異世界で目覚めたら猫耳としっぽが生えてたんですけど

金時るるの

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新たな契約

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「――と、いう事があったんですよ! もう少しで偏見持ちの貴族のお坊ちゃまの愛人にされるところでした。はー、やだやだ」

 私は椅子に腰かけながら口だけを動かして、花咲きさんに愚痴をぶちまける。レオンさんの出自に関してはなんとか誤魔化しながら。
 ストーブも必要としなくなった今の季節。けれど、あの日の事を思い出すと、少しだけ肌が泡立つような気がする。
 話を聞いた花咲きさんは、手を動かしてデッサンしながら応じる。

「どうせならあの似顔絵にサインでも入れておけばよかったな。そうすれば我輩は今頃、貴族の子息を夢中にさせた乙女の絵を描いた画家として、名声を得ていたかもしれないというのに。なんとも惜しい事をした」
「今となればそれで良かったと思ってますよ。サインから花咲きさんにたどり着いてたら、私が『花冠の乙女』だってバレてたに違いないですから」
「なに、その時は『空想の中の乙女を描いた』とでも言っておけば済んだ事だ」

 なるほど。そういう手もあったのか。
 そうなれば花咲きさんの本名を知るチャンスもあったのにな。
 私はいまだに花咲きさんの本名を知らない。教えてくれる気が無いのかな? それとも実は変な名前だったりして……なんて、「ユキ」という単純な名前の私が言えた事じゃ無いか。

 そういえばレオンさんだって本名は「レオンハルト」とかいう、なんとなくかっこいい名前だったな。おまけに貴族の生まれとか。もう最強じゃないか。
 花咲きさんの名前も気にならないと言えば嘘になるが、今までだって知らなくても生活できていたのだから、知らなくても良い事なのかもしれない。

 この世界での生活にも少しは慣れたつもりだが、私はまだ知らない事だらけだ。亜人が一部で蔑みの対象であった事も。
 いや、そもそもこの国そのものについて私は知らない。今まで生きるのに必死だったから。
 でも、そろそろ知るべき時なのでは?

「花咲さん。今度私にこの国の事について教えて貰えませんか?」

 願い出ると、花咲さんは手を止めた。こちらに訝し気な目を向けて。
 私は慌てて付け加える。

「ええと、ほら、私、この国に来てあんまり経ってないし、この国の常識とか、しきたりとか、歴史とか全然知らないんですよ。だから、デッサンの最中にでも教えて頂けると嬉しいなーと」
「素晴らしい心がけだが、そうするとお前はこれからもずっと我輩のモデルを務める事になるぞ」
「ええ、構いませんよ。そろそろモデルの仕事にも慣れてきましたし」
「しかしデッサンの最中というのもな……真面目な話をすればするほど、我輩が集中できなくなるではないか」

 じゃあ今まで真面目に聞いてなかったの……?

「それじゃあ、お食事中でも構いませんから。私、たくさんカツサンド作りますよ」
「それならまあ……いや、うーむ……」

 花咲きさんはいまいち乗り気では無いようだ。むむむ……何か良い方法は無いものか。
 カツサンド以外に花咲きさんが興味を持ちそうなもの……。
 考えた末に、私は口を開く。

「ええと、それじゃあ、私の国に伝わっていた独自の絵画の技法についてお教えするというのは? 『日本画』って言うんですけど」
「日本画……? 初めて聞く名だな。一体どんなものなのだ?」
「それを教える代わりに、私にこの国の事や色々な物事について教えてください」

 花咲きさんは俯いて考えるようなそぶりを見せる。
 チョークアートにはまるほどに美術関係に興味のあるこの人ならば、きっと日本画にも興味を示してくれる。そう信じたのだ。
 やがて花咲さんは顔を上げる。

「わかった。お前の知りたいことを教えてやろうではないか」
「ほんとですか!? やった!」
「その代わり、その日本画とやらについて教えるのだ。早く。今すぐに」

 この人の美術関連に対する執着はすごいなあ……。
 なかば感心しながら、私は自分の記憶の中にある日本画の知識について思い出しながら話す。

「ええと、粉末状にした鉱石や宝石をニカワと混ぜて、それを絵の具として使用するんです」
「ニカワというと接着剤か……それで、そのニカワの原料は? どうやって作るのだ?」
「え」

 まずい。そこまで専門的な事は知らない。でも、確か絵具として使用できる状態で放置すると腐るとか聞いたような気がするなあ……ご飯粒とか? いや、さすがにそんなわけない。

「それは、その……生卵の黄身……だったかな?」
「卵の黄身だな!? わかった!」

 花咲きさんは活き活きしだした。まずいなあ。これで卵の黄身でうまくいかなかったらどうしよう……。
 いや、その時はその時だ。花咲きさんの技術が足りないとか、適当な事を言ってしまえ。

「そ、そういうわけですから、よろしくお願いしますね」
「よし。そうとなれば早速出掛けるぞ」
「え?」

 どこに?

「我輩はそのあたりの鉱石を扱う店で適当な石を買ってくる。お前はその間にカツサンドの材料を買ってくるのだ。卵は多めにな。昼食後に早速その日本画を試すぞ」

 うわあ、行動が早すぎる。でも、この人らしいといえばこの人らしい。
 
 そういうわけで、私と花咲きさんは新たな契約を交わしたのだった。
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