7月は男子校の探偵少女

金時るるの

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7月の入学

7月の入学 10

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「え?」


 フランツは動きを止めてわたしをみつめる。テオやクルトも目を瞠る。


「これ、ですよね? テオ」


 わたしは持っていた画板を胸の辺りに掲げる。クリップで留められた紙の真ん中には描きかけのヘルメス像、その片隅には確かにテオのサインがあった。


「それ、一体どこに……?」

 テオが唖然としたように声を上げる。

「さっきまでテオが調べていた画板の山の中です」

「でも、あんなに探しても見つからなかったのに……」

「それは、このデッサンが見えない場所にあったからです。こんなふうに」


 わたしは画板からクリップを外し、留められていた木炭紙の束をくるりと裏返す。するとそこに、別角度から描かれたヘルメス像のデッサンが表れた。


「それ、僕が描いたものとは違う……一体どういう事?」

「木炭紙でデッサンする場合、紙一枚だけでは木炭の粉が定着しづらいため、普通は四枚か五枚の白紙の木炭紙を重ねて、その上からデッサンするわけですが……そのせいか、時々いるんですよね、他人の画板から白紙の木炭紙を勝手に拝借していく人が。同じものが何枚もあるのなら一枚くらい減っても判らないと思っているんでしょう。売店に行く手間を省くつもりなのか、あるいは節約のためか」


 わたしが売店からここまで走るはめになったのだって、元はといえばいつのまにか減っていた木炭紙を補充するためだったのだ。
 わたしは手元のデッサンを指差す。


「これを描いた人はもっとたちが悪いです。きっと全部他人のもので賄おうとしたんですね。テオのデッサンと、下に敷いた木炭紙ごと裏返して、その上から自分の絵を描いていたんです。今までばれなかったのは、授業が終わるたびにひっくり返して、テオのデッサンが一番上になるようにしていたんでしょう。でも、今回は忘れたか何かの事情でそのままにしてしまった。そのせいでテオのデッサンは一番下に隠れてしまい、この画板には別のデッサンが留められているように見えたんです」

 口を閉じると、美術室は水を打ったように静まり返る。
 やがてテオが我に返ったように瞬きした。

「……なんてことだ。そんなところにあったなんて、わかるわけないよ。はは……」


 力なく笑うと、クラスメイト達に向き直り


「みんなも、手伝ってくれてありがとう。この通りデッサンは見つかったから、もう大丈夫だよ。ああ、早く部屋を片付けないといけないよね」


 そう言って、足元に重なった画板に手を伸ばす。


「おい、ちょっと待てよ」


 フランツが乱暴にテオの肩を掴む。


「なに? 痛いじゃないか。離してよ」

「お前、そんな事より俺になにか言う事あるんじゃねえのか? 人を泥棒扱いしといて謝罪もなしかよ!」

「……普段の君の態度に問題があるから疑われるんだよ」

「はあ? 俺が悪いっていうのか?」


 一触即発の空気に、わたしは慌てて二人の間に入る。


「テオ、それはあんまりですよ。実際、フランツは何もしていなかったわけですし。勘違いとはいえ、無関係な人を疑ってしまったんですから、ね?」


 やんわりと謝罪を促すと、テオは一瞬こちらを見て、小さな声で呟く。


「君も――か……」

「え?」


 今、なんて言った?
 聞き返そうとしたが、それより先にテオはフランツに向き直り、だが視線は合わせないまま


「……ごめん」


 低い声で呟く。


「なんだよそれ。おい、そんなんで済むと思ってんのかよ!」

「フランツ、君の気持ちもわかるが、テオもきっと混乱していたんだ。それに、もうすぐ授業が始まる。先生が来る前に部屋を片付けてしまわないと」


 クルトの言葉に、フランツは不満げだったが、やがてふいっと顔を背けると


「……わかったよ」


 ぶっきらぼうに言い放つ。
 その言葉で教室内に張り詰めていた緊張が一気に緩んだようだ。クラスメイトたちはざわめきながら画板を指定された場所に収納していく。
 最後の一枚をしまい終えたと同時に、始業を知らせる鐘が鳴った。




「ちょっと聞きたいんだが」


 読んでいた本から目を上げて、クルトが口を開く。先ほどから何度かちらちらとこちらの様子を伺っていたような気がするが、一体なんだろう。
 わたしはきつね色の破片を口に放り込む。


「なんですか?」

「さっきから一体何を食べているんだ?」


 なんだ、これのことか。紙袋の中をまさぐりながらわたしは答える。


「パンの耳です。美術の授業で余ったのを貰ってきたんですよ」

「それって、まさか、デッサンで木炭を消すのに使った……?」

「はい。耳が余るのは仕方ないですけど、なにも捨てることはないと思うんですよね。こんなにおいしいのに」

「……君の口の周りに黒いものが付いてるんだが」

「あ、木炭の粉です。ちょっとくらい食べても大丈夫ですよ」


 口元を手の甲でごしごしと擦ると、クルトが露骨に眉を顰めた。
 まずい、もしかして意地汚いと思われてしまった……?
 わたしはおずおずと紙袋を差し出す。


「ええと、よかったらクルトも、これ……」

「結構だ」

「……そうですか」


 気まずい沈黙が漂い、わたしはそそくさと紙袋の口を畳むと、話題を変える。
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