異世界で目覚めたら猫耳としっぽが生えてたんですけど

金時るるの

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それからの事

建国祭2

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「そこの旦那様方、美味しい美味しいシチューの試飲はいかがですかにゃん。お代は頂きませんにゃん」

 この際恥はかき捨てる。とにかく道行く人に声を掛けまくるのだ。
 クロードさんも

「お嬢様方。シチューの味見などいかがですか?」

 などと頑張ってくれている。
 そのおかげか

「お、美味いな。一杯貰おうか」
「こっちは二杯ちょうだい」

 と、注文してくれるお客様が現れた。
 夕方になる頃にはお鍋一杯の『白波の中の宝探し』は半分くらいに減っていた。
 あと半分。あと半分で売り切れる!
 はやる心を抑えながら、道行く人に試飲を勧めては断られたり、受け取って貰えたり。

 そうして空は暗くなり、屋台のランプが光を放ちながら道沿いにずらりと並ぶ。
 普段なら幻想的なその光景も、私にとっては焦りでしかない。だって、まだお鍋にはそれなりの量の『白波の中の宝探し』が残っているんだから。これをからっぽにしないと私に自由はないのだ。

 はあ、もう駄目なのかな。ヴィンセントさんとお祭りを見て回るのは諦めたほうがいいのかな。
 そんな考えが頭をかすめたその時

「ユキ」

 名前を呼ばれて顔を向けると、そこにはなんとヴィンセントさんが。

「遅いから様子を見に来たのだが……」

 迎えに来てくれたんだ。でも、私はまだこの場を離れるわけにはいかない。

「すみません。もうちょっとで売り切れそうなんですけど、なかなか……」

 それを聞いたヴィンセントさんはつかつかとレオンさんに歩み寄る。

「店主。その『白波の中の宝探し』はあとどれくらい残っているのだ?」
「うん? あと20杯分ってとこかな。なんだあんた。ネコ子を迎えに来たのか? それなら別に連れてっても構わな――」
「いや、その鍋の中身。全て我輩が貰おう」
「は?」

 ヴィンセントさんは硬貨を何枚か取り出してレオンさんに渡す。
 
「さあ、早く中身をコップに注いで我輩に渡すのだ」
「ヴィ、ヴィンセントさん、無理しないで……!」

 私が慌てて服を引っ張るも

「これを完売させないとお前はここから解放されないのだろう? だったら我輩が全部飲み干してやる。さあ店主、早くするのだ」

 レオンさんは少しの間ぽかんとしていたが、やがてにやりと笑う。

「面白ぇじゃねえか。そういう事なら全部飲み干してもらうぜ。ネコ子を連れて行きたかったらな」

 ええ……レオンさんまでそんな煽るような事……。

 紙コップに注がれた『白波の中の宝探し』を、ヴィンセントさんは一気に飲み干す。

「さあ、もう一杯」

 注がれた『白波の中の宝探し』を、ヴィンセントさんはどんどん飲み干してゆくが、そのたびに徐々にペースが落ちてゆく。時折苦しそうな表情も見せている。

「レオンさん! 私もにもください! 私も飲みます!」

 思わず手を挙げるも、それをヴィンセントさんが制す。

「やめろユキ。これは我輩が仕掛けた勝負なのだ。最後までそこで見ていろ」

 謎のプライドがあるみたいだ。どうしよう。これは見守るしかできないのかな……。
 ヴィンセントさん、頑張って!

「ほら、これが最後の一杯だ。飲み干したらネコ子をどこにでも連れてって良いぜ」

 レオンさんからコップを受け取るその手は、微かに震えているようだ。
 そうして最後の一杯を見つめると、ヴィンセントさんは、最後の力を振り絞るようにコップの中身を一気に煽る。
 コップを逆さにして空っぽだという事を示すと、何故かおおっというざわめきと拍手が聞こえた。
 周りに目を向けると、いつの間にか人の輪ができていて、ヴィンセントさんに拍手を送っている。
 なんだろう。大食い大会にでも勘違いされたのかな……?

「1人で20杯のシチューを平らげた彼に拍手ー。でもって、20杯でも食べたくなる『白波の中の宝探し』は、銀のうさぎ亭で食べられまーす。よろしくお願いしまーす。明日は12時から開店でーす」

 などとレオンさんがちゃっかり宣伝している。これを見越してヴィンセントさんの申し出を受けたのかな……?

 ともあれ、ヴィンセントさんが約束を果たしたのは確かである。
「早く行け」というレオンさんのジェスチャー通り、私はヴィンセントさんを引っ張って人の輪から抜け出した。



 ◇◇◇◇◇


「ヴィンセントさん、大丈夫ですか?」
「うう……戻しそうだ」

 私は慌ててヴィンセントさんの背中をさする。

「無理しすぎですよ」
「だが、無理しなければ、お前と建国祭を一緒に過ごせないまま終わっていたかもしれない」
「まあ、それはそうかもしれませんけど……」

 それで気分が悪くなってたら意味がない。いや、でもどうしよう。嬉しい。ヴィンセントさんが私のためにここまでしてくれた事が。

「どこかで休みましょう」
「そんな暇はない。行きたいところがある」

 ヴィンセントさんは気分悪そうにしながらも私の手を取って歩き出す。
 大丈夫かな。と思いつつ、着いた先はいつかの公園だった。
 小高い丘のようになっているところに登ると、ヴィンセントさんは座り込む。
 
「ここに何かあるんですか?」

 隣に座りながら尋ねると

「もう少しでわかる」

 という答えが返ってきた。
 なんだろう。と思ったその時、頭上で何かが煌めいた。
 目を向けると、そこには大輪の花。
 花火だ。色とりどりの花火が次々と空を覆う。

「もしかして、これを見たかったんですか?」
「ああ、お前と一緒にな。せっかくの建国祭なのだから」
「きれい……」
「いい場所だろう? 静かだし、人もいない」

 言いながら、ヴィンセントさんが私の肩を抱く。
 私はそのまま彼の肩にもたれ掛かった。

 珍しい屋台だとかは見られなかったけれど、最後の最後に一番きれいなものを一緒に見れたんだ。こんな素敵な建国祭があるだろうか。
 そのまま肩を寄せ合いながら、花火を眺めていた。
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