異世界で目覚めたら猫耳としっぽが生えてたんですけど

金時るるの

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学園入学編

失敗の原因

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「おかしいなあ……」

 学校がお休みの日、私は自宅の錬金術セットの前で困惑していた。
 先日授業で作ったカレールー。あれがどうしても再現できないのだ。なぜか「魔除けの聖水」ができてしまう。
 ある意味それで正しいのだが、私の欲しいのはそれじゃない。カレールーなのだ。

「よくもまあ、こんなに作ったものだな」

 バケツいっぱいの「魔除けの聖水」を見たヴィンセントさんが、少々呆れた声を上げる。

「だって、カレールーができないから……」

 何度も失敗した結果のバケツいっぱい魔除けの聖水なのだ。カレールー成功回数はゼロ。なぜだ。

「ちょうどいい。我輩はこの『魔除けの聖水』を魔法道具屋に売ってこよう。ユキ、お前もあまり根を詰めるな。カレーは次の楽しみにとっておけばいい」

 ヴィンセントさんは私の頭を撫でると、バケツごと持ってどこかに行ってしまった。

 あーあ、ヴィンセントさんにまたカレー食べさせてあげたかったなあ。
 なんで作れないんだろう。同じ材料を使ってるはずなのに。

 とりあえずその日のメニューはカレーからカツサンドに変更になった。

 
 ◇◇◇◇◇


「と、いうわけなんだけど、ジェイド君はどう思う?」

 翌日のお昼休み、私は昨日のことをジェイド君に相談した。どうしてもカレールーができないと。
 ジェイド君に相談した理由は簡単。学年トップの頭脳と技量の持ち主だからだ。そんな優秀な人物なら、私の悩みなどささっと解決してくれるに違いない。はず。

「教科書通りに『魔除けの聖水』ができたのなら、それでいいじゃありませんか」
「それじゃダメなんだよう! 私はカレールーが作りたいんだよう!」

 ジェイド君はため息を一つつくと、眼鏡を押し上げる。

「錬金術は材料さえ間違っていなければ、失敗することはそうそうありません。あとは作成者の技量の問題ですが、その後は失敗ぜずに正しく作れたというのを考えれば、その可能性も低い」
「えーと、つまり?」
「どこかで余計なものが混入したということです」

 余計なもの? あの時は授業についていこうと必死だったからなあ。余計なものが混入していてもおかしくはない。でも、その後同じように作ってもカレールーはできない。ジェイド君の言う通り、何かが混入したとすれば……。

「あ」

 私は思わず声をあげた。


 ◇◇◇◇◇


「あのう、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

 休み時間、私がミリアンちゃんと共に声をかけたのは、錬金術の授業の時に隣にいた女の子。試験管を拾ってくれたあの子だ。

「な、なんでしょうユキ様」

 怯えた子うさぎのような瞳。まるで私がいじめているようじゃないか。声をかけただけなのに。
 理不尽な思いにかられながらも女の子に尋ねる。

「あのね、この前の錬金術の授業の時に、私の器具に何かおかしなところはなかった?」
「え?」

 女の子は眼を見張る。

「実はね、あの後自宅で『魔除けの聖水』を作ったんだけど、一度も失敗しなかったの。魔法に詳しい人に聞いても『材料さえ間違っていなければ、失敗することは滅多にない』って。それならどこかで余計なものが混ざった事になる。あの授業の時、私の隣にいたのはあなた。ねえ、何か心当たりはない? ……こんなこと言いたくないけど、もしかして……何か細工したとか」

 そのとたん、女の子の顔が歪んだ。まるで今にも泣き出しそうに。

「ご、ご、ごめんなさいごめんなさい! 許してください!」

 私とミリアンちゃんは顔を見合わせる。どうやらあの日、なんらかの細工をしたのは、本当にこの子だったらしい。

「教えて。一体何をしたの?」
「ご、ごめんなさいごめんなさい!」

 私の問いにも、女の子は取り乱したように謝るばかり。
 そこでミリアンちゃんが説得する。

「落ち着いて。ユキさんは何もあなたを責めているわけじゃないのよ。ただ、あなたが何をしたのか知りたいだけ。そうですわよね? ユキさん」
「そうそう。むしろ教えて欲しいくらい」

 女の子は眼を瞬かせる。

「どうしてでしょうか?」
「それは、あの失敗作がとっても役に立ったから、もう一度作りたいの」

 女の子は不思議そうな顔をしながらも、口を開く。

「……あの時、ユキ様がきょろきょろしていたので、あらぬ方向を向いている間に、お塩をひとつまみビーカーに入れました」
「塩!?」

 そういえば、授業についていけるようにと周囲に気を取られていた。あの時か。

「ごめんなさい。許してください」
「だから怒ってないってば、むしろ感謝してる。ありがとう!」

 私は女の子の両手を取りぶんぶんと上下に振る。

「あ、でも、ひとつ気になることが……」
「な、なんでしょう?」
「どうしてそんな事したの?」

 女の子ははっとしたように目を伏せて黙り込む。
 無言の時間が流れる。
 やだ、なにこれ。気まずい。もしかしていじめの一環とかだったのかな。だったらどうしよう。こわい。
 その時、ミリアンちゃんが口を開いた。

「私が言い当ててみせましょうか? ずばり、あなたはユキさんに嫉妬していたのでは?」

 嫉妬? 

 私の疑問を孕んだ視線に、ミリアンちゃんは頷く。

「亜人でありながらラ・プリンセスに選ばれ、多くの人からまるで本物のプリンセスのような扱いを受けている。そんなユキさんが羨ましかったのですわ。だからちょっとした嫌がらせを、ね」

 すると、女の子は黙ったまま俯いた。
 どうやらミリアンちゃんの言った通りみたいだ。ラ・プリンセスなんかになったって、良いことなんかないのに。

「あなたも名家の娘でしょう? そんな事をして恥ずかしくはないの? 自分から家名を汚すようなことはおやめなさい」

 ミリアンちゃんのお説教に、女の子は

「はい、申し訳ありませんでした。もう二度といたしません」

 と謝ってくれた。

「いいよ。さっきも言ったけど、あの失敗作、すごく役に立つから。むしろ感謝してる。あと、その『ユキ様』っていうのやめて貰えるかな? なんだか落ち着かないし。同級生なんだから」
「でも、ラ・プリンセスは、ラ・プリンセスですから……」

 なんだかよくわからない事を言い置くと、女の子は逃げるように去っていった。
 むむむ。ラ・プリンセスという肩書が、私の楽しい学園生活を阻害している……!

「ラ・プリンセスも大変ですわね」

 ミリアンちゃんが慰めてくれた。ミリアンちゃん権天使。


 ◇◇◇◇◇


 帰宅した私は、さっそく調合台に向かう。
 女の子に言われた通り、材料と一緒に塩を一つまみビーカーに。最後に水を注げば……。
 ぽんっという音と共に煙が上がると、そこには念願の茶色の塊が。
 少し削って口に入れると、スパイシーな香りと共に馴染みのある味が広がる。
 できた! 再びあの味が! これでカレーが作れる!

「ヴィンセントさん! 今日はカレーパーティですよ!」


 ◇◇◇◇◇


「――というわけで、カレールー問題は無事解決しました。ジェイド君の助言のおかげだよ」
「僕はただ事実を述べただけですが、お役に立てたようなら何よりです」
「それでね。ささやかなんだけど、お礼がしたくて。今度のお休みの日、空いてるかな?」
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