7月は男子校の探偵少女

金時るるの

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7月と円舞曲

7月と円舞曲 17

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 クルトの屋敷に着いて、門の前でわたしたちは馬車を降りる。
 玄関に向かう途中で、重い空気を振り払うようにわたしは口を開く。


「そういえば、結局ウインナ・ワルツを踊る暇がありませんでしたね」


 クルトがちらりとこちらを見る。


「下手な踊りを披露して人前で恥を晒さずに済んで良かったじゃないか」

「何を言ってるんですか。あんなに練習したんですから、もう完璧に踊れるはずです。あー、わたしの華麗なステップを披露できなくて残念だなー」

「へえ、そこまで言うなら試してみよう」


 なにを? と考えている間に、芝生の生えた開けた場所に連れて行かれる。


「ほら」


 そう言って差し出されたクルトの手を、わけもわからず見つめていると


「何をぼうっとしてるんだ。お前の華麗なステップとやらを見せてくれよ」


 そこでやっと彼が踊ろうと言っているのだと理解した。
 まずい、余計なこと言うんじゃなかった……


「でも、ほら、音楽がないし……」

「お前が歌えばいい。ディーヴァなんだろう?」


 クルトはわたしの前に手を差し出したまま、その目にからかうような色を浮かべながら待っている。
 ええい、もうどうにでもなれ。辺りを照らすものは月明かりくらいしかないし、ステップを間違えても誤魔化せるだろう。たぶん……
 わたしは覚悟を決めて彼の手を取り、深く息を吸い込むと、今まで散々聞いてきたピアノのメロディーを口ずさむ。
 すると、自分でも意外な事に、自然と身体が動きだす。

 あれ? わたしってこんなに踊れたっけ……?

 大勢の人の前で失敗してはいけないというプレッシャーから解放されたせいだろうか、余計な事を考えないで済むようになったぶん、身体が素直に言うことを聞く。
 もしかすると、今まではステップを忘れないように、失敗しないようにと必死で、パートナーであるクルトの事が見えていなかったのかも。
 こうしていると、彼が上手にリードしてくれているんだとわかる。とても踊りやすい。
 それに合わせてくるくる回ると身体がふわふわする。夢みたいに楽しくて、歌いながらクルトに笑いかける。
 すると彼は一瞬はっとした顔をして、わたしから目を逸らした。

 なんだろう?
 そう思った瞬間、踵がずるりと滑った。夜露で濡れた芝生を踏んだのだ。わたしは大きく態勢を崩す。


「うわっ!?」


 うしろに倒れこみそうになりながら、どこかでこの光景を見たことあるような気がしていた。
 ゆっくりと背中に迫ってくる地面の気配を感じ、不意に思い出す。

 そうだ。これって、昨日見た夢と同じ……やっぱりわたし、失敗するんだ……

 衝撃に備えてぎゅっと目を閉じた直後、腕を強い力で引っ張られ、身体を引き戻される。
 次の瞬間。何か温かいものにふわりと身体が包まれる感触がした。
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