7月は男子校の探偵少女

金時るるの

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7月と円舞曲

7月と円舞曲 8

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 ついにパーティの日が訪れた。その日は朝からあいにくの雨模様だった。
 パーティは夜からだ。念入りにお風呂に入らされたあと、いつもと違う部屋へ連れて行かれて、身体や髪に良い香りのする液体を塗ったり、爪を綺麗に磨いてもらったりと大忙しだ。

 あらかじめ用意されていたドレスを着せられて鏡台の前に座ると、フレデリーケさんが手際よくわたしの髪を整えていく。あまり長さのない髪は扱いづらいだろうに、上手いこと誤魔化すものだと感心してしまう。


「ユーリちゃん、約束通り毎日ブラッシングしてくれたのね」


 背後から様子を眺めていたロザリンデさんが鏡越しに微笑む。


「え、ええ、それはもう。一度約束したことですからね。守るのは当然ですよ。人として」


 本当は毎日のようにクルトが目を光らせていたので、そうせざるを得なかったのだが。
 しかし、見ただけで髪の状態がわかるものなんだろうか。もしもさぼっていたら一体どうなっていたことやら……その点ではクルトに少しだけ感謝する。


「リボンの色、もう少し濃いものが良いかもしれないわね。別のを持ってきてもらえるかしら? ほら、端にレースの付いているのがあったでしょう。あれがいいわ」


 ロザリンデさんに言われてフレデリーケさんが部屋を出ていく。
 リボン、そんなに合わないかな……?
 後頭部の様子を見ようと首を捻っていると、ふと、鏡越しにロザリンデさんと目が合う。


「ユーリちゃん、ごめんなさいね」


 急に謝罪され、何事かと振り向くと、ロザリンデさんはすまなそうに目を伏せる。


「その……あなたが女の子かもしれないって疑いを抱いたとき、そのことを追求するか迷ったわ。だって、性別を誤魔化してまで男子校に通うなんて、相当な事情があるに違いないはずだもの。本当なら何も気付かないふりをするべきだったのかもしれない。でもね、私、どうしても確かめずにはいられなかったの」


 それは好奇心ゆえだろうかと考えているとロザリンデさんは続ける。


「余計なお世話だとは思ったけど、あなたの事が気がかりだったのよ。だって、まわり全部が男の子なのよ? その中に女の子が一人だなんて……ああ、もう、考えただけで恐ろしいわ」


 ロザリンデさんは両手で自身の身体を抱くようにして身震いする。


「ユーリちゃん、卑怯な手段であなたの秘密を聞き出した事は、申し訳ないと思ってるし、あなたもそんな私の事を心から信用できないでしょうね。でも、約束する。私もフレデリーケも絶対にあなたの秘密を口外しないし、他の使用人にも気取られないように上手く誤魔化しておくわ。ただ、あなたが心配なの。詳しい事情を聞いて余計にそう思った。だって、突然それまでとはかけ離れた環境に、たったひとりで放り込まれて、誰かに正体を打ち明けることもできない。そんな状態が続いて、平気でいられるはずがないもの。きっと心細い思いをしたでしょう? いつ周りに秘密がばれるんじゃないかと、気の休まる暇もなかったんじゃない?」


 ロザリンデさんの思いがけない言葉にはっとして、そのあと少し泣きそうになってしまった。今まで密かに抱えていた不安や焦燥。状況が状況だけに誰にも吐き出すことのできなかったそれらの感情。同じ女性であるからこそ、ロザリンデさんはそれを察して、気遣ってくれているのだ。そのことに、これまで心の奥のほうに抑え込んでいた色々な気持ちが溢れそうになる。


「ロザリンデさん、わたし……」


 なにか言わなければと思ったものの、言葉に詰まって俯いてしまった。
 その時、車椅子の車輪が微かに軋む音がして、顔を上げると、ロザリンデさんがすぐ隣にいた。


「やっぱり、辛かったのよね。ひとりで頑張っていたんだものね」


 彼女は片手でわたしの背を抱くようにそっと撫でる。その手は温かく。どこか安心を覚える。


「なにか不自由していることはない? 私にできることならなんでも協力するから、遠慮しないで言ってちょうだいね。と、言っても私自身は非力なんだけど……」


 ロザリンデさん、優しい。なんだかお姉ちゃんみたいだ。
 懐かしさにも似た気持ちのなか、そのままその手の温かさに甘えていたかったけれど、なんとか思い留まる。だって彼女はお姉ちゃん"みたい"だけれど、本当のお姉ちゃんではないのだ。余計な迷惑をかけるのはやっぱり心苦しい。
 本当の姉だったらどんなに嬉しいかとは思うけれども。


「……ええと、確かに色々と危うい事もありましたけど、これでも意外となんとかなってるんですよ」


 慌てて笑顔で繕う。確かに誰にも言えない不安な想いはたくさんあった。でも、こうしてわたしの気持ちを理解してくれる人がいる。それがわかっただけで、少し心が軽くなった気がする。


「それに、正確にはひとりじゃなかったです。クルトも色々と助けてくれたので」


 それを聞いて、ロザリンデさんは何故だか顔を曇らせる。


「……あの子が一番たちが悪いわ」

「え?」


 その意味を問おうとした時、フレデリーケさんがリボンを手に部屋へと戻ってきたので、わたしは慌てて目元を拭った。
 そういえば、フレデリーケさんに対しても本気でもない愛の告白だなんて失礼なことをしてしまった。性別を悟られないよう必死だったとはいえ、我ながら酷いと思う。後で謝らなければ。

 そこからはまた、ああでもない、こうでもないと色々なリボンやアクセサリーを取っ替え引っ替えしながら、着せ替え人形のような気分を味わう。
 ようやくロザリンデさんが満足気に


「さあ、これでいいわ」


 と微笑んだ時には、少しの疲労感を覚えていた。
 けれど、全身が映る姿見の前に立った瞬間、それも吹き飛ぶ。


「すごい……お姫様みたいな格好……」


 淡いオレンジ色を基調としたふんわりしたドレスにはリボンやレースがあしらわれ、その場でくるりと回ると、髪には同色のリボンがひらりと揺れる。首には緑色のガラスを使用したチョーカーが巻かれ、ときどき柔らかい光を反射する。
 小さな頃、おとぎ話を読みながら、本の中のお姫様の姿を想像したことはあったけれど、まさか自分がそのお姫様みたいな格好をする日が来るだなんて思ってもみなかった。


「うんうん、素敵よ。ユーリちゃん」

「あの、こんなドレスまで用意してもらって、わたし、なんて言ったらいいのか……」

「そんなの気にしないで。元々は私がパーティに行って欲しいってお願いしたことなんだから。うん、サイズもちょうどいいみたいね。着心地はどうかしら?」

「ええ、大丈夫です……あ、でも」


 わたしは遠慮がちに告白する。


「お腹が少し苦しいというか……」

「あら……コルセットのせいかしら。悪いけど、しばらくのあいだ我慢してちょうだい。きっとすぐに慣れるわ。そういうものよ。それより、早くクルトにも見せてらっしゃい。そろそろ出かける時間だし、あの子、待ちくたびれているんじゃないかしら」
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