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絵本づくり2
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「申し訳ありません……!」
面会の予定日。開口一番、レーナさんは私たちに謝って来た。
な、なんだろう。あの原稿に何かまずいところがあったかな……
動揺する私を前にレーナさんは続ける。
「それが、元の絵の色数が多すぎて、印刷業者が再現できないそうなんです」
あー……たしかに、コピー機もないこの世界では、あの複雑な色合いを複製するのは難しそうだ。
「でも、とっても面白いし、私は是非とも出版したいと思っています。なので、大変申し訳ないのですが、元の絵だけを描き直して頂けないでしょうか?」
おう……花咲きさん渾身の挿絵が全否定されてしまった……
花咲きさん、怒ってないかな? それともショックを受けてる?
だが、それほど間も無く花咲きさんは口を開いた。
「わかった。良いだろう。我輩も印刷のことを失念していたからな。早速直すとしよう」
おお、意外とあっさり引き下がった。
よく考えれば自分の絵が大々的に世に出るチャンスだもんね。全部にリテイクの指示が出されても描き直すつもりなのかもしれない。
「それでは描き上がったころにまた持ってこよう。早速取り掛からねばな。これで失礼させていただこう」
花咲きさんはさっとソファから立ち上がると、出口へと向かう。
「す、すみません。あの人、絵のことになると張り切りすぎちゃって、周りが見えなくなるというか……その、仕事熱心で……」
私が懸命に弁明している間に、花咲きさんはさっさと出て行ってしまった。
私は挨拶もそこそこに追いかける。
早足で歩く花咲きさんを見上げると、何か思案するように、顎に手を当てている。もう絵のことを考えてるのかな。相変わらず熱心だ。「花咲か爺さん」を改変しただけの私は肩身がせまい。
「花咲きさん、私はカツサンドの材料買って来ますね。だから心置きなく元絵を描いてください」
「ああ」
せめてものお詫びに、と声をかけるも、花咲きさんは少々上の空だ。そんな彼を若干心配しながらも、私は食料品店の並ぶ商店街へと向かった。
◇◇◇◇◇
「遅い。どこで油を売ってたんだ。はぐれたのかと思ったぞ」
花咲きさんの家に戻った途端、そんな声が飛んでくる。
「え……? 私、ちゃんと言ったじゃないですか。カツサンドの材料を買ってくるって」
反論した途端、花咲きさんがバツの悪そうな顔をした。
「そうだったか……?」
「そうですよ。もう、どうせ絵のことを考えてたんでしょ? 少しは周りに気を遣わないと、そのうち馬車にでも轢かれちゃいますよ」
「……善処する」
なんだか少し落ち込み気味だ。自分でも自らの行動の危なっかしさを理解したみたいだ。
空気を変えるつもりで、私はお肉とパンの入った袋を少し持ち上げる。
「とにかく、カツサンドたくさん作るので、花咲きさんもお仕事頑張ってくださいね」
「ああ」
今度の「ああ」には確かに感情がこもっていた。花咲きさん、やる気だ。
◇◇◇◇◇
「素晴らしいです! もう文句無しです! 主人公の儚げな感じもいいですね」
描き直した元絵を持って出版社を訪ねると、レーナさんが絶賛してくれた。
花咲きさんは満足げだ。私も嬉しい。
「ところで、お二人とも、ペンネームはどうします? 本名でよろしいですか?」
ペンネーム! そんなものもあるのか! プロっぽい!
せっかくだから何か考えようかな。本名だと恥ずかしいし。
とは思えどなかなか思いつかない。
ここはいっそのこと他人から借りて……ヤダテ・ハジ……めんどくさそうだからやめとこう。
それならシブサワ・コ……うーん、これも駄目だな。
あ、そうだ。だったら――
「『アラン・スミシー』でお願いします」
「『アラン・スミシー』ですね? ヴィンセントさんはどうされます?」
「我輩は『ヴィンセント』でいい」
「わかりました。ではお名前そのままで」
レーナさんが荷物をまとめつつ微笑む。
「きっといいものが出来上がると思いますよ。楽しみにしててください」
◇◇◇◇◇
そうしてしばらく経った頃、待望の『花咲か少年』の発売日が訪れた。
休憩時間に、近くの書店へ行って確認してしまう。
おお、ちゃんとあった。『花咲か少年』が!
棚の陰から様子を伺うと、本を手に取る人がちらほら。親子連れが多いかな。お願い。そのまま買って!
私の願いが通じたのか、親子は本を手にしたままお会計のカウンターへと向かった。
やった! 自分の本が売れる瞬間に立ち会えるなんて、なんという奇跡! 神様ありがとう!
◇◇◇◇◇
「ユキさんたちの絵本、相当売れてますよ。誰も聞いたことがない話に美麗な絵。書店や読者からの評判も悪くありません。これは売り上げの一部です。どうぞお受け取りください」
出版社を訪れると、レーナさんが布袋を差し出してきた。これは印税的なものなのかな。後で花咲きさんと分けよう。
そんな事を考えていると、レーナさんが身を乗り出してきた。
「それでユキさんにヴィンセントさん、ものは相談なんですが」
「はい?」
「もう一度本を作りませんか?」
「え」
「お二人の本なら、きっと売れる事間違いなしです!」
そ、そんなに?
でも、私は元の世界の物語をアレンジするだけでいいけど、花咲きさんは一から描かなければならない。そんな負担を強いても許されるだろうか?
ちらりと花咲きさんの様子を伺うと、まるで私の考えなど見越していたように目が合った。
「我輩は構わないぞ。本が売れるという事は、我輩の絵も含めて売れるという事だ。そんなに喜ばしい事は滅多にない」
それを聞いて安心した。私はレーナさんに視線を戻す。
「それなら前から考えていたストーリーがあるんですけど……」
「まあ、もう次作品の構想を練っていらしたんですか? どんなお話? 教えてください!」
興奮気味のレーナさんに私は告げる。
「ずばり『暴れん坊プリンス』です」
面会の予定日。開口一番、レーナさんは私たちに謝って来た。
な、なんだろう。あの原稿に何かまずいところがあったかな……
動揺する私を前にレーナさんは続ける。
「それが、元の絵の色数が多すぎて、印刷業者が再現できないそうなんです」
あー……たしかに、コピー機もないこの世界では、あの複雑な色合いを複製するのは難しそうだ。
「でも、とっても面白いし、私は是非とも出版したいと思っています。なので、大変申し訳ないのですが、元の絵だけを描き直して頂けないでしょうか?」
おう……花咲きさん渾身の挿絵が全否定されてしまった……
花咲きさん、怒ってないかな? それともショックを受けてる?
だが、それほど間も無く花咲きさんは口を開いた。
「わかった。良いだろう。我輩も印刷のことを失念していたからな。早速直すとしよう」
おお、意外とあっさり引き下がった。
よく考えれば自分の絵が大々的に世に出るチャンスだもんね。全部にリテイクの指示が出されても描き直すつもりなのかもしれない。
「それでは描き上がったころにまた持ってこよう。早速取り掛からねばな。これで失礼させていただこう」
花咲きさんはさっとソファから立ち上がると、出口へと向かう。
「す、すみません。あの人、絵のことになると張り切りすぎちゃって、周りが見えなくなるというか……その、仕事熱心で……」
私が懸命に弁明している間に、花咲きさんはさっさと出て行ってしまった。
私は挨拶もそこそこに追いかける。
早足で歩く花咲きさんを見上げると、何か思案するように、顎に手を当てている。もう絵のことを考えてるのかな。相変わらず熱心だ。「花咲か爺さん」を改変しただけの私は肩身がせまい。
「花咲きさん、私はカツサンドの材料買って来ますね。だから心置きなく元絵を描いてください」
「ああ」
せめてものお詫びに、と声をかけるも、花咲きさんは少々上の空だ。そんな彼を若干心配しながらも、私は食料品店の並ぶ商店街へと向かった。
◇◇◇◇◇
「遅い。どこで油を売ってたんだ。はぐれたのかと思ったぞ」
花咲きさんの家に戻った途端、そんな声が飛んでくる。
「え……? 私、ちゃんと言ったじゃないですか。カツサンドの材料を買ってくるって」
反論した途端、花咲きさんがバツの悪そうな顔をした。
「そうだったか……?」
「そうですよ。もう、どうせ絵のことを考えてたんでしょ? 少しは周りに気を遣わないと、そのうち馬車にでも轢かれちゃいますよ」
「……善処する」
なんだか少し落ち込み気味だ。自分でも自らの行動の危なっかしさを理解したみたいだ。
空気を変えるつもりで、私はお肉とパンの入った袋を少し持ち上げる。
「とにかく、カツサンドたくさん作るので、花咲きさんもお仕事頑張ってくださいね」
「ああ」
今度の「ああ」には確かに感情がこもっていた。花咲きさん、やる気だ。
◇◇◇◇◇
「素晴らしいです! もう文句無しです! 主人公の儚げな感じもいいですね」
描き直した元絵を持って出版社を訪ねると、レーナさんが絶賛してくれた。
花咲きさんは満足げだ。私も嬉しい。
「ところで、お二人とも、ペンネームはどうします? 本名でよろしいですか?」
ペンネーム! そんなものもあるのか! プロっぽい!
せっかくだから何か考えようかな。本名だと恥ずかしいし。
とは思えどなかなか思いつかない。
ここはいっそのこと他人から借りて……ヤダテ・ハジ……めんどくさそうだからやめとこう。
それならシブサワ・コ……うーん、これも駄目だな。
あ、そうだ。だったら――
「『アラン・スミシー』でお願いします」
「『アラン・スミシー』ですね? ヴィンセントさんはどうされます?」
「我輩は『ヴィンセント』でいい」
「わかりました。ではお名前そのままで」
レーナさんが荷物をまとめつつ微笑む。
「きっといいものが出来上がると思いますよ。楽しみにしててください」
◇◇◇◇◇
そうしてしばらく経った頃、待望の『花咲か少年』の発売日が訪れた。
休憩時間に、近くの書店へ行って確認してしまう。
おお、ちゃんとあった。『花咲か少年』が!
棚の陰から様子を伺うと、本を手に取る人がちらほら。親子連れが多いかな。お願い。そのまま買って!
私の願いが通じたのか、親子は本を手にしたままお会計のカウンターへと向かった。
やった! 自分の本が売れる瞬間に立ち会えるなんて、なんという奇跡! 神様ありがとう!
◇◇◇◇◇
「ユキさんたちの絵本、相当売れてますよ。誰も聞いたことがない話に美麗な絵。書店や読者からの評判も悪くありません。これは売り上げの一部です。どうぞお受け取りください」
出版社を訪れると、レーナさんが布袋を差し出してきた。これは印税的なものなのかな。後で花咲きさんと分けよう。
そんな事を考えていると、レーナさんが身を乗り出してきた。
「それでユキさんにヴィンセントさん、ものは相談なんですが」
「はい?」
「もう一度本を作りませんか?」
「え」
「お二人の本なら、きっと売れる事間違いなしです!」
そ、そんなに?
でも、私は元の世界の物語をアレンジするだけでいいけど、花咲きさんは一から描かなければならない。そんな負担を強いても許されるだろうか?
ちらりと花咲きさんの様子を伺うと、まるで私の考えなど見越していたように目が合った。
「我輩は構わないぞ。本が売れるという事は、我輩の絵も含めて売れるという事だ。そんなに喜ばしい事は滅多にない」
それを聞いて安心した。私はレーナさんに視線を戻す。
「それなら前から考えていたストーリーがあるんですけど……」
「まあ、もう次作品の構想を練っていらしたんですか? どんなお話? 教えてください!」
興奮気味のレーナさんに私は告げる。
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