副団長、一級フラグクラッシャーになる。

nm

文字の大きさ
上 下
9 / 35
2 現行

9

しおりを挟む
「ここも問題はないな…」
沼に近づき体調を崩した者も出たと聞き、水自体にも何か異常が出ているのかと思ったが…。
毒などは含まれておらず、それどころか水中の草が見えるくらい澄み切っている。
以前みた時は泥がかき乱されたようにもっと濁っていた。思い違いだろうか?
「こっちも異常は、ない。骨折り損だなぁ腰巾着!」
別の箇所で調査をしていたレウスがニンマリと笑いながらやってくる。
嫌味っぽさよりも、イタズラが成功した子供のような笑顔に見えた。
彼自身も苦労したのに、まるで俺だけが苦労したかのような態度は
腹が立つよりも可笑しさが勝った。
「水質に問題がない事がわかって良かったよ。さ、報告しにいくか」
霧が一層濃くなってきてこのままでは戻る道もわからなくなってしまう。
水辺から離れようと歩き始めると、突然、レウスに手首を掴まれ、そのまま止まる。
…なんだ?何か気に障った事でもあったか?
レウスは俺の腰に下げたウェストバッグを睨むように見ていた。
ウェストバッグから僅かに光のような物が漏れている。
「おい、お前…なんか妙なもん持ってんな」
「中身は全部、調査キットだ。あとはいつもの持ち物でおかしな物は、…。
呪いがどうとか魔力がどうとか検査するキットも、とりあえず持って来てたかな…」
「く、くく。だっはっは!調査もクソもねえな。もう来てんだよ、大蛇とやらは」
心底面白いといった風に大笑いしながら告げるレウスを他所に俺の血の気はひいていた。
誰かに伝えなければ。
村に近すぎる。
このままでは2人で大蛇と対峙する事になってしまう。

「ダメだ、連絡がつかない。力が使えない…!」
「このアホみてえな霧のせいだろうよ。鼻がきかねえのもこのせいだ。
見ろよ?水に突っ込んでも反応しなかったクセにガンガン色が変わってやがる」
各種毒に呪いに魔力。さっきまで透明だった調査キットは色鮮やかな物になっていた。
…威嚇にしてはやり過ぎだ。目視する前にこちらを殺しに来ている。
だが、力を使えない以外、体に異常はなかった。
「体に異常はないか?苦しいとか痺れるとか」
「ねえよ、つーか落ち着け。お前も、俺も、毒はそう易々とは効かねえ。
樽ごと一杯ぶっかかったらどうかしらんが……。ま、団員共がいなくてよかったなぁ?
とっとと構えとけ。突っ込んでくるぞ」
水面に見たことのない波紋が広がった瞬間。
鱗が目前に広がる。
衝突の寸前、なんとか横へと避けた。
冷や汗が風で飛ばされ、後ろにあった岩の砕け散った音がした。

当たっただけで、砕け散るのか。
剣を構えた手が情けなく、カタカタと震える。
俺は今まで、大物と直接対峙した事はなかった。
周囲にいるモノを、団長や団員達の邪魔にならないように、処理していたに過ぎない。
初めはこそ大物を討ってやると意気込んでいたが、遠征前の訓練期間。
その考えはあっけなく消え去った。
たった2年前まで、ただの田舎者だった付け焼き刃の俺と、戦いを知っている団長や団員たち。
戦場での動きは余りにも違った。
俺は偶然が重なって、啓示を受け、2つの異能を授かったに過ぎない。
住んでいた地域の信仰が亡くなられた王妃と被っていて。
それを気に入った王に、副団長という地位を与えられただけの。
それだけのやつ。
腰巾着。本当にその通りだ。
だとしても、やらなければ、ならない。
このまま村に行かせる訳にはいかない。
そう思っているのに、馬を一飲みにできる程の大蛇と睨み合い、動けずにいた。

「手応えありだ……!こんだけ強けりゃなぶったことにはならねえ!
腰巾着!ビビってる場合じゃねえぞ!」
レウスは獣のような八重歯を剥き出しにして凶悪な表情で酷く喜び、
使わずにぶら下げていただけの剣を手に取り大蛇に勢いよく向かって行った。
「…ああ、もう!」
彼の無茶苦茶な振る舞いに震えている事が馬鹿馬鹿しくなり、そのまま追いかけるように走る。
金属同士がぶつかり合うような音。
鈍く光る鱗は、見た目通り硬く、刃が通らない。
ゆったり動いたかと思えば、俊敏な動きでこちらへ牙を向けてくる。
持ち前の頑強さを封じられながらも、レウスは尻込みするどころか突っ込んでいく。
何度か打撃を受けているにも関わらず、動きが鈍る事はない。
剣は一向に大蛇の鱗に弾かれた。どこかないのか?どこか、刃が入る場所は。
ふと、うねる蛇腹が妙に柔らかそうに見えた。
素早い動きにどうにか合わせ溝にそって斬りつける。
尻尾の先端が、ぼとり、と落ちた。
大蛇は動かなくなり、落ちた尻尾はビタビタと水飛沫をあげ、すぐにやんだ。
「やったじゃねえ、か!?っくそ!この蛇どうなってやがる!」
斬りつけた場所から肉が蠢くように湧き立ち、再び尻尾が生えた。
「再生……。どうすればいいんだ、これ…」
動き出した大蛇は怒ったように更に俊敏に動き回る。
走り回る中、ぬかるみに足を持っていかれてしまい、盛大に転んだ。
まずいと思った時には遅く、大蛇の大口が目前に迫っていた。
俺は動くことも目を閉じる事もできず間抜けに転けている。

突然、大蛇の目に剣が刺さりのたうち回りだした。
踏みつけられると思った瞬間。何者かに体を抱えられ、そのまま遠ざかる。
「待たせてしまってすまない」
「団長、なぜここに」
「セイリオスから副団長殿とレウスがまだ来ていないと聞き、妙だと思ってな。
既に対峙していたとは。2人ともよくやった」
「あんたが出てきたら俺の出る幕なくなっちまうじゃねえか!!」
大蛇からの攻撃でボロボロにもかかわらず、心の底から悔しそうにするレウスに
団長はいつものように落ち着いた冷静な口調で話しかける。
「レウス。お前が手こずる程の相手だ。何か特異な面があったのではないのか?」
「…霧のせいで力も使えねえし、やたらと硬い鱗のクセに動きが速え。
ぶった斬っても、すぐに元通りに生える。そこの間抜けが斬ったやつが転がってんだろ」
「なるほど…どちらか火は持っていないか?」
「火ぃ?んなもんもってねえよ」
「あ、ライターなら持ってます。けど、何に」
ウェストバッグからライターを取り出し、団長に渡す。
そのまま受け取り火力を確認するとのたうち回る大蛇に向かって歩き始めた。
「これで大蛇を焼く。再生は、損傷を与え続けることが重要だ」
「ですが、そんな小さいものでどうやって」
「安心してくれ。小さな火で大きな物を燃やすことは慣れている」
寡黙な横顔からでる不穏な言葉。まったく安心出来ない。
「お前タバコ吸わねえクセに何でそんなもん持ち歩いてんだ。
まさか他のもん燃やしてんじゃねえだろうな」
「え……?偉い人から火を持ってないか、って聞かれても対応できるように持ち歩いてるんだよ。
……今回のは、初めてだけど」

大蛇は片目でこちらを恨めしそうに睨みつけると、力を振り絞って突撃してきた。
「ッチ、やっぱこうなるんだな!?おい、腰巾着。もっと離れろ!」
レウスは何かを察して素早く離れていた。
俺はその言葉を聞き、意味を理解すると慌てて動いた。
が、遅かった。
避けることもせず背負っていた大剣を構え、大蛇の力を利用してそのまま真っ二つにした。
「うっ、この、ジジイ!周りみろや!!どうすんだよこの後!」
「まさかこれ程までに散るとは。すまない」
淡々と答えながら団長は大蛇の前から姿を消した。
予測していたのだろう……。
大蛇を力任せに真っ二つにする。
つまり、そこら中に血飛沫が舞い肉片が飛び散る。


真っ二つにされた部分に
団長は懐から取り出した赤い塊を肉に食い込ませる。
その塊に火が灯されると、瞬く間に大蛇の肉を包み込んだ。
大蛇の肉から油が出ることで乾燥することなく、焼かれる。
時折熱さで蠢く肉が皮肉なことに、油の範囲を広げていた。
団長の戦い方は相手を徹底的に倒すことに重きを置いている。
どんな相手にも全力で容赦がない。
表情を一切変えず、粛々と執り行う。
団員達は猟奇的な現場を見て、団長になぜかドキドキときめいたりしている。
たしかに、どきどきするな。こんなのは、はじめてだ。
幼いころにもあった気がするけれど。
なんだか心臓が痛い。
じゅう、と軽やかな音を立てながら少しだけ美味しそうな香りを出す大蛇。
おかしいなこんなことを考えるなんて。
ビシャリと大きな音を立てながら仰向けに倒れ、そのまま起き上がれない。
ああ、浅瀬でよかった…。
そう思ったが息が上手くできない。
「おい、まさかお前、毒にやられちまったんじゃ……」
レウスに似合わない不安混じりの声。
「解毒薬ならばここにある」
無機質な団長の声。
キュッキュ、と蓋をひねる音の直後にザァ。と大雨が降った。
「ごぼぼっ、……う……っごっぽ…っ…っかは」
「な、何してんだ!?アホジジイ!!溺死させる気か!!」
「まさか。咳をしているだろう。つまり息をしている」
「ああ、くそ…!!早く運ばねえと……っ」
「同意だ。木と上着を利用して簡易的な担架を作る。安定した状態で運ぼう」
「うるせえー!!」
2人の言い合う声が断片的に、頭上で飛び交う。
そこから俺の記憶は途切れた。
目が覚めると、セイリオスから2日ほど昏睡していた。と、ため息混じりに伝えられる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

初恋

春夏
BL
【完結しました】 貴大に一目惚れした将真。二人の出会いとその夜の出来事のお話です。Rには※つけます。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...