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7月と歪んだ少女像
7月と歪んだ少女像 2
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顔を上げると、クルトが早足でこちらに向かってきた。かと思うと、わたしの腕を掴む。
「なにやってるんだ。入浴時間に遅れるぞ」
そう言って立ち上がらされると、強引にその場から連れ出されてしまった。
「あの、わたし、お風呂になんて入りませんよ」
歩きながら我にかえったわたしは、慌ててクルトに告げる。
「わかってる。お前、またあの二年生に絡まれてたんだろ?」
「え? そんなふうに見えました?」
別にそんなつもりじゃなかったけれども。心配してくれたのかな……
わたしはイザークから聞いた少女の像に関することをクルトに伝えた。
「像の見方を変えたら、何かわかるんじゃないかと思って……それで、色々な角度から試していたんです」
そういうとクルトは「はあ?」と気の抜けたような声を発した。
「……なんだ。俺はてっきり、あの二年生から地面に這いつくばる事を強要されているのかと思った」
「さすがにイザークだって、そんな非人道的なことはしないんじゃないかと……」
「お前、まさか、今まであいつに何をされてきたのか忘れたのか?」
うーん……そう言われてみれば、まずいケーキを食べさせられたり、せっかくのジャムを台無しにされたり、結構ひどい事されてるかもしれない……
「気をつけろよ。それでなくても、このところお前はいつにも増してぼんやりしてるし……」
「……すみません」
やっぱり、クルトもここ最近のことを気にしていたのだ。もしかして、今も彼はわざわざ探しに来てくれたんだろうか。いや、まさかね……散歩でもしてたのかな。
でも、こんなことじゃいけない。しっかりするんだユーリ。
そう心の中で呟いて、自戒するようにこっそり自分の頬をつねった。
数日後、わたしは再びあの少女像の前にいた。
手近な木の枝で、像の前の地面に線を引いていくと、それが大きな長方形の枠になった。
わたしは持参したシャベルを構えると、枠の中に勢い良く先端を突き立て、土を掘り返していく。
しばらく無心で地面を掘っていると、慌しい足音が近づいてきた。
「ちょっと、そこで何やってるんだよ!」
その苛立ったような声に、シャベルを動かす手を止めて顔を向けると、声の主はイザークだった。
「地面を掘っているんです。この少女像を見て、わたしも創作意欲が刺激されまして。この場所に花壇を作ったら素敵かなーと思ったんです」
「花壇?」
眉をひそめるイザークに、わたしは胸を張って説明する。
「そう。その名も『塹壕花壇』。深く掘り下げた地面を塹壕に見立てて、底の部分に花を植えるんです。塹壕のように閉塞感と悲壮感溢れる場所で花を眺めることにより、その美しさがより一層際立って感じられるのでは……という意図の前衛的な芸術作品です。あ、せっかくだから、周りに土嚢を積んだら、より塹壕っぽさが出るかも」
「はあ? そんなところに花を植えても、日光が当たらなくてすぐに枯れるのが目に見えてるよ。花の苗を無駄にしたくなかったら、さっさとその塹壕花壇なんて馬鹿馬鹿しいものを作るのはやめることだね」
「でも、ミエット先生は『それは素敵な考えだね』って賛同してくれましたよ。ここに花壇を作る許可もくれました」
「あの園芸馬鹿は、自分の仲間が増えるのが嬉しいだけで、深く考えてなんかいないんだよ」
園芸馬鹿って……確かにあの先生は園芸に関することには特に熱心だけれども、それにしたって辛辣だ。
「でも、わたしはちゃんと許可をもらっています。だから、わたしにはここに花壇を作る権利があるんです。それを止めさせたいというのなら、イザークも正当な理由を提示してください。それに、もしかすると将来『第二のミケランジェロ』と評される芸術家の作品を目にすることになるかもしれませんよ」
「待って。まさか、君はその塹壕花壇とやらでミケランジェロと肩を並べるつもりでいるわけ? ……うわあ、信じられないほどの厚かましさだね。どこからそんな自信が湧いてくるのか知りたいよ。花畑なのは君の頭の中なんじゃないの?」
「ほっといてください。ともかく、わたしの独創的な創作活動を打ち切る正当な理由が無いのなら黙っていてください」
わたしが再びシャベルで地面を掘り返し始めると、やがてイザークは諦めたのか、はたまた花壇の制作中止要請を得るためか、どこかへ行ってしまった。
「なにやってるんだ。入浴時間に遅れるぞ」
そう言って立ち上がらされると、強引にその場から連れ出されてしまった。
「あの、わたし、お風呂になんて入りませんよ」
歩きながら我にかえったわたしは、慌ててクルトに告げる。
「わかってる。お前、またあの二年生に絡まれてたんだろ?」
「え? そんなふうに見えました?」
別にそんなつもりじゃなかったけれども。心配してくれたのかな……
わたしはイザークから聞いた少女の像に関することをクルトに伝えた。
「像の見方を変えたら、何かわかるんじゃないかと思って……それで、色々な角度から試していたんです」
そういうとクルトは「はあ?」と気の抜けたような声を発した。
「……なんだ。俺はてっきり、あの二年生から地面に這いつくばる事を強要されているのかと思った」
「さすがにイザークだって、そんな非人道的なことはしないんじゃないかと……」
「お前、まさか、今まであいつに何をされてきたのか忘れたのか?」
うーん……そう言われてみれば、まずいケーキを食べさせられたり、せっかくのジャムを台無しにされたり、結構ひどい事されてるかもしれない……
「気をつけろよ。それでなくても、このところお前はいつにも増してぼんやりしてるし……」
「……すみません」
やっぱり、クルトもここ最近のことを気にしていたのだ。もしかして、今も彼はわざわざ探しに来てくれたんだろうか。いや、まさかね……散歩でもしてたのかな。
でも、こんなことじゃいけない。しっかりするんだユーリ。
そう心の中で呟いて、自戒するようにこっそり自分の頬をつねった。
数日後、わたしは再びあの少女像の前にいた。
手近な木の枝で、像の前の地面に線を引いていくと、それが大きな長方形の枠になった。
わたしは持参したシャベルを構えると、枠の中に勢い良く先端を突き立て、土を掘り返していく。
しばらく無心で地面を掘っていると、慌しい足音が近づいてきた。
「ちょっと、そこで何やってるんだよ!」
その苛立ったような声に、シャベルを動かす手を止めて顔を向けると、声の主はイザークだった。
「地面を掘っているんです。この少女像を見て、わたしも創作意欲が刺激されまして。この場所に花壇を作ったら素敵かなーと思ったんです」
「花壇?」
眉をひそめるイザークに、わたしは胸を張って説明する。
「そう。その名も『塹壕花壇』。深く掘り下げた地面を塹壕に見立てて、底の部分に花を植えるんです。塹壕のように閉塞感と悲壮感溢れる場所で花を眺めることにより、その美しさがより一層際立って感じられるのでは……という意図の前衛的な芸術作品です。あ、せっかくだから、周りに土嚢を積んだら、より塹壕っぽさが出るかも」
「はあ? そんなところに花を植えても、日光が当たらなくてすぐに枯れるのが目に見えてるよ。花の苗を無駄にしたくなかったら、さっさとその塹壕花壇なんて馬鹿馬鹿しいものを作るのはやめることだね」
「でも、ミエット先生は『それは素敵な考えだね』って賛同してくれましたよ。ここに花壇を作る許可もくれました」
「あの園芸馬鹿は、自分の仲間が増えるのが嬉しいだけで、深く考えてなんかいないんだよ」
園芸馬鹿って……確かにあの先生は園芸に関することには特に熱心だけれども、それにしたって辛辣だ。
「でも、わたしはちゃんと許可をもらっています。だから、わたしにはここに花壇を作る権利があるんです。それを止めさせたいというのなら、イザークも正当な理由を提示してください。それに、もしかすると将来『第二のミケランジェロ』と評される芸術家の作品を目にすることになるかもしれませんよ」
「待って。まさか、君はその塹壕花壇とやらでミケランジェロと肩を並べるつもりでいるわけ? ……うわあ、信じられないほどの厚かましさだね。どこからそんな自信が湧いてくるのか知りたいよ。花畑なのは君の頭の中なんじゃないの?」
「ほっといてください。ともかく、わたしの独創的な創作活動を打ち切る正当な理由が無いのなら黙っていてください」
わたしが再びシャベルで地面を掘り返し始めると、やがてイザークは諦めたのか、はたまた花壇の制作中止要請を得るためか、どこかへ行ってしまった。
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