異世界で目覚めたら猫耳としっぽが生えてたんですけど

金時るるの

文字の大きさ
上 下
5 / 104

銀のうさぎ亭発展会議

しおりを挟む
「これより第183回、銀のうさぎ亭発展会議を行う」

 閉店後の店内に野太い声が響く。従業員は全員お店の一角のテーブルに集まり、それぞれ椅子に腰掛けている。
 声の主は不精髭を生やした、がっしりした体格の渋い中年男性。ただし頭部にはその厳つい外見には少々そぐわない可愛らしい長いうさぎ耳がぴょこんと生えている。その色は髪と同じ銀灰。
 この男性こそ、このお店のマスター。自ら厨房に立ち、料理もする男前だ。

「俺のことは『マスター』と呼べ。間違えても『店長』とか呼ぶんじゃねえぞ」

 と公言するので、みんなその通りに呼んでいる。
 「銀のうさぎ亭」という店名は、マスターのその外見から付けられたものだったのだ。

 マスターの発した「銀のうさぎ亭発展会議」とは、その名の通り、今以上にお店を発展させるためにはどうするべきか。みんなで意見を出し合い話し合うというものだ。
 定期的に開催されるこの会議でマスターは熱弁を振るう。

「おめえらもわかってると思うが、この店は今でもそこそこ繁盛してる。『妖精の森の秋の収穫祭』っていう名物料理もあるしな。けど、俺はそれじゃ満足できねえ。開店直後に客が押し寄せてくるような、この店の料理を求めて行列ができるような。そんな人気店にしてえんだよ。そのための意見があれば何でもいい。言ってくれ」

 と。
 私には助けてもらった恩もある。
 マスターが私のような行き倒れや訳あり女性達を片っ端から支援しているせいで、お店の経営にも多少の無理が生じている事もうすうす感じていた。従業員のお給料が少なめだというのもそれが一因だろう。
 お店が繁盛すればその負担も軽減されるだろうし、私達従業員の待遇も今より改善されるかも。
 何か良い案はないものか。町おこしならぬ店おこし的な何か……
 名物料理は既にある。それなら他に名物を作るというのは……?
 そこまで考えて、私は

「はいっ!  はいっ!」

 と勢いよく手を挙げた。

「おう、なんだユキ。言ってみな」
「はい。確かにこのお店のお料理はおいしいですけど、それ以前に知名度が低いのではないかと思います。この際お店そのものの知名度から上げるというのはどうでしょう」
「ほう? というと?」

 マスターは興味深そうに片眉を上げる。

「たとえば、特定の女性店員を『美しすぎるウェイトレス』という謳い文句で、名物店員として宣伝するとか。そうすれば、その噂を聞きつけた人たちがその店員を一目見ようと押し寄せてくるかも。そしてお料理の美味しさにも気づいて、リピーターになってくれるというわけです」
「美しすぎるウェイトレスねえ。そりゃ確かにどんなもんかとこの目で確かめてみたくなるわな」
「そうでしょう、そうでしょう?」

 日本にいた頃も「美しすぎるナントカ」という謳い文句の女性たちを、いろいろなメディアで目にしてきた。その度に国民の注目の的になったりしていたし、ここにもそういう存在がいれば、良い宣伝になるのでは?

「それで、一体この中の誰をその『美しすぎるウェイトレス』として売り出すんだ?」

 マスターは女性店員達を見回す。

「え?」

 誰を? そんなの考えていなかった。私は先輩ウェイトレスの面々を見渡そうとして、そこに漂う異様な雰囲気に気づいた。
 彼女達は何故かみんな私を凝視している。期待を込めたような光を目にぎらぎらと宿して。
 その時ふと気づいた。
 あれ。もしかしてこれってまずい状況?
 もしもこの場で私が特定の先輩ウェイトレスの名を挙げたりなんかしたら、他の先輩に対して

「残念ながらあなたは美しくありません」

 などと宣言するようなものだ。下っ端の私が。
 それはまずい。下手をすれば明日から私の立場が危うくなりかねない。まさかとは思うが、靴に画鋲を仕込まれる可能性だって捨てきれない。それだけは避けなければ!

「え……ええと、ちょっと考える時間をください。みなさんとってもお綺麗だから迷っちゃって。えへへ……その間に次の方どうぞ」

 誤魔化しながら模索する。この危機を回避する方法を。
 お願いだから誰かこの場の空気を変えるような発言をして! その間に考えるから!

 その願いが通じたのか定かではないが、レオンさんが遠慮がちに声を上げる。

「あの、この間新しい林檎の切り方を開発して……って言ってもそこのネコ子に教わったんですけど。それに改良を加えたんで、見てもらえませんか?」

 そう言って林檎の乗ったお皿をテーブルに置く。
 レオンさんはマスターに対しては丁寧語で接するし、態度も随分と謙虚だ。これまでの様子を見る限り、どうやら彼を尊敬しているみたいだ。少しは私に対してもその態度で接して欲しい。

「ネコ子によると、この林檎はうさぎを表してるらしいんです。この皮の尖った部分がうさぎの耳で。それで、側面には目に見えるようにラズベリージャムを塗ってみました。店の名前とも合ってそうだし、女性や子供の客にサービスとして出せば受けがいいんじゃないかと思って」

 目の部分はゴマの代わりにジャムにしたようだ。確かにゴマより大きくてわかりやすいし、赤い目のうさぎ感も増している気がする。
 林檎のうさぎを目にした従業員達は、口々に「あら、かわいい」などと言っている。

「なるほどなあ。確かにうさぎに見えなくもねえ。悪くねえかもしれねえな。けど問題は、うちの店を利用する客のほとんどが男だって事だよ。女子供の目に触れる機会自体が少ねえんだよな」

 そんなマスターの言葉を聞いて、私は立ち上がった。

「はい! 私、思いつきました!」
「あ? どういう事だ?」

 マスターや先輩達の視線に晒されながらも私は必死で説明する。なんだか冷や汗が出てきそうだ。でも、うまくいけば先ほどの軽率な発言を撤回できるかも。

「ほら、マスターも言った通り、このお店のお客さんって、ほとんどは男性じゃないですか。その中にはウェイトレス目当ての人もたくさんいると思うんですよね。なにしろ皆さん華やかですから。今更『美しすぎるウェイトレス』が存在しても効果は薄いのではないかと。むしろ男性客が増えるだけ。せっかくの林檎のうさぎも魅力を発揮できません。というわけで美しすぎるウェイトレス案は撤回します」

 その言葉に、先輩方の間に漂っていた妙な緊張が緩んだ気がした。代わりに私の次の言葉を待っている。

「だから、今後獲得すべきは女性客。そのためには林檎のうさぎと共に男性店員を推してゆくべきかと。たとえば『男前すぎる料理人』とか。そうすれば噂を聞いた女性客が訪れて、美味しいお料理や林檎のうさぎの可愛さなんかにも惹かれてリピーターになってくれるといるわけです」
「男前すぎる料理人? となればひとりしかいねえなあ」

 マスターがレオンさんに目を向けると、レオンさんは何故か顔を引きつらせた。

「ま、まさか。俺なんかよりマスターのほうがよっぽど相応しいっすよ。この店の名前の由来にもなるような看板人物ですから。料理中の凛々しい姿は男の俺でも惚れ惚れするくらいですよ。マジで」
「お? そうか? それなら俺がいっちょひと肌脱ぐってもんか?」

 まずい。マスターがその気になっている。私は遠回しにレオンさんを推薦したつもりなのだが。確かにマスターも独特の渋みがあって、一部の層には受けそうではあるが、正直なところ、若い女性客を獲得するにはマスターだけでは難しいのではないかと思う。
 ここはなんとしてもレオンさんの王子様じみたかっこよさが必要なのだ。たとえ中身が残念だとしてもお客にはそんな事わからないだろうし。
 しかし乗り気のマスターを否定するわけにもいかない。そこで私はさらなる発言をする。

「やだなあ。何も男前すぎる料理人が一人だけとは言ってないじゃないですか。マスターは渋くてとっても素敵だし、レオンさんもかっこいい。渋くて大人の雰囲気漂う男性が好みの女性と、若くてかっこいい男性が好みの女性の両タイプに対応できる。そんなお二人こそが男前すぎる料理人に相応しいと思うんですよ! みなさん、そう思いませんか?」

 私が同意を求めてテーブルを見回すと、イライザさんが真っ先に拍手してくれた。力強く。
 それに合わせて他の先輩方も納得したように頷いたりしている。
 よし。これで私の立場が悪化することは避けられたはずだ。先輩方だって、異性が比較対象じゃどうしようもないもんね。

「いや、俺はそういうのは……」

 言いかけたレオンさんに、マスターの言葉が被さる。

「おお、その案いいじゃねえか。採用だ。なあレオン、俺と一緒に男前すぎる料理人としてこの店を盛り立てて行こうぜ。しかし『男前すぎる料理人』か。いい響きだな、おい」

 張り切るマスターに水を差すのは躊躇われたのか、レオンさんは肩を叩かれながらしぶしぶといった様子で頷いた。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

防御に全振りの異世界ゲーム

arice
ファンタジー
突如として降り注いだ隕石により、主人公、涼宮 凛の日常は非日常へと変わった。 妹・沙羅と逃げようとするが頭上から隕石が降り注ぐ、死を覚悟した凛だったが衝撃が襲って来ないことに疑問を感じ周りを見渡すと時間が止まっていた。 不思議そうにしている凛の前に天使・サリエルが舞い降り凛に異世界ゲームに参加しないかと言う提案をする。 凛は、妹を救う為この命がけのゲーム異世界ゲームに参戦する事を決意するのだった。 *なんか寂しいので表紙付けときます

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

処理中です...