異世界で目覚めたら猫耳としっぽが生えてたんですけど

金時るるの

文字の大きさ
上 下
3 / 104

お仕事予想

しおりを挟む
 問うと、男性は私の顔を見つめて何度か瞬きする。

「どうしてそんな事がわかるのだ?」
「虫歯じゃないのに歯が痛いって言ってたし、それに、さっき手を洗ってたから、手が汚れるお仕事なのかなーと」
「手はともかく、歯痛になんの関係が?」
「芸術家とか、何かものを作る仕事をしてる人って、作業に集中しすぎて無意識に歯を食いしばってしまう事が多いって聞いた事があります。それが原因で歯が痛くなるって」

 日本でも、大量の絵を描いた後で「歯が痛い」というコメントを残した画家がいたとか。

「加えて、先ほどお客様は朝食以外口にしていないと仰ってたし、もしかして、朝からずっと何かを作ってたんじゃないですか? 今日みたいに長時間でないにせよ、仕事自体は毎日するだろうし、そのたびに歯を食いしばってたら痛くなって当然ですよ」

 男性は心当たりがあるのか頬のあたりを撫でている。
 その姿を見ながら私は続ける。

「でも、どこかの工房だとか複数人で作業する場所で働いてるなら、食事をとるのための休憩なんかは必ずあるだろうし、制作を中断する事で歯をくいしばる事もある程度避けられるはず。それなのに昼食もとらずにこんな時間まで制作に没頭してしまうのは、職場にあなた以外存在しない。つまりお客様は個人で活動している芸術家、もしくは職人だと思ったんです」
「ほう。そんな事までわかるのか。なかなかの観察眼だ」

 私の推測に、男性は感嘆の声を上げる。

「当たっている。実は我輩は画家なのだ。いずれ偉大な功績を上げる予定の」 
 
 いずれ、ということは今は……? 
 そんな疑問がかすめたが、画家という言葉に私は身を乗り出す。

「画家さんですか。すごい。どんな絵を描かれるんですか?」

 私も元の世界にいた頃は、趣味で漫画的イラストのようなものを描いていたが、正直言ってあまり上手くない。イラスト投稿サイトで「いいね」が10ほど貰えれば上出来だ。
 だから絵で生計を立てられるほどの実力のある人には尊敬や憧れのようなものがある。

「依頼されたらなんでも描く。今はチラシやポスターだとか……本当はじっくり人体を描いてみたいが、なかなか難し――あ、いや、そんな事はどうでもいい。今日はお前の言った通り、朝からずっと仕事用の絵を描いていた。歯が痛いのも、きっとそのせいなのだろう」
「こんなこと言うのは差し出がましいとは思いますけど、こまめに休憩を取ったほうがいいですよ。でないとそのうち歯がぼろぼろになっちゃう……」

 私の進言に男性は考えるように腕組みした。

「いや、それが……一度の制作を始めると周りが見えなくなると言うか……時間が気にならなくなってしまうのだ」

 なるほど、食事もとらずに制作に没頭してしまうタイプなのか。

「あ、それなら、ちょっと待っててください」

 わたしはふと思いついて、林檎の乗ったお皿を回収すると、厨房で塩水を満たしたボウルに林檎のうさぎを投入していく。
 その間にお店の名前入り布製ナプキンを一枚拝借してくる。
 ボウルからとり出した林檎のうさぎを再びお皿に並べていると、背後から手が伸びてきた。

「ひとつ貰うぞ」

 レオンさんが、さっと林檎を一切れ摘んで持っていってしまった。

「あ、それはお客様のための……」
「うるせー。一切れくらいいいだろ。どうせわかんねえよ」

 もしかしてレオンさんも疲れていて、甘いものが欲しかったのかな。
 彼は明日の仕込みをしつつ、この食堂の名物メニューにも使われるスープストックを作るため、朝まで火の番をする事になっている。その代わり明日は夕方までお休みらしいが。それにしてもご苦労な事だ。
 私は林檎が一切れ減ったお皿にナプキンを被せて再び男性の元へ戻る。

「この林檎、よかったら持って帰って後で食べてください。歯の痛みが治まった頃にでも。あ、でもお皿はいつか返してくださいよ。ナプキンは差し上げますので」

 お皿を差し出すと、男性は戸惑ったように口ごもる。

「その気遣いはありがたいが……また制作に没頭して忘れてしまうかもしれない……」
「ここを見てください。このナプキン、お店の名前が入っているでしょう?  『銀のうさぎ亭』って。作品を制作する時に、この上によく使う道具なんかを置いてください。そうすれば制作中にもこのナプキンが目に入りますよね?  その結果、今日の事を思い出して、こまめに休憩を取るようになるかもしれないし、お皿の事だって忘れないはず。それで、休憩がてらお皿を返しにきて頂ければ……更には、そのついでにこのお店でお食事をして頂ければ嬉しいなーと」

 私の言葉に男性はふっと表情を緩めた。

「案外商魂たくましいな。しかし、いい考えかもしれない。林檎を平らげたら、近いうちに必ず皿を返しにくると約束しよう。その時は勿論食事も兼ねてな」
「ほんとですか?  ありがとうございます!」
「先程のサンドイッチは美味かった。おまけにこんな気遣いまでしてくれるとは。また来たくなるのも当然だろう?」

 男性は林檎の乗ったお皿を受け取りながら微笑んだ。
 よし、お客さんひとりゲット!




 男性を見送った後で、厨房で後片付けをしていると、レオンさんが大鍋をかき混ぜながら苛立ったように声を上げる。

「おいネコ子。お前なに勝手に店の備品を人にくれちまってるんだよ。おまけに皿まで渡しやがって」
「そ、それは、だって、店名入りのものなら強く印象に残ると思って……それにあの人、お皿も返してくれるって約束したし……それがきっかけでお客さんが増えるならいいじゃないですか」
「あいつの言った事間に受けてんのか? どこの誰かも知らないのに? まったくお前の頭の中はお花畑だな。あのうさんくさい男みたいに、そのうち本当に頭から花でも生えてくるんじゃねえの? ボケの花がよ」

 うう……そこまで言わなくても……
 でも、レオンさんのいう通り、考えが甘かったかな。ここは日本じゃないのだ。以前の感覚で多少平和ボケしているところはあるかもしれない。もしかするとここはヨハネスブルグ並み……とまではいかないが、私の知っている日本ほど治安のいい国では無いかもしれない。いい人ばかりとは限らないのだ。

「と、いうわけで取引だ」
「え?」

 突然のレオンさんの言葉の意味がよく飲み込めない。取引って?

「ナプキンと皿の事はマスターに黙っててやる」
「え、ほんとですか?」
「ああ。その代わり……さっきの林檎のうさぎの作り方を教えろ」

 もしかして気になってたのかな?  それならそうと取引なんてしなくとも、素直に言えばいくらでも教えるのに。
 でも、マスターに黙っていてくれるというのはありがたい。私はその取引を受ける事にした。

 といっても、林檎のうさぎなんて別段難しいものでもなく、レオンさんはさほど苦労する事もなくさらりと作り方を習得してしまった。

「でもレオンさん、林檎のうさぎの作り方なんて覚えてどうするんですか?」
「客に出せば喜ぶかもしれないだろ。店の名前とも相性良さそうだし……そうだ。このうさぎ、目の代わりにゴマでもくっ付けたらもっとそれらしく見えるかもしれねえな。今度マスターに提案してみるか」

 なるほど。銀のうさぎ亭だから林檎のうさぎか。お客さんに印象付けるにはいいかもしれない。
 レオンさんて、意外と研究熱心だな。





「それじゃあ、私はお先に休ませて頂きますね。お疲れ様です」

 林檎のうさぎの作り方講習を終え、今度こそ戸締りを確認した後で、厨房のレオンさんに声をかける。
 レオンさんは背を向けたまま、短く「ああ」と答えたが、その後で

「悪かったな、遅くまで付き合わせちまって。早いとこ休めよ」

 おお、この人から労いの言葉が聞けるとは意外。明日は大雪か?
 なんて口に出したらその数倍の罵詈雑言が返ってくるに違いないので

「いえ、レオンさんこそ、仕込みと火の番頑張ってくださいね。おやすみなさい」

 いやー、我ながら大人な対応だ。
 その甲斐あってか、レオンさんも短く

「おう、任せとけ」

 とだけ答えた。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

防御に全振りの異世界ゲーム

arice
ファンタジー
突如として降り注いだ隕石により、主人公、涼宮 凛の日常は非日常へと変わった。 妹・沙羅と逃げようとするが頭上から隕石が降り注ぐ、死を覚悟した凛だったが衝撃が襲って来ないことに疑問を感じ周りを見渡すと時間が止まっていた。 不思議そうにしている凛の前に天使・サリエルが舞い降り凛に異世界ゲームに参加しないかと言う提案をする。 凛は、妹を救う為この命がけのゲーム異世界ゲームに参戦する事を決意するのだった。 *なんか寂しいので表紙付けときます

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

処理中です...