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城内にて
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何物の侵入も許さないかのように、切り出した石を高く積んだ塀で敷地のまわりを囲まれ、その白亜のお城はそびえたっていた。
馬車は門の前で止まると、ノノンちゃんに降りるよう促される。今日から私はここで生活するのだというのに、まだ実感が湧かない。
城内に足を踏み入れて、ノノンちゃんに案内されるまま後へと続くと、着いた場所はお風呂。
「殿下にお逢いするのにその恰好はいただけませんからね。まずは身体を念入りに奇麗にしてください」
「……わかった」
どうせ私には拒否権など無いのだろう。大人しく従う事にした。
◇◇◇◇◇
「おお、やっと来たか猫娘。待ちくたびれたぞ」
入浴後に案内された部屋では、天蓋付きのベッドの他、ドレッサーや生活に必要なものが揃っていた。そして絨毯の上に一つのテーブルとニ脚の椅子。その片方には今までユージーンさんが座っていたが、私の姿を見るなり腰を上げて近づいてきた。
「見違えたな。美しい」
言いながら私の髪に触れるので、思わずびくりとしてしまう。
お風呂を済ませた後、複数のメイド達の手により、私は上等な生地でできた青いドレスを着せられ、髪を念入りにブラッシングされた。おまけにお化粧まで。でも、ちっとも嬉しくない。
「そんなに怯えなくとも良いではないか。いつも通りに振舞えば何も問題はない。そうだ、茶を用意させよう。隣国の珍しい菓子もあるぞ」
上機嫌で使用人を呼ぶと、間もなく紅茶が運ばれてきた。見た事の無いお菓子も一緒に。
カップを持ち上げながら、ユージーンさんはあたりを見回す。
「ここが今日からお前の部屋だ。どうだ、気に入ったか? 足りないものがあれば何でも言え。すぐに用意させよう」
「……ユージーンさん」
「ジーンだ」
「え?」
「俺の本当の名は『ジーン』。『ユージーン』は城下での仮の名だ。これからは本名で呼べ」
そういえばノノンちゃんも偽名だって言っていたっけ。ユージーン……いや、ジーンさんも同じように名前を使い分けていたんだろう。
私は改めて目の前の男性を見据える。
「ジーンさん。私、言いましたよね。強引にこんな事されてもあなたの事は好きになれないって。その気持ちは今も変わりませんよ。むしろ憎いくらいです。それでも私をここに置く気ですか?」
「なかなか言うではないか。だが、俺も言ったであろう? お前を必ず惚れさせてみせると。どんな手段を使ってもな」
「それなら今すぐこの部屋から出て行ってください。暫くひとりになりたいんです」
「おや、猫の姫君はご機嫌ななめだな。仕方ない。後ろ髪引かれるが、ここはひとまず退散するとしようか」
意外にもジーンさんは素直に部屋から出て行った。これも何か思惑があっての行動なんだろうか?
彼が何をするつもりなのかわからない。それが私には不気味に感じられて仕方が無かった。
けれど、どうすることもできず、ただベッドに倒れ込むように突っ伏す事しかできなかった。
◇◇◇◇◇
「ユキ様、ご夕食の準備が整いましたよ。食堂までいらしてください」
女性の声がして、私は覚醒した。どうやらベッドに突っ伏したまま眠っていたみたいだ。
こんな状況で食欲なんか湧くはずもない。
「いりません」
ドア越しに応じると、女性は困ったような声を上げる。
「で、ですが……ジーン様がすでにお待ちで……」
「そんな事知りません」
その時、にわかに場内がざわついた。何事かと少しドアを開けると、鎧をまとった騎士たちが慌ただしく廊下を行き来し
「侵入者だ! すぐに捕らえろ!」
と叫んでいる。
侵入者?
「ユキ様! お聞きになられましたか!? ただいま城内に不審者が侵入してきたようです! 危険なので決してお部屋から出ないでください!」
ドアの向こうにいた女性が叫んでいる。私は咄嗟に扉を大きく開けると、そのメイド姿の女性を室内に引き入れた。
「危ないって言うのならあなただってそうでしょ? 少なくともこの部屋の中にいれば、廊下にいるよりは安全なはずです」
「……お、お気遣いありがとうございます」
どれくらい経ったか。息をひそめていると部屋の外が静かになった。
と、女性は立ち上がると
「わたくし、外の様子を見て参ります。ユキ様はそのままこのお部屋に」
「そんな、危ないですよ」
引き留めるも、女性は様子を探るため部屋の外へと出て行ってしまった。
かと思うと、すぐに戻ってきて私に報告する。
「侵入者は無事に捕らえられたそうです。ご安心ください」
「そうですか。それなら良かった。でも、こういう事ってよくあるんですか?」
「いいえ。少なくとも私がここで仕えるようになってからは初めてです。城門には衛兵だっているのに、一体どこから入り込んだんでしょう。小耳にはさんだ情報によると、侵入者は頭に白い花の飾りをつけた男だそうですよ。さすがにそんな恰好してたら目立ちますよね。一体何を考えてたんでしょう」
「え……?」
頭に花の飾りをつけた男……?
それってまさか、まさか、花咲きさん?
馬車は門の前で止まると、ノノンちゃんに降りるよう促される。今日から私はここで生活するのだというのに、まだ実感が湧かない。
城内に足を踏み入れて、ノノンちゃんに案内されるまま後へと続くと、着いた場所はお風呂。
「殿下にお逢いするのにその恰好はいただけませんからね。まずは身体を念入りに奇麗にしてください」
「……わかった」
どうせ私には拒否権など無いのだろう。大人しく従う事にした。
◇◇◇◇◇
「おお、やっと来たか猫娘。待ちくたびれたぞ」
入浴後に案内された部屋では、天蓋付きのベッドの他、ドレッサーや生活に必要なものが揃っていた。そして絨毯の上に一つのテーブルとニ脚の椅子。その片方には今までユージーンさんが座っていたが、私の姿を見るなり腰を上げて近づいてきた。
「見違えたな。美しい」
言いながら私の髪に触れるので、思わずびくりとしてしまう。
お風呂を済ませた後、複数のメイド達の手により、私は上等な生地でできた青いドレスを着せられ、髪を念入りにブラッシングされた。おまけにお化粧まで。でも、ちっとも嬉しくない。
「そんなに怯えなくとも良いではないか。いつも通りに振舞えば何も問題はない。そうだ、茶を用意させよう。隣国の珍しい菓子もあるぞ」
上機嫌で使用人を呼ぶと、間もなく紅茶が運ばれてきた。見た事の無いお菓子も一緒に。
カップを持ち上げながら、ユージーンさんはあたりを見回す。
「ここが今日からお前の部屋だ。どうだ、気に入ったか? 足りないものがあれば何でも言え。すぐに用意させよう」
「……ユージーンさん」
「ジーンだ」
「え?」
「俺の本当の名は『ジーン』。『ユージーン』は城下での仮の名だ。これからは本名で呼べ」
そういえばノノンちゃんも偽名だって言っていたっけ。ユージーン……いや、ジーンさんも同じように名前を使い分けていたんだろう。
私は改めて目の前の男性を見据える。
「ジーンさん。私、言いましたよね。強引にこんな事されてもあなたの事は好きになれないって。その気持ちは今も変わりませんよ。むしろ憎いくらいです。それでも私をここに置く気ですか?」
「なかなか言うではないか。だが、俺も言ったであろう? お前を必ず惚れさせてみせると。どんな手段を使ってもな」
「それなら今すぐこの部屋から出て行ってください。暫くひとりになりたいんです」
「おや、猫の姫君はご機嫌ななめだな。仕方ない。後ろ髪引かれるが、ここはひとまず退散するとしようか」
意外にもジーンさんは素直に部屋から出て行った。これも何か思惑があっての行動なんだろうか?
彼が何をするつもりなのかわからない。それが私には不気味に感じられて仕方が無かった。
けれど、どうすることもできず、ただベッドに倒れ込むように突っ伏す事しかできなかった。
◇◇◇◇◇
「ユキ様、ご夕食の準備が整いましたよ。食堂までいらしてください」
女性の声がして、私は覚醒した。どうやらベッドに突っ伏したまま眠っていたみたいだ。
こんな状況で食欲なんか湧くはずもない。
「いりません」
ドア越しに応じると、女性は困ったような声を上げる。
「で、ですが……ジーン様がすでにお待ちで……」
「そんな事知りません」
その時、にわかに場内がざわついた。何事かと少しドアを開けると、鎧をまとった騎士たちが慌ただしく廊下を行き来し
「侵入者だ! すぐに捕らえろ!」
と叫んでいる。
侵入者?
「ユキ様! お聞きになられましたか!? ただいま城内に不審者が侵入してきたようです! 危険なので決してお部屋から出ないでください!」
ドアの向こうにいた女性が叫んでいる。私は咄嗟に扉を大きく開けると、そのメイド姿の女性を室内に引き入れた。
「危ないって言うのならあなただってそうでしょ? 少なくともこの部屋の中にいれば、廊下にいるよりは安全なはずです」
「……お、お気遣いありがとうございます」
どれくらい経ったか。息をひそめていると部屋の外が静かになった。
と、女性は立ち上がると
「わたくし、外の様子を見て参ります。ユキ様はそのままこのお部屋に」
「そんな、危ないですよ」
引き留めるも、女性は様子を探るため部屋の外へと出て行ってしまった。
かと思うと、すぐに戻ってきて私に報告する。
「侵入者は無事に捕らえられたそうです。ご安心ください」
「そうですか。それなら良かった。でも、こういう事ってよくあるんですか?」
「いいえ。少なくとも私がここで仕えるようになってからは初めてです。城門には衛兵だっているのに、一体どこから入り込んだんでしょう。小耳にはさんだ情報によると、侵入者は頭に白い花の飾りをつけた男だそうですよ。さすがにそんな恰好してたら目立ちますよね。一体何を考えてたんでしょう」
「え……?」
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