7月は男子校の探偵少女

金時るるの

文字の大きさ
上 下
119 / 145
7月と白い林檎

7月と白い林檎 4

しおりを挟む
「ねえクルト、お願いがあるんです。きいてもらえますか?」


 翌日の放課後、わたしは何気ない風を装ってクルトに切り出す。
 けれど、なぜか彼は一瞬言葉に詰まったようだった。


「……内容による。突拍子も無いことなら協力しないからな」


 クルトは慎重に答えた。それをある程度予測していなかったわけでもない。わたしもあらかじめ考えていた内容を伝える。


「実は、ヴェルナーさんが体調を崩したらしくて、昨日も少し具合悪そうにしてたんです。心配なので様子を見に行けたらと思って……前に、学校の外に出るために木を伝って塀を乗り越えましたよね? もう一回あれをしたいので手を貸して欲しいんです。わたしひとりじゃ乗り越えられないので……」


 あんな事があって、ヴェルナーさんがどうしているか気がかりだった。部屋が荒らされた事についてもだが、特にエミールさんの作ったあのオブジェがあんな事になって気を落としているのではないか、それとも再びディルクに何かされているのではないかと考えると、授業にも身が入らなかった。
 当人には来るなと言われたけれども、少し覗く程度なら大丈夫なんじゃないか。
 けれど、そんな事を正直にクルトに伝えたら、反対されるかもしれない。昨日の出来事だって打ち明けていないのに。だからこんな理由をでっちあげた。
 なんとか学校から外に出て、彼の様子を確認したかった。せめて無事な姿を見るだけでいい。


「あの人だって子供じゃないんだ。少し具合が悪そうだったってだけで、そこまでして様子を見行くのは大袈裟じゃないか?」


 マフラーを買うためだけに外に出た人に言われたくない。けれど、それを口にしてクルトの機嫌を損ねるような事になったら困る。彼の協力がなければ、学校の外にすら出られないのだから。
 わたしはなおも食い下がる。


「でも、万が一って事もあるし……少しだけ。ほんの少しだけで良いんです。少し様子を見たらすぐに戻ってきますから。クルトだって、もしもロザリンデさんの具合が悪そうだったら、放っておけないでしょう?」

「それはまあ、そうだけど……」

「お願いします! でないとわたし、気になって気になって――」

「夜しか眠れないって言うんだろ? ……わかった。わかったからもうその言い回しは使うな。これ以上ねえさまみたいな事を言われると、今までの【お願い】を思い出して落ち着かなくなるんだよ」

「それじゃあ……」

「ああ、協力してやる。ただし、夕食までには戻るんだぞ」

「ありがとうございます!」



 クルトによって塀の上に引っ張りあげてもらった後、もしものために備えて、彼には学校に残ってもらう事にした。夕食までにわたしが戻れなかった場合に、うまく誤魔化してくれるだろう。



 ヴェルナーさんの家にたどり着いたわたしは、近くの建物の陰から様子を伺う。
 外から見るアトリエの様子は、いつもとなんら変わらないように見える。

 ヴェルナーさん、外に出てきてくれないかな……なんて、そんな都合のいいことあるわけ――


「そんなところで何をしているんだ?」


 出し抜けに背後から声を掛けられ、飛び上がりそうになってしまった。慌てて振り返ると、そこには手に荷物を抱えたヴェルナーさんが立っていた。
 あまりにも予想外な出会いにわたしは動揺する。


「な、な、なんで、ヴェルナーさんがここに……?」

「画材を買ってきたんだ。絵の具と、他にも色々と……」


 画材って……昨日あんな事があったばかりだというのに、この人は絵の事を考えているのか。
 あまりにもマイペースな行動に呆然としていると、ヴェルナーさんが咎めるような視線を向けてくる。


「君こそ、学校はどうしたんだ? どうやってここに?」


 その言葉に、今度は自分が問い詰められる番だと気付いて、急にしどろもどろになる。


「実は、塀を超える方法があって、それを使って抜け出してきたんです。ヴェルナーさんの事が気になって……もしかしたら、また酷い目にあってるんじゃないかと考えたら落ち着かなくて……」


 目を逸らしながら答えると。頭上から深い溜息が聞こえた。


「……しばらくここには来ないようにと言ったはずだが。酷い目にあうかもしれないのは君だって変わらないんだ。俺のことをとやかく言う前に、自分の行動を省みるべきだ」


 彼にしては珍しく厳しい言葉に、わたしは叱られた時のように思わず首をすくめる。


「すみません……」

「……ともかく、学校まで送ろう。荷物を置いてくるから少しだけ待っていてくれ」

「い、いえ、そんな、大丈夫ですよ。ここに来る時だって何も起こらなかったし……」

「そういう問題じゃない。とにかく、今は勝手な行動はしないでもらえないか」

「でも、その、これから知り合いの家で梯子を貸してもらう予定なんです。それがないと塀を越えられないので……」


 そうなのだ。学校へ戻るためには梯子が必要だ。だからクルトに頼んで、梯子を貸してもらえるようにとロザリンデさん宛てにしたためた手紙を持ってきているのだった。


「……梯子ならこの家にもある。それを使えば良いだろう」
 
 そこまでしてもらうのは申し訳なかったが、断るのも躊躇われた。昨日の彼の警告を無視したのは事実なのだ。これ以上彼の言葉に背いて勝手に行動して、もしもの事があれば目も当てられない。
 結局、前日と同じように、学校まで送ってもらうことになった。
 無言でふたり並んで歩きながら、わたしはちらりと隣を窺う。
 片手で梯子を肩に引っ掛けて背負うように持つヴェルナーさんは、何かを考え込んでいるように押し黙っている。

 やっぱりヴェルナーさん、怒ってるのかな……
 無理も無い、せっかくの忠告を無視してここまで押しかけてきたのだ。いい気がしないのは当然だろう。
 でも、とりあえず彼の無事は確認できたのだ。画材を買いに行くところを見ても、普段どおりのように振舞っているみたいだし、わたしが考えていたほど落ち込んではいないのかもしれない。
 それがわかっただけでも良かったと、ひそかに胸を撫で下ろした。

 やがて学校のあの木のそばの塀までたどり着くと、ヴェルナーさんが塀に梯子をかけてくれた。
 それを上る前に今日のことをきちんと謝りたい。そう思っていると、今まで黙っていたヴェルナーさんが、改まったように口を開いた。


「これからもこういう事が続くのはよくない。わかるだろう? 俺もしばらくは極力外出を控えることにするから、それでゆるして貰えないか。君が心配してくれるのはありがたいが、それで君になにか起こるような事があれば意味がない」


 ゆるすもなにも、勝手な事をしたのはわたしのほうだ。謝るのはこちらではないか。
 言いかけるわたしよりも先に、ヴェルナーさんは梯子を示す。


「早く上った方がいい。こんなところを誰かに見られたらまずいだろう?」


 そう急かされ、ろくな謝罪もできないままにわたしは梯子に足をかけた。


「ヴェルナーさん」


 塀の上からわたしは呼びかける。


「これからは、ヴェルナーさんの言う事を守ります。だから――だから、いつかこの騒動が収まったときに、またあのアトリエで絵を教えてください。お願いします」


 こちらを見上げたヴェルナーさんは黙ったままだったが、何故だか眩しそうに目を細めたような気がした。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

ダブルの謎

KT
ミステリー
舞台は、港町横浜。ある1人の男が水死した状態で見つかった。しかし、その水死したはずの男を捜査1課刑事の正行は、目撃してしまう。ついに事件は誰も予想がつかない状況に発展していく。真犯人は一体誰で、何のために、、 読み出したら止まらない、迫力満点短編ミステリー

処理中です...