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もう一度言ってくださいその言葉 「友達」だって聞こえたような
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『今日は彼と一緒に来たんです。え? このネイルですか? 学校の後輩にやってもらいました。可愛くてお気に入りです』
というコメントとともに、八神先輩とそのネイルは、電波に乗って日本全国へと放送された。
週明けに登校すると、当の八神先輩が私のクラスまで訪ねてきた。何の用かと戸惑っていると
「森夜さん、テレビ観てくれた? インタビュー受けるなんて、もうびっくりだよ。彼もあのネイル可愛いって言ってくれたし、すっごくいい記念になったよー。録画して永久保存決定。本当にありがとね。あと、これ、追加のお礼」
そう言って更にお菓子をどさりと置いていった。
「まさかこんな事になるなんて……」
お昼休み。
私は部室のテーブルに突っ伏して呟く。
あれから私はクラスの女子達に取り囲まれて質問攻めにあった。八神先輩が私を訪ねてきた事で、例の『ニュース・ニュース』を観た子達を中心に、先輩にネイルアートを施したのが私だということが広範囲に知れ渡ったらしい。
「なんでだよ? ネイルアートし放題で願ったり叶ったりだろ?」
日比木先輩の言葉に小田桐先輩も追随する。
「ツイッターでも少し話題になってたよ。『かわいい』とか好意的な感想が多かったかな」
私は顔を上げながら答える。
「でも、それが原因で、予想以上のネイルアート希望者が押し寄せてきて……なんとか申し込み用紙を渡して逃げてきたけど、これからあの大量の女子達を制御する自信がありません」
「週一なら一年あれば50人くらい捌けるし、余裕だろ」
「さすがに一年も経てば今より熱は治るんじゃないかな」
「むしろ既に忘れられてたりしてな」
大量の希望者を選別するのも難しいが、忘れられるのもそれはそれで寂しい。
ほどほどに、それでいてネイルアート希望者が途切れないような。そんな状態が続いてくれたらいいのに。なんて、そんなの贅沢かな。
そんなことを考えている隙に、日比木先輩が私のお弁当箱に豚の生姜焼きを押し込んできて、代わりに唐揚げを奪っていった。
「森夜さん」
放課後の教室で、私の前の席に誰かが座る気配がした。
桜坂さんだ。今日はお花のヘアピンで髪を留めていて相変わらずおしゃれ可愛い。
あの部活動見学騒動以来、なんとなく気まずくて再び会話を交わすことは無かったのだが、今日は何事も無かったように親しげに私の名を呼ぶ。
「森夜さんて、ネイル上手なんだってね~」
「え? そ、そんなことないよ。こっちが練習させて貰ってるようなものだし」
「そうなの? それなら私が練習台に立候補しちゃおっかなー」
「ほんと? それじゃあこの紙に必要事項を記入して――」
ネイルアート希望者に配っている申し込み用紙を鞄から取り出そうとすると、桜坂さんが手でそれを押しとどめる。
「そんな堅苦しくなくていいよ。今ここでささっとしてくれれば」
「え?」
戸惑う私に桜坂さんが続ける。
「実はね、私、森夜さんと友達になりたいって思ってたんだよね」
え? なに? いま「友達」って言った? 桜坂さんと私が友達に……? うそ、ほんとに?
「でも、部活の見学に行った時にあんなことがあって、ちょっと気まずくて……ほんとはもっと森夜さんとお喋りしたかったんだけど、なんとなく話しかけづらくて」
なんと。学年トップに君臨するかというおしゃれ女子が私と話したかった? そんな夢のような事が? まさか。
衝撃でなにも言えないでいる私に桜坂さんは笑いかける。
「私もネイルアートに興味あるんだ。だから、それをきっかけに今度こそ仲良くなれたらと思って。それで、森夜さんのネイルアートを間近で見てみたいなーって。だめかな? 簡単なやつでいいからさ」
まるで天使のような笑顔で首をかしげる。
その笑顔に私は舞い上がってしまった。もしかして、ネイルアートがきっかけで桜坂さんと仲良くなれるかも……?
「ええと、それじゃあ、ちょっとだけ……」
早速机の上にネイルの道具を並べると、桜坂さんの両手の爪にピンクのマニキュアを塗ってゆく。その上から簡単な白いお花の絵を絵を描いて完成だ。
「わー、かわいい! ほんとに森夜さんネイルアート上手だったんだね~」
「そ、そうかな」
褒められて素直に嬉しい。
私が照れていると、スマホを確認した桜坂さんが立ち上がる。
「あ、ごめん。私もう行かないと。バイバイ森夜さん、ありがとねー。これからも仲良くしようね」
「うん、ばいばい」
その背中を見送りながら、私の胸は充足感と期待感にあふれていた。
部室に駆け込むと
「遅えぞ森夜。どこで油売ってたんだよ」
という日比木先輩の不機嫌そうな声が降りかかってきたが、そんな事は今の私にはまったく気にならなかった。
先輩たちのいるテーブルに駆け寄ると勢いよくばしんと手を突く。
「私、ついに女の子の友達ができた……かもしれません!」
報告すると先輩達は驚いたような目をこちらに向ける。
「ほら、前に部活を見学しにきた子たちの中に桜坂さんって子がいたじゃないですか。あの子もネイルアートに興味があるらしくて、それで仲良くなれそうなんです」
「ああ、あの子か」
自己紹介していたからか、小田桐先輩は覚えているようだ。
「それで、今までその話題で盛り上がってたってわけかな?」
「いえ、私が桜坂さんにネイルアートしてて……」
「はあ?」
日比木先輩の声の語尾が上がる。
「森夜、お前、ネイルアートは週に一人だけって決めてたんじゃなかったのかよ。そこはきっちりしとけよ。一人を特別扱いしたら他から不満が噴出するぞ」
「え、で、でも、桜坂さんは友達みたいなものだし……」
「友達なら特別ってわけか?」
「それはそうですよ。もしも今ここで日比木先輩がネイルアートして欲しいって言ったなら、私は喜んでしますよ」
日比木先輩は呆れたようにため息をつく。
「お前はほんとにぼっち脳だな」
「ぼっち脳……ってなんですか?」
聞き覚えのない言葉に首をかしげる。
「俺が考えた造語。ぼっちである事に引け目を感じているがゆえに、ちょっとでも構ってくれる奴が現れると、尻尾を振って何でも相手の言うこと聞いちまう。嫌われないように、二度とぼっちにならないようにってな。そのうちそこにつけ込まれて散々な目にあっても知らねえからな」
「おい、穿ち過ぎだぞ日比木。せっかく森夜さんに新しい友達ができそうだっていうのに、不安にさせるなよ」
小田桐先輩が諌めてくれたが、私は日比木先輩の言葉が引っかかっていた。
そんな……そうなのかな。確かに私は女の子の友達が欲しいと思ってた。それが叶いそうだとわかって、桜坂さんに嫌われないようにと無意識のうちに必死になっているのかな……
「でも、私は、友達になりたいって言ってくれた桜坂さんを信じたいです。仲良くなりたいです」
日比木先輩はそれを聞くと、後ろに体重をかけるように身体を斜めに傾けて、椅子の後ろ足でバランスを取るような座り方をした。真剣に話を聞く気がないように身体を揺らしながら。
「まあ、お前がそう思うんなら、好きにしたらいいんじゃねえの」
どことなく投げやりなその言い方に、なんだかもやもやした感情を覚えた。
翌朝、教室に入ると、仲のいい子達とお喋りしている桜坂さんの姿を見つけた。
いつもならば怖気付いてなにも言えない私だが、昨日のこともあり、桜坂さんの姿を見ただけで、嬉しくて少し心がふわふわした。
隣を通り過ぎざまに思い切って
「あの、おはよう」
と挨拶してみる。
桜坂さんとちらりと目が合ったような気がした。けれど、彼女は何事もなかったかのように、他の子達とのお喋りに夢中になっている。
あれ、聞こえなかったのかな。私の声が小さかったからかも……
仕方なく自分の席について教科書やらを机に押し込むと、いつものように文庫本を取り出して読み始めた。
放課後。桜坂さんはまた私のところに来た。
「森夜さん。今日もネイルアートお願いできるかな? 森夜さんのネイルアートすっごく可愛いし、近くで森夜さんがネイルアートしてるのを見るのも楽しいし」
手を合わせて可愛らしくお願いされると、断るのが憚られる。私のネイルアート、そんなに気に入ってくれたのかな。だったら、他の作品にも興味あるかも? 私の携帯には今まで作ってきたネイルチップの画像データが入っている。見せたら喜んでくれるかな?
「それなら、前に作ったネイルチップの写真とかあるんだけど、見る?」
「あー……えーと、今はいいかな。それで今日はね、根本がピンクで、爪先にかけて徐々に白くグラデーションが掛かってるのがいいな」
そうか。桜坂さんネイルチップには興味ないのかな。生爪派なのかな。
彼女の要望通り私はネイルアートに集中する。左手が終わり、今度は右手……と思ったら、桜坂さんの右手は机の上になかった。
あれ? と思って顔を上げると、桜坂さんはスマホを片手に画面を凝視していた。
「あの、桜坂さん、左手終わったけど……」
おずおずと声をかけると、桜坂さんはスマホを左手に持ち替えると、右手をこちらに差し出す。
「ごめーん、今とっても大事なラインが来てて手が離せないんだ。私のことは気にしないで、森夜さんはそのまま作業を続けてていいよ?」
え? でも、さっきは私がネイルアートしてるのを見るのが楽しいって言ってたのに……それより重要な内容のラインなのかな……それなら仕方ないけど……。
なんだか寂しい思いを抱えながら、右手にも同じようにネイルアートを施してゆく。
「できたよ」
そう告げると桜坂さんはスマホから目を離した。
「わー、すごーい、かわいいー! すごいよ森夜さん。イメージ通り。私、ほんと森夜さんと友達でよかったー」
と、友達……! やっぱり桜坂さんは私の事友達だって思ってくれてるんだ。きっと、さっきのラインはとっても重要な内容で、目が離せなかっただけなんだ。そうに違いない。
私が感慨に浸っている間に、桜坂さんは自分の荷物をまとめると
「それじゃあ、また明日ね。バイバイ森夜さん」
そう言ってそそくさと教室を後にした。
というコメントとともに、八神先輩とそのネイルは、電波に乗って日本全国へと放送された。
週明けに登校すると、当の八神先輩が私のクラスまで訪ねてきた。何の用かと戸惑っていると
「森夜さん、テレビ観てくれた? インタビュー受けるなんて、もうびっくりだよ。彼もあのネイル可愛いって言ってくれたし、すっごくいい記念になったよー。録画して永久保存決定。本当にありがとね。あと、これ、追加のお礼」
そう言って更にお菓子をどさりと置いていった。
「まさかこんな事になるなんて……」
お昼休み。
私は部室のテーブルに突っ伏して呟く。
あれから私はクラスの女子達に取り囲まれて質問攻めにあった。八神先輩が私を訪ねてきた事で、例の『ニュース・ニュース』を観た子達を中心に、先輩にネイルアートを施したのが私だということが広範囲に知れ渡ったらしい。
「なんでだよ? ネイルアートし放題で願ったり叶ったりだろ?」
日比木先輩の言葉に小田桐先輩も追随する。
「ツイッターでも少し話題になってたよ。『かわいい』とか好意的な感想が多かったかな」
私は顔を上げながら答える。
「でも、それが原因で、予想以上のネイルアート希望者が押し寄せてきて……なんとか申し込み用紙を渡して逃げてきたけど、これからあの大量の女子達を制御する自信がありません」
「週一なら一年あれば50人くらい捌けるし、余裕だろ」
「さすがに一年も経てば今より熱は治るんじゃないかな」
「むしろ既に忘れられてたりしてな」
大量の希望者を選別するのも難しいが、忘れられるのもそれはそれで寂しい。
ほどほどに、それでいてネイルアート希望者が途切れないような。そんな状態が続いてくれたらいいのに。なんて、そんなの贅沢かな。
そんなことを考えている隙に、日比木先輩が私のお弁当箱に豚の生姜焼きを押し込んできて、代わりに唐揚げを奪っていった。
「森夜さん」
放課後の教室で、私の前の席に誰かが座る気配がした。
桜坂さんだ。今日はお花のヘアピンで髪を留めていて相変わらずおしゃれ可愛い。
あの部活動見学騒動以来、なんとなく気まずくて再び会話を交わすことは無かったのだが、今日は何事も無かったように親しげに私の名を呼ぶ。
「森夜さんて、ネイル上手なんだってね~」
「え? そ、そんなことないよ。こっちが練習させて貰ってるようなものだし」
「そうなの? それなら私が練習台に立候補しちゃおっかなー」
「ほんと? それじゃあこの紙に必要事項を記入して――」
ネイルアート希望者に配っている申し込み用紙を鞄から取り出そうとすると、桜坂さんが手でそれを押しとどめる。
「そんな堅苦しくなくていいよ。今ここでささっとしてくれれば」
「え?」
戸惑う私に桜坂さんが続ける。
「実はね、私、森夜さんと友達になりたいって思ってたんだよね」
え? なに? いま「友達」って言った? 桜坂さんと私が友達に……? うそ、ほんとに?
「でも、部活の見学に行った時にあんなことがあって、ちょっと気まずくて……ほんとはもっと森夜さんとお喋りしたかったんだけど、なんとなく話しかけづらくて」
なんと。学年トップに君臨するかというおしゃれ女子が私と話したかった? そんな夢のような事が? まさか。
衝撃でなにも言えないでいる私に桜坂さんは笑いかける。
「私もネイルアートに興味あるんだ。だから、それをきっかけに今度こそ仲良くなれたらと思って。それで、森夜さんのネイルアートを間近で見てみたいなーって。だめかな? 簡単なやつでいいからさ」
まるで天使のような笑顔で首をかしげる。
その笑顔に私は舞い上がってしまった。もしかして、ネイルアートがきっかけで桜坂さんと仲良くなれるかも……?
「ええと、それじゃあ、ちょっとだけ……」
早速机の上にネイルの道具を並べると、桜坂さんの両手の爪にピンクのマニキュアを塗ってゆく。その上から簡単な白いお花の絵を絵を描いて完成だ。
「わー、かわいい! ほんとに森夜さんネイルアート上手だったんだね~」
「そ、そうかな」
褒められて素直に嬉しい。
私が照れていると、スマホを確認した桜坂さんが立ち上がる。
「あ、ごめん。私もう行かないと。バイバイ森夜さん、ありがとねー。これからも仲良くしようね」
「うん、ばいばい」
その背中を見送りながら、私の胸は充足感と期待感にあふれていた。
部室に駆け込むと
「遅えぞ森夜。どこで油売ってたんだよ」
という日比木先輩の不機嫌そうな声が降りかかってきたが、そんな事は今の私にはまったく気にならなかった。
先輩たちのいるテーブルに駆け寄ると勢いよくばしんと手を突く。
「私、ついに女の子の友達ができた……かもしれません!」
報告すると先輩達は驚いたような目をこちらに向ける。
「ほら、前に部活を見学しにきた子たちの中に桜坂さんって子がいたじゃないですか。あの子もネイルアートに興味があるらしくて、それで仲良くなれそうなんです」
「ああ、あの子か」
自己紹介していたからか、小田桐先輩は覚えているようだ。
「それで、今までその話題で盛り上がってたってわけかな?」
「いえ、私が桜坂さんにネイルアートしてて……」
「はあ?」
日比木先輩の声の語尾が上がる。
「森夜、お前、ネイルアートは週に一人だけって決めてたんじゃなかったのかよ。そこはきっちりしとけよ。一人を特別扱いしたら他から不満が噴出するぞ」
「え、で、でも、桜坂さんは友達みたいなものだし……」
「友達なら特別ってわけか?」
「それはそうですよ。もしも今ここで日比木先輩がネイルアートして欲しいって言ったなら、私は喜んでしますよ」
日比木先輩は呆れたようにため息をつく。
「お前はほんとにぼっち脳だな」
「ぼっち脳……ってなんですか?」
聞き覚えのない言葉に首をかしげる。
「俺が考えた造語。ぼっちである事に引け目を感じているがゆえに、ちょっとでも構ってくれる奴が現れると、尻尾を振って何でも相手の言うこと聞いちまう。嫌われないように、二度とぼっちにならないようにってな。そのうちそこにつけ込まれて散々な目にあっても知らねえからな」
「おい、穿ち過ぎだぞ日比木。せっかく森夜さんに新しい友達ができそうだっていうのに、不安にさせるなよ」
小田桐先輩が諌めてくれたが、私は日比木先輩の言葉が引っかかっていた。
そんな……そうなのかな。確かに私は女の子の友達が欲しいと思ってた。それが叶いそうだとわかって、桜坂さんに嫌われないようにと無意識のうちに必死になっているのかな……
「でも、私は、友達になりたいって言ってくれた桜坂さんを信じたいです。仲良くなりたいです」
日比木先輩はそれを聞くと、後ろに体重をかけるように身体を斜めに傾けて、椅子の後ろ足でバランスを取るような座り方をした。真剣に話を聞く気がないように身体を揺らしながら。
「まあ、お前がそう思うんなら、好きにしたらいいんじゃねえの」
どことなく投げやりなその言い方に、なんだかもやもやした感情を覚えた。
翌朝、教室に入ると、仲のいい子達とお喋りしている桜坂さんの姿を見つけた。
いつもならば怖気付いてなにも言えない私だが、昨日のこともあり、桜坂さんの姿を見ただけで、嬉しくて少し心がふわふわした。
隣を通り過ぎざまに思い切って
「あの、おはよう」
と挨拶してみる。
桜坂さんとちらりと目が合ったような気がした。けれど、彼女は何事もなかったかのように、他の子達とのお喋りに夢中になっている。
あれ、聞こえなかったのかな。私の声が小さかったからかも……
仕方なく自分の席について教科書やらを机に押し込むと、いつものように文庫本を取り出して読み始めた。
放課後。桜坂さんはまた私のところに来た。
「森夜さん。今日もネイルアートお願いできるかな? 森夜さんのネイルアートすっごく可愛いし、近くで森夜さんがネイルアートしてるのを見るのも楽しいし」
手を合わせて可愛らしくお願いされると、断るのが憚られる。私のネイルアート、そんなに気に入ってくれたのかな。だったら、他の作品にも興味あるかも? 私の携帯には今まで作ってきたネイルチップの画像データが入っている。見せたら喜んでくれるかな?
「それなら、前に作ったネイルチップの写真とかあるんだけど、見る?」
「あー……えーと、今はいいかな。それで今日はね、根本がピンクで、爪先にかけて徐々に白くグラデーションが掛かってるのがいいな」
そうか。桜坂さんネイルチップには興味ないのかな。生爪派なのかな。
彼女の要望通り私はネイルアートに集中する。左手が終わり、今度は右手……と思ったら、桜坂さんの右手は机の上になかった。
あれ? と思って顔を上げると、桜坂さんはスマホを片手に画面を凝視していた。
「あの、桜坂さん、左手終わったけど……」
おずおずと声をかけると、桜坂さんはスマホを左手に持ち替えると、右手をこちらに差し出す。
「ごめーん、今とっても大事なラインが来てて手が離せないんだ。私のことは気にしないで、森夜さんはそのまま作業を続けてていいよ?」
え? でも、さっきは私がネイルアートしてるのを見るのが楽しいって言ってたのに……それより重要な内容のラインなのかな……それなら仕方ないけど……。
なんだか寂しい思いを抱えながら、右手にも同じようにネイルアートを施してゆく。
「できたよ」
そう告げると桜坂さんはスマホから目を離した。
「わー、すごーい、かわいいー! すごいよ森夜さん。イメージ通り。私、ほんと森夜さんと友達でよかったー」
と、友達……! やっぱり桜坂さんは私の事友達だって思ってくれてるんだ。きっと、さっきのラインはとっても重要な内容で、目が離せなかっただけなんだ。そうに違いない。
私が感慨に浸っている間に、桜坂さんは自分の荷物をまとめると
「それじゃあ、また明日ね。バイバイ森夜さん」
そう言ってそそくさと教室を後にした。
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