7月は男子校の探偵少女

金時るるの

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7月と円舞曲

7月と円舞曲 6

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「え?」


 歌う? わたしが?
 戸惑っているうちに、クルトの演奏が始まったので、釣られるようにわたしは歌いだす。


 ロンドン橋 おちる おちる おちる――


 そうして最後まで歌い終えると、クルトが意外そうな顔をこちらに向ける。


「お前、歌はまあまあだな」

「ほんとですか? もしかして歌手に向いてたりして。ディーヴァと呼んでくれても構いませんよ」

「そこまで言ってない。調子に乗りすぎだ」

「即否定しなくても良いじゃないですか。これがきっかけで歌の才能が花開くかもしれないというのに。わたしは褒められて伸びるタイプなんですよ」

「へえ、それじゃあ、褒めればダンスもすぐに踊れるようになるんだな?」

「え? ええと、それは……」


 まずい。余計な事を言ってしまった。
 どう答えようかと思っていると、部屋のドアが開き、フレデリーケさんに車椅子を押されたロザリンデさんが部屋に入ってきた。助かった。
 その途端、クルトがわたしの手から先ほどの花束をさっと取り上げると、ロザリンデさんに近寄ってそれを差し出す。


「これ、ねえさまにと思って貰ってきた」

「まあ、ありがとう。綺麗ねえ」


 受け取ったロザリンデさんは顔を綻ばせ、香りを楽しむように深く息を吸い込む。
 クルトはなんだか満足気だ。棘が全部取り除いてあったのも、お姉さんに渡すためだったんだろう。なんともまめだ。
 わたしは控えめにクルトの袖を引っ張る。


「ねえクルト、わたしには?」

「うん? バラは食べられないぞ?」

「失敬な。まるでわたしが食べ物以外に興味が無いような言い方はやめてください」

「違うのか?」


 二人のやり取りを聞いていたロザリンデさんが手招きする。


「ユーリちゃん、こっちにいらっしゃい」


 その言葉に従いロザリンデさんの傍に行くと、彼女は一本のバラの茎を短く折る。


「少しの間じっとしていてね」


 そう言いながらバラの花をわたしの髪に飾ってくれた。


「さあ、これでいいわ。せっかく踊るんだから、こうしたほうが少しは気分が出るでしょう?」

「わあ、ありがとうございます」


 その存在を確かめるように、そっと頭に手をやると、滑らかな花びらの感触がした。
 こういうのって、なんだか女の子って感じがする。
 どこかに鏡はないかと探していると、クルトがこちらをじっと見ていたので


「どうですか? これ、似合ってますか? 」


 と聞くと


「……ねえさまのために持ってきたバラなのに……」


 がっかりしたように呟かれた。





 その日の夜、踊り疲れてくたくたになった身体を休めるために、さっさと寝床に潜り込もうと寝支度を整える。髪を結んでいたリボンを解き、ベッドに腰掛けたところで、クルトが目の前に立った。


「何か大事なことを忘れてないか?」

「え?」


 なんだろう。何かあったっけ?
 必死に考え込んでいると、その様子を見ていたクルトが呆れたように溜息を漏らす。


「やっぱり忘れてたんだな……」

「ええと、何でしたっけ?」

「ねえさまから受け取っただろう? ブラシを」

「……ああ!」


 その言葉で思い出した。
 帰り際、ロザリンデさんにヘアブラシを渡されながら言われたのだ。


「ユーリちゃん。今日からパーティの日まで、これで朝晩50回ずつブラッシングしてね」


 そうする事で髪がきれいになるとかなんとか、だいたいそんな事を聞いたような気がする。
 でも、足も痛いし今日はもう眠りたい。一日くらいさぼっても、あんまり変わらないだろう。
 

「明日からやります」


 そう言って身体を横たえようとしたが、クルトは納得しなかった。
 

「そう言ってどんどん先延ばしにするつもりだろう? ねえさまは『今日から』と言ったし、お前もそれを了承したはずだ。それを初日から守らないでどうするんだ」

「今日だけ見逃してください。わたし、もう眠くて……」

「だめだ。少し我慢すればすぐ終わる」


 お姉さんが絡んでいるからか、クルトは諦めそうにない。そういう時の彼が面倒くさいということも経験済みだ。
 これは大人しく従ったほうが早いと、わたしはしぶしぶブラシを取り出し、自分の髪にあてる。
 そうしてブラッシングする様子を、クルトは監視でもするようにじっと見つめてくる。
 うう、落ち着かない……

 それにしても、ややこしいダンスを覚えさせられたり、こうしてブラッシングさせられたり、パーティって思っていたより厄介だ。美味しいものが食べられるかも、なんて軽い気持ちでいたのは間違っていたんだろうか……
 そんな事を考えていたら、何回ブラッシングしたのかわからなくなってしまった。30回? いや40回? ……もう面倒くさいから50回したことにしよう。
 そう思ってブラシを離すと、クルトの声が飛んできた。


「おい、まだ39回目じゃないか。あと11回はどこへいったんだ」


 その言葉にわたしは手を止める。


「……わざわざ数えてたんですか?」

「お前が誤魔化すんじゃないかと思って。まさかとは思ったけど、本当にやるとは……」

「ち、違いますよ。今のはちょっと考え事をしていて、何回目かわからなくなっただけで……」

「ふうん。それなら俺が代わりに数えてやるから、これからは思う存分考え事をしながらブラッシングするといい」


 それって、これから毎日こんなふうに監視されるって事なのかな……やりづらいなあ……
 ふたたび髪にブラシをあてながら、わたしはこっそり溜息を漏らした。
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