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なつかしい場所
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お休みの日、わたしは久々に銀のうさぎ亭本店へと訪れた。
マスターやイライザさんの様子も知りたかったし、他にも用事があったからだ。
お店は相変わらず繁盛しているようで、何組かの人々が行列を作っていた。
最後尾に並んでしばらく待つと、自分の番がやってきた。
入店すると
「いらっしゃいませー」
との言葉と共に
「ユキちゃん!? 久しぶり! 元気だった!?」
私の存在に気づいたイライザさんが、素早く近寄ってきて両手を握る。
「はい。イライザさんこそ、お元気そうでなによりです」
「今日はどうしたの?」
「マスターのお料理を食べにきました。あと、その……イライザさんにご相談があって……あとでお時間取れますか?」
「もちろん大丈夫よ。そうね……2ブロック先にカフェがあったでしょ? あそこに3時待ち合わせでどうかしら?」
「はい。大丈夫です」
そうして、久しぶりのマスターのお料理を堪能した後、指定されたカフェでひとり待つ。
お茶を飲みながらぼうっとしていると、約束した時間より少し遅れてイライザさんが現れた。
「ごめんなさいユキちゃん。待たせちゃったかしら?」
「いえ、大丈夫です。こちらこそ急にすみません」
「いいのよ。気にしないで」
イライザさんは紅茶を注文すると、居住まいを正す。
「それでユキちゃん、相談したい事ってなあに? もしかして悩み事?」
イライザさんがやけに声をひそめるので、私は慌てて胸の前で手を振る。
「ち、違います! いや、ある意味違わないですけど、そんな深刻な悩みじゃなくて……」
私はお茶をひとくち飲んで唇を湿らすと、思い切って告げる。
「実は私……好きな人ができまして……」
「えっ!? 誰誰!? まさかレオン君とか!?」
「ち、違いますよ! ほら、あの、お店のメニューのイラストを描いてくれた画家さんで――」
簡単なあらましを説明すると、イライザさんも大体を把握したようだった。
「それで、告白するかどうか悩んでるって事?」
「そうですね。そういうことになりますかね」
今の私と花咲きさんの関係はひどく曖昧だ。一緒に住んでいるとは言え、ただの同居人に近い。これ以上どうやって関係を発展させたら良いのやら。
「ううん、困ったわねえ……」
「え? 私何か不味いことしてます!?」
焦って身を乗り出すと、イライザさんがかぶりを振る。
「何かアドバイスしてあげたいのはやまやまなんだけど、私も男性とお付き合いしたのはマスターが初めてだったし……」
おおう、そう言えばそうだった。イライザさんは、過去に男性に対してトラウマに近い感情を抱いていたんだっけ?
これはまずい。過去のトラウマがぶり返してしまうかもしれない。
慌てて話題を変えようとする前に、イライザさんがぱっと顔を輝かせた。
「アレはどうかしら? ほら、ユキちゃんも言ってたじゃない。『男を掴むなら胃袋を掴め』って。ここは美味しいお料理で胃袋も心も掴むのよ」
胃袋か……それはもうカツサンドで掴んでいるような気がする。と言うことは、私は既に花咲きさんの心も掴んでいる!? ……とは思えないな……なぜだろう。
現状、ただのカツサンド係のような気がする。
そりゃ、「おやすみのはぐはぐ」だとかはしてもらってるけど、それだって私が「故郷の風習」だとか、でたらめを言って付き合ってもらってるだけだし。
私があまりにも悩んでいるように見えたのか、イライザさんがなんだか焦っているみたいだ。
「ごめんなさいね。お役に立てなくて」
額の汗をしきりとハンカチで拭っている。
まずい。そんなに心配かけたかな。
私は咳払いをすると
「いえ、誰かにこうして話を聞いてもらえるだけで気が楽になりました。わたし、諦めません。なんていってもイライザさんの結婚式で花輪を頂きましたからね。きっとご利益あるに違いありませんよ」
笑顔を作ると、イライザさんもなんとか安心したようだった。
◇◇◇◇◇
そうしてイライザさんと別れたあとで帰路につく。
ああ、豚肉とパンを買って帰らないとなあ。
などと考えていると
「おい、猫娘」
と声をかけられた。私をそんな風に呼ぶのは一人しかいない。
振り返ると案の定ユージーンさんがいた。
「こんにちは。また城下の視察ですか?」
「まあな。しかしちょうど良かった。俺は今空腹なのだ」
この流れ、前にもあったぞ。あの時は私がお茶代を支払う羽目になってしまった。今日はせめて割り勘に持ち込んでみせる……!
スルーするという手もあるが、相手が王子様である以上、そんな恐ろしいことはできない。
「ええと、それじゃあお肉の串焼きでもどうでしょうか?」
「俺は甘いものが食べたい」
「…………」
もう、我儘だなあ。
視線をぐるりと巡らすと、甘いものを扱う屋台がちらほらと見える。その中の一つに目が止まる。
「それじゃあ綿あめにしましょうか」
「綿あめ?」
「とっても甘いお菓子です」
そうして綿あめの屋台で、気の良さそうな男性店主に話しかける。
「綿あめふたつ。お会計は別々で。ええ、別々で」
割り勘を強調しつつ。ピンク色の綿あめを受け取り、お金を払う。
ユージーンさんは水色の綿あめだ。私に倣ってお金を払おうとしている。よし、割り勘で済んだ。
と、おもいきや、屋台の男性が困ったような声を上げる。
「兄さん。金貨なんて渡されても釣り銭が足りねえよ。もっと細かいのないのかい?」
なんと、ユージーンさんは屋台の綿あめを金貨で払おうとしている。
私は慌てて袖を引っ張る。
「ユージーンさん、せめて銀貨でもありませんか?」
「いや、金貨しか持っていない。普段はノノンやフリージアがなんとかしてくれるからな」
なんというブルジョワ。いや、実際にブルジョワなんだけどさ。それでも外出時に金貨しか持ってないっていうのは問題だ。フリージアさん達がもっと教育してくれたらいいのに。
結局ユージーンさんの綿あめ代も私が出す羽目になってしまった……。
近くのベンチに並んで座ると、ユージーンさんが、綿あめをまじまじと眺める。
「それで、これはどのようにして食せば良いのだ?」
まさか、今まで綿あめ食べたことないのかな?
「普通に齧ればいいんですよ。こうやって」
私が齧ってみせると、ユージーンさんも恐る恐るといった様子で綿あめに齧り付く。
「なんだこれは。口に入れた途端溶けてなくなったぞ。まるで雲のような不思議な菓子だ」
おいしいよね。綿あめ。
「お気に召しましたか?」
「ああ、王宮では食べたこともない。民草はこんな不思議なものを日常的に食しているのか?」
「ええ、まあ」
不思議なものというか、ジャンクなフードですね。王宮じゃお目にかかれないような。
ユージーンさんはあっという間に綿あめを食べ終わると何やら思案していたが、やがて顔を上げてこちらを見る。
「猫娘。お前の働く店は週の中日が休みであったな」
「そうですけど、それが何か?」
「来週のこの時間もここへ来い。俺に庶民の食べ物を教えるのだ」
ええー、なにそれ面倒くさい。
「それならフリージアさんとかノノンちゃんに頼んだらどうですか?」
「あの者らは庶民の食べ物は俺の口に合わないと言って、食べさせてくれないのだ」
ジャンクフードを嫌うお母さんみたいな二人だ。
「だからってなんで私が……」
「……アラン・スミシー」
「喜んで案内させていただきます」
断ったら私がアラン・スミシーだとバラそうとしている! 卑怯! 卑怯王子!
そういうわけで仕方なく、私は来週もここでユージーンさんと待ち合わせる羽目になったのだった。
マスターやイライザさんの様子も知りたかったし、他にも用事があったからだ。
お店は相変わらず繁盛しているようで、何組かの人々が行列を作っていた。
最後尾に並んでしばらく待つと、自分の番がやってきた。
入店すると
「いらっしゃいませー」
との言葉と共に
「ユキちゃん!? 久しぶり! 元気だった!?」
私の存在に気づいたイライザさんが、素早く近寄ってきて両手を握る。
「はい。イライザさんこそ、お元気そうでなによりです」
「今日はどうしたの?」
「マスターのお料理を食べにきました。あと、その……イライザさんにご相談があって……あとでお時間取れますか?」
「もちろん大丈夫よ。そうね……2ブロック先にカフェがあったでしょ? あそこに3時待ち合わせでどうかしら?」
「はい。大丈夫です」
そうして、久しぶりのマスターのお料理を堪能した後、指定されたカフェでひとり待つ。
お茶を飲みながらぼうっとしていると、約束した時間より少し遅れてイライザさんが現れた。
「ごめんなさいユキちゃん。待たせちゃったかしら?」
「いえ、大丈夫です。こちらこそ急にすみません」
「いいのよ。気にしないで」
イライザさんは紅茶を注文すると、居住まいを正す。
「それでユキちゃん、相談したい事ってなあに? もしかして悩み事?」
イライザさんがやけに声をひそめるので、私は慌てて胸の前で手を振る。
「ち、違います! いや、ある意味違わないですけど、そんな深刻な悩みじゃなくて……」
私はお茶をひとくち飲んで唇を湿らすと、思い切って告げる。
「実は私……好きな人ができまして……」
「えっ!? 誰誰!? まさかレオン君とか!?」
「ち、違いますよ! ほら、あの、お店のメニューのイラストを描いてくれた画家さんで――」
簡単なあらましを説明すると、イライザさんも大体を把握したようだった。
「それで、告白するかどうか悩んでるって事?」
「そうですね。そういうことになりますかね」
今の私と花咲きさんの関係はひどく曖昧だ。一緒に住んでいるとは言え、ただの同居人に近い。これ以上どうやって関係を発展させたら良いのやら。
「ううん、困ったわねえ……」
「え? 私何か不味いことしてます!?」
焦って身を乗り出すと、イライザさんがかぶりを振る。
「何かアドバイスしてあげたいのはやまやまなんだけど、私も男性とお付き合いしたのはマスターが初めてだったし……」
おおう、そう言えばそうだった。イライザさんは、過去に男性に対してトラウマに近い感情を抱いていたんだっけ?
これはまずい。過去のトラウマがぶり返してしまうかもしれない。
慌てて話題を変えようとする前に、イライザさんがぱっと顔を輝かせた。
「アレはどうかしら? ほら、ユキちゃんも言ってたじゃない。『男を掴むなら胃袋を掴め』って。ここは美味しいお料理で胃袋も心も掴むのよ」
胃袋か……それはもうカツサンドで掴んでいるような気がする。と言うことは、私は既に花咲きさんの心も掴んでいる!? ……とは思えないな……なぜだろう。
現状、ただのカツサンド係のような気がする。
そりゃ、「おやすみのはぐはぐ」だとかはしてもらってるけど、それだって私が「故郷の風習」だとか、でたらめを言って付き合ってもらってるだけだし。
私があまりにも悩んでいるように見えたのか、イライザさんがなんだか焦っているみたいだ。
「ごめんなさいね。お役に立てなくて」
額の汗をしきりとハンカチで拭っている。
まずい。そんなに心配かけたかな。
私は咳払いをすると
「いえ、誰かにこうして話を聞いてもらえるだけで気が楽になりました。わたし、諦めません。なんていってもイライザさんの結婚式で花輪を頂きましたからね。きっとご利益あるに違いありませんよ」
笑顔を作ると、イライザさんもなんとか安心したようだった。
◇◇◇◇◇
そうしてイライザさんと別れたあとで帰路につく。
ああ、豚肉とパンを買って帰らないとなあ。
などと考えていると
「おい、猫娘」
と声をかけられた。私をそんな風に呼ぶのは一人しかいない。
振り返ると案の定ユージーンさんがいた。
「こんにちは。また城下の視察ですか?」
「まあな。しかしちょうど良かった。俺は今空腹なのだ」
この流れ、前にもあったぞ。あの時は私がお茶代を支払う羽目になってしまった。今日はせめて割り勘に持ち込んでみせる……!
スルーするという手もあるが、相手が王子様である以上、そんな恐ろしいことはできない。
「ええと、それじゃあお肉の串焼きでもどうでしょうか?」
「俺は甘いものが食べたい」
「…………」
もう、我儘だなあ。
視線をぐるりと巡らすと、甘いものを扱う屋台がちらほらと見える。その中の一つに目が止まる。
「それじゃあ綿あめにしましょうか」
「綿あめ?」
「とっても甘いお菓子です」
そうして綿あめの屋台で、気の良さそうな男性店主に話しかける。
「綿あめふたつ。お会計は別々で。ええ、別々で」
割り勘を強調しつつ。ピンク色の綿あめを受け取り、お金を払う。
ユージーンさんは水色の綿あめだ。私に倣ってお金を払おうとしている。よし、割り勘で済んだ。
と、おもいきや、屋台の男性が困ったような声を上げる。
「兄さん。金貨なんて渡されても釣り銭が足りねえよ。もっと細かいのないのかい?」
なんと、ユージーンさんは屋台の綿あめを金貨で払おうとしている。
私は慌てて袖を引っ張る。
「ユージーンさん、せめて銀貨でもありませんか?」
「いや、金貨しか持っていない。普段はノノンやフリージアがなんとかしてくれるからな」
なんというブルジョワ。いや、実際にブルジョワなんだけどさ。それでも外出時に金貨しか持ってないっていうのは問題だ。フリージアさん達がもっと教育してくれたらいいのに。
結局ユージーンさんの綿あめ代も私が出す羽目になってしまった……。
近くのベンチに並んで座ると、ユージーンさんが、綿あめをまじまじと眺める。
「それで、これはどのようにして食せば良いのだ?」
まさか、今まで綿あめ食べたことないのかな?
「普通に齧ればいいんですよ。こうやって」
私が齧ってみせると、ユージーンさんも恐る恐るといった様子で綿あめに齧り付く。
「なんだこれは。口に入れた途端溶けてなくなったぞ。まるで雲のような不思議な菓子だ」
おいしいよね。綿あめ。
「お気に召しましたか?」
「ああ、王宮では食べたこともない。民草はこんな不思議なものを日常的に食しているのか?」
「ええ、まあ」
不思議なものというか、ジャンクなフードですね。王宮じゃお目にかかれないような。
ユージーンさんはあっという間に綿あめを食べ終わると何やら思案していたが、やがて顔を上げてこちらを見る。
「猫娘。お前の働く店は週の中日が休みであったな」
「そうですけど、それが何か?」
「来週のこの時間もここへ来い。俺に庶民の食べ物を教えるのだ」
ええー、なにそれ面倒くさい。
「それならフリージアさんとかノノンちゃんに頼んだらどうですか?」
「あの者らは庶民の食べ物は俺の口に合わないと言って、食べさせてくれないのだ」
ジャンクフードを嫌うお母さんみたいな二人だ。
「だからってなんで私が……」
「……アラン・スミシー」
「喜んで案内させていただきます」
断ったら私がアラン・スミシーだとバラそうとしている! 卑怯! 卑怯王子!
そういうわけで仕方なく、私は来週もここでユージーンさんと待ち合わせる羽目になったのだった。
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