7月は男子校の探偵少女

金時るるの

文字の大きさ
上 下
59 / 145
7月と8月

7月と8月 4

しおりを挟む


 それから暫くして、カブも無事に芽を出し、順調に成長した葉っぱを茂らせていた。
 そんな時、再びお兄ちゃんがわたしたちの前に現れた。シスター・エレノアにみつからないようにこっそりと。


「おい、ユーリ、この間の話、考えてくれたか?」

「この間って、まさかモデルになってくれって話……? おにいちゃん、あれ本気で言ってたの?」

「なんだよ、おまえは本気じゃなかったってのかよ。冷たいなあ」


 おにいちゃんは天を仰ぐ。この様子を見るに、まんざら冗談でもなかったらしい。


「本気だって証拠に、モデル代を持ってきたんだぜ。ほら、前払いだ」


 そう言ってポケットから何かを取り出した。髪飾りだ。繊細な細工が施された銀の土台に、透明度の高い黄緑色の石が嵌め込まれている。


「わあ、すごーい。きれいねえ」


 隣でアウグステが声をあげる。確かに髪飾りはきらきらと光を反射してとてもきれいだ。特に真ん中に埋め込まれた石を見ていると、なんだか吸い込まれそうになる。


「これって、まさか、本物じゃないよね……?」


 おそるおそる尋ねると、おにいちゃんは得意げに胸をそらす。


「もちろん本物のガラスだ」

「え、ガラスなの? そこは普通宝石でしょ?」

「アウグステはそう言うと思ってた。言っとくけどただのガラスじゃないぜ。今売り出し中のガラス工芸家の作品だ。奮発したんだからな……って、あれ? 店で見たときはいい感じだと思ったんだけどな。実際には全然目立たないな……」


 おにいちゃんは髪飾りをわたしの髪に当てながら首を傾げる。


「ねえねえ、お兄ちゃん、あたしの分は!?」

「アウグステには、ほら、これやるよ」

「……なによこれ。キャラメルじゃないの。これはこれで嬉しいけどさあ……ユーリとあまりにも違いすぎない? 贔屓反対!」


 アウグステはおにいちゃんを睨みつけながらもキャラメルを口に放り込む。


「でも、よくこんなもの買うお金があったね。お給金上がったの?」


 わたしが何気なく疑問を口にすると、おにいちゃんは決まり悪そうに目を逸らす。


「あー……実は俺、前のアトリエ辞めたんだ」

「えっ、うそ!?」

「なんで!?」


 わたしたちの上げた驚きの声に対し、おにいちゃんは「まあ落ち着け」と両手を挙げる。


「元々あの先生とは合わないところがあってさ。潮時だと思って独立したんだよ。そしたらちょうど俺の絵を買いたいって人が現れてさ。今もその人経由で何枚か予約が入ってるんだぜ」

「すごーい!」

「そういうわけで、その髪飾りを買う余裕くらいはあるんだよ」


 昔からおにいちゃんは絵で身を立てたいと言っていた。そして遂にその夢が叶った。それってすごいことだ。まるで自分の事のように嬉しい。
 わたしたちが「おめでとう」と言うと、おにいちゃんは照れくさそうに笑った。


「だからさユーリ、モデルの件、頼むよ。な」

「で、でも、わたしたち、ここから出る事は禁止されてるし……」

「そんなの、こっそり抜け出せばわかんないって。あ、そうだ、これ俺の今の住所。アトリエも兼用してるから、いつでも訪ねてきてくれよ。約束だからな」

「え?」


 おにいちゃんは小さく折り畳んだ紙と一緒に髪飾りをわたしの手に押し付けると


「それじゃ、俺はシスター・エレノアに見つかる前に退散するから」


 と、この間と同じくあっという間に走り去ってしまった。
 その姿を呆然と見送った後、わたしは手の中の髪飾りに目を落とす。


「ど、どうしよう、これ……わたし、モデルなんて出来る気がしないよ……」


 わたしがアウグステの服を引っ張ると


「だったら、ほっとけば良いじゃない。ずっと訪ねて行かなけりゃ、お兄ちゃんだって変に思ってまたここに様子を見に来るわよ。その時に理由を言って返したら? あんたが断るなら、髪飾りと引き換えにあたしがモデルを代わっても良いけど」


 アウグステはずり落ちそうになった靴下を屈んで直しながら平然と答える。


「それにしてもさ、こんな高そうなものくれたり、モデルを頼んできたり……お兄ちゃんてば、ユーリの事好きなんじゃないの?」

「わたしもおにいちゃんの事、好きだよ」


 それを聞いたアウグステがびっくりしたように身体を起こす。


「あ、もちろんアウグステの事も好き」


 言いながらわたしはアウグステに軽く抱きつく。お日様の光をたっぷり吸収した彼女の髪はとてもいい匂いなのだ。
 

「そういう意味じゃなくてさあ……はあ、まあいいわ。あたしもあんたの事好きよ」


 何故だか呆れた声ながらもわたしの髪を撫でてくれた。
 どういう意味だろう? おにいちゃんはおにいちゃんだ。それ以上でも以下でも無い。それに、家族の事を嫌いだなんて人間は、そうそういないだろう。
 まったく、アウグステは変な事言うんだから……


 その夜、ベッドに腰掛けながら、おにいちゃんから貰った髪飾りをこっそりと眺めていると、アウグステが隣に来て覗き込む。


「やっぱりきれいねえ。ねえユーリ、時々でいいからあたしにも貸してよ」

「そんな事言っても付ける機会自体が無いと思うけどな……もしもシスター・エレノアに見つかったら取り上げられちゃうだろうし」


 わたしはアウグステの頭に髪飾りをかざす。黄緑色のガラスの嵌った銀の髪飾りは、彼女の金髪に良く映える。
 その時、ふと違和感を覚えた。
 この髪飾り、アウグステの髪に良く似合っている。でも、それならどうして、あの時、おにいちゃんは……

 わたしが考え込んでいると、廊下の大時計のボーンという音が聞こえてきた。


「大変、就寝時間だわ! 早くベッドに入らなきゃ。すぐにシスター・エレノアが見回りにやってくるわよ。あの人いつも時計が鳴るのを今か今かと待ち構えてるんだから」


 その言葉に、わたしは慌てて髪飾りを隠そうと枕の下に突っ込む。その時、がさりとした手触りのものが指に触れた。
 なんだろうとつまみ出すと同時に手が滑り、それを取り落とした。しまったと思った瞬間、床に色とりどりの小石のようなものがばらばらと散らばる。

 小石のようなものは、この間おにいちゃんに貰った癇癪玉だ。あの後弟達とこれで遊び始めたところで、たちまちシスター・エレノアに見つかってしまい、結局大半を袋に残したまま、こうして枕の下に隠しておいたのだ。すっかり忘れていた。


「あっ! あんた一体何やってるのよ……!」


 アウグステはしゃがみ込んで癇癪玉を拾い始める。
 彼女の言うとおりだ。わたしは一体なにをやってるんだ……ぼんやりしすぎ。
 わたしたちは癇癪玉を踏まないように袋に集める。途中、持っていた髪飾りが邪魔になり、それもついでに袋の中に投げ込む。

 同室の妹達の助けもあり、間一髪、わたし達はシスター・エレノアが来る前に、全ての癇癪玉を回収することができた。
 急いでベッドに潜り込むと同時に、寝室のドアがノックされ、シスターエレノアが部屋に入ってくる気配がした。
 わたしは先ほどの事がばれていないかとひやひやしながら息を潜めていたが、やがて灯りが消され、シスター・エレノアが出て行く気配がして、ほっと安堵の溜息を漏らした。

 暫くそうして暗闇の中じっとしてると、すぐに妹達の寝息が聞こえてくる。みんな昼間の労働で疲れているのだ。わたしだって今すぐにでも瞼を閉じてしまいたい。けれど、その誘惑を我慢して静かに身を起こす。
 隣のベッドで眠るアウグステをそっと揺さぶると、寝入ったばかりだったらしい彼女は不機嫌そうに唸り声を上げる。


「アウグステ、起きて」


 耳元で囁くと、アウグステはしぶしぶといった様子で目を擦りながら起き上がる。


「ううん、なんなのもう……って、あれ、なんであんたそんな格好してるの?」


 アウグステを起こす前に、わたしは寝巻きから普段着のシャツとスカートに着替えていた。


「アウグステ、お願い。わたし、外に出たいの」

「はあ?」
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

消された過去と消えた宝石

志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。 刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。   後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。 宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。 しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。 しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。 最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。  消えた宝石はどこに? 手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。 他サイトにも掲載しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACの作品を使用しています。

処理中です...