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銀のうさぎ亭発展会議2

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「これより第184回 銀のうさぎ亭発展会議を行う」

 いつものようにマスターの野太い声が、閉店後の店内に響く。

「前回の『男前すぎる料理人』作戦の効果があったのか、このところ女の客の姿が徐々にだが目につく。こりゃ、レオンはともかく、俺もまだまだ捨てたもんじゃなかったって事か?」

 マスターはガハハと豪快に笑う。
 そうなのだ。マスターの外見が、意外にも一部の女性に受けが良いらしく、マスター目当てでこのお店に来る女性もいるみたいなのだ。私も

「あの外見とうさぎ耳のギャップがいいよね」

 などという女性客の言葉を耳にした事がある。
 渋いベースに可愛らしい耳というアンバランス具合が意外と良い方向に作用しているらしい。

「目標通り女の客も増えてきた。そこでだ」

 マスターは改まったように私達を見回す。

「次は子供の客を取り込みたい。正確には親子連れだな。子供が喜べは親も喜ぶ。それは世の道理だ。子供がこの店に来たいと言えば、親だってよほどのことがない限り渋らないだろ。と、いうわけで、子供がこの店に来たくなるような何かいい案はねえか?」

 相変わらずマスターは無茶を言う。
 子供が興味を示すもの。お菓子とかおもちゃとか? でも、それはここでなくとも叶うこと。このお店でしかない、特別な何か。私達はそれを求められているのだ。ということはやっぱり特別な食べ物とか?
 私は自分がまだ小さかった頃を思い出す、あの頃家族で出かけた時には何を食べてたっけ。確か――
 そこまで考えて、私は手を挙げる。

「はいっ! はいっ!」
「なんだユキ、言ってみろ」
「お子様専用のメニューを開発するというのはどうでしょう? たとえば『お子様ランチ』だとか」
「お子様ランチ? なんだそりゃ」
「私の故郷にあった料理です。エビフライとか、ハンバーグや、甘いトマトケチャップで味付けしたスパゲティとか、オムレツとかデザートだとか、とにかく子供の好きそうなものが全部一つのお皿の上に載ってるんです。それで、主食のケチャップライスは山型で、てっぺんには小さな国旗が立ってて」

 思い出すだけで懐かしい。子供の頃はファミレスでよく食べたなあ。食べ終わった後にこっそり国旗を持って帰って机の中でコレクションしてたっけ。ある日カビが生えているのを見つけて泣く泣く処分してしまったけれど。

「ほう。子供向けにしちゃずいぶん豪華だな」
「その分、お子様に合わせて個々の食べ物を小さめに作るんですよ。子供のお腹ならそれで十分満足できるだろうし。そして『お子様ランチ』という名の通り、ある程度の年齢のお子様までしか注文できません。その特別感が余計に子供のお客様の興味をそそるんじゃないかと」

 マスターは顎に手を当てて暫く考えていたようだったが、やがて何かを決心したように顔を上げる。

「その案、検討する余地があるな。なるべく価格を抑えて、それでいて味を落とさず子供が喜ぶ限定メニュー。上手くいけば親子連れの客を取り込める。試してみる価値はあるかもしれねえな」

  おお、私の案が採用される?
 喜んだのもつかの間

「しかしその『お子様ランチ』って名称はいささか単純すぎるな。ここはもっとそれらしい名前をつけ直さないとな。例えば……そうだな『幼子の秘密の宝島』とか」

 相変わらず独特なネーミングセンスだ。それを聞いて私はおそるおそる手をあげる。

「あの、マスター、前から思ってたんですけど、その難解なメニュー名がお客様を敬遠させる一因になっているのではないかと。せめてメニュー名の下にどんな料理かの説明文を付け加えるとかしてみたらどうでしょう?」

 すると従業員が一斉に私を振り返った。その顔はどれも驚きに満ちたように見開かれている。イライザさんやレオンさんまでも。

「……なんだと?」

 マスターがやけに低い声で呟く。
 え……もしかして何かまずい事言ったかな……。
 私は弁明するように続ける。

「ええと、この間来てくださったお客様に、『メニューからどんな料理か想像できない』って言われたんです。マスターの詩的表現はその……なんていうか高尚すぎて、一般人には理解し難いのではないかと」

 するとマスターは私を見据える。まるで子供に言い聞かせるような口調で、何度も同じ話を繰り返してきたように。

「ユキ、お前はこの店に来て日が浅いから俺の意図を理解してねえのも無理はない。いいか、よく聞け。客がこの店のメニューを見たらどう思う? 『一体どんな料理なんだろう』と想像を膨らませるだろ? それってすげえワクワクしねえか? 料理が出てくるのを待ってる間も、俺は客に楽しんで貰いてえんだよ。自分が注文した未知の料理がどんなもんか、その目と舌で確かめて貰いてえんだよ」

 なるほど。マスターは敢えてあんな不思議なメニュー名にしていたのか。他の従業員はみんなそれを知っていたのかもしれない。
 それなのに私は花咲きさんにペラペラと料理の説明をしてしまった。あの事はみんなに黙っておこう……。
 そんな事を考えながらも更に口を開く。

「でも、たとえばハンバーグが食べたいと思って来店したお客様があのメニューを見たら、どれがハンバーグかわからなくて混乱してしまうかも……それで思い切って注文した品がハンバーグじゃなかったらがっかりするだろうし……それに、マスターはワクワク感を楽しんでほしいみたいですけど、お客様の中には何が出てくるのかわからないのが怖い、という方もいるんじゃないかと……まるで『シェフの気まぐれパスタ』みたいな……」
「おいユキ、お前今なんて言った?」

 マスターは私が言い終わらないうちに身を乗り出すように勢い込んで尋ねてきた。
 まずい。怒らせちゃったかな……? でも、でも、花咲きさんがメニューから料理が想像できないって言ったのも事実だし……。
 私はおそるおそる先ほどの言葉を繰り返す。

「ええと、だから、その、なにが出でくるのかわからないのが怖いって……」
「違う。その後だ」

 その後……? なんて言ったっけ? ええと、確か……

「まるで『シェフの気まぐれパスタ』みたい……」
「それだ! それだよそれ!」
「はい?」
「その名前すげえいいぞ! 採用だ! 色々とアレンジできそうだな。『シェフの気まぐれ煮込み』とか……なかなかいいじゃねえか」

 そっちに反応する? 
 メニュー名について改めるよう進言したつもりが、新たな不思議メニューを増やしてしまいそうな結果になってしまった……
 マスターは新しいメニュー名を考えるのに夢中になっているようだ。あくまでもこれまでのスタイルを変えるつもりはないらしい。これではメニュー名を改めさせたり、メニュー表に説明文を追加するのは難しいかもしれない……
 それでも私は最後の抵抗とばかりに声をあげる。

「あのう、それならせめてメニュー表に料理のイメージイラストなんかを添えるというのはどうでしょう?」
「イメージイラスト?」
「かわいい料理のイラストなんかが添えてあれば、説明文を羅列するよりも、見た目からメニューの内容を想像するという楽しみ方もできるだろうし、女性や子供のお客様にも喜んで頂けるのではないかと」

 マスターは再び顎に手を当て、考えるような仕草をする。

「イラストか……ふうむ。それはそれでありかもしれねえが……その肝心のイラストは誰が描くんだ? まさかユキ、お前か?」
「えっ? ま、まさか。私にはそんなイラストとても描けませんよ。子供の落書き並です」

 現代日本では趣味でイラストを描いていた私だが、そのほとんどはアニメやゲームなどのキャラクター。食べ物なんて高度なものを描けるわけがない。
 マスターはそれを聞いて首を振った。

「なら、その案は難しいな。絵をどこぞの画家に発注するとなりゃ金がかかる。その金はどこから捻出するんだ? 恥ずかしい話だが、正直言って今のこの店にはそんな余裕はねえ。出せるのはせいぜい新しいメニュー表の印刷代くらいだな」

 そうか……私はお金の事を全然考慮してなかった。ただ、メニュー表を変えることだけを考えてて……一枚の絵を描くのに一体どれだけのお金がかかるかなんて頭から抜け落ちていた。

 あれ? でも、画家といえばあの人がいたじゃないか。頭に花を咲かせたあの花咲きさんが。相談すればもしかすると良い案を教えてくれるかもしれない。

 私は勢いよく立ち上がる。

「マスター。イラストを描くために助けてくれそうな画家に心当たりがあります。それにもしかすると、もしかするとですけど……お金の問題もなんとかなるかも。だから、私に少し時間をもらえませんか?」


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