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学園入学編
王子の要求
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お昼休みの終了間近。
食堂からアトレーユ王子に教室までエスコートされてきた私は、机に突っ伏してぐったりしていた。
唯一の救いは、このクラスにアトレーユ王子の取り巻きがいない事だ。ここなら少しは落ち着ける。
それにしても、ジェイド君、大丈夫かな……。
様子を見に行きたいけれど、そうするとまた王子の取り巻きにひどいことをされるかもしれない。どうしたらいいんだろう。
ぐるぐると考えていると、頭上からよく知っている声がした。
「ユキさん、どうかなさったの? もしかして、どこか具合でも悪いの?」
ミリアンちゃんだ。私が机に突っ伏していたからか、心配してくれたらしい。
その気遣いは嬉しいけれど、下手に私に関わると、ミリアンちゃんまで酷い目に遭わされるかもしれない。
私は顔を上げるとミリアンちゃんの目を見つめる。
「ミリアンちゃん。もう私とは関わらないほうがいいと思う。今まで仲良くしてくれてありがとう」
「ちょ、ちょっと、どういう意味ですの!? 急にそんな事言われても納得できませんわ! わけを話してください!」
やっぱりそうなるよね……。
「実は……」
私はアトレーユ王子がジェイド君にした仕打ちや、私が首輪を付けられたことなどを話した。
「なるほど。そういう訳でしたの……まさか私やグランデールの存在が、ユキさんの枷になっていたなんて……」
ミリアンちゃんの顔が暗くなった。私は慌てて手を胸の前で振る。
「ミリアンちゃん達のせいじゃないよ。私がアトレーユ王子から逃げてたからだよ」
「それでも理不尽なことに変わりませんわ! 私は断固として戦いますからね! これでも六年前まで男として教育を受けていたんですからね。あんな人たちに屈したりなんかしませんわ! ユキさんも嫌なものは嫌だと明言して、存分に自分のしたい事をしてくださいな!」
あの得体の知れない王子グループに楯突こうとはなんという勇気。ミリアンちゃん能天使!
「でも、ミリアンちゃんはそれで構わなくても、ジェイド君がどう思っているか……私のせいで酷い目にあったし……もう友達がそんな目に逢うのは嫌だよ……」
「それなら私が、グランデールの真意を密かに探って参りますわ。彼と同じクラスの信頼できる『妹』に協力してもらって」
『妹ちゃん』はそんな事にも使えるのか。
もしかしてミリアンちゃんも、アトレーユ王子と違った意味で、学院内では相当の権力の持ち主なのでは?
そんな事を考えていると、午後の授業の開始を知らせる鐘がなった。
◇◇◇◇◇
そして放課後。アトレーユ王子が教室まで迎えに来た。
「校門まで送らせてよ。子猫ちゃん」
私に拒否権などない。重い足取りでアトレーユ王子の元へ行くと、彼の腕に自分の腕をかけたのだった。
校門まで行くと、道を挟んだ向こう側にヴィンセントさんの姿が。
それを見てなんだかよくわからない気持ちが胸に込み上げてきた。
「それではアトレーユ様。私はここで失礼させて頂きますね! ごきげんよう!」
アトレーユ王子からそそくさと離れると、ヴィンセントさんに駆け寄る。と、その胸に飛び込んで顔を埋める。
「どうしたのだユキ。何かあったのか?」
私はいつの間にか泣いていた。ジェイド君が酷い目にあった事。首輪を無理やり付けさせられた事。それらが一気に蘇って、涙腺が決壊してしまったのだ。
「ともかく、歩きながら事情を聞かせてくれ。ここでは少々目立つ」
ヴィンセントさんに手を引かれながら、今日起きた屈辱的な首輪の出来事や、ジェイド君のことを話す。
「それはまた……我が弟ながら性格が悪いな。学校を何だと思っているのだ。まるで猿山のボス猿だ。だいたい、ユキは我輩のものだというのに、何を考えているのだ」
「そうですよね! まったく、そのせいで私の学園ライフが台無しですよ!」
何とか涙が引っ込んだと思ったら、今度は憤怒の感情が込み上げてきた。
家に着くと、私はチョーカーを外して適当にその辺りに置く。
本当はこんなもの捨てたかったけれど、これをアトレーユ王子の前で付けていないと、ミリアンちゃんやジェイド君が酷い目に合うかもしれない。私にとって呪いのアイテムだ。
そんな私の頬にヴィンセントさんの手が触れて、顔を覗き込まれる。
「ユキ。そんな状態が続いてもつらいだろう? 嫌なら退学しても良いんだぞ?」
「私もそれは考えたんですけど……そうすると、友達が酷い目に合っちゃうかもしれないら……」
「そうか……難しいものだな」
「その代わり、家では甘やかして貰います」
私はヴィンセントさんの膝の上に移動すると、その身を彼の身体に預けたのだった。
◇◇◇◇◇
翌日、ヴィンセントさんと別れた後、重い足取りで門を抜ける。
するとそこにはアトレーユ王子と、その取り巻きたちの姿が。
「おはよう子猫ちゃん。ちゃんと首輪をつけてきてくれたんだね」
ええ。とっても嫌だったけど。
「教室まで送ってあげるよ。さあ、腕をとって?」
「はあ……それはどうも。光栄の極みにございます」
朝からテンションだだ下がり。アトレーユ王子がどんなに美しく、太陽のような笑顔を浮かべても、私には悪魔の微笑みにしか見えない。
突き出された膝に恐る恐る手を掛けると、アトレーユ王子は満足げに歩き出した。
◇◇◇◇◇
教室に着いてから、私は机に突っ伏す。
はー、朝から最悪な気分だ。
でも、こうしないと他の人にも危害が及ぶかもしれない。そう考えるとアトレーユ王子の言うことを聞くしかなかった。もう最低。
「朝から疲れた様子ですわね」
ミリアンちゃんだ。顔を上げると、心配そうな表情のミリアンちゃん。その背後には小柄な女の子がいる。どなた?
私の疑問あふれる視線に気づいたのか、ミリアンちゃんが小柄な女子を振り返る。
「この子はジェイド・グランデールと同じクラスの子。こっそり彼の真意を聞いてきて貰ったのですわ」
「えっ!? ジェイド君無事だった!? また酷い目にあってなかった!?」
「そ、それは大丈夫みたいです。まだ顔に青あざが残っていましたが……」
小柄女子がおずおずと答える。
よかったあ。ジェイド君は今のところ再度の嫌がらせを受けてはいないようだ。
胸をなで下ろす私に、小柄女子は続ける。
「グランデール君は言ってました。自分のことは気にせず、ユキ様には自由に振舞って欲しいって。自分の身は自分で守るくらいはできるから、とも」
ジェイド君……けなげだ……。
そんなこと言ってくれるからこそ、やっぱり巻き込むわけには……いや、でも、ジェイド君なら上手く立ち回ってくれるかも……。
「教えてくれてありがとう。申し訳ないんだけど、ついでにジェイド君にもありがとうって伝えてもらえるかな?」
「はい。必ず伝えます」
小柄女子はぺこりと頭を下げると、教室から出て行った。
「ユキさん。これでわかったでしょう? 私も、ジェイド・グランデールも、アトレーユ王子には屈しません。だから、あなたも負けないで」
「ミリアンちゃん……」
ミリアンちゃんもジェイド君も、アトレーユ王子には屈しないと言ってくれた。でも、本当に私はその言葉に甘えてしまっても良いんだろうか?
もやもやと考えているうちに、王子との地獄のランチタイム(ちなみに今日もフォアグラが出てきた)が終わり、放課後になった。
昨日と同じようにアトレーユ王子が迎えに来る。
でも、そんなに苦痛じゃない。だって、あと少し我慢すればヴィンセントさんに逢えるんだから。
「朝と違って随分機嫌がいいね」
まずい。心のうちが態度に出てしまっていたようだ。
「そ、そんな事をありませんよ。きっと、アトレーユ様とご一緒できて嬉しい気持ちが、漏れ出てしまっていたんでしょう」
もう少しで門に着く。あ、ヴィンセントさんが待っててくれている姿が見える。私は軽く手を振る。
「それではアトレーユ様、私はこれで失礼しま――」
ヴィンセントさんに駆け寄ろうとした時、王子に腕を掴まれた。
「待って、まだ帰っちゃ駄目だよ」
「はい?」
「君にはラ・プリンセスとして、僕に『別れのキス』でもしてもらおうかな」
「は?」
食堂からアトレーユ王子に教室までエスコートされてきた私は、机に突っ伏してぐったりしていた。
唯一の救いは、このクラスにアトレーユ王子の取り巻きがいない事だ。ここなら少しは落ち着ける。
それにしても、ジェイド君、大丈夫かな……。
様子を見に行きたいけれど、そうするとまた王子の取り巻きにひどいことをされるかもしれない。どうしたらいいんだろう。
ぐるぐると考えていると、頭上からよく知っている声がした。
「ユキさん、どうかなさったの? もしかして、どこか具合でも悪いの?」
ミリアンちゃんだ。私が机に突っ伏していたからか、心配してくれたらしい。
その気遣いは嬉しいけれど、下手に私に関わると、ミリアンちゃんまで酷い目に遭わされるかもしれない。
私は顔を上げるとミリアンちゃんの目を見つめる。
「ミリアンちゃん。もう私とは関わらないほうがいいと思う。今まで仲良くしてくれてありがとう」
「ちょ、ちょっと、どういう意味ですの!? 急にそんな事言われても納得できませんわ! わけを話してください!」
やっぱりそうなるよね……。
「実は……」
私はアトレーユ王子がジェイド君にした仕打ちや、私が首輪を付けられたことなどを話した。
「なるほど。そういう訳でしたの……まさか私やグランデールの存在が、ユキさんの枷になっていたなんて……」
ミリアンちゃんの顔が暗くなった。私は慌てて手を胸の前で振る。
「ミリアンちゃん達のせいじゃないよ。私がアトレーユ王子から逃げてたからだよ」
「それでも理不尽なことに変わりませんわ! 私は断固として戦いますからね! これでも六年前まで男として教育を受けていたんですからね。あんな人たちに屈したりなんかしませんわ! ユキさんも嫌なものは嫌だと明言して、存分に自分のしたい事をしてくださいな!」
あの得体の知れない王子グループに楯突こうとはなんという勇気。ミリアンちゃん能天使!
「でも、ミリアンちゃんはそれで構わなくても、ジェイド君がどう思っているか……私のせいで酷い目にあったし……もう友達がそんな目に逢うのは嫌だよ……」
「それなら私が、グランデールの真意を密かに探って参りますわ。彼と同じクラスの信頼できる『妹』に協力してもらって」
『妹ちゃん』はそんな事にも使えるのか。
もしかしてミリアンちゃんも、アトレーユ王子と違った意味で、学院内では相当の権力の持ち主なのでは?
そんな事を考えていると、午後の授業の開始を知らせる鐘がなった。
◇◇◇◇◇
そして放課後。アトレーユ王子が教室まで迎えに来た。
「校門まで送らせてよ。子猫ちゃん」
私に拒否権などない。重い足取りでアトレーユ王子の元へ行くと、彼の腕に自分の腕をかけたのだった。
校門まで行くと、道を挟んだ向こう側にヴィンセントさんの姿が。
それを見てなんだかよくわからない気持ちが胸に込み上げてきた。
「それではアトレーユ様。私はここで失礼させて頂きますね! ごきげんよう!」
アトレーユ王子からそそくさと離れると、ヴィンセントさんに駆け寄る。と、その胸に飛び込んで顔を埋める。
「どうしたのだユキ。何かあったのか?」
私はいつの間にか泣いていた。ジェイド君が酷い目にあった事。首輪を無理やり付けさせられた事。それらが一気に蘇って、涙腺が決壊してしまったのだ。
「ともかく、歩きながら事情を聞かせてくれ。ここでは少々目立つ」
ヴィンセントさんに手を引かれながら、今日起きた屈辱的な首輪の出来事や、ジェイド君のことを話す。
「それはまた……我が弟ながら性格が悪いな。学校を何だと思っているのだ。まるで猿山のボス猿だ。だいたい、ユキは我輩のものだというのに、何を考えているのだ」
「そうですよね! まったく、そのせいで私の学園ライフが台無しですよ!」
何とか涙が引っ込んだと思ったら、今度は憤怒の感情が込み上げてきた。
家に着くと、私はチョーカーを外して適当にその辺りに置く。
本当はこんなもの捨てたかったけれど、これをアトレーユ王子の前で付けていないと、ミリアンちゃんやジェイド君が酷い目に合うかもしれない。私にとって呪いのアイテムだ。
そんな私の頬にヴィンセントさんの手が触れて、顔を覗き込まれる。
「ユキ。そんな状態が続いてもつらいだろう? 嫌なら退学しても良いんだぞ?」
「私もそれは考えたんですけど……そうすると、友達が酷い目に合っちゃうかもしれないら……」
「そうか……難しいものだな」
「その代わり、家では甘やかして貰います」
私はヴィンセントさんの膝の上に移動すると、その身を彼の身体に預けたのだった。
◇◇◇◇◇
翌日、ヴィンセントさんと別れた後、重い足取りで門を抜ける。
するとそこにはアトレーユ王子と、その取り巻きたちの姿が。
「おはよう子猫ちゃん。ちゃんと首輪をつけてきてくれたんだね」
ええ。とっても嫌だったけど。
「教室まで送ってあげるよ。さあ、腕をとって?」
「はあ……それはどうも。光栄の極みにございます」
朝からテンションだだ下がり。アトレーユ王子がどんなに美しく、太陽のような笑顔を浮かべても、私には悪魔の微笑みにしか見えない。
突き出された膝に恐る恐る手を掛けると、アトレーユ王子は満足げに歩き出した。
◇◇◇◇◇
教室に着いてから、私は机に突っ伏す。
はー、朝から最悪な気分だ。
でも、こうしないと他の人にも危害が及ぶかもしれない。そう考えるとアトレーユ王子の言うことを聞くしかなかった。もう最低。
「朝から疲れた様子ですわね」
ミリアンちゃんだ。顔を上げると、心配そうな表情のミリアンちゃん。その背後には小柄な女の子がいる。どなた?
私の疑問あふれる視線に気づいたのか、ミリアンちゃんが小柄な女子を振り返る。
「この子はジェイド・グランデールと同じクラスの子。こっそり彼の真意を聞いてきて貰ったのですわ」
「えっ!? ジェイド君無事だった!? また酷い目にあってなかった!?」
「そ、それは大丈夫みたいです。まだ顔に青あざが残っていましたが……」
小柄女子がおずおずと答える。
よかったあ。ジェイド君は今のところ再度の嫌がらせを受けてはいないようだ。
胸をなで下ろす私に、小柄女子は続ける。
「グランデール君は言ってました。自分のことは気にせず、ユキ様には自由に振舞って欲しいって。自分の身は自分で守るくらいはできるから、とも」
ジェイド君……けなげだ……。
そんなこと言ってくれるからこそ、やっぱり巻き込むわけには……いや、でも、ジェイド君なら上手く立ち回ってくれるかも……。
「教えてくれてありがとう。申し訳ないんだけど、ついでにジェイド君にもありがとうって伝えてもらえるかな?」
「はい。必ず伝えます」
小柄女子はぺこりと頭を下げると、教室から出て行った。
「ユキさん。これでわかったでしょう? 私も、ジェイド・グランデールも、アトレーユ王子には屈しません。だから、あなたも負けないで」
「ミリアンちゃん……」
ミリアンちゃんもジェイド君も、アトレーユ王子には屈しないと言ってくれた。でも、本当に私はその言葉に甘えてしまっても良いんだろうか?
もやもやと考えているうちに、王子との地獄のランチタイム(ちなみに今日もフォアグラが出てきた)が終わり、放課後になった。
昨日と同じようにアトレーユ王子が迎えに来る。
でも、そんなに苦痛じゃない。だって、あと少し我慢すればヴィンセントさんに逢えるんだから。
「朝と違って随分機嫌がいいね」
まずい。心のうちが態度に出てしまっていたようだ。
「そ、そんな事をありませんよ。きっと、アトレーユ様とご一緒できて嬉しい気持ちが、漏れ出てしまっていたんでしょう」
もう少しで門に着く。あ、ヴィンセントさんが待っててくれている姿が見える。私は軽く手を振る。
「それではアトレーユ様、私はこれで失礼しま――」
ヴィンセントさんに駆け寄ろうとした時、王子に腕を掴まれた。
「待って、まだ帰っちゃ駄目だよ」
「はい?」
「君にはラ・プリンセスとして、僕に『別れのキス』でもしてもらおうかな」
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