129 / 145
7月の秘密
7月の秘密 2
しおりを挟む4年目。
自分のしでかしたことが橘にバレてしまうのが、さらに怖くなった。
橘は僕を嫌っているだろう、憎んでいるだろう。
おぞましい男だと、思っているだろう。
でもそれは、あたりまえのことだ。
あの一件をただの不幸な事故、コドモの過ちだと信じている彼に、真実など話せるわけがない。
彼の兄も、死ぬまで僕から離れられない橘のために、真実を隠し通すことを決めたらしい。
父にも言うなと釘を刺された──どうにも、橘の兄に嫌われたくないようだ。
ましてや好きだなんて言えるわけがなかった。だって、知られたらきっと軽蔑される。この気持ちは絶対に悟られちゃいけない。
橘にこれ以上嫌われたら、僕は死んでしまう。
けれども、好意以外の感情で彼と接するのは難しかった。
なにしろ僕は性格が悪いのだ。橘にも言われた通り。
普通の顔をして、橘と何を話せばいいかわからないし、緊張して口が空回り、皮肉や嫌味しか出てこない……これは元来の僕の性格が原因かもしれないけれど。
でも、僕が冷たい言葉を吐き捨ててしまうたびに、『なんでそーゆーこというんだよ』なんてムスッとした唇を突き出して、僕を睨んでくる橘は可愛い。
可愛い、可愛い。
僕はいつだって、橘の背中に天使の羽が生えているように見える。
この4年間、ずっとずっと橘は可愛かった。
本当は、その突き出た唇が腫れるくらい吸ってしまいたい。ヒート中は、彼の足腰が立たなくなるぐらいめちゃくちゃにして犯してしまいたい。
ヒートが終わっても、彼を部屋から出したくない。
三日間以上同じ家の中にいるというのに、一日たった数回の、ごく普通の交わりでコトが終わってしまうなんて。
彼の兄がいる家になんて、帰したくない。
次にまともに会えるのが数か月後も先だなんて、信じられない。
いっそのこと、このまま家に閉じ込めてしまおうか。金ならある。僕しか鍵を持たない地下室でも作って、橘をそこに突っ込んで──なんて、相も変わらず、そんなことばかり考えている自分の浅ましさに反吐が出た。
一歩間違えれば、ヒートもなにも関係なく彼を襲い、その身体を余すところなく貪り尽くしてしまいそうだった。
自分のおぞましい衝動を抑えるために、嗜好品に手を出し始めたのはこの頃からだ。
橘を求めて寂しがる口が咥えたのは、煙草。しかもスゥッと鼻を突き抜けるメンソール系。
清涼感のある爽やかなミントの香は、こんな関係になる前に手に入れた橘のリップクリームと、よく似ている香りだった。
これが一番、橘の唇の味に近い気がした。
あの頃の思い出に必死に縋り付いて日々を生きる。
そんな惨めな4年目だった。
──────
淡々と、姫宮視点の最期の章(後篇)が始まります。
お付き合いいただけると嬉しいです。
0
お気に入りに追加
175
あなたにおすすめの小説

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ダブルの謎
KT
ミステリー
舞台は、港町横浜。ある1人の男が水死した状態で見つかった。しかし、その水死したはずの男を捜査1課刑事の正行は、目撃してしまう。ついに事件は誰も予想がつかない状況に発展していく。真犯人は一体誰で、何のために、、 読み出したら止まらない、迫力満点短編ミステリー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる