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銀のうさぎ亭発展会議
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「これより第183回、銀のうさぎ亭発展会議を行う」
閉店後の店内に野太い声が響く。従業員は全員お店の一角のテーブルに集まり、それぞれ椅子に腰掛けている。
声の主は不精髭を生やした、がっしりした体格の渋い中年男性。ただし頭部にはその厳つい外見には少々そぐわない可愛らしい長いうさぎ耳がぴょこんと生えている。その色は髪と同じ銀灰。
この男性こそ、このお店のマスター。自ら厨房に立ち、料理もする男前だ。
「俺のことは『マスター』と呼べ。間違えても『店長』とか呼ぶんじゃねえぞ」
と公言するので、みんなその通りに呼んでいる。
「銀のうさぎ亭」という店名は、マスターのその外見から付けられたものだったのだ。
マスターの発した「銀のうさぎ亭発展会議」とは、その名の通り、今以上にお店を発展させるためにはどうするべきか。みんなで意見を出し合い話し合うというものだ。
定期的に開催されるこの会議でマスターは熱弁を振るう。
「おめえらもわかってると思うが、この店は今でもそこそこ繁盛してる。『妖精の森の秋の収穫祭』っていう名物料理もあるしな。けど、俺はそれじゃ満足できねえ。開店直後に客が押し寄せてくるような、この店の料理を求めて行列ができるような。そんな人気店にしてえんだよ。そのための意見があれば何でもいい。言ってくれ」
と。
私には助けてもらった恩もある。
マスターが私のような行き倒れや訳あり女性達を片っ端から支援しているせいで、お店の経営にも多少の無理が生じている事もうすうす感じていた。従業員のお給料が少なめだというのもそれが一因だろう。
お店が繁盛すればその負担も軽減されるだろうし、私達従業員の待遇も今より改善されるかも。
何か良い案はないものか。町おこしならぬ店おこし的な何か……
名物料理は既にある。それなら他に名物を作るというのは……?
そこまで考えて、私は
「はいっ! はいっ!」
と勢いよく手を挙げた。
「おう、なんだユキ。言ってみな」
「はい。確かにこのお店のお料理はおいしいですけど、それ以前に知名度が低いのではないかと思います。この際お店そのものの知名度から上げるというのはどうでしょう」
「ほう? というと?」
マスターは興味深そうに片眉を上げる。
「たとえば、特定の女性店員を『美しすぎるウェイトレス』という謳い文句で、名物店員として宣伝するとか。そうすれば、その噂を聞きつけた人たちがその店員を一目見ようと押し寄せてくるかも。そしてお料理の美味しさにも気づいて、リピーターになってくれるというわけです」
「美しすぎるウェイトレスねえ。そりゃ確かにどんなもんかとこの目で確かめてみたくなるわな」
「そうでしょう、そうでしょう?」
日本にいた頃も「美しすぎるナントカ」という謳い文句の女性たちを、いろいろなメディアで目にしてきた。その度に国民の注目の的になったりしていたし、ここにもそういう存在がいれば、良い宣伝になるのでは?
「それで、一体この中の誰をその『美しすぎるウェイトレス』として売り出すんだ?」
マスターは女性店員達を見回す。
「え?」
誰を? そんなの考えていなかった。私は先輩ウェイトレスの面々を見渡そうとして、そこに漂う異様な雰囲気に気づいた。
彼女達は何故かみんな私を凝視している。期待を込めたような光を目にぎらぎらと宿して。
その時ふと気づいた。
あれ。もしかしてこれってまずい状況?
もしもこの場で私が特定の先輩ウェイトレスの名を挙げたりなんかしたら、他の先輩に対して
「残念ながらあなたは美しくありません」
などと宣言するようなものだ。下っ端の私が。
それはまずい。下手をすれば明日から私の立場が危うくなりかねない。まさかとは思うが、靴に画鋲を仕込まれる可能性だって捨てきれない。それだけは避けなければ!
「え……ええと、ちょっと考える時間をください。みなさんとってもお綺麗だから迷っちゃって。えへへ……その間に次の方どうぞ」
誤魔化しながら模索する。この危機を回避する方法を。
お願いだから誰かこの場の空気を変えるような発言をして! その間に考えるから!
その願いが通じたのか定かではないが、レオンさんが遠慮がちに声を上げる。
「あの、この間新しい林檎の切り方を開発して……って言ってもそこのネコ子に教わったんですけど。それに改良を加えたんで、見てもらえませんか?」
そう言って林檎の乗ったお皿をテーブルに置く。
レオンさんはマスターに対しては丁寧語で接するし、態度も随分と謙虚だ。これまでの様子を見る限り、どうやら彼を尊敬しているみたいだ。少しは私に対してもその態度で接して欲しい。
「ネコ子によると、この林檎はうさぎを表してるらしいんです。この皮の尖った部分がうさぎの耳で。それで、側面には目に見えるようにラズベリージャムを塗ってみました。店の名前とも合ってそうだし、女性や子供の客にサービスとして出せば受けがいいんじゃないかと思って」
目の部分はゴマの代わりにジャムにしたようだ。確かにゴマより大きくてわかりやすいし、赤い目のうさぎ感も増している気がする。
林檎のうさぎを目にした従業員達は、口々に「あら、かわいい」などと言っている。
「なるほどなあ。確かにうさぎに見えなくもねえ。悪くねえかもしれねえな。けど問題は、うちの店を利用する客のほとんどが男だって事だよ。女子供の目に触れる機会自体が少ねえんだよな」
そんなマスターの言葉を聞いて、私は立ち上がった。
「はい! 私、思いつきました!」
「あ? どういう事だ?」
マスターや先輩達の視線に晒されながらも私は必死で説明する。なんだか冷や汗が出てきそうだ。でも、うまくいけば先ほどの軽率な発言を撤回できるかも。
「ほら、マスターも言った通り、このお店のお客さんって、ほとんどは男性じゃないですか。その中にはウェイトレス目当ての人もたくさんいると思うんですよね。なにしろ皆さん華やかですから。今更『美しすぎるウェイトレス』が存在しても効果は薄いのではないかと。むしろ男性客が増えるだけ。せっかくの林檎のうさぎも魅力を発揮できません。というわけで美しすぎるウェイトレス案は撤回します」
その言葉に、先輩方の間に漂っていた妙な緊張が緩んだ気がした。代わりに私の次の言葉を待っている。
「だから、今後獲得すべきは女性客。そのためには林檎のうさぎと共に男性店員を推してゆくべきかと。たとえば『男前すぎる料理人』とか。そうすれば噂を聞いた女性客が訪れて、美味しいお料理や林檎のうさぎの可愛さなんかにも惹かれてリピーターになってくれるといるわけです」
「男前すぎる料理人? となればひとりしかいねえなあ」
マスターがレオンさんに目を向けると、レオンさんは何故か顔を引きつらせた。
「ま、まさか。俺なんかよりマスターのほうがよっぽど相応しいっすよ。この店の名前の由来にもなるような看板人物ですから。料理中の凛々しい姿は男の俺でも惚れ惚れするくらいですよ。マジで」
「お? そうか? それなら俺がいっちょひと肌脱ぐってもんか?」
まずい。マスターがその気になっている。私は遠回しにレオンさんを推薦したつもりなのだが。確かにマスターも独特の渋みがあって、一部の層には受けそうではあるが、正直なところ、若い女性客を獲得するにはマスターだけでは難しいのではないかと思う。
ここはなんとしてもレオンさんの王子様じみたかっこよさが必要なのだ。たとえ中身が残念だとしてもお客にはそんな事わからないだろうし。
しかし乗り気のマスターを否定するわけにもいかない。そこで私はさらなる発言をする。
「やだなあ。何も男前すぎる料理人が一人だけとは言ってないじゃないですか。マスターは渋くてとっても素敵だし、レオンさんもかっこいい。渋くて大人の雰囲気漂う男性が好みの女性と、若くてかっこいい男性が好みの女性の両タイプに対応できる。そんなお二人こそが男前すぎる料理人に相応しいと思うんですよ! みなさん、そう思いませんか?」
私が同意を求めてテーブルを見回すと、イライザさんが真っ先に拍手してくれた。力強く。
それに合わせて他の先輩方も納得したように頷いたりしている。
よし。これで私の立場が悪化することは避けられたはずだ。先輩方だって、異性が比較対象じゃどうしようもないもんね。
「いや、俺はそういうのは……」
言いかけたレオンさんに、マスターの言葉が被さる。
「おお、その案いいじゃねえか。採用だ。なあレオン、俺と一緒に男前すぎる料理人としてこの店を盛り立てて行こうぜ。しかし『男前すぎる料理人』か。いい響きだな、おい」
張り切るマスターに水を差すのは躊躇われたのか、レオンさんは肩を叩かれながらしぶしぶといった様子で頷いた。
閉店後の店内に野太い声が響く。従業員は全員お店の一角のテーブルに集まり、それぞれ椅子に腰掛けている。
声の主は不精髭を生やした、がっしりした体格の渋い中年男性。ただし頭部にはその厳つい外見には少々そぐわない可愛らしい長いうさぎ耳がぴょこんと生えている。その色は髪と同じ銀灰。
この男性こそ、このお店のマスター。自ら厨房に立ち、料理もする男前だ。
「俺のことは『マスター』と呼べ。間違えても『店長』とか呼ぶんじゃねえぞ」
と公言するので、みんなその通りに呼んでいる。
「銀のうさぎ亭」という店名は、マスターのその外見から付けられたものだったのだ。
マスターの発した「銀のうさぎ亭発展会議」とは、その名の通り、今以上にお店を発展させるためにはどうするべきか。みんなで意見を出し合い話し合うというものだ。
定期的に開催されるこの会議でマスターは熱弁を振るう。
「おめえらもわかってると思うが、この店は今でもそこそこ繁盛してる。『妖精の森の秋の収穫祭』っていう名物料理もあるしな。けど、俺はそれじゃ満足できねえ。開店直後に客が押し寄せてくるような、この店の料理を求めて行列ができるような。そんな人気店にしてえんだよ。そのための意見があれば何でもいい。言ってくれ」
と。
私には助けてもらった恩もある。
マスターが私のような行き倒れや訳あり女性達を片っ端から支援しているせいで、お店の経営にも多少の無理が生じている事もうすうす感じていた。従業員のお給料が少なめだというのもそれが一因だろう。
お店が繁盛すればその負担も軽減されるだろうし、私達従業員の待遇も今より改善されるかも。
何か良い案はないものか。町おこしならぬ店おこし的な何か……
名物料理は既にある。それなら他に名物を作るというのは……?
そこまで考えて、私は
「はいっ! はいっ!」
と勢いよく手を挙げた。
「おう、なんだユキ。言ってみな」
「はい。確かにこのお店のお料理はおいしいですけど、それ以前に知名度が低いのではないかと思います。この際お店そのものの知名度から上げるというのはどうでしょう」
「ほう? というと?」
マスターは興味深そうに片眉を上げる。
「たとえば、特定の女性店員を『美しすぎるウェイトレス』という謳い文句で、名物店員として宣伝するとか。そうすれば、その噂を聞きつけた人たちがその店員を一目見ようと押し寄せてくるかも。そしてお料理の美味しさにも気づいて、リピーターになってくれるというわけです」
「美しすぎるウェイトレスねえ。そりゃ確かにどんなもんかとこの目で確かめてみたくなるわな」
「そうでしょう、そうでしょう?」
日本にいた頃も「美しすぎるナントカ」という謳い文句の女性たちを、いろいろなメディアで目にしてきた。その度に国民の注目の的になったりしていたし、ここにもそういう存在がいれば、良い宣伝になるのでは?
「それで、一体この中の誰をその『美しすぎるウェイトレス』として売り出すんだ?」
マスターは女性店員達を見回す。
「え?」
誰を? そんなの考えていなかった。私は先輩ウェイトレスの面々を見渡そうとして、そこに漂う異様な雰囲気に気づいた。
彼女達は何故かみんな私を凝視している。期待を込めたような光を目にぎらぎらと宿して。
その時ふと気づいた。
あれ。もしかしてこれってまずい状況?
もしもこの場で私が特定の先輩ウェイトレスの名を挙げたりなんかしたら、他の先輩に対して
「残念ながらあなたは美しくありません」
などと宣言するようなものだ。下っ端の私が。
それはまずい。下手をすれば明日から私の立場が危うくなりかねない。まさかとは思うが、靴に画鋲を仕込まれる可能性だって捨てきれない。それだけは避けなければ!
「え……ええと、ちょっと考える時間をください。みなさんとってもお綺麗だから迷っちゃって。えへへ……その間に次の方どうぞ」
誤魔化しながら模索する。この危機を回避する方法を。
お願いだから誰かこの場の空気を変えるような発言をして! その間に考えるから!
その願いが通じたのか定かではないが、レオンさんが遠慮がちに声を上げる。
「あの、この間新しい林檎の切り方を開発して……って言ってもそこのネコ子に教わったんですけど。それに改良を加えたんで、見てもらえませんか?」
そう言って林檎の乗ったお皿をテーブルに置く。
レオンさんはマスターに対しては丁寧語で接するし、態度も随分と謙虚だ。これまでの様子を見る限り、どうやら彼を尊敬しているみたいだ。少しは私に対してもその態度で接して欲しい。
「ネコ子によると、この林檎はうさぎを表してるらしいんです。この皮の尖った部分がうさぎの耳で。それで、側面には目に見えるようにラズベリージャムを塗ってみました。店の名前とも合ってそうだし、女性や子供の客にサービスとして出せば受けがいいんじゃないかと思って」
目の部分はゴマの代わりにジャムにしたようだ。確かにゴマより大きくてわかりやすいし、赤い目のうさぎ感も増している気がする。
林檎のうさぎを目にした従業員達は、口々に「あら、かわいい」などと言っている。
「なるほどなあ。確かにうさぎに見えなくもねえ。悪くねえかもしれねえな。けど問題は、うちの店を利用する客のほとんどが男だって事だよ。女子供の目に触れる機会自体が少ねえんだよな」
そんなマスターの言葉を聞いて、私は立ち上がった。
「はい! 私、思いつきました!」
「あ? どういう事だ?」
マスターや先輩達の視線に晒されながらも私は必死で説明する。なんだか冷や汗が出てきそうだ。でも、うまくいけば先ほどの軽率な発言を撤回できるかも。
「ほら、マスターも言った通り、このお店のお客さんって、ほとんどは男性じゃないですか。その中にはウェイトレス目当ての人もたくさんいると思うんですよね。なにしろ皆さん華やかですから。今更『美しすぎるウェイトレス』が存在しても効果は薄いのではないかと。むしろ男性客が増えるだけ。せっかくの林檎のうさぎも魅力を発揮できません。というわけで美しすぎるウェイトレス案は撤回します」
その言葉に、先輩方の間に漂っていた妙な緊張が緩んだ気がした。代わりに私の次の言葉を待っている。
「だから、今後獲得すべきは女性客。そのためには林檎のうさぎと共に男性店員を推してゆくべきかと。たとえば『男前すぎる料理人』とか。そうすれば噂を聞いた女性客が訪れて、美味しいお料理や林檎のうさぎの可愛さなんかにも惹かれてリピーターになってくれるといるわけです」
「男前すぎる料理人? となればひとりしかいねえなあ」
マスターがレオンさんに目を向けると、レオンさんは何故か顔を引きつらせた。
「ま、まさか。俺なんかよりマスターのほうがよっぽど相応しいっすよ。この店の名前の由来にもなるような看板人物ですから。料理中の凛々しい姿は男の俺でも惚れ惚れするくらいですよ。マジで」
「お? そうか? それなら俺がいっちょひと肌脱ぐってもんか?」
まずい。マスターがその気になっている。私は遠回しにレオンさんを推薦したつもりなのだが。確かにマスターも独特の渋みがあって、一部の層には受けそうではあるが、正直なところ、若い女性客を獲得するにはマスターだけでは難しいのではないかと思う。
ここはなんとしてもレオンさんの王子様じみたかっこよさが必要なのだ。たとえ中身が残念だとしてもお客にはそんな事わからないだろうし。
しかし乗り気のマスターを否定するわけにもいかない。そこで私はさらなる発言をする。
「やだなあ。何も男前すぎる料理人が一人だけとは言ってないじゃないですか。マスターは渋くてとっても素敵だし、レオンさんもかっこいい。渋くて大人の雰囲気漂う男性が好みの女性と、若くてかっこいい男性が好みの女性の両タイプに対応できる。そんなお二人こそが男前すぎる料理人に相応しいと思うんですよ! みなさん、そう思いませんか?」
私が同意を求めてテーブルを見回すと、イライザさんが真っ先に拍手してくれた。力強く。
それに合わせて他の先輩方も納得したように頷いたりしている。
よし。これで私の立場が悪化することは避けられたはずだ。先輩方だって、異性が比較対象じゃどうしようもないもんね。
「いや、俺はそういうのは……」
言いかけたレオンさんに、マスターの言葉が被さる。
「おお、その案いいじゃねえか。採用だ。なあレオン、俺と一緒に男前すぎる料理人としてこの店を盛り立てて行こうぜ。しかし『男前すぎる料理人』か。いい響きだな、おい」
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