおもいに飲むと、視界がぐらついた。
睡眠の大切さがひしひしと伝わる味だ。
人は寝ないとおかしくなる。
そうでなければこんな禍々しい味のもの生み出すわけがない。
用意してくれた水を急いで飲む。
コップ一杯では口に広がった禍々しさを払拭するには足りず、
水差しに入っている分を全てを飲んで、やっと落ち着いた。
「生きなきゃって気分になってる。いや、まてよ。今、俺は生きてるのか……?」
「早速、効果があったようですね」
即効性のあるものは大抵ロクなものではない。
「滞在中は続けましょう。早く良くなりますからね」
セイリオスは機材やコップを洗いながら最悪な事を告げる。
時々、考えを読んでいるのではないかと本気で思う。
「俺はもう平気だ。というより、正直言えば、もう飲みたくない。
頼む。別のやり方はないのか」
恥も外聞もなく不味いというだけで、薬を断ってしまった。
洗い物を終えたセイリオスは静かにコップを棚に戻してから、ベッドまでやってくる。
こちらに目線を合わせるように少し屈むと、ひんやりとした手がそっと額に触れた。
「疲弊した状態で毒と薬品を多量に浴びて2日で目が覚める……。
本来ならば考えられないことなのですよ。
美味しくなくとも、頑張って飲みましょう」
ぐずる子供に言い聞かせるような仕草。
体調が万全ではないこともあってか、調子が狂う。
何もかも見透かしているような瞳から逃れるように目を伏せる。
「わ、わかった。わかったから。……セイリオスの手、冷たいな」
そっと手が、遠のいた。
「あなたは一時この手よりも……冷たかったのですよ。
平熱に戻ったようで安心しました。
気晴らしに散歩に行ってみては?体を慣らすためにも丁度良いと思います」
「……そうしようかな。副団長が鈍っていたんじゃ示しがつかないもんな。
せっかく用意してくれているのに……大人気なかった。また頼むよ」
ふふ。と納得したように、小さく頬笑みセイリオスはドアへと向かう。
「団服は、そちらに置いてあります。私は所用がありますので。お先に失礼します。
何かありましたら調理場に来てください」
サイドテーブルに置かれた制服はしっかり畳まれており
染み抜きもされて元よりも綺麗になっていた。
汚れが目立つ色や素材ではないから適当に洗ってくれたって良かったのに。
丁寧な仕事は助かるが、負担を考えると不安になる。
病衣から着替えて外に出る。
昼間の明るさに目が眩み、眠り続けていた事を実感した。
王都にいた時、は徹夜続きだったな………。
啓示を受け、村を出た時はどうだったかな…。
王都にきてから、礼儀作法を叩き込まれて、その時も徹夜が続いたな。
整然とした上層の街並みに煌びやかな人々。
身も知らないものが仲間になって、部下になって…。
初めてのこと続きで心臓が飛び出るくらいに緊張した。
魔を滅せよ。
謁見は、短時間で済んだ。
王からの一言だけの命令に、酷く肩透かしを食らった事を覚えている。
以前にも騎士団を率いた経験のある団長は、その一言から何かを汲み取り、
王都が今まで放置していた依頼書を片っ端からかき集め、俺に事務の仕事を託した。
王都騎士団副団長という華々しい肩書きに反して、準備期間の2年。
俺が主にやっていたことといえば、書類の整理、雑務、資金集めの外回り。
騎士団のために、仲間のために。それでも役に立てているのだと自負していた。
その仕事は、見つけたものじゃなく、団長が用意してくれた仕事。
ただ言われたことを、ひたすら、必死に、こなすだけの、上官。
田舎から突然出てきたパッとしないやつ。
仲間たちが頼ってくれるわけもない。
遠征に出て、徹夜続きではなくなったが、それでも休まることはなくて。
横になっても目が冴えて、今は、朝が早くて夜が遅い……。
どこからか薬品の匂いが漂ってきて、ぼんやりと目が覚める。
ギシギシと軋む身体をどうにか起き上がらせ、ヘッドボードに寄りかかった。
昼間訪れた診療所……?
薄いカーテンが、そよそよと風に揺れている。
溢れていた患者は1人もおらず、かわりに見慣れた背丈の後ろ姿があった。
「おや、意識が戻りましたか」
ぼやけた頭をなんとか働かせて先程起きた事を思い出す。
大蛇が現れて、レウスとそのまま対応……。
団長が来て大蛇を真っ二つにして。
それから……。
それから、何が起きた?
「2人はどうなった……!?大蛇は」
「大蛇はもう討たれていますし2人も比較的に無事です。
レウスは打撲、団長は無傷……。あなたをここまで運んで来てくれました。
他者の心配をするよりも、まずご自身の心配をされた方がいいのでは?
丸2日昏睡して今、目覚めたのですから」
「まさか、足止めしてしまったんじゃ………」
「沼を浄化する作業が難航してましてね。
いずれにせよあと数日滞在しなければなりません」
セイリオスは薬品棚の調合をしながら答えてくれる。
……看病をさせてしまったのか。
「迷惑をかけてしまったな」
「お気になさらず。付きっきりのお世話は慣れています。
団員たちも、副団長が倒れている中でコトに及ぼうと思いつくほど
不義理な子達では無いという事も分かりましたから」
「ああー……ソレも気にしてくれて……。何から何まで、すまない」
セイリオスは乳鉢を持ちゴリゴリと何かを擦りながら不服そうに、こちらを向く。
「謝罪よりも、労いの言葉が欲しいところです」
ろくに寝れなかったのだろう。
深く被ったフードから覗く青い目は据わり、瞼の下には隈がうっすらと浮かんでいた。
「ありがとう。本当に、助かってるよ」
「素直ですね。皆もそうであれば良いのに。
ところで、ユーノのことなのですが。少し様子がおかしいのです。
お心当たりありますか」
「何か問題でもあったのか?」
規則正しい、何かを混ぜる音が断続的なものに変わる。
「先の村を出てから挙動が変わったのは、ご存知かと思います。
団長に持たせた解毒剤やあなたや村の人々の治療薬、ユーノが考えたのですよ。
元々知識はありましたし、教えても居ました。
ですが、あの子は複数の信仰を持っているが故に扱える物も限定的……。
薬品の調合を進んでやりたがる子ではなかったのです。
暗示をかけられている様子はないですが……気になりまして」
セイリオスはユーノの急速な変化に戸惑っているのか。
無理もない。
つい数日前まで心を許した相手にぴったりとついて、大人や世界に怯えていた。
それが自ら行動して、大人たちに意見する様になったのだから。
「この村に来る前、少しだけ話をしたんだ。思考の………善悪について?
俺じゃ理解できない難しい事をたくさん話してくれた。
今までが出せない環境だっただけで、ユーノにも……。
村や町にいる子達と同じように、沢山の可能性や一面があるんだよ」
安心したのか、フードで隠れた横顔からフッと穏やかなため息がひとつ、もれた。
「たったの数日で、随分と成長しましたね。
ユーノが団長や私にくっついてた時がもう懐かしいです」
「成長は嬉しいけど。ちょっと生意気というか……。
難しい時期に差し掛かってもいるみたいだ」
「子はいつの時代も……難しいものです。
はい、生意気なユーノからのプレゼントですよ。どうぞ」
差し出されたのは先程から作っていた薬………謎の液体がはいったコップ。
良く言えば泥水、そのまま言えばドブ。
なんとも言えない色と口にすべきではない香りがした。
「起きたら作って飲ませて欲しいとあの子がいっていましてね。
ずいぶん心配していましたよ。
安全はちゃんと確認してますし、昏睡からの荒療治にはピッタリすぎる程です。
味は見た目そのままですが」
「ドブ……味」
「ユーノは平気で飲んでいましたけれど。
ほとんど寝ずに一生懸命考えて。いじらしい子ですよ」
「そうか………無下にできないな…」
ひとおもいに飲むと、視界がぐらついた。
睡眠の大切さがひしひしと伝わる味だ。
人は寝ないとおかしくなる。
そうでなければこんな禍々しい味のもの生み出すわけがない。
用意してくれた水を急いで飲む。
コップ一杯では口に広がった禍々しさを払拭するには足りず、
水差しに入っている分を全てを飲んで、やっと落ち着いた。
「生きなきゃって気分になってる。いや、まてよ。今、俺は生きてるのか……?」
「早速、効果があったようですね」
即効性のあるものは大抵ロクなものではない。
「滞在中は続けましょう。早く良くなりますからね」
セイリオスは機材やコップを洗いながら最悪な事を告げる。
時々、考えを読んでいるのではないかと本気で思う。
「俺はもう平気だ。というより、正直言えば、もう飲みたくない。
頼む。別のやり方はないのか」
恥も外聞もなく不味いというだけで、薬を断ってしまった。
洗い物を終えたセイリオスは静かにコップを棚に戻してから、ベッドまでやってくる。
こちらに目線を合わせるように少し屈むと、ひんやりとした手がそっと額に触れた。
「疲弊した状態で毒と薬品を多量に浴びて2日で目が覚める……。
本来ならば考えられないことなのですよ。
美味しくなくとも、頑張って飲みましょう」
ぐずる子供に言い聞かせるような仕草。
体調が万全ではないこともあってか、調子が狂う。
何もかも見透かしているような瞳から逃れるように目を伏せる。
「わ、わかった。わかったから。……セイリオスの手、冷たいな」
そっと手が、遠のいた。
「あなたは一時この手よりも……冷たかったのですよ。
平熱に戻ったようで安心しました。
気晴らしに散歩に行ってみては?体を慣らすためにも丁度良いと思います」
「……そうしようかな。副団長が鈍っていたんじゃ示しがつかないもんな。
せっかく用意してくれているのに……大人気なかった。また頼むよ」
ふふ。と納得したように、小さく頬笑みセイリオスはドアへと向かう。
「団服は、そちらに置いてあります。私は所用がありますので。お先に失礼します。
何かありましたら調理場に来てください」
サイドテーブルに置かれた制服はしっかり畳まれており
染み抜きもされて元よりも綺麗になっていた。
汚れが目立つ色や素材ではないから適当に洗ってくれたって良かったのに。
丁寧な仕事は助かるが、負担を考えると不安になる。
病衣から着替えて外に出る。
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