7月は男子校の探偵少女

金時るるの

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7月とクリスマス

7月とクリスマス 10

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 ひとりで寮へ帰り、夕食をとろうと食堂へ行く。わたしと同じような居残り組の生徒がぽつりぽつりとテーブルについていたが、クラスメイトの姿はなかった。
 落胆しつつわたしも椅子に座る。
 普段は楽しみなはずの食事の時間だが、今は肉料理をつつきながら溜息が漏れてしまう。

 がらんとした寮で過ごすのが心細いという事もあるのだが、最大の不安は別のところにあった。
 クルトがいないとなると、暗い部屋でひとりきりで眠らなければならなくなる。それがわたしにとって恐怖である事は、いまだに変わりなかった。
 だから、ロザリンデさんに別荘で過ごさないかと誘われたときは、その心配をしなくて済むかと安心したのだが、後見人からの物言いにより不可能になってしまった。
 だれかクラスメイトが居残っているのなら、同じ部屋で寝かせてくれと頼もうかと思ったのだが、それも無理みたいだ。
 憂鬱な気持ちで食事を口に運んでいると、わたしの前に誰かが立つ気配がした。


「やあ、子猫ちゃん」


 既に食事を終えたらしいイザークが、空いている向かいの席に座った。どうやら彼も居残り組らしい。頬杖をつきながら、わたしの顔を覗き込んでくる。


「なんだか浮かない顔してるね。それでなくても元々冴えない顔してるのに、余計悪化して見えるよ」

「わざわざそんな事言いに来たんですか?」


 暇人なのか、よっぽど性格が悪いのか。
 そう思っていると、赤い箱を差し出された。蓋に雪だるまの絵が描いてある。


「一応この間の薬のお礼をしとこうと思ってさ。僕、借りを作るのは嫌いなんだよね」 


 蓋を開けると中には星や天使の形をしたレープクーヘンが入っていた。表面には繊細なアイシングが施されている。


「わあ、きれい。ありがとうございます! すごくおいしそう」


 わざわざこんなものを持ってきてくれるなんて、もしかしてイザークって意外と悪い人じゃないのかな……
 性格が悪いとか思ってしまって申し訳ない。


「それじゃ、これで貸し借りなしってことで」

「あ、待ってください」


 さっさと立ち去ろうとするイザークを引き止める。


「あの、ずうずうしいかとは思いますが、わたしのお願いを聞いてもらえませんか? いつか必ず借りは返すので……」
 

 怪訝そうな顔をするイザークにわたしは続ける。


「休暇の間、一緒の部屋で寝かせて欲しいんです。なんだったら床でも結構ですから。毛布は自分のを持っていきますし……」

「なにそれ。まさか君、一人で寝るのが寂しいとか言うんじゃないよね」


 わたしが言葉を詰まらせると、イザークが目を丸くする。
 

「うそ? 本当に? 冗談でしょ? 信じられない。そりゃ傑作だ。一人で寝るのが寂しいって? あははは」


 イザークが声を立てて笑うと、食堂にまばらにいた生徒達がちらちらとこちらに目を向ける。
 わたしは慌てて声をひそめた。


「そ、そんなに笑わないでください。わたしにとっては死活問題なんですよ」

「大袈裟。寂しいからって死にやしないよ」

「ええと、やっぱり駄目ですか……?」
「当たり前でしょ、気持ち悪い。僕、そういうの嫌いなんだから。せっかくの一人部屋なのに」

「そんなあ……」

「せいぜい一緒に寝てくれる人を探しなよ。ここにいる全員に片っ端から声を掛ければ、誰かひとりは了承してくれるかもね。僕に言わせりゃ、一人のほうがよっぽど気楽でいいけど。それじゃ、頑張ってね。メリークリスマス」


 そう言ってイザークは立ち上がると、足早に食堂から出て行ってしまった。
 片っ端から声を掛けるなんて……顔見知り程度の人に「一緒に寝てくれ」なんて頼んだって、断られるに決まってる。
 はあ、困った……



 自室に戻っても落ち着かなかった。気を紛らわせようとソファに座りながら本を読んでみても、気が付けば文字を追うのをやめてぼうっとしている。
 怖い。
 とてつもなく怖い。
 暗い部屋にひとりきり。世界に自分以外誰もいないのではないかと思わせられるあの瞬間が。
 そんなことあるはず無いのに。馬鹿げてる。
 そのおかしな考えを振り払うように頭を振ると、読んでいた本をぱたんと閉じる。現実逃避もままならない。
 わたしは部屋をうろうろしながら考える。

 そうだ。ミエット先生に一緒に寝てくれるよう頼んでみようか。もしかしたら受け入れてくれるかも。
 そんな事を考えていると、ノブががちゃりと鳴ってドアが開いた。 
 反射的に目を向けると、部屋に入ってきたのは、なんとクルトだった。
 ぽかんとしていると、クルトが不審そうな目を向けてくる


「何だその顔は。俺の顔に何か付いてるのか?」 


 クルトに問われ、わたしは首を横に振る。


「クルト……ど、どうしてここに……? 別荘で過ごすはずじゃ……?」


 やっとの事でそれだけ搾り出すと、クルトがちょっと目を逸らす。
 

「その予定だったが、夜はここに戻ってくることにした。急遽変更したから、入口で手続きするのに手間取ってこんな時間まで掛かってしまったが」

「なんでそんなこと……」

「……お前がまた、ひとりが怖いだとか言って泣いてるんじゃないかと思って。昼間も様子がおかしかったし……」

「う、うそ。そのためにわざわざ……?」


 わたしは思わず自分の頬をつねる。
 痛い。夢じゃない。
 本当にクルトが戻ってきてくれたのだ。しかもわたしの為に。ひとりになりたくないと口走ったあの日の事を覚えていて、それを気にかけてくれたのだ。
 思わず涙が溢れそうになって、慌てて下を向く。
 ここで泣いたら全てが無駄になってしまう。泣いたら、きっとクルトは慌てるに違いないのだから。
 わたしは唇を噛んで涙を堪えると、棚においてあった荷物を持ってきてクルトに押し付ける。


「これ、クルトにあげます」

「うん? チョコレート?」

「これもあげます」

「なんなんだ一体……お前まさか、俺に変な気を遣ってるんじゃないだろうな」

「だって、わたしにはこれくらいしかお礼ができないし……」


 それを聞いたクルトは溜息をついて、渡したお菓子を全部わたしの手に戻す。


「いらない。その代わり、明日からも一緒に別荘に行って貰うからな。何故かねえさまはお前の事を気に入ってるみたいだし……」


 わたしは首をぶんぶんと縦に振る。


「わかりました! わたし、なんでもします! なんだったら、もっと念入りにお風呂に入るし、制服のリボンもひとりでちゃんと結べるようにします!」

「是非そうしてくれ。俺は疲れたからもう休む。お前もあんまり夜更かしするなよ。明日も早くから出掛けるんだからな」


 そう言うとクルトはさっさと寝室へ引っ込んでしまった。
 まだ感謝の気持ちを全て伝えきれていないのに。
 でも、これでひとりきりの夜を過ごさずに済むのだ。クルトが帰ってきてくれたから。


「クルト、ありがとう」

 寝室のドアに向かって呟きながら、わたしは目元を指で拭った。





(7月とクリスマス 完)
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