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7月と赤い果実
7月と赤い果実 4
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そんな事を思いながら部屋に戻ると、既にクルトが帰ってきていた。
わたしは上級生が退学になった事と、温室での先生とのやりとり。そこから導き出した自分の推測を彼に話した。
「クルトはどう思います? 先生達が上級生の部屋の立ち入り検査を行った理由が、わたしの言動と関係あると思いますか?」
その問いに、ソファに腰掛けたクルトは腕組みをして暫く何かを考える素振りを見せた後、ちらりとこちらに目を向ける。
「なんだってそんな事を気にするんだ? もしも上級生が退学になったきっかけがお前にあったとしても、それは校則違反や諸々をやらかした彼らの自業自得だろう?」
「……なんだか後ろめたいんです」
「後ろめたい?」
わたしは頷く。
「わたしだって、立場的には事件を起こした上級生と変わらないはずでしょう? 周囲にばれたら退学になるような隠し事をしているんですから。そんなわたしの発言が元で、彼らを退学に追い込んだのなら、それは許される事なんだろうかって……確かに、彼らのしたことは正しくはありません。でも、誰かを傷つけるような類のものじゃないし、更生の余地はあったと思うんです」
「つまり、お前はあの推理を披露したことを悔いていると」
その通りなのかもしれない。
わたしが俯いていると、クルトが溜息をつく。
「考えすぎだ。お前の発言だけを判断材料に、部屋の立ち入り検査までするのは、さすがに強引すぎる。おそらく教師たちも以前から疑っていて、今回の事件をきっかけに検査に踏み切ったんじゃないのか? それに問題の二年生だって、あんな事件を起こした後も煙草や酒を処分せずに隠し持っていたのなら、今後も飲酒や喫煙を続けるつもりだったんだろう。一歩間違えれば火事になるところだったのに、それでも懲りずに。お前の言う更生の余地なんてなかったんだ。退学は妥当な処分だろう」
わたしは黙って彼の言葉を聞く。
「それに、お前はその二年生とは違う。隠し事といっても、無理矢理この学校に入学させられた事が原因なんだし、お前自身は悪い事なんて何もしていないじゃないか。気にせず堂々としていればいい。正体がばれない程度に」
それを聞いて、自分がほっとするのを感じた。
「あなたは悪くない」と、誰かに言って欲しかったのかもしれない。
「ところで、今日も絵を描いたんだろう?」
急にクルトが話題を変えた。
「どんな出来か見せてくれよ」
言われて、自分が丸めたデッサンを持ったままなのを思い出した。
「そうだ、これ、クルトにも見て欲しかったんです」
一枚の紙を広げてみせると、クルトが目を瞠った。
「お前、いつの間にこんなに絵が上達したんだ?」
「あ、いえ、これはわたしじゃなくて、ヴェルナーさんが描いたもので……」
ヴェルナーさんの描いたデッサンを、お手本にしたいからと頼み込んで貰ってきたのだ。
それを聞いたクルトが驚愕の表情を浮かべる。
「それじゃあ、彼はまた絵を描き始めたのか?」
「そう! そうなんです! それをクルトにも伝えたかったんです!」
ディルクの件や、わたしが頭を怪我した事で色々とごたごたしていて、今まで言う機会を逃してしまっていた。
てっきりすぐに喜んでくれると思ったのだが、クルトは放心したように絵を見つめている。
暫くそうした後に、俯いて額に手をあてると
「……よかった」
と、囁くように呟いた。
その姿を見て、少し胸が傷んだ。
ヴェルナーさんが絵を描くのをやめると言ったことに関して、クルトもまたわたしと同じく「自分のせいで」という思いがあったのかもしれない。
この様子では、わたしが思っていた以上にクルトはその事を気にしていたんだろう。
本来なら真っ先に伝えて、彼があの件以来持ち合わせていたであろう罪悪感を取り除くべきだったのだ。もう少し早くそれができたはずなのに。
どうにかいつもの調子を取り戻して欲しくて、わたしは口を開く。
「あの、後でこの事のお祝いをしませんか? わたし、とっておきのお菓子を出すので……」
それを聞いてクルトが顔を上げた。
「……本人がいないところで祝ってどうするんだ。大体、何もない日でも、お前は何かしら甘い物を口にしているじゃないか」
「いいじゃないですか。気持ちの問題ですよ。自己満足かもしれませんけど。あ、お茶もわたしが用意しますよ。それならいいでしょう?」
「それはちょっと……お前は紅茶を入れるのが下手だからな」
「えー、ひどいなあ」
「だからお茶は俺が入れる」
「え? それじゃあ……」
「ああ、お前が満足するなら付き合ってやるよ」
クルトはそう言って小さく笑った。
「そういえば、クルトはヴェルナーさんの描いた肖像画を見たことがあるんですよね? どこに行けば見られるんですか?」
「なんだ、見たいのか?」
「ええ。だって、ヴェルナーさん、この通り、すごく絵が上手いじゃないですか。肖像画もきっと素晴らしかったんだろうなと思ったら、気になってしまって」
そう説明すると、クルトは何かを思い出すように宙を見つめる。
「何度か見た事はあるが、どれも父に連れられて行った先での事だからな。俺自身には父のような伝手は無いし……」
その口ぶりからすると、クルトにもなんとも出来ないようだ。わたしのような庶民には、見ることすら難しいのかもしれない。
ああ、今すぐ権力者になりたい。それで、国中にあるヴェルナーさんの描いた肖像画を献上させるのだ。
なんて、そっちの方が難しいな……
わたしは上級生が退学になった事と、温室での先生とのやりとり。そこから導き出した自分の推測を彼に話した。
「クルトはどう思います? 先生達が上級生の部屋の立ち入り検査を行った理由が、わたしの言動と関係あると思いますか?」
その問いに、ソファに腰掛けたクルトは腕組みをして暫く何かを考える素振りを見せた後、ちらりとこちらに目を向ける。
「なんだってそんな事を気にするんだ? もしも上級生が退学になったきっかけがお前にあったとしても、それは校則違反や諸々をやらかした彼らの自業自得だろう?」
「……なんだか後ろめたいんです」
「後ろめたい?」
わたしは頷く。
「わたしだって、立場的には事件を起こした上級生と変わらないはずでしょう? 周囲にばれたら退学になるような隠し事をしているんですから。そんなわたしの発言が元で、彼らを退学に追い込んだのなら、それは許される事なんだろうかって……確かに、彼らのしたことは正しくはありません。でも、誰かを傷つけるような類のものじゃないし、更生の余地はあったと思うんです」
「つまり、お前はあの推理を披露したことを悔いていると」
その通りなのかもしれない。
わたしが俯いていると、クルトが溜息をつく。
「考えすぎだ。お前の発言だけを判断材料に、部屋の立ち入り検査までするのは、さすがに強引すぎる。おそらく教師たちも以前から疑っていて、今回の事件をきっかけに検査に踏み切ったんじゃないのか? それに問題の二年生だって、あんな事件を起こした後も煙草や酒を処分せずに隠し持っていたのなら、今後も飲酒や喫煙を続けるつもりだったんだろう。一歩間違えれば火事になるところだったのに、それでも懲りずに。お前の言う更生の余地なんてなかったんだ。退学は妥当な処分だろう」
わたしは黙って彼の言葉を聞く。
「それに、お前はその二年生とは違う。隠し事といっても、無理矢理この学校に入学させられた事が原因なんだし、お前自身は悪い事なんて何もしていないじゃないか。気にせず堂々としていればいい。正体がばれない程度に」
それを聞いて、自分がほっとするのを感じた。
「あなたは悪くない」と、誰かに言って欲しかったのかもしれない。
「ところで、今日も絵を描いたんだろう?」
急にクルトが話題を変えた。
「どんな出来か見せてくれよ」
言われて、自分が丸めたデッサンを持ったままなのを思い出した。
「そうだ、これ、クルトにも見て欲しかったんです」
一枚の紙を広げてみせると、クルトが目を瞠った。
「お前、いつの間にこんなに絵が上達したんだ?」
「あ、いえ、これはわたしじゃなくて、ヴェルナーさんが描いたもので……」
ヴェルナーさんの描いたデッサンを、お手本にしたいからと頼み込んで貰ってきたのだ。
それを聞いたクルトが驚愕の表情を浮かべる。
「それじゃあ、彼はまた絵を描き始めたのか?」
「そう! そうなんです! それをクルトにも伝えたかったんです!」
ディルクの件や、わたしが頭を怪我した事で色々とごたごたしていて、今まで言う機会を逃してしまっていた。
てっきりすぐに喜んでくれると思ったのだが、クルトは放心したように絵を見つめている。
暫くそうした後に、俯いて額に手をあてると
「……よかった」
と、囁くように呟いた。
その姿を見て、少し胸が傷んだ。
ヴェルナーさんが絵を描くのをやめると言ったことに関して、クルトもまたわたしと同じく「自分のせいで」という思いがあったのかもしれない。
この様子では、わたしが思っていた以上にクルトはその事を気にしていたんだろう。
本来なら真っ先に伝えて、彼があの件以来持ち合わせていたであろう罪悪感を取り除くべきだったのだ。もう少し早くそれができたはずなのに。
どうにかいつもの調子を取り戻して欲しくて、わたしは口を開く。
「あの、後でこの事のお祝いをしませんか? わたし、とっておきのお菓子を出すので……」
それを聞いてクルトが顔を上げた。
「……本人がいないところで祝ってどうするんだ。大体、何もない日でも、お前は何かしら甘い物を口にしているじゃないか」
「いいじゃないですか。気持ちの問題ですよ。自己満足かもしれませんけど。あ、お茶もわたしが用意しますよ。それならいいでしょう?」
「それはちょっと……お前は紅茶を入れるのが下手だからな」
「えー、ひどいなあ」
「だからお茶は俺が入れる」
「え? それじゃあ……」
「ああ、お前が満足するなら付き合ってやるよ」
クルトはそう言って小さく笑った。
「そういえば、クルトはヴェルナーさんの描いた肖像画を見たことがあるんですよね? どこに行けば見られるんですか?」
「なんだ、見たいのか?」
「ええ。だって、ヴェルナーさん、この通り、すごく絵が上手いじゃないですか。肖像画もきっと素晴らしかったんだろうなと思ったら、気になってしまって」
そう説明すると、クルトは何かを思い出すように宙を見つめる。
「何度か見た事はあるが、どれも父に連れられて行った先での事だからな。俺自身には父のような伝手は無いし……」
その口ぶりからすると、クルトにもなんとも出来ないようだ。わたしのような庶民には、見ることすら難しいのかもしれない。
ああ、今すぐ権力者になりたい。それで、国中にあるヴェルナーさんの描いた肖像画を献上させるのだ。
なんて、そっちの方が難しいな……
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