7月は男子校の探偵少女

金時るるの

文字の大きさ
上 下
92 / 145
7月と円舞曲

7月と円舞曲 2

しおりを挟む
「は……?」


 どういうこと? ロザリンデさんはわたしが女だという事を知っている? 
 まさか、クルトがばらした……?
 目でクルトに問うが、彼はその視線に対し否定するように小さく首を横に振る。
 それを見て、わたしはぐらついた意識を立て直す。
 そうだ、いくらロザリンデさんが相手でも、クルトがそんなに簡単に秘密を話すはずが無い。
 心を落ち着けるように何度も浅く呼吸する。


「ち、違いますよ。わたしは男です。よく性別を間違えられますけど、本当に男なんです。クルトからもなんとか言ってください」


 しかし、クルトは「あ、いや……」と歯切れの悪い返事をしたきり黙り込んでしまった。
 どうしたんだろう。何か言ってくれないと余計怪しまれるじゃないか。
 やきもきしているうちに、ロザリンデさんが話し始める。


「初めてあなたに会ったとき、てっきり女の子かと思ったわ。でも、クルトの学校のお友達なら女の子なわけがないし、私の勘違いかとも思ったんだけど……でも、それでも不思議だったのよ。どうしてあなたはこの家に来るたびお風呂に入るのかって」

「お風呂……?」

「だって、お風呂なら学校でも入れるのに。現にクルトはそうしているでしょ? だから、もしかして、学校ではお風呂に入れない事情があるのかしらって」

「わたしはただ、ロザリンデさんに失礼の無いようにと、念には念を入れて身体を綺麗にしていただけで……」

「その割には、初めてこの家にきた時には、お風呂に入るのを嫌がったって聞いたけど」

「え? な、なんで――」


 なんでそれを、と言いかけたわたしに、ロザリンデさんは微笑む。


「前にも言ったでしょう。このお屋敷の中で起こった事で、私の知らない事なんてないのよ? それに、あなたが入ってるそのお風呂、バラの花びらが浮かんでるって。聞けば、毎回クルトが使用人に言いつけて用意させてるそうじゃないの」

「え?」


 クルトがあの花びらを用意していた? 予想外だ。てっきりロザリンデさんの趣味かと思っていたのに。
 一瞬意識がそちらに向くが、今はそれを気にしている場合ではないと、慌ててロザリンデさんに視線を戻す。


「それに何か問題が……?」


 おそるおそる尋ねると、ロザリンデさんは何かを考え込むように口元に指をあてる。


「問題っていうか……男の子のために、わざわざ花びらの浮かんだお風呂を用意するかしらって疑問に思ったのよ。だって、そういうものって、ふつう女の子が喜ぶものでしょう? つまり、クルトがお風呂に花びらを入れたのは、あなたが女の子だからこそなんじゃないかって」

「そんな、考えすぎですよ。お風呂に花びらが入っていたくらいで、どうしてそういう事になるんですか」


 そう言うと、ロザリンデさんはあっさり頷く。


「そうね。確かに考えすぎかもしれないわね。その点は認めるわ。でもね、私、気になって気になって仕方なくって……それで、フレデリーケにとあるお願いしたの」

「お願い……?」

「そう。あなたがお風呂に入っているときにね、浴室を覗いてきて欲しいって」

「は……?」


 その言葉にわたしは混乱する。
 ちょっと待って。確かに以前、入浴中にフレデリーケさんと浴室で遭遇したことがある。ロザリンデさんの言葉を信じるならば、あの時、彼女が浴室に入ってきたのは偶然なんかじゃなくて、わたしの性別を確かめるため……?


「ああ、フレデリーケを責めないでちょうだいね。この子は渋ったんだけど、私がどうしてもって頼み込んだのよ」


 ロザリンデさんの背後に控えていたフレデリーケさんが目を伏せる。


「でもユーリちゃん。私がこんな事を言うからには、フレデリーケが浴室でなにを見たのか予想できるでしょう?」


 ロザリンデさんは言葉を切ると、じっとわたしをみつめる。
 わたしは慌てて反論する。


「そ、それは、見間違いです! あの時、わたしはお湯に浸かっていました。だから、屈折の加減でそういうふうに見えたに違いありません。大体、男子校に通っているわたしが女であるわけ無いじゃありませんか」

「あら、またそこに戻る? なかなか強情なのねえ」

「強情もなにも、本当のことです!」


 ロザリンデさんはすっかりわたしが女であることが確定しているような口調で話している。
 でも、わたしは認めるわけにはいかないのだ。
 何故かクルトは先ほどから何も言ってくれないし、ここはどんな言い訳を使ってでも誤魔化すしかない。


「ふうん……それなら、クルトに聞いてみましょうか」


 ロザリンデさんがそう言った途端、それまで黙り込んでいたクルトがぎくりとしたように身体を震わせた。
 その様子を意に介することもなく、ロザリンデさんがゆったりとした口調で問う。


「ねえクルト。ユーリちゃんは女の子なのよね?」


 クルトは答えない。
 たった一言「違う」と言ってくれたらいいのに、何故かそれすら躊躇っているようにも見える。


「どうなの? クルト」

「だ、だから違いますって! そうですよね、クルト!」

「ええと……」


 ふたりの視線から逃れるようにクルトは顔を伏せたまま口ごもる。
 そこで初めて、わたしの胸に「まさか」という思いが浮かんだ。
 そういえば、以前ロザリンデさんが言っていた。クルトは彼女の前では殆ど嘘をついたことがないと。
 それって、ロザリンデさんに対して嘘を言えないという事なのでは……?
 改めて考えてみれば思い当たる節はある。たとえばクリスマスのお芝居の件だ。あの時、クルトはヒロイン役を演じたことをロザリンデさんに知られるのを嫌がっていたけれど、ロザリンデさん本人に問われて、あっさりと自分がヒロインを演じたことを明かしてしまった。あれも、クルトがお姉さんに嘘をつけなかったから……?

 いや、でも――と考えなおす。
 その一方で、ヴェルナーさんの描いたあの顔のない肖像画の真相については嘘をついたではないか。それなら、今だって同じように嘘をつくなりなんなりして、わたしの性別について隠し通してくれるんじゃないだろうか。 
 縋るような思いでクルトをみつめると、目だけをこちらに向けた彼と一瞬視線が合った。
 しかしそれはすぐに逸らされる。

 重苦しい沈黙の中、俯いたクルトは消え入りそうな声で呟く。


「……ねえさまの言うとおり、こいつは、ユーリは、女なんだ……」


 その瞬間、わたしは暗い穴の中に突き落とされたような錯覚を抱いた。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

舞姫【中編】

友秋
ミステリー
天涯孤独の少女は、夜の歓楽街で二人の男に拾われた。 三人の運命を変えた過去の事故と事件。 そこには、三人を繋ぐ思いもかけない縁(えにし)が隠れていた。 剣崎星児 29歳。故郷を大火の家族も何もかもを失い、夜の街で強く生きてきた。 兵藤保 28歳。星児の幼馴染。同じく、実姉以外の家族を失った。明晰な頭脳を持って星児の抱く野望と復讐の計画をサポートしてきた。 津田みちる 20歳。両親を事故で亡くし孤児となり、夜の街を彷徨っていた16歳の時、星児と保に拾われた。ストリップダンサーとしてのデビューを控える。 桑名麗子 保の姉。星児の彼女で、ストリップ劇場香蘭の元ダンサー。みちるの師匠。 亀岡 みちるの両親が亡くなった事故の事を調べている刑事。 津田(郡司)武 星児と保が追う謎多き男。 切り札にするつもりで拾った少女は、彼らにとっての急所となる。 大人になった少女の背中には、羽根が生える。 与り知らないところで生まれた禍根の渦に三人は巻き込まれていく。 彼らの行く手に待つものは。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

ダブルの謎

KT
ミステリー
舞台は、港町横浜。ある1人の男が水死した状態で見つかった。しかし、その水死したはずの男を捜査1課刑事の正行は、目撃してしまう。ついに事件は誰も予想がつかない状況に発展していく。真犯人は一体誰で、何のために、、 読み出したら止まらない、迫力満点短編ミステリー

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

処理中です...